39 植物の世界「絶滅危惧生物を守る政策」
 
          植物の世界「絶滅危惧生物を守る政策」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 わが国において,絶滅のおそれのある野生動植物を保護する政策の基礎が確立したの
は,1990年代に入ってからのことです。現在,この分野における日本政府の基本方針に
ついては,1994年に閣議決定された「環境基本計画」の中において示されているほか,
1995年に地球環境保全に関する関係閣僚会議において決定された「生物多様性国家戦略
」で,当面の政策目標として「我が国に生息・生育する動植物に絶滅のおそれが生じな
いこと」を掲げ,種シュの保存のための施策を明確化しているところです。
 絶滅のおそれのある野生生物の保護対策の基本は,自然状態における個体群の安定的
な存続を保証することにあります。このため具体的には,1992年に制定された「絶滅の
おそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に基づき,絶滅のお
それのある種の指定,捕獲・流通などの規制,保護区の指定,保護増殖事業の実施など
の施策が行われています。また,各種の調査研究により科学的な知見を集積すること,
種の保存の重要性について国民の理解を促進するための普及啓発活動の実施も重要な施
策に位置付けられています。
 本稿においては,「種の保存法」が制定された背景と法律の仕組みを概説すると共に,
今後の課題について述べます。
 
△「種の保存法」の仕組みと現状
 わが国における野生動植物の保護は,従来,学術的に重要なものの保護と云う観点か
ら文化財保護行政(天然記念物)の一環として行われて来ました。自然保護行政の分野
においては鳥獣の保護が中心で,それ以外には自然環境保全法や自然公園法により,特
定の地域において,特定の種の捕獲・採取や開発行為の規制が講じられていました。
 わが国は1980年になって漸く,ワシントン条約を批准しました。この条約は過度の国
際取引を規制することによって,絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を目的とす
るものであり,これを契機に,従来の鳥獣保護行政の枠組みを越えて,国内外の野生生
物の体系的な保護に取り組むべきとの認識が次第に高まって来ました。
 
 環境庁においては,種の絶滅の防止は野生生物保護の原点であると認識し,わが国に
おいて絶滅の危機に瀕している野生動植物のリスト作成の調査を実施すると共に,「種
の保存法」の策定作業を進めて来ました。
 「種の保存法」は,1992年11月に閣議決定された「希少野生動植物種保存基本方針」
に基づき,絶滅のおそれのある種を「希少野生動植物種」として政令によって指定し,
種毎に多様な規制措置などを講じることにより,種の保存を図る仕組みになっています。
具体的には,
@捕獲・採取,譲渡など個体の取扱いに関する規制,
A生息地等の保護に関する規制,
B保護増殖事業の実施,
の3本柱の保護手法を種の保存施策の基本としています。
 「希少野生動植物種」は,「国内希少野生動植物種(国内希少種)」と「国際希少野
生動植物種(国際希少種)」に区別されています。国内希少種はわが国に生息・生育す
る種で,その個体の捕獲・採取,殺傷,損傷,譲り渡し,輸出入は原則的に禁止されて
います。現在,動物が48種,植物ではレブンアツモリソウ(レブンアツモリとも),キ
タダケソウ,ハナシノブの3種が指定されています。
 国際希少種とは,国際的に協力して種の保存を図ることとされている種で,これらは,
譲り渡し等が原則禁止,輸出入は規制されています。現在,ワシントン条約附属書Tに
掲載された種などを中心にして,約900種が指定されています。
 
△保護区の指定と保護増殖事業
 国内希少種に関しては,生息・生育環境を保全する「生息地等保護区」を指定し,そ
の区域内に「管理地区」「監視地区」を設けることが出来ます。現在,4種について5
カ所の保護区が指定されています。植物では,南アルプスの北岳山頂付近(山梨県芦安
アシヤス村)にキタダケソウの保護区が1カ所,阿蘇山の外輪山麓(熊本県高森タカモリ町)に
ハナシノブの保護区が2カ所あります。
 キタダケソウの保護区は標高2750m以上の高山植物群落地帯で,面積は38.5ha,全て県
有地です。生育基盤である地形,地質の維持と周辺植生も含めた生育環境の確保が必要
であるため,保護区の全域が管理地区になっています。管理地区においては,工作物の
設置や木竹の伐採,土地の形状変更などの行為を行おうとする場合,許可が必要とされ
ます。更に,登山者に踏み荒らされることを防止するため,登山道を除く全域が「立入
制限地区」に指定されています。
 
 ハナシノブの保護区は,2カ所共標高約800mの北向きの緩斜面で,全域私有地です。
1カ所はススキが優占し,刈り取りにより維持されて来た面積1.13haの小さな草原で,
全域が管理地区です。ハナシノブの生育条件を維持するため,草刈りなどを実施し,植
生遷移センイを抑制する必要がある旨の管理方針が定められています。
 もう1カ所はヒノキの若齢造林地で,面積7.05haです。造林木の間において優占する
ススキの草本類の中にハナシノブが生育しています。生育密度が高い区域は管理地区に,
その他の区域は緩衝地帯として監視地区になっています。監視地区において改変行為を
行おうとする場合,届け出が必要とされています。この保護区においても草刈りを行う
ほか,間伐,蔓切り等の森林管理を適切に実施し,造林木による被陰ヒインを防ぐことを管
理の方針としています。
 
 また,絶滅のおそれのある種の保存を図るためには,捕獲・採取,譲り渡し等の規制
や生息地等の保護だけでなく,減少した個体数を回復させ,生息環境等を維持し回復さ
せるための取り組みが必要です。生息環境等の整備,営巣条件の改善,給餌キュウジ,飼育
下においての繁殖などの保護増殖のための事業を「保護増殖事業」として位置付け,国
内希少種の保存のために積極的に推進して行くことにしております。現在,保護増殖事
業計画は14種について策定されています。植物については,キタダケソウ,レブンアツ
モリソウ,ハナシノブの国内希少種3種です。
 
 キタダケソウの場合,生育地点・生育株数の現状や増減の状況を把握すると共に,盗
掘,登山者の立ち入り,生育地への植物の持ち込み,生育地における土砂の崩壊など生
育圧迫要因のモニタリングを行うこととしている。その結果により,個体数の減少や裸
地化等の影響が見られる場合には,本種の生育・繁殖に適した環境の改善・回復を図る
計画です。また,盗掘防止のための監視強化,保護柵や制札の整備,保護のためのパン
フレット作成など普及啓発活動の実施が計画されています。なお,レブンアツモリソウ
については人工繁殖を試み,かつての分布域に再導入することも含まれています。
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