37a 植物の世界「藻類と地球環境」
 
〈森林の代わりになる生物〉
 あらゆる生物は,生命活動の中において何かを生産しています。しかし,呼吸によっ
て出来た二酸化炭素でも,死骸や排泄物でも,別の生物によって再び利用されて,地球
上を常に循環しています。生物間のバランスがとれ,循環が機能している間は,地球の
環境も安定しています。
 ところが,人類が生活の快適さを求めつつ,経済的に得な手段を選ぶことの背景には,
必ず地球の物質循環を壊し,地球の大切な財産を使い込む行為が土台になっています。
そのやり方は既に破綻を来たし,二酸化炭素を吸収してくれる「自然の治癒力」である
森林が激減し続けます。砂漠が広がります。化石燃料は使われ続けます。木材は大量消
費され続けます。人類は二酸化炭素濃度の上昇を止めるどころか,上昇のスピードを弛
めることすら出来ないでいます。
 
 先進国の人々が揃って,20年位前のエネルギー消費水準の生活に戻る決意をしたとし
ても,化石燃料を使いつつ,これに見合うだけの森林も回復すると云うことは,並大抵
のことではありません。まず,森林面積を「増やす」必要があります。二酸化炭素濃度
が上昇し続けて来たと云うことは,化石燃料の消費を抑えても,森林面積を維持するだ
けでは足りないのです。まして,森林が減少しているようでは話になりません。
 地球環境の激変の流れを,何か一つの手段で解決するのは難しいが,その考え方の一
つとして,地球上の生物の活動によってバランスがとられている物質の循環を,人間の
経済的利益のためにだけ壊すことを控えることです。
 
 森林を増やすには,限られた陸地の中において,土壌と水とよい気候が必要です。し
かし,地球の歴史を振り返り,陸上植物の祖先である植物プランクトンまで考えを広げ
ますと,光合成を行う環境は遥かに多様であることに気が付きます。土壌は必要ありま
せんし,真水でも海水でも構いません。大きな個体にならず,バクテリアのように2倍,
4倍とどんどん殖えて行くものもあります。
 森林の分だけ,浅瀬の海藻群落の面積を増やすのも良いでしょうし,池や屋外タンク
を使って育てた植物プランクトンもまた,二酸化炭素を同じように有機物に変換します。
しかし,ただ育ても,プランクトンが腐って二酸化炭素に戻るだけでは建設的ではあり
ません。木が紙や燃料となるように,有機物が二酸化炭素の形に戻る過程において人間
の役に立つのでしたら,私共の生活の一部が太陽エネルギーによって間接的に支えられ
たことになるのではないでしょうか。そして,それは化石燃料の消費の削減に貢献する
ことになります。
 
〈植物プランクトンに期待〉
 二酸化炭素の新しい循環の担い手として,植物プランクトンの光合成能力が期待され
ている理由が幾つかあります。
 二酸化炭素の発生源は,火力発電所など化石燃料の大量消費の場所に集中しています。
しかし,工場から出る二酸化炭素を少しでも減らすために,敷地内の温室に樹木を植え
て排気ガスを流すと云う光景には疑問があります。
 また植物プランクトンは,樹木のようなセルロース骨格の大きな体がありませんので,
陸上植物の100分の1位の現存量でありながら,年間の二酸化炭素吸収量としての貢献度
はほぼ同等です。工場やプラント施設のような処において集約的に育てることを考えま
すと,効率がよく,とても扱いやすい材料と云えます。そして,更に重要なのは,陸上
植物では考えられない苛酷な環境においても生育出来るものが沢山いると云うことでし
ょう。
 
 植物プランクトンの中において比較的高温でも生きられるのは藍藻や紅藻で,好熱性
のものはそれぞれ55℃,45℃位で最もよく育ちます。共に原始的な藻類ですが,藍藻は
アルカリ性を好み,紅藻は逆に強い酸性を好む傾向があるのも興味深い。
 集中発生源である産業排気ガスには,二酸化炭素が数%から数十%も含まれています
が,前述のとおり,高い濃度は植物プランクトンにとって得意とするところです。重油
を燃やすと出て来る亜硫酸ガスには,陸上植物はとても弱い。ところが,紅藻の中には
亜硫酸ガス耐性のあるものも見付かっています。また,陸上植物は塩分には敏感ですが,
植物プランクトンには真水から海水まで広い範囲で生育するものが沢山います。
 
〈二酸化炭素の新しい循環を〉
 植物や藻類の生長速度の理論的な上限は,それぞれの場所における太陽光のエネルギ
ー(日射量)によって決まります。光合成による太陽光エネルギーの利用効率は,地上
に到達する全ての光エネルギーの約8%(可視光のエネルギーの約20%)になりますが,
実際には,光の散乱などの物理的損失や呼吸などの生物的損失を避けることが出来ませ
んので,この半分位が実質的な利用効率の上限と考えていい。
 わが国の平均日射量を基に計算しますと,1u当たり1日約50gの二酸化炭素を吸収出
来ることになります。これは,1u当たり1日約27gの植物体(バイオマス)の生産に相
当します。「植物体が太陽の光を享受している面積」の確保が大切であることが,この
試算からも理解出来ます。
 
 こうして有機物に形を変えた二酸化炭素は,樹木であれば落ち葉として土壌となり,
木材として人間が燃料,建築材,紙などとして利用します。植物プランクトンの場合は
セルロース成分は少ないので,穀物や野菜などの農作物のイメージに似ているかも知れ
ません。澱粉や蛋白質と云った基礎栄養価に富んでおり,DHA(ドコサヘキサエン酸)や
EPA(エイコサペンタエン酸)と云った不飽和脂肪酸含量に富んだものも多い。植物プラ
ンクトンは動物プランクトンなどに食べられて,食物連鎖の底辺を担っていることを考
えますと,食料や餌料ジリョウとしての価値が高いことは容易に想像出来ます。
 植物がとても生育出来ないような環境を利用して,植物があまり作らない炭素化合物
を,より集約的に供給するシステムが考えられますと,植物プランクトンを私共の手に
よって育てることは,新しい二酸化炭素の循環を図る道になるのではないでしょうか。

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