22 植物の世界「植物の"雌・雄"と性転換」
 
           植物の世界「植物の"雌・雄"と性転換」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 動物には雄と雌の二つの性のあることを,私共は全く当たり前のこととして受け入れ
ています。このことは,古代の人々にとっても自明のことであったに違いありません。
ところが植物の場合は,可成り状況が異なっているようです。
 古代メソポタミアにおいては,ナツメヤシに果実を付ける株と付けない株があり,ナ
ツメヤシが果実を実らせるためには雄蘂オシベの花粉が雌蘂メシベに付くことが必要である
と云うことが,経験的事実として既に知られていました。しかし,植物にも動物と同じ
ように異なる性があると云うことが科学的に認識されましたのは,ほんの2〜3世紀前
のことです。まして,そのことが一般的な知識となりましたのは,19世紀になってから
のことでした。
 
 有性生殖を行う生物は,生殖用の特殊な細胞(配偶子ハイグウシ)を作ります。多くの生
物においては,配偶子には2型があり,それら二つが融合して新しい個体を作ります。
そのうち小さくて運動性のある配偶子が精子,大きくて運動性のない配偶子が卵子と呼
ばれます。そして精子を作る能力のある個体が雄,卵子を作る能力のある個体が雌と呼
ばれます。
 種子植物の場合,胚珠ハイシュの中に卵が作られ,発芽した花粉の中に精子(或いは精核
)が作られます。従って種子植物の場合も,動物の場合と全く同じ意味で雄と雌が定義
出来ます。私共に馴染み深いむ子植物の場合,雄蘂が雄性ユウセイ器官,雌蘂が雌性シセイ器官
と云うことになります。
 植物の個々の花は雄蘂と雌蘂の組み合わせによって,幾つかのタイプに分けることが
出来ます。一つの花の中に雄蘂と雌蘂の両方を持つものは,両性花と呼ばれます。一つ
の花の中に雄蘂か雌蘂のどちらか一方しか持たない花は単性花と呼ばれ,雄蘂だけの花
は雄花オバナ,雌蘂だけの花は雌花メバナと呼ばれます。また,一つの個体の中においての
両性花と単性花の組み合わせによって,様々な類型に分けることが出来ます。それらの
類型化されたものは,個体の雌雄シユウ性と呼ばれます。
 
 本稿においては取り合えず,両性花だけを持つ場合を両性花植物,一つの個体の中に
おいて雄花と雌花を持つ場合を雌雄同株ドウシュ植物と呼ぶこととします。植物にはこれ以
外にも,様々な複雑な性表現を執るものが多数ありますが,本稿においては,特に性転
換と呼ばれる現象について述べたい。
 
〈自由自在な性転換〉
 サトイモ科のテンナンショウ属は,アジア,北アメリカ,アフリカの一部の,主に温
帯域域に分布する多年草です。この属の植物は雄花と雌花の花被カヒがなくなり,雄蘂だ
け或いは雌蘂だけになった花が,花序軸カジョジクに多数配列したいわゆる肉穂ニクスイ花序を
作ります。地下に芋(球茎キュウケイ)があり,春になりますと地上部を出します。花を咲か
せる個体においては,花茎カケイの周りを1〜2枚の葉梢ヨウショウが取り囲んで茎のように見
えますが,これは本当の茎ではなく,偽茎ギケイと呼ばれます。
 この属の植物の花は,花序全体において年によって雄花になったり雌花になったりし
ますので,そのことを19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて,アメリカと日本にお
いて相次いで報告されました。その後1920年代に,テンナンショウ属植物の性表現は球
茎の重さ(サイズ)によって決まる,と云うことが圃場ホジョウでの栽培実験の結果,詳細
に示されました。この研究は日本とアメリカにおいて全く独立に,しかしながら殆ど同
じ方法によって行われ,全く同じ結果が得られています。発表はアメリカの方が早かっ
たが,ほんの2年程しか違いません。その当時は性染色体が発見され,動植物を問わず
精力的な研究が行われていた時代でしたため,このようなことも起きたのでしょう。
 
 テンナンショウ属植物においては,性表現が個体のサイズと密接な関係があります。
この属の植物はサトイモやコンニャクのように地下に球茎があり,そこに貯蔵物質を蓄
えます。球茎が小さいときは花を付けず,葉だけを地上部に出しますが,何年かを経て
貯蔵物質を蓄えて,球茎がある一定以上の重さになりますと,花茎を出し雄花を付けま
す。更に球茎が重くなりますと,ある年に突然,雌花を付けます。逆に地上部が折れた
りするなど,何らかの影響によって球茎の重さが減少しますと,逆の変化が起きます。
動物において観られる性転換においては,それが雄から雌であっても雌から雄であって
も,通常その変化は一方的で後戻りは出来ません。それに対して,植物の場合は可逆的
な変化が可能な点が大きな違いです。
 
 一般に植物の開花や種子生産などにおいては,個体のサイズに依存していることが経
験的に知られています。個々の植物のサイズは,様々な量によって計測することが出来
ます。テンナンショウ属植物の場合は,球茎の重さがサイズの指標として用いられて来
ました。何れの量によってサイズが計測されようとも,サイズからその個体の持ってい
る全エネルギー量を推定することが出来ます。エネルギーが1カ所に集まりますと,そ
こには何らかの相が現れます。またエネルギー量によって,現れる相が異なることは通
常のことです。従ってテンナンショウ属植物の場合も,エネルギー量に応じて三つの相,
即ち花を付けない相,雄の相,雌の相,に変化すると考えますと,これらの相変化(性
転換)はそれ程不思議な現象と云う訳ではありません。
 
 以前この属の植物は,雌雄異株イシュと記載されていました。しかし,いろいろなことが
分かって来ますと,この植物は雌雄同株植物と考えた方が適当と思われます。ただ,普
通の雌雄同株植物においては同じ生育期間の中において雄花と雌花の両方を付けるのに
対して,この植物においてはある一定期間の間においてはどちらか一方の花しか付けな
いと云う点において前者と大きく異なっています。
 アケビは雌雄同株の蔓植物です。蔓が短い(サイズが小さい)ときは花を咲かせず,
葉だけを茂らせます。一般に花が咲くようになっても,最初は雄花しか付きませんが,
段々と蔓が伸びてサイズが大きくなりますと次第に雌花数が多くなり,秋に果実が生じ
ます。ただしアケビの場合,どんなに大きくなっても,雌花しか付けないと云うことは
ないようです。これが更に極端になった例として,テンナンショウ属の植物であると考
えることが出来ます。
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