19 植物の世界「植物ホルモンとそのはたらき」
 
         植物の世界「植物ホルモンとそのはたらき」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 「植物にもホルモンはあるのですか」と云う質問を受けることがあります。確かにホ
ルモンと云う言葉を聞きますと,動物を連想します。しかし,少なくともコケ植物以上
の植物にはホルモンがあります。植物ホルモンも動物ホルモンも,極微量でもって生体
の基本的な過程を調節する有機化合物であることは同じですが,両者の間には明確な違
いがあります。
 動物ホルモンとの主な相違点は次の通りです。
 
 1)動物のように特定のホルモンを生産・分泌する器官(腺)がなく,大体若い組織に
おいて生産される。
 2)複数のホルモンが同じ場所において合成される。
 3)同じ構造を持つホルモンが植物界全般に亘り,種を超えて分布し,かつ機能してい
る。
 4)同一のホルモンが,全く異なった多様な生理作用を持つ。
 5)過剰に生産されたホルモンは,糖などと結合した不活性な貯蔵型として存在する。
 
 植物ホルモンを定義するとしましたら,次のように云えば良いでしょう。
 「植物体内において生産され,極めて微量又は低濃度で,植物の発生・成長・分化の
諸過程並びに個体の恒常性の維持を調節する低分子の有機化合物であり,種を超えて共
通である」と。
 植物ホルモンとして認められている物質は,5~7種類あります。それ以外にも植物
の発生・成長・分化等の調節作用を示す物質が天然,合成を含めて多数知られており,
これらを纏めて植物成長調節物質と呼びます。
 
〈環境応答因子として〉
 植物は種子が発芽して根付きますと,一生その場所から離れることが出来ません。周
囲の環境条件が悪くなりますと動物は移動することが出来ますが,植物はその場所に留
まって対応しなければなりません。そのためには植物には,極端な環境変化は別として,
環境条件への柔軟な対応のメカニズムが備わっています。これはいわば受け身の対応で
す。これに対して,植物が環境の変化,特に季節的変化を一種の外部信号として認知し,
自分の生活環の進行を調節する能動的応答があります。
 動物の環境刺激への応答は,神経系を通すので迅速です。植物においては,オジギソ
ウなどの接触刺激による運動反応など比較的早く起きる場合を除きますと,応答は成長
・形態形成などの質的変化を伴う反応であるため,緩慢です。光(波長,日長など),
温度(特に低温),重力,水分(水不足又は過剰),振動(風などの)などの環境刺激
は,それぞれ受容体或いはセンサー機構によって植物体に受容されますと,細胞内にお
いて化学的な内部信号に変換されます。その内部信号は多くの場合,植物ホルモンです。
即ち,特定の植物ホルモンの合成が新しく始まったり,合成の促進や抑制によって含量
が変化したり,移動・輸送が変化(分布の偏り)したりすることが内部信号となります。
以下に二,三の例を挙げて説明しましょう。
 
 低温要求種子と呼ばれるリンゴ,サクラソウ,ハシバミ,ハナミズキなどの種子は,
1~2カ月の低温(4℃位)期間を経過しませんと発芽しません。このような種子は多
くの場合,長期の低温刺激によって植物ホルモンの一つであるジベレリン(GA)の合成
能を獲得したり,或いは徐々にGA含量を上昇させます。そしてGAが発芽(種子胚の
成長再開)を誘導します。従って,これらの種子は低温刺激を受けなくても,代わりに
GAを与えられれば発芽出来ます。ニンジン,ホウレンソウ,ハルジオンなどの冬季に
ロゼット型成長をして,春のなると抽薹チュウダイ(薹トウ立ち)して茎が伸長し花を付ける
低温要求長日チョウジツ植物においても,低温刺激をGAによって代替することが出来ます。
また,光発芽種子と呼ばれる,発芽するために赤色光の照射が必要なタバコ,カゼクサ,
レタス(品種[グランド・ラピッズ])などの種子は,光刺激により種子中にGA含量が
上昇し,それが種子胚の成長を促すと考えられます。従ってGAを与えて遣りますと,
暗黒でも発芽します。
 
 受動的な環境応答の例として,屈光性や重力屈性が挙げられます。屈光性は植物がよ
り多くの光を受容するために,全体を光源の方向へ生長させる補正成長反応と云うこと
が出来ます。根や茎を水平に置いた際に見られる正(根)及び負(茎)の重力屈性反応
は,不自然な姿勢に置かれた植物器官が正常に戻ろうとする補正成長反応です。何れの
場合も,軸性ジクセイ器官(茎や根)の左右の偏差成長によって起こる屈曲です。屈光性の
場合は,植物に一方向から光が当たりますと先端(茎頂ケイチョウ)から下方へ輸送される植
物ホルモン(オーキシン)が光の当たっていない側に移動して,茎組織中にオーキシン
濃度の偏りをもたらします。その結果,暗い側の成長速度が明るい側よりも上回って光
方向に屈曲します。重力屈性の場合は,横になった根又は茎の上側と下側とにおけるオ
ーキシンの濃度に差が生じ,下側のオーキシン濃度が高くなります。茎は下側の成長速
度が上側を上回り,その結果,立ち上がるように屈曲(負)しますが,根はオーキシン
濃度が高いと成長は返って阻害されるため,茎とは逆に下方に向けて屈曲(正)します。
 以上のように,環境刺激は細胞内の特定の植物ホルモンを媒体として,植物に影響を
及ぼします。
 
〈ホルモンの種類と主な作用〉
①細胞伸長を調節するオーキシン
 植物の生長は,茎や根の先端において起こります。そこには分裂組織があって,盛ん
に細胞分裂が行われ,細胞が増殖します。新しく出来た細胞はやがてそれぞれ容積が増
し,細胞は拡大して,縦に長い細胞となります。その結果,茎や根は伸長します。細胞
の拡大は,液胞エキホウの発達と共に吸水が進み,その力によって細胞壁が引き延ばされる
ことによって起こります。また,引き延ばされた細胞壁が薄くならないよう細胞壁の合
成も同時に起こります。オーキシンは細胞壁が引き延ばされる過程において必要です。
細胞壁は鉄筋コンクリートに例えますと,鉄筋に相当するセルロース微繊維と,セメン
トに当たる細胞壁マトリックスと呼ばれるヘミセルロースとペクチン質を主成分とする
高分子多糖類とから構築されています。オーキシンの働きは,ヘミセルロース成分の低
分子化を起こさせ,細胞壁マトリックスの粘性を緩くすることにあると考えられていま
す。多分,そのような作用のある酵素が,オーキシンによって誘導されると思われます。
茎や根の成長部位の細胞においては,鉄筋に当たるセルロース微繊維は細胞が縦方向に
伸展しやすいように配向されていますので,オーキシンの働きによって細胞壁が緩むと
細胞は伸長します。
 オーキシンは細胞伸長の他に,細胞分裂の調節,茎や葉の切り挿しからの根(不定根
)の分化,維管束イカンソクの分化などに重要な役割を果たしています。
 
②背丈を調節するジベレリン
 ジベレリン(GA)は,最初イネ苗に感染して著しい徒長をもたらすイネ馬鹿苗バカナエ病
菌と云うカビの毒素としてわが国において発見され,カビの名に因んで命名されました。
現在,GAはカビや植物から100種類近くも取り出されています。これらのうちで1~2
種類が実際に生理的に活性なGAで,他は生合成経路上の中間体や副次産物に過ぎませ
んが,同一の基本化学構造を持つことから全てGAと呼ばれ,番号を付して区別されて
います。
 GAの典型的な作用は,植物体の伸長成長の促進です。遺伝的に背丈の低い植物(矮
性ワイセイ植物)にはGA合成経路に異常があって,十分量のGAが合成されないことによ
るものがあります。トウモロコシ,イネ,エンドウ,トマト,シロイヌナズナなどで,
そのような矮性が多く知られています。これらの植物は全てGA1を最終的に必要としま
すが,GA1合成に至る合成経路の何処かの反応段階の酵素が異常なものです。トウモロ
コシのd1,イネのdy(ワイトウc), エンドウのle遺伝子は共通して,GA1合成の最
終反応段階であるGA20→GA1の反応を触媒ショクバイするC3水酸化酵素に異常がありま
す。GA合成異常による矮性は,GAを与えることにより正常回復します。
 
 植物成長調節物質に幾つかのGA合成阻害剤がありますが,これらを植物に与えます
と,人為的に矮性を誘導することが出来ますので,農業や園芸において農薬として用い
られています。
 GAがどのようにして植物体の伸長成長を促進するかについては明確に分かっていま
せんが,細胞伸長においてはオーキシンの作用を助長する役割を果たしているようです。
また,GAは細胞周期において特にDNA合成期を早め,細胞周期を短縮することによ
り,細胞増殖を促進していると推定されます。GAはその他種子発芽(前出)や,単為
結実などにも関係しています。単為結実とは受粉しなくても果実が出来ることで,この
場合種子は形成されません。種なしブドウの[デラウェア]は,ブドウの花をGAによ
って処理して作っています。
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