45 植物の世界「植物染料のいろいろ」
 
           植物の世界「植物染料のいろいろ」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 日常利用している衣料やその他の繊維製品の着色には,全て合成染料或いは合成顔料
が用いられています。明治時代の初め頃までは,天然染料が用いられていましたが,合
成染料の発達に伴って急速に衰退し,現在においては実用品の染色には天然染料はほと
んど用いられなくなりました。
 
〈落ち着いた色が出せる〉
 染料としての性質,例えば,染めやすさ,堅牢ケンロウ性(色落ちや変色がしにくい),
再現性(希望する色を出しやすい),色の豊富さ,鮮明度などの点においては,合成染
料の方が遥かに優れています。しかし,合成染料には鮮やかな色が多く,渋く落ち着い
た色を出すためには数種類の染料を微妙に混ぜなければならないのに対し,天然染料は
色素成分が複雑で,発色の彩度が低いものが多く,色を混ぜなくても落ち着いて調和の
執りやすい色に染められると云う長所があります。
 天然染料による染色は,古代から数千年に亘って,工夫・改良されて受け継がれて来
ましたが,今日においては工芸的な特殊な分野において僅かに利用されているだけとな
りました。ところが,最近になって,身近な植物を用いた染色を,趣味として楽しむ人
が増えて来ています。工業的な染色においても,「人や地球に優しい」染色として,天
然染料100%を売り物にした商品が,堅牢性やコストを犠牲にしても作られるようになっ
ています。
 天然染料として用いられて来たものは,殆どが植物で,その他のものは僅かです。そ
のため,植物染料とか「草木クサキ染め」と呼ばれる場合が多い。
 
〈殆どの植物が染料に〉
 植物染料になるのは,特別の植物だけではありません。実際には,身近にある殆どの
植物を染料として用いることが出来ます。植物に普通に含まれる成分に,フラボノイド
系色素やタンニンがあります。これらは,植物の種類や部位によって成分や含有量が異
なりますが,染料として用いますと,黄から茶系の色を染めることが出来ます。これに
対し,有名な植物染料は,色素成分の含有量が多い,色が鮮明,赤 − 紫 − 青 − 緑
系の色が染められるなどの特徴を持ち,長い間の経験から選ばれて来たものです。赤 −
 紫 − 青 − 緑系に染色出来る植物は限定されていて,多くが現在も商品として販売さ
れています。
 合成染料は,その用途や性質によって多くのグループに分類されており,同一グルー
プの染料であれば,同じ方法によって染めることが出来ます。一方,植物染料は,色素
の性質がそれぞれ異なるため,同じ方法によって染めることは出来ません。染色法にお
いて大別しますと,次の3タイプがあります。
 
〈金属溶液で発色・固着〉
 第一は,金属の媒染バイセン剤によって発色・固着する染料で,植物染料の多くがこのタ
イプです。植物から色素を抽出した液で染色し,媒染液(金属塩エンの溶液)に浸けます。
ここで用いられる金属の種類によって,様々な色に発色し固着します。染色後に媒染す
るのではなく,先に媒染してから染色する方法もあります。どちらの方法によっても染
色出来るものが多いが,先に媒染しませんと染色出来ない植物染料もあります。
 第二は,媒染なしに用いる染料です。媒染剤わ使っても発色や固着の効果がないか,
弱い染料がこれに当たり,代表的なものにキク科のベニバナがあります。
 第三は,水に溶けない顔料色素からなる染料で,そのままでは染まらないが,アルカ
リによって還元しますと水溶性になって,染色することが出来ます。このタイプは,青
色を染める藍染めただ一つです。
 
 次に植物染料を色毎に観て行きましょう。
 黄色を染める植物染料には,植物に含まれる色素自体が濃黄色であるものと,色素は
クリーム色から淡茶色であるが,アルミニウムや錫スズなどの金属によって媒染しますと
黄色く発色するものがあります。媒染として発色する場合,主な色素成分はフラボノイ
ド系の色素で,非常に広範囲の植物の葉や花に含まれています。成分含有量こそ差があ
りますが,ほとんどの草や葉が黄色染料として用いられ,古くから数多く利用されてい
ます。一方,色素自体が濃黄色である場合,色素が水に溶けなかったりして,染料に適
さないものが多く,利用されているのはクチナシ,キハダ,ウコンなど,極僅かです。
 
 コブナグサ(イネ科)は,伊豆諸島の八丈島において現在も作られています有名な絹
織物「黄八丈キハチジョウ」の染色に用いられている植物で,全草を煮出して黄色を染めま
す。趣味の染料においてよく用いられるタマネギ(ユリ科)は,外側の褐色部分の鱗片
葉リンペンヨウを染料にします。色素の含有量が多く,入手も簡単で,優れた黄色染料の一つ
です。
 エンジュ(マメ科)は街路樹にも用いられる高木で,夏に淡黄色の花を多数付けます。
開花した花も使えますが,蕾を乾燥させたものを「槐花カイカ」と称して用いることが多
い。色素成分はフラボノイド類のルチンで,含有率は高く,槐花全体の10〜30%にも及
びます。エンジュのように白色からクリーム色の花は,フラボノイド系色素を含むこと
が多く,黄色染料として適しているものが多い。
 
〈雌蘂や樹皮,根で黄染め〉
 サフラン(アヤメ科)は,花の雌蘂を染料とする数少ないカロチノイド系の染料です。
媒染剤なしで鮮明な赤味のある黄色を染めることが出来ます。スパイスや着色料として
も用いられますが,1花から得られる量が少なく,1s20万〜30万円もするため,染色
に利用しますと非常に高価なものになってしまいます。
 果実によって黄色を染めるものに,クチナシ(アカネ科)や,ペルシャンベリー(ク
ロウメモドキ科)があります。クチナシの果実はサフランと同じ黄色色素を含み,染ま
った色もほぼ同じです。その他にも,イリドイドと呼ばれる無色の成分も含まれていて,
酵素を作用させますと赤 − 紫 − 青系の色素に変化します。主に食品用着色料として
製造されていますが,染色にも用いられます。赤 − 紫 − 青系の色が媒染剤なしで染
められますが,日光や洗濯によって褪色しやすいと云う欠点があります。ペルシャンベ
リーは,ヨーロッパに産するクロウメモドキ属の果実を乾燥させたものです。原料植物
には数種があり,流通しているものがどの種なのかは分かりません。
 
 樹皮によって黄色を染めるものには,キハダ(ミカン科),ヤマモモ,フクギ(オト
ギリソウ科)などがあります。キハダは,樹皮の外側のコルク層を取り除き,黄色の内
皮を用います。鮮明な黄色を染めますが,日光によって簡単に褪色してしまうため,現
在は実用品の染色には用いられていません。アルカロイド系の色素で,強い殺菌作用が
あり,健胃・整腸剤としても用いられます。ヤマモモは本州中部地方以西の暖地に分布
する常緑高木で,樹皮だけでなく葉も黄色を染める染料になります。樹皮から抽出した
色素を煮詰めたものを「シブキエキス」と呼び,和歌山県などにおいて生産されていま
す。フクギは琉球,奄美の両諸島において防風樹として植えられている常緑高木で,沖
縄の伝統染色である「紅型ビンガタ」の黄色い地色を染めるのに用いられます。
 
 木材,特に心材によって黄色を染めるものに,ウルシ科のハゼノキ,ヤマハゼと,ク
ワ科のクロロフォラ・ティンクトリアがあります。ハゼノキは元々わが国には自生せず,
可成り古い時代に東南アジアから入ったとされます。実から目蝋モクロウを採るために栽培
され,現在は本州関東地方以西と,四国・九州において広く見られ,野生化もしていま
す。わが国に自生するヤマハゼは,天皇の御衣ギョイを染めるのにも用いられ,「黄櫨染
コウロゼン」と呼ばれていました。クロロフォラ・ティンクトリアは中央・南アメリカ産の高
木で,黄色の心材がオールドフスチック或いはゲレップと呼ばれます。抽出液を固めた
エキスが,近年までフランスにおいて製造されていました。
 
 根で黄色を染めるものに,ウコン(ショウガ科)やコガネバナ(シソ科)があります。
根は花や葉に比べて採取に手間がかかり,多量に集めるのが難しいため,染料としてあ
まり利用されません。ウコンは根茎を粉末にしたものを用います。色素成分のクルクミ
ンは染着力が優れ,媒染剤なしで木綿,絹,羊毛は勿論,殆どの合成繊維を染めること
が出来ます。ですが,日光やアルカリによって褪色してしまうため,現在は殆ど利用さ
れていません。因みにカレー粉が黄色いのはウコンが入っているためで,カレー粉にア
ルコールを加えて溶かした液を湯で薄めますと,いろいろな繊維を鮮明な黄色に染める
ことが出来ます。
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