40 植物の世界「受粉の合理化を極めた花たち」
 
         植物の世界「受粉の合理化を極めた花たち」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 被子ヒシ植物の花には,自家受精を防ぐ仕組みを発達させたものが多い。雌雄シユウ異体イ
タイの高等動物と異なり,70%以上が両性花を付ける被子植物の場合,自家受精を防ぐた
めには特別な仕組みが必要です。サクラソウなどの異型花柱はその顕著な例ですが,他
にも花の生殖器官を空間的に分離したり,雄蘂オシベと雌蘂メシベが成熟するタイミングを
ずらしたり,自家不和合性フワゴウセイ(同じ株の花粉では受精出来ない性質)を発達させた
りと様々です。両性花を付ける植物の半数以上の種が自家不和合性を示すと云われ,他
家受精への進化は被子植物における進化の大きな流れの一つです。その理由は,自家受
精を繰り返しますと,有害な劣性遺伝子が顕在化し,生活力や繁殖力の弱い子孫を生じ
たり(近交弱勢),個体群の変異が減少して適応力が弱くなるからだと云われています。
 ところが,花の中には逆に自家受精を行う方向に進化したものがあります。また,有
性生殖そのものを止めてしまい,無性的に種子を作ったり,零余子ムカゴ化したりする花
もあります。これらの花たちが行った合理化の数々についてご紹介しましょう。
 
〈トマトには無駄花がない〉
 トマトには無駄花がないと云われます。それは,自家不和合性がないことと共に,ト
マトの花の特殊な構造によります。雄蘂は合着して筒を作り,その内部に閉じ込められ
た雌蘂の上に花粉が落ちて自動的に同花受粉されると云う,合理的な仕組みを持ちます。
これならミツバチなどが来なくても,或いは天候にも左右されず,確実に果実が出来ま
す。エンドウが「メンデルの法則」の発見に一役買ったことはよく知られています。交
配実験にエンドウが用いられた理由の一つは,常習的に同花受粉を行うことでした。雄
蘂と雌蘂が竜骨弁リュウコツベンによってしっかり包まれ,葯ヤクは蕾ツボミのうちに裂開して,
いわゆる「蕾受粉」を行うのです。
 他にもイネ,コムギ,ダイズなど,果実や種子を利用する農作物には,主に自家受精
を行うものが多い。外交配率(他殖率)はトマトで0〜3%,ダイズでは1%以下と云
われます。これは,効率的に果実や種子が得られるものが選抜され続けた結果でしょう。
 
〈最大の種子生産を目指す〉
 ツメクサやシロイヌナズナのように,花の直径が僅か1〜2o程の小さな植物に,ど
んな昆虫が来て花粉を運んでいるのでしょうか。
 これらの植物は,昆虫や風に頼る送粉を止めた同花受粉花の典型的な例です。未だ蕾
のうちに袋を掛けて置いてもほぼ100%が果実になり,高い稔性ネンセイ率で種子を付けま
す。葯と柱頭が接近していて同時に熟すので,自動的に自分の花粉によって受精するか
らです。勿論自家不和合性はありません。
 ツメクサの花は朝開いて夕方閉じる開閉運動をしますが,これも同花受粉を助けてい
るのでしょう。花弁が小さく,色も白や淡色で,香りや蜜腺ミツセンも無いのは,同花受粉
の発達と共にそれらが退化したものと考えられます。他にもナズナやタネツケバナ,オ
ランダミミナグサ,スズメノエンドウなど,小さくて白っぽい花を付けるものは,同花
受粉花と考えてよい。
 有害な筈の自家受精のリスクを冒して,何故これらの植物は同花受粉花を発達させて
いるのでしょうか。
 
 これらの植物が全て一年生雑草であることに注目して下さい。彼等は,畑地や都市の
荒れ地などの人工的な生育地,或いは崩壊地や河川敷にような不安定ながら競争の少な
い場所において,不定期に起こる激しい撹乱カクランを巧みに擦り抜けて生きています。そ
の適応戦略は,束の間の安定期に素早く生活環を回転させ,安全な種子として残すこと
です。一年草と云う生活形そのものが,この戦略に基づいて採られていますが,一年草
は種子を付けなければ次世代を残せないと云うジレンマを抱えています。撹乱地の個体
群は壊されやすく,或いは裸地的な場所にパイオニア(先駆植物)として侵入した結果,
1個体のみで繁殖しなければならないことも多いのでしょう。同花受粉花はそうした条
件下において,種子生産を最大にするメカニズムとして進化したものと思われます。
 
〈窮極の自家受精〉
 スミレを栽培していましたら,花も咲かないのに果実が着いて驚いたと云う経験をお
持ちの方も多いでしょう。スミレ属は閉鎖花ヘイサカを付ける代表的な植物です。
 閉鎖花を付ける植物は56科約290種が知られており,多数の科に並行的に進化している
現象です。わが国の植物では,牧野富太郎博士により11科14属19種がリストアップされ
ています。代表的なものとして,スミレ属のほか,オニバス(スイレン科),ミヤマカ
タバミ(カタバミ科),キツリフネ(ツリフネソウ科),ヤブマメ(マメ科),センボ
ンヤリ(キク科)などが挙げられます。スミレやセンボンヤリと云った多年草の例も多
い点が,同花受粉花とは異なります。
 
 閉鎖花とは文字通り「閉じたままの花」を指し,普通私共が「スミレの花」と呼ぶ開
いた花は開放花と云います。スミレ属の閉鎖花は,開放花の終わる初夏から晩秋まで続
きます。ナガハシスミレの大型株の場合,光条件の良い場所においては,開放花を平均
約10個,閉鎖花を約90個付けます。閉鎖花の方が圧倒的に沢山付くのです。
 閉鎖花は長さが僅か2o程度で,萼ガクによって固く閉じられていますので,一見蕾の
ように見えます。花弁は痕跡コンセキ的で,距キョや蜜腺も欠きます。雌蘂の先は湾曲し,柱
頭と葯はぴったりと接触しています。葯は裂開せず,驚いたことに花粉は葯内において
発芽して,花粉管は葯の壁を貫き,雌蘂へと伸びて受粉が行われます。つまり,送粉と
云う過程を完全に省略した,合理化の極致とも云える花なのです。正に究極の自家受精
と云えましょう。
 
 花粉管の挙動の極端な例は,中央・南アメリカに産するキントラノオ科のガウディカ
ウディア属です。この属の閉鎖花においては,花粉管は雄蘂の花糸カシ内を下り,花床カ
ショウを貫通して子房へ侵入すると云われています。
 オニバスの閉鎖花においては,雌蘂の柱頭が椀状に窪み,その上部にある雄蘂から降
り注ぐ花粉の受け皿になっています。オニバスの場合,開放花と構造の差がないので偽
ギ閉鎖花と呼ばれることがあります。また,センボンヤリの場合,閉じた総苞ソウホウの中
において小花が開き,総苞内に放出された花粉によって自家受粉が行われます。小花が
開花していますので,厳密には閉鎖花ではありませんが,こうしたものも普通閉鎖花と
呼ばれます。このように,閉鎖花と云っても様々で,構造すら明らかにされていないも
のも多い。
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