38a 植物の世界「ハイブリッド品種」
 
〈様々な難問をクリア〉
 最初の問題は,純系種に近い両親系統の種子をどのようにして作るかです。前述のよ
うに,両親系統が雑種ですと,その次の世代に劣性の性質が出て来てしまうからです。
純系種の種子を作るには自家受粉しなければなりませんが,こうなりますと逆に自家不
和合性が返って邪魔になります。
 この問題は,蕾ツボミの雌蘂を用いることによって解決されました。蕾の雌蘂には,自
家不和合性の性質が形成されていないことが分かったのです。これに同じ個体の成熟花
粉を交配することによって,純系種の種子を作ることが出来ました。この方法は「蕾受
粉」と呼ばれています。
 しかし,この蕾受粉にも問題が出て来ました。この作業に大変な労力がかかるのです。
最近においては高濃度の炭酸ガスによって処理することで自家不和合性を解消する技術
が開発され,これを利用する方法も用いられています。
 そのほかにもいろいろの問題があります。この採取法においては,両親系統が同じ時
期に開花しなければなりません。また,実際には自己・非自己を見分ける力が強い系統
と弱い系統がありますので,より強い系統を選ぶ必要があります。更に雑種にしたとき
に雑種強勢を示し,しかも良品質で,耐病性に富む系統を探し,かつ自家受粉を重ねな
がら,開花期や自家不和合性の強弱も検討します。このような各種の作業を手落ちなく
実行するには高度な技術力が必要でした。
 
 1940年代に,これらの問題点の解決方法がわが国の多数の野菜育種研究者によって探
索され,試作品も出されました。そして1949年にキャベツにおいて,1950年にはハクサ
イにおいて自家不和合性を利用したハイブリッド品種が初めて完成し,広く市販されま
した。現在においては更に改良されて,世界各国に大量のハイブリッド品種が輸出され
ています。
 
〈自家不和合性とは何か〉
 さて,それでは植物はどのようにして自己と非自己を見分けるのでしょうか。この性
質については,イギリスの生物学者ダーウィン(1809〜82)による研究書が何冊かあり,
その後も植物の持つ不思議な性質として研究されて来ました。
 被子植物全体を見渡しますと,自家不和合性にも幾つかの種類があります。一番良い
例はサクラソウやソバにおいて見られる異形花イケイカの場合で,教科書などにおいても昔
から採り上げられました。これらの花を縦に切断して見ますと,雌蘂の花柱カチュウが長く,
雄蘂の葯が柱頭より下に付いているもの(長花柱花)と,花柱が短く,葯が柱頭より上
に付いているもの(短花柱花)の2タイプの花があります。長花柱花の雌蘂は,短花柱
花の花粉を受粉したときにだけ受精して種子を付けますし,短花柱花の雌蘂は,長花柱
花の花粉を受粉したときにだけ種子を付けます。自家受粉においては種子を付けません。
この自家不和合性は異形花型と呼ばれます。
 
 アブラナ科植物の場合は,花の形には差がなくても自家不和合性を示しますので,異
形花型と区別して同形花型と呼ばれます。同形花型の自家不和合性を示すものは,アブ
ラナ科のほかキク科,ヒルガオ科,ナス科,マメ科,ケシ科などにあります。これらは
後述するS遺伝子が働く時期の違いによって分類され,花粉を作る植物体のS遺伝子が
働く胞子体型と,花粉になってからS遺伝子が働く配偶体型があります。
 なお,イネやコムギ,ダイズなどのように自家不和合勢のない植物もありますが,被
子植物全体で見ますと,自家不和合性のある植物の方が多い。
 アブラナ科植物には,S1,S2,S3・・・・・と云うように,100以上のS複対立フクタイリツ遺
伝子が存在します。そして原理的には,雌蘂にS1S2がありますと,S1或いはS2の性
質(表現型)を持つ花粉は受精出来ませんが,それ以外のS3とかS4であれば受精出来
ます。ただし実際には,花粉の性質はそれを生じた植物体のS遺伝子によって決まりま
すし,遺伝子間には優性・劣性の関係がありますのでもっと複雑です。何れにせよ,植
物における自己・非自己の識別は,多数のS遺伝子の自己・非自己の識別とも云えます。
 
 ここ十数年の研究から,S遺伝子はある種の糖蛋白質を雌蘂に作ることが分かり,こ
の蛋白質を作る遺伝子も分かって来ました。このような解析から,アブラナ科植物の自
己・非自己の認識には動物の情報伝達にも観られるような精巧な分子機構があることが
分かって来ました。
 なお,ヒルガオ科やナス科,ケシ科の自家不和合性にはまた別の糖蛋白質が関係する
ことが分かって来て,それぞれの自家不和合性が別々に進化して形成されたのではない
かと考えられています。
 
〈遺伝子レベルで進む技術革新〉
 自家不和合性は数千万年前,それぞれの科の祖先種が成立した頃にそれぞれに獲得し
た性質であり,ある種においては途中でそれを失い,あるものではそれを保持したまま
いろいろの種に分化して行ったと思われます。そして現在,人類はこの遠い昔にこれら
の植物が獲得した性質を巧みに用いて,アブラナ科野菜の近代的ハイブリッド品種を生
み出しているのです。
 現在においてはわが国以外の各国においても,アブラナ科野菜のハイブリッド品種が
育成されています。良い自家不和合性を持ち,かつ良質の両親系統を作るには,高度な
技術力,長期間の作業など多くの労力が必要ですが,このコストは当然のことながらそ
のまま種子の値段に反映されています。このコストをどのようにして下げるかと云う問
題は,今以て解決されないまま残っています。これについては,自家不和合性に関連す
る遺伝子や耐病性に関連する遺伝子を見付け出し,これらの遺伝子を両親系統に直接移
植して,良い両親系統を短期間に育成する方法などが研究され,活発な技術開発が行わ
れています。

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