21a 植物の世界「寄生と腐生」
 
〈花だけが大きい完全寄生者〉
 完全寄生植物は,自分では光合成によって有機物を作る必要がない特異な生活をして
いますから,普通の植物とは異なった奇妙な形態になってしまっています。完全寄生植
物だけしか知られていないツチトリモチ科やラフレシア科,ヤッコソウ科はその代表で
す。どれも沢山の微細な種子を作るために花や花序カジョだけが相対的に大きくなり,何
とも変わった形になってしまっています。ツチトリモチの坊主頭(花穂カスイ)のブツブツは
小さな花ですし,ヤッコソウにおいては雄蘂オシベが筒になって雌蘂を覆い,この雄蘂冠
が抜け落ちると雌蘂が裸出して来ます。サナダムシのような寄生虫が運動器官も神経系
も退化させ,体全体が生殖器官によって占められているのに似て,植物においても完全
寄生者は,生殖活動だけに係り切りになることが出来るからでしょうか。世界一大きな
花は,この寄生生活者のラフレシアの一種であると云うことになっています。
 
〈菌類との共生から腐生へ〉
 マメ科植物と根粒コンリュウ菌の共生関係は有名ですが,よく調べて見ますと,多くの植物
に菌との共生的な関係を発達させた根(菌根)が見られます。寄生植物とは異なります
が,根の周りや根の内部に菌類が増殖している根はシダ植物にも裸子植物にも広く見ら
れます。菌類は,陸上植物が起源するよりも遥か以前,先カンブリア紀に起源していた
と考えられています。4億年余り前に上陸を開始した,化石でしか知られていない維管
束植物のリニアは,根も葉も未分化な植物でした。想像を逞しくしますと,そのような
植物が陸上の乾燥した環境に進出出来たのは,土壌中から養分や水分を吸収する根を分
化させ,それが菌類と共生関係を結んだからだと考えられ得ます。
 現在においては湿潤な処に生活する植物や特別な系統群を除くと,陸上植物の殆どの
群は多かれ少なかれ菌類と共生的に関係を結んでおり,様々な形態の菌根を見ることが
出来ます。菌類は根から供給される有機物を,根は菌類が吸収したり合成した養分を,
お互いに与え合う共生関係を結んでいるのです。ランのように,微細な種子の発芽の初
めから菌類との共生関係を結んでいる植物もあります。そのような,菌類と深い共生関
係を結ぶようになった植物群の中から,全ての養分を菌類から戴いて生活をする植物,
つまり腐生植物が生まれたのです。
 双子葉植物のギンリョウソウやシャクジョウソウ,単子葉植物のヒナノシャクジョウ
やラン科の緑の葉をなくした種には,光合成によって有機物を作る能力はありません。
ホンゴウソウの仲間(ホンゴウソウ目)は全て光合成能力をなくしています。シャクジ
ョウソウ科のギンリョウソウやシャクジョウソウは,矢張り光合成能力をなくした菌根
植物です。そして近縁のイチヤクソウ科やツツジ科は,光合成をする独立自養植物です
が,菌根植物として有名です。ツツジ科の植物が貧栄養で乾燥した環境においても生活
することが出来る大きな要因に,菌根を発達させたことが挙げられます。ツツジ科に見
られる菌根はエリカ型菌根,ギンリョウソウなどに見られるのはシャクジョウソウ型菌
根と,特別な名前で呼ばれている程です。
 
〈菌を食べて育つラン〉
 単子葉植物のヒナノシャクジョウやタヌキノショクダイが所属するヒナノシャクジョ
ウ科には,緑の葉があり光合成能力を持った種から,光合成能力をなくして菌類を頼り
に生活をする種までが見られます。
 同じようなことはラン科にも見られます。ラン科の場合は,共生する菌類が水分や養
分の吸収に働いているからか,太い少数の根しか張り巡らしません。また微細な種子を
作るラン科においては,種子の発芽の初期に菌類との共生が成立しませんと,生育出来
ないことが知られています。
 最近は,菌類との共生関係がなくても,無菌培養によって種子を発芽させて大量の苗
を作ることが簡単に出来るようになりました。そのため鉢植えや切り花のランが安価で
供給されています。元々ラン科は菌類との共生関係を高度に発展させた植物群なのです。
 ラン科の場合(ラン型菌根)は,根の皮層の細胞に侵入して毛糸の玉のように増殖し
た菌糸は,やがてランによって消化吸収されてしまいます。美しい花を開くランは,実
は菌類を食べて育っているのです。オニノヤガラ,ムヨウラン,ショウキラン,ツチア
ケビ,サカネラン,マヤランなど,ラン科のいろいろな系統群から腐生生活をするよう
になった種が出て来ます。ヒナノシャクジョウ科も系統的にはラン科に近い植物とされ
て来ました。
 腐生型(菌食型)の生活形を発展させたツツジ目とラン目と云う二つの植物群におい
ては,独立自養生活をする種も特徴的な菌根を発達させているのです。それ以外に両者
は微細な種子を膨大に生産すると云う特性を発展させた植物群でもあります。腐生型の
生活形は,種子の発芽生育の初期から菌類との共生が成立しないと成り立ちません。出
来る限り沢山の種子を散バラ蒔いて,そのどれかがうまく菌類との共生関係に入ることが
出来るような繁殖型が,腐生型の生活形成立の前提条件であったと考えられます。
 熱帯を中心に分布するホンゴウソウ目は僅か70種程の,全て腐生生活をする小型の草
本植物で,花は原始的な離生リセイ心皮シンピを持っています。ところが,ホンゴウソウ科の
植物には,被子植物の離生心皮を持っているいろいろな群と比較しても,酷くヒドク心皮
数の多い花が知られています。種子数を増加する方向への進化が起こったためでしょう
か。
 腐生植物は,菌根を極度に発展させたツツジ目とラン目に多く見られるのですが,菌
類と共生関係を結んだ植物は他にも沢山あります。その共生関係が,どれ程菌類に依存
する生活を作り出しているかについては,未だよく分かっていません。例えば寄生植物
の半寄生に相当するような,菌類からの水分や養分に依存しながら光合成もしている植
物があるに違いないのですが,それを明らかにするのはなかなか難しいことなのです。
 
〈寄生と腐生の始まり〉
 多くの植物の個体間において,地下の根を通して物質の遣り取りをしていることが明
らかになっていますし,また寄生生活者の中には,同じ種の他の個体に寄生する自種寄
生もあることが知られています。そのような相互関係から始まって高度に特殊化したの
が,ヤッコソウやラフレシアのような特定の種類だけを宿主に選ぶ寄生関係です。
 この宿主と寄生植物との関係は,両者の組織間の接続をすると云う点においては接ぎ
木のようなものですが,多くの寄生植物は,お互いに接ぎ木が出来ないような,系統的
には全く異なる植物を宿主にしています。このような寄生が成立するには,まず最初に,
異種が組織内に侵入することに対する宿主の側の防衛システムを乗り越えなければなり
ません。寄生植物が宿主に侵入する際に,他者を認識する宿主の細胞のシステムを麻痺
させているのか,それとも寄生植物の方が宿主の細胞に化けて忍び込むのか,細胞レベ
ルや分子レベルにおける相互関係の認識のメカニズムが明らかになりますと,生物相互
の関係についての新しい知の世界が開かれることでしょう。
 同じようなことは,菌類と植物との相互関係にも云えます。菌類の多くは,植物にと
っては病原菌です。歓迎されない菌類の植物体への侵入は,植物が起源したときから開
始それた出来事であったでしょう。侵入された植物が死亡したり,侵入に成功しなかっ
た菌類が増殖出来なかったことが繰り返されたことでしょう。この植物と菌類との敵対
的な関係の繰り返しの中から,植物からは菌類に有機物を供給し,菌類は植物に栄養分
や水分を供給する共生的な関係が生まれて,その展開の中から腐生植物が生まれ出て来
たと考えられます。

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