08a 植物の世界「"北方領土"の植物」
 
〈高山植物の宝庫・・・・・・色丹島〉
 色丹島は根室半島の東方沖75qに位置する東西26q,南北11qの小島で,かつては根
室国花咲ハナサキ郡に属し,斜古丹シャコタンは千島有数の良港でした。最高峰でも413mと云う平
坦な島ですが,道北の礼文レブン島と並ぶ高山植物の宝庫です。風当たりを強く受ける地
形で,高山植物に適した草原や荒れ地などが発達している上,島の生成が古く,火山が
ないため,多数の植物種が温存されたことなどによります。3島の中において,日本人
研究者に最もよく調べられた島です。
 
 色丹島全体では,551種の植物が報告されています。森林面積は20%前後と少ないが,
胸高直径1m,樹高26mと云うエゾマツの大木の記録があります。針葉樹はトドマツが多
い。特徴的なのは,気温の上昇と共に北海道においては約8000年前に絶滅したと考えら
れる落葉性針葉樹のグイマツ(シコタンマツ)で,千島列島全体においてもこの島と択
捉島にしか見られません。グイマツの樹高は10m以上になりますが,シコタンザサからな
る風衝フウショウ草原や湿原の中に生育するものは,ヤチシンコと呼ばれる矮性ワイセイ型で,山
草愛好家に珍重されています。一方,北海道において湿原に出現するアカエゾマツは,
色丹島においては限られたところでしか見られません。
 生成が古い島なのに,千島列島や北海道に普通にあるハイマツが見られない点も不思
議です。その生育立地には,ミヤマビャクシンが群落をなしています。広葉樹としては,
ダケカンバ,ケヤマハンノキ,ミヤマハンノキなどがあり,河畔にはオノエヤナギの林
が発達します。
 高山植物からなるお花畑は,主に北東部の海岸段丘上に発達しますが,海岸に面した
崖にも見られます。この風景は,丁度道東の知床,根室両半島や道北の礼文島を想わせ
ます。お花畑以外の低地は,シコタンザサからなる草原が広い面積を占めています。
 
 色丹島の固有種としては,シコタンヤナギ,シコタントリカブト,シコタンツルカコ
ソウ,ノトロスゲが報告されていますが,ノトロスゲ以外は種と認めない見解もありま
す。固有種ではありませんが,和名に島名や島の地名を冠したものは,シコタンソウ,
シコタンハコベなど10種以上あります。
 地理的な分布の上から興味深いのは,湿生植物のカラフトムシトリスミレが分布する
ことで,グイマツと共にサハリンとの繋がりを示しています。千島列島を南下してこの
島において分布が終わる種には,カタオカソウ,チシマイチゴなどがあります。
 植物群落上又は景観上優れた天然記念物予定地として,3ケ所を紹介します。
 @斜古丹山から馬の背を経て出崎デサキ山に至る山稜沿いの高山草原は,特にカタオカ
ソウの大群落が見事と云います。
 A又古丹マタコタン山を中心とした一帯の尾根に沿った高山草原は,特にウルップソウの大
群落が注目されます。
 Bキリトウシとコンブウス間の色丹松原は,グイマツとミズゴケからなる高層湿原が
見られます。
 
〈温帯系の植物が多い・・・・・・国後島〉
 国後島は,南西から北東へ長さ110q,幅8〜16qの細長い島で,南西半分は,丁度反
時計回りに知床半島,野付崎ノツケサキ,根室半島,歯舞諸島に半円状に囲まれた形になりま
す。火山島で,最高峰の爺爺チャチャ岳(標高1822m)を始め,ルルイ岳,エビカラウス山,
羅臼ラウス山などの火山があります。全体として山岳地形で,オホーツク海側や太平洋側に
注ぐ河川や湖沼も多い。植物の生育期間中は南東の季節風が強いため,中央の山地帯を
挟んで太平洋側(南東側)において霧が多く,オホーツク海側(北西側)において晴れ
る日が多い。南東側は浅海で,泊トマリや古釜布フルカマップなどの良港があります。
 南千島においては林業上,最も重要な島で,森林面積は約60%と云われます。植物の
種類は北海道とあまり差はなく,日本人研究者の興味を引きませんでしたが,最近にな
ってロシア科学アカデミー極東支部の研究者によって『国後島の植物相』(1983)が纏
められました。
 
 国後島の特徴は,色丹島や択捉島より温帯系の広葉樹や草本が多いことです。植物分
布から,広葉樹が優勢でフロラの豊富な南半分と,トドマツが優勢な針葉樹林からなる
北半分の二つに分けられます。木本類は豊富で128種に上り,温帯系に多い蔓植物も10植
物あります。主要な木本はトドマツとエゾマツで,その他の針葉樹としてはアカエゾマ
ツやイチイ,ハイマツなどがあります。温帯系植物として,落葉高木ではハルニレ,ホ
オノキなど,蔓植物ではサルナシ,マタタビなど,草本植物ではフタリシズカなどがあ
ります。
 海岸にはハマニンニク,ハマナスなどからなる海岸草原があり,平地にはチシマザサ
が多い。高茎コウケイ草本ではオオイタドリ,アキタブキなどが多く,道東の植物景観とよ
く似ています。ハイマツ帯の上には主にツツジ科の小低木からなる高山草原があり,火
山礫地レキチにはメアカンキンバイ,イワブクロ,コマクサなど,北海道において馴染みの
深い高山植物に出会えます。
 
 植物区系からは,東アジア区系に含めると云う点において一致しています。植物の固
有性は低く,固有種としてクナシリオヤマノエンドウとクナシリコウガイが報告されて
います。ただし,クナシリオヤマノエンドウは最近の論文や図鑑には引用されておらず,
分類学的再検討が必要です。また島名や島の地名が用いられた和名の植物も極少なく,
色丹島とは対照的です。
 現在,ロシアが島北東の爺爺岳山麓と島の南西側に,国立クリリスキー自然保護区を
設置しています。
 
〈サハリンや色丹島と相関・・・・・・択捉島〉
 択捉島は長さ200q,幅6〜30qで,千島列島中最大の細長い島です。最高峰は散布チリ
ップ山(標高1587m)で,他に神威カムイ岳や西単冠ニシヒトカップ山などの火山や,留別ルベツ川な
ど200に及ぶ河川があります。中央部の紗那シャナが島の中心で,最盛期は千島の都の感が
あったと云います。南千島最北の島で,択捉海峡を挟んでウルップ島に対峙タイジします。
 
 面積の約80%が森林で,森林の樹種などに関する報告は幾つかありますが,島全体の
フロラは未だ纏められていません。森林地帯からは,北部,中部,南部の三つに分けら
れます。南部にはエゾマツ林とトドマツ林が多い。中部はグイマツ林とトドマツ林が普
通で,特に湿原や海岸台地にはグイマツの純林が見られます。北部にはトドマツ林など
高木性の針葉樹林は見られず,ダケカンバを中心とした低木林が優勢で,相観的には中
部千島に似てきます。
 植物分布からは,サハリンや色丹島との関係が注目されて来ました。例えばグイマツ
の分布については,サハリンから択捉島を経て色丹島へと云った,夏から秋にかけての
潮流による種子分散の経路が提唱されたこともあります。
 
 森林樹種や温帯系植物分布の北限と云った点ばかりが注目される島ですが,お花畑も
単冠湾,留別,斜那などの海岸段丘上によく発達しています。質量共に日本アルプス以
上と云う評価もあり,この点は色丹島と共通します。固有種として,カワカミモメンヅ
ル,エトロフヨモギ,エトロフソウが報告されていますが,エトロフソウはその後引用
されておらず,分類学上問題があります。島名の付いた植物にはエトロフヤナギがあり
ます。
 学術上保存の価値のある樹林として,紗那沼のエトロフヤナギ群落,有萌アリモエ付近の
ミヤマビャクシン群落,留別近くの登山道沿いのトドマツ林,具谷グヤのグイマツ林の四
つが挙げられるとの報告があります。

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