03a 植物の世界「帰化植物には何故キク科が多いのか」
〈「新帰化雑草」の強み〉
それでは,何故キク科植物が大きな位置を占めているのでしょうか。それは,「新帰
化雑草」の条件を満たす種が,キク科に多いことによるのです。
@人間や貨物,航空機などの移動に伴って容易に運ばれる種子や果実(散布体と云う
)を持つこと。又は,それらが農作物の種子に混入しやすいこと。
A侵入した先において,従来の植物群との競合を避けられるような生活形態を持って
いること。例えば,常に表土が撹乱される処において,乾燥や強い日差しに耐えられる
こと。
B短期間に終わる生活史を持ち,数カ月或いは数週間と云う短さで次世代を作れるこ
と。
C繁殖に当たって,特定の昆虫などに花粉の媒介を依存しないで済むこと。特に栄養
生殖や自家受粉,或いは無性生殖(アポミクシス)によって次世代が作れること。
D1回の繁殖によって大量の種子や果実を生じること。
E散布体の移動が急速なこと(短距離移動の能力しか持たなくても)。
以上のようなことが挙げられますが,一つ一つの条件がどのような意味を持つのか,
もう少し詳しく考えてみましょう。
△引っ付きやすい種子を持つ
まず前掲@の要件においては,種子や果実が小型かつ軽量で,その果実が持つ毛,刺,
芒ノギ,逆毛などによって他の物体や梱包物,動物体,人間の衣服などに付着しやすくな
っていること。果実などが付着して運ばれやすい植物として,イノコズチやヌスビトハ
ギ,チカラシバなどもよく知られますが,キク科植物にはこの型の果実(痩果ソウカ)を持
つものが大変多い。イネ科にも可成りこのタイプがあって,農作物(穀物)に混じりや
すいこととも併せて,新帰化雑草の有力なメンバーとなっています(後述)。
△在来種に勝つ秘訣
AとBの生活形態においても有利な草本が,キク科に多い。その大部分は夏型一年草,
或いは冬季だけロゼットの状態で過ごす越冬草で,ほぼ1年以内の短い期間に一生を終
え,不安定で周期的に撹乱される処においても,よくその周期に合わせた生活史を送っ
ています。また典型的な陽植物で,強い光を有利に利用する代謝系を持ち,全体が毛に
覆われるなど日中の乾燥への適応も優れています。
△高い繁殖力
CとDにおいても,断然キク科植物の優位が目立ちます。キク科植物の花は基本的に
は虫媒花ですが,花の構造はそれほど特殊化しておらず,特定の種類の昆虫にだけ依存
することはありません。この点は,新天地に帰化して繁殖するためには重要な条件です。
その上,同じキク科においてもブタクサなどは風媒花です。
また西洋タンポポに見られるように,受粉を必要としない無配生殖によって雌蘂だけ
で結実するものさえあります。更にはキクイモやハルジオンにおいては,地下部分だけ
で繁殖する栄養繁殖も行っています。
1個体が生産する散布体(果実)の数が非常に多く,その発芽率の高いことも,この
優位性を支えています。例えば,ヒメムカシヨモギの大株1個体が生産する痩果の総数
は約819,000個で,しかもこの個体が発芽してから結実するまでには180日,と云う発表
もされています。この数は,多産で知られる他の雑草,例えばスベリヒユの244,000個に
比べても格段の違いです。
△素早く大量に散布する
Eもまた極めて重要な特性です。と云いますのは,都会地周辺における表土の撹乱は
極頻繁に,場所を転々と移動して行われています。其処に定着する新帰化雑草の消長も
非常に激しい。長く定着してしまいますと,後から入って来る在来種との競争に負けて
駆逐されてしまうからです。あれほど猛烈に殖えるセイタカアワダチソウでも,同じ処
に生育し続けると3〜4年でススキなどに置き換えられてしまいます。このため,常に
新しく撹乱された裸地へ急速かつ大量に散布することが,生存を長続きさせる条件でも
あるのです。
近年において土地の撹乱は,常に何処かにおいて起こっていますので,1q以下の短
距離移動の能力しかなくても十分に,新しい生育地に達することが出来るでしょう。勿
論動物と異なって,植物はそのような処を"目指して"移動出来る訳はありませんので,
全般的な散布,分散の中においてそのように裸地に到達したものだけが発芽して生育出
来るのです。つまりは,種子の大量生産,大量分散の末に実現する"生き様"と云って良
い。
このような散布方法は,果実が短い冠毛を持っていて,風に飛ばされるものの多いキ
ク科植物に大きなメリットを与えます。植物には様々な散布方法がありますが,短距離
を急速,大量に移動するには,この散布型が最適だからです。
〈開発ブームの申し子〉
要するにキク科植物の新帰化雑草は,人間の活動に伴って海を越えやすく,新天地に
入ってからは在来の植物との競合をうまく避けて,常に新しく撹乱された表土を急速か
つ大量に移動して廻る機能を備えた植物なのです。そして分散して発芽した後は,裸地
のデメリットでもある昼間の乾燥と強烈な日差しに耐えて素早く生長し,その後続いて
撹乱されるまでに,大量の散布体を作って風によって飛ばされるのです。
こうした工業化社会の開発ブームの申し子のような生活史を持つことで,彼等は近代
日本のみならず,北半球の先進工業国の都市近郊を席巻していると云って良いでしょう。
云うまでもありませんが,キク科植物は,進化の歴史の最後に登場した植物群です。
と同時に,今日の地球上において最も多くの種に分化し,ウサギギクやエーデルワイス
などの高山植物から,海岸やときに海水中に浸かるウラギク,更にはヨモギ属の多くの
種のように内陸の砂漠に至るものまで,広い生育範囲を持っています。換言しますと,
キク科植物は,それ程までに環境変化に柔軟な対応力を持ったグループと云えます。
砂漠においては,キオン属などは一見サボテンのような多肉植物となり,競合する樹
木の少ない海洋島や火山地においては,例えばガラパゴス諸島のスカレシア属や,チリ
のフアン・フェルナンデス諸島のデンドロセリス属などのように,10m以上の高木にまで
進化します。
キク科植物の示すこのような適応力の強さが,「新帰化雑草」つまり,ここ200年程の
人間による急速な自然の改変に見事に対応した植物群の主役に押し上げたと考えて良い
でしょう。
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