03b 植物細胞のすべて
 
〈細胞の様々な形態〉
 新しく分裂してできた植物の細胞は次第に古くなると,やがて分裂しなくなり,風船
のように膨れ始めます。植物の生長を観察しますと,その生長の90%以上は細胞が大き
くなることで説明できます。細胞は水分を多量に吸収し,その水分は中心部にある小さ
な液胞の中に集められます。この水に化学物質が溶け込んだものが細胞液と呼ばれます。
細胞が膨張しても,原形質の体積は変わらないのが普通です。しかし,それまでに一つ
に合併して膨れている液胞によって,原形質は徐々に細胞膜の方へ押し付けられ,薄く
広げられた状態になります。
 このように,細胞の膨張によって生長することは植物細胞にのみみられる特徴で,動
物細胞にはみられません。動物細胞は専ら分裂によって生長し,常に原形質で満たされ
ています。動物細胞つまり肉に蛋白質が多い理由もここにあります。これと対照的に,
生長しきった植物細胞には糖や無機物の方が多く含まれています。例外的にコムギの幼
芽やクルミやタケノコやヤシの芯といった若い細胞には,蛋白質が豊富に含まれていま
す。
 植物の若い茎は柔軟性があって曲がりやすいのに比べて,比較的年をとった茎は堅く
て折れやすい。この理由は細胞膜と関係があります。細胞膜は植物細胞が形成された最
初の頃は,薄くて弾力性に富み,細胞が大きくなるに従って膨張することができます。
しかし,その細胞が大きくなりきりますと,細胞膜は堅くなり,その細胞が年をとるに
つれて大抵細胞膜は厚くなります。これは細胞膜を作る物質の新しい層が,その内部に
できてくるからです。こうして細胞は完全に柔軟性を失います。若いニンジンやサヤイ
ンゲンは生長しきったものより柔らかいし,アスパラガスの茎の基部の古い部分は堅く
て食べられません。この原因は細胞の老化によるものと言えます。
 茎の木質部や繊維細胞では,細胞膜が極端に肥厚しています。材木が堅いのは,細胞
膜が肥厚したためです。細胞膜が厚ければ厚い程,材木は堅くなり重くなります。熱帯
アメリカ産のバルサは非常に軽い木材ですが,それは細胞膜が薄いからです。逆に硬質
材では,細胞膜が非常に厚く,細胞膜と細胞膜の間に殆ど空気の入る隙間がないため,
水に浮かぶことができません。一方,コルクが瓶の口に栓をするのに適している理由は,
コルクの細胞膜は丈夫であるが,非常に薄いため圧縮することができるからです。
 細胞膜が年とともに厚くなって,細胞全体が非常に長い形をとったものは繊維と呼ば
れます。ワタの繊維は,植物学的に言えば,種子の外側に生長した毛ということになり
ます。ワタにも種類があって,繊維の長さが2.5pといった短いものから,エジプトやア
メリカの南西部に生育するもので繊維の長さが6p以上にも及ぶものがあります。ワタ
の繊維の横断面を高倍率の顕微鏡で観察しますと,細胞膜が幾層にもなっていることが
分かります。その細胞の一つ一つの層は,一日の間に沈積した細胞膜物質であり,その
当日の生長条件によって厚さが異なっています。従って,ワタの繊維はそれが生長する
ときの日々の気象条件を着実に記録しているのです。
 
〈組織培養による細胞の観察〉
 細胞は植物の形を決める上でも一役を果たしています。植物の形は,細胞自身の形と
細胞の配列の違いによって決定されます。例えば,植物の茎にあたる部分の細胞は非常
に長く,その幅の100倍の長さに達するものもあります。同じ茎でもジャガイモの塊茎の
ようにまるまる肥厚した地下茎では,その細胞の大部分はそれぞれ長さと幅が同じ位で
す。
 細胞はまた,その数によって植物の大きさを決定します。つまり,大きな植物は非常
に多くの細胞からできており,小さな植物は比較的少数の細胞からなっています。植物
の大きさが細胞の数によって決まることは,次のような結果を生ずることにもなります。
被子植物はある程度までしか小さくなることはできないのです。それ故,約5o以下の植
物では,被子植物のように適当な葉や茎や根や花を構成できません。その訳は,それら
の各器官を構成する細胞の数が足りないからです。
 細胞そのものの大きさはほぼ一様です。しかし,その形は実に様々です。植物の毛を
見ますと,細胞の多様な形が観察できます。それは長かったり,短かったり,刺トゲ状で
あったり,棍棒状であったりします。中には油や消化酵素を分泌する腺細胞であったり,
根毛のようにいろいろなものを吸収する細胞であったりします。
 細胞が集結して組織となったものは,そのままでは細胞の形を認めにくい。そこで安
全剃刀の刃で薄く切ると分かりやすくなります。多くの切片をいろいろな方向に切って
観察すれば,その細胞の形を推測することができます。
 30年程前から始められて,最近急速に発達した植物学における一つの技術は組織培養
で,植物細胞に関する知識に新しい光を投げ掛けました。組織培養はまず動物から始ま
りました。1907年にハリソンはカエルの神経組織をそのリンパ液の中で培養し成長させ
ました。植物の組織培養はそれより遅れて,フランス人のゴーセやアメリカのホワイト
等によって1934年に始められました。
 いわゆる組織とは細胞の一群を言い,普通それらは全て同一種類の細胞からなり,肉
眼でも見える程大きな塊カタマリを作ります。培養される組織の最も一般的なものはカルス
組織です。これは特定の形や機能を持たない,細胞の大きな丸い塊のように集合体です。
指を傷つけたときにできる傷跡の組織のように,植物の茎が傷つけられたときにできる
組織と同じ種類のものです。カルス組織を培養するには,茎の1片を切り取り,滅菌し
た上で栄養分を含んだ培養基の入った試験管の中に入れればよい。培養がうまくゆくと,
数週間のうちに切断面の表面が不規則な形をした組織の塊で覆われます。この組織は植
え継ぎができます。そのカルス組織の1片を切り取り,培養基の入っている別の試験管
に投入すると,その組織の1片は成長を始めます。微量の植物ホルモンやその他の物質
を培養基に加えて養分を絶やさぬようにし,カルス組織を次々に切って植え継ぎするよ
うにすれば,その組織を何時までも培養することができます。
 過去10年に亘って組織培養により,幾百種もの植物から採った組織が生長しています。
それらカルス組織になったものは,その元の細胞がヒナギクであれ,タバコであれ,ニ
ンジンであれ,可成りよく似た形態を示しています。しかし,あくまでそれらは同一の
ものではありません。似た形をしたカルス組織でも,一度細胞が分化し始めると,最後
には,それを切り取ってきた元の植物と同じ完全な植物体となることがあるからです。
この場合,ニンジンのカルス組織からはニンジンの植物体が,タバコのカルスからはタ
バコの植物体ができます。
 更に最近,研究者達は培養組織から単一の細胞を分離し,それを大きなカルスに育て,
そのカルスから完全な植物を作ることに成功しました。この事実は次のようなことを見
事に証明しています。完全な植物体は,受精した卵細胞からできるだけでなく,普通の
組織細胞からも同じようにできることです。このことは約130年前に,シュライデンとシ
ュバンによって提唱された細胞説を最終的に立証しています。
 以上のような全ての実験によって,次のことが明らかななりました。植物体は極めて
特定な計画に従って組み立てられた1群の細胞によって作られてているものです。その
細胞群はレンガや石の積み重ねに例えられましょう。一つ一つの石やレンガを見た限り
では,それが大寺院を造るためのものか,獄舎を造るためのものかは全く分かりません。
それと同時に,個々の細胞を見た限りでは,それがニンジンを作るものか,タバコを作
るものかは見分けがつきません。しかし,その一つ一つの細胞には,自ら運命付けられ
たものを作り出す青写真を内に秘めているのです。
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