02b 魅惑の植物世界
 
〈植物らしくない植物〉
 植物と言えば,誰でも葉緑素を連想する程です。ところが中には,葉緑素の全く無い
植物もあります。葉緑素の無い植物は,自分自身の養分を自ら作り出すことができませ
ん。従って,この植物は生長に必要なエネルギーを,動物のように緑色植物から得なけ
ればならない訳です。中にはバクテリアの一種である硝化バクテリアや水素バクテリア
のように,化学変化によって得たエネルギーを用いて炭酸同化するものもあります。但
し,これは例外です。これらも葉緑素は持っていません。
 葉緑素の無い植物は光を必要としないので,土壌の中とか暗い処でも生活できます。
これらは二つのグループに分類されます。その一つはバクテリアで,顕微鏡でないと見
えない程小さく,最も簡単な藻類と同じ位簡単な体制をしています。他の一つは菌類で,
バクテリアよりはずっと大きく,体制も複雑です。
 菌類は植物進化の過程からみれば,まだ下等な植物と言えます。葉緑素を持っていな
い点で藻類とはっきり異なるが,進化の点ではある程度まで藻類と並行して進化してき
ました。菌の形は基本的には多量の毛状の糸からできています。古くなったパン切れの
上によく見られる毛に似たカビは,菌類の典型的な例です。これらの糸は菌糸と呼ばれ,
菌糸がより多く集まって大きな体制を持つ構造物を形造るのです。キノコなどがその代
表的なものです。
 しかし,我々が見る森林の地面に頭を押し上げたキノコや毒キノコは,菌の胞子を作
る部分に過ぎません。菌の本体は土中に隠れているのです。キノコは菌が増殖する準備
ができたときに土の表面に現れたもので,菌の基本的な部分は土壌の中に隠れた,肉眼
では見えない織物のような形状をした菌糸です。
 これらの微細な菌糸はどんな小さな穴でも突き抜けて発育できます。それ故に動物と
植物を問わず,一寸でも表面に傷があれば,菌は其処から侵入していきます。一度菌が
体内に入ると,その菌糸は至る処へ奥深く潜行し,次々と伝播しながら宿主の個々の細
胞から養分を吸収します。
 植物の病気にも色々ありますが,中でもムギの黒穂病,サビ病,枯死病,胴枯れ病な
どは,今まで述べたようなやり方で菌が侵入した結果起こるものです。それと同じよう
にして,菌はその他の動植物の病気の原因となっています。
 とは言え,菌類が全て有害であると決め付けるのは早計です。菌類はバクテリアとと
もに,森や林の落ち葉を分解したり,生命現象に関係した炭酸ガスやその他の炭素成分
を,葉の骨組みや枯れた木の枝や幹から放出し,肥えた腐植土を作り出します。また,
酵母というお馴染みの菌は,糖からアルコールを生成するような有用な化学作用を行い
ます。このほかにもペニシリンやオーレオマイシンのような重要な抗生物質を作ったり,
ビタミンとかクエン酸といった有用な物質を作る菌もあります。これらは地味な存在で
すが,我々の生活に大いに貢献しているのです。
 ここで,注目すべき原始的植物のグループを紹介しましょう。それは他のどの植物よ
りも丈夫なもので,地衣類と呼ばれる一群の植物です。地衣類のあるものは岩の表面に
色彩に富んだ堅い外皮を作り,あるものは樹皮の表面にこびり付くようにして生育しま
す。高山の頂上や北極など,厳寒で他の植物が生育できない処では,生えているものと
言えば殆どが地衣類なのです。事実,南極で発見される植物の中では,地衣類が圧倒的
に多い。
 ところで,地衣類の薄い切片を顕微鏡で調べますと,非常に面白いことが発見できま
す。地衣類をよく見るとそれが単一の植物ではなく,藻類,取り分け藍藻とか緑藻など
と菌類が一緒になって地衣類を構成していることが分かります。菌類の糸状の菌糸は,
藻類を取り巻く丈夫な外皮の中に一緒に織り込まれているのです。そして,葉緑素を持
った藻類が太陽光線から吸収したエネルギーを相棒である菌類のために作り出し,菌類
はそのお返しに無機物質と適当な保護を藻類に与えています。
 この状態を真の共生と言います。即ち,二つの完全に異なった生物が生活を共にしな
がらお互いに助け合い,藻類又は菌類自身の能力を超えた,新しい変わった形態を執っ
て生存しているのです。
 
〈陸上植物の出現〉
 今まで述べてきた植物は全て比較的簡単な体制を持ち,大洋や地表や土の中などで生
育しているものが殆どでした。我々が普通常識的に植物と読んでいる生物については,
未だ何も触れていませんが,それらはどんな性質を持つのでしょうか。陸地を覆ってい
る高木や低木,一面に生える草木や咲き乱れる草花,緑の葉,それらはどんな形態を執
り,どのように生育しているのでしょうか。また,進化を示す図を描けば,どの辺りに
位置し,何時,どのようにして進化し始めたのでしょうか。
 陸上植物は藻類よりずっと遅れて進化しました。藻類の最も初期の形跡は,約20億年
前の堆積物の中に見出されています。それに比べて,化石に現れた陸上植物の遺物と推
定されるものは約4億2000万年前のものです。3億9000万年前には,既に湖の岸辺や他
の湿地帯に沿って,可成り発達した植生があったと推定されています。
 これら初期の陸上植物はその内部に水を送る機構を備えているところから,維管束植
物と呼ばれます。それは全て,胞子によって繁殖します。胞子は顕微鏡的な大きさで,
それらの植物の茎や葉の上にできる小さな袋状のものの中で作られます。
 かつて地球の陸地には,こういった胞子によって繁殖する植物が幾百万年にも亘って
生育していました。例えばマツバラン,シダ,トクサ,ヒカゲノカズラといった類です。
中には高木の高さにも達するシダや巨大なヒカゲノカズラに進化し,これらが繁茂して
一大密林となっていました。それらが堆積した結果できたものが,今で言う石炭です。
その当時の植物には未だ色彩に富んだ花もなく,単調な常緑の葉を一面に広げて密生し
ていたと想像されます。
 この時期に,植物の進化にとって極めて重要な新しい現象が幾つか発生しました。取
り分け植物の生殖においてそれまでより効果的な方法が現れました。それは種子と言わ
れるものの発生です。
 胞子による生殖は比較的高率がよくありません。数百万の胞子のうち,発芽して生殖
細胞を作るのに適した光と温度が組み合わさった処にうまく落ちるのはほんの僅かに過
ぎません。しかもその生殖細胞は他の細胞と組み合わされないと,新しいシダやヒカゲ
ノカズラを生じないのです。それとは対照的に,種子は新しい植物になる機会により多
く恵まれています。種子はその内部に自ら多量の養分を持ち,加えて胚と言う既に部分
的に発生した幼植物を合わせ持ち,それらは丈夫な種皮で保護されています。従って,
胞子によって繁殖するシダやヒカゲノカズラの,あるものが進化して種子を生じ始める
ということは,当然考えられる道筋です。
 これまで述べてきたことを考え合わせますと,種子と言うものが植物の進化における
"大発明"の一つであることは自然にうなずけるでしょう。そして,我々は初期の種子植
物の進化の跡をその化石から窺い知ることができます。それらの化石には,初期の種子
植物が絶滅して以来何億年という歳月が経過したにも拘わらず,それらに歴史の多くが
刻み込まれているからです。
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