31b 葛のお話〈クズの生理生態〉
 
〈有性繁殖〉
 クズの繁殖には,落下した種子からの発芽による有性繁殖と,茎の分離独立により個
体の増殖が行われる無性繁殖とあります。
 夏期8月〜9月はじめ頃に紫花色の蝶形花をつけ,花後多数の種子をいれた豆果(サ
ヤ)となり,12月頃完熟してほとんどのものがサヤのまま落下します。1本の多年生茎,
あるいは同じ株から出た数本の絡み合った多年生茎の集団に20〜30の果実序があり,1
果実序に10〜30個ほどのサヤがつきます。種子の数は,株頭茎2.5〜3.5pの1個体に
6,000〜7,000粒くらいといわれています。
 これらの種子には種皮の色の異なる3種類があって,これらが1個のサヤの中に混在
しています。茶色で扁平無胚の発芽能力のないもの(粃シイナ),淡茶色で速やかに発芽
するもの,淡茶色の地に濃茶色のまだら模様のある発芽しにくく,発芽の不揃いなもの
の3種類です。その割合は,しいな5%前後,発芽のよいもの6〜12%,発芽しにくい
もの80〜90%です。
 種子の運搬は季節風,あるいは鳥(排泄物)によるものと推測されますが,まだはっ
きり分かっていません。種子の発芽能力は2年程度といわれていますが,伐採跡地や林
道開設して新たに地表の現れたところなどに種苗が発生します。
 一方,多年生クズの繁茂地では結実があるのに実生苗が見つからず,また,うっぺい
した林地内や3年以上経過した伐採跡地では,ほとんど種子からの発生はありません。
したがってクズが出はじめてから3年以内に徹底的にクズ防除すると効果があります。
 種子の発芽についての長崎営林署の実験では,1月33%,2月63%,3月18%,4月
3%,5月0.3%の発芽率となっています。冬期低温後の休眠打破により,発芽が促進
されるようです。
 また相対照度と発芽率の関係について天然生広葉樹林で実験したところ,照度50%以
下は発芽率20%,60%は約30%,80%は約40%,100%は60%でした。クズの種子から
の発芽と発芽後の生育は陽光に大きく左右され,発芽を抑制するためには照度を20%以
下にする必要があります。
 
〈林木の伐採時期とクズ発芽の関係〉
 伐採跡地でのクズの発芽は大体2カ年にまたがります。9月〜3月の冬期伐採地では
4月〜5月に比較的揃って発芽し,当年発芽90%,翌年発芽10%で,伐採当年の発芽が
多い傾向にあります。4月〜8月の伐採地では翌年発芽86%となっています。また,伐
採してから3年目以降はほとんど発芽しません。
 土壌層別の発芽率調査では,H層68%,F層24%,A層8%の順となっています。
 
〈無性繁殖〉
 節発根した茎の節間が下刈りや昆虫,ネズミの食害などによって切断されますと,発
根節が経年ごとに肥大して独立した株を形成します。このようなことを繰り返して無性
繁殖を続けていくことになります。クズを防除しようとして生半可に多年生茎を切りま
すと,かえって若返り前より元気にはびこることになります。
 クズの群落が新しくできるには,まず2年ほどの間に種子繁殖によって基盤を作り,
その後は無性繁殖により群落を形成して,さらにそれを周囲に拡大していくことになり
ます。これらの繁殖によってできる株は,勿論その立地条件によって異なりますが,山
陽,山陰,四国,九州方面におけるクズのよく繁茂する幼齢造林地では,ha当たり
3,000〜15,000株くらいもあります。
 
〈発芽瘤切断と再生の関係〉
 従来,発芽瘤(クズ株の株頭部分)下を切断すると再生しない,といわれてきました
ので実験したところ,切断して放置した場合,切断後3カ月しても衰弱せず,そのうち
の30%以上は切断部にカルスができて緑色化し,一部にランナーが再生しました。
 これに対し,切断部に覆土した場合は3カ月後枯死30%,腐れの進行したもの50%弱
でした。
 このことにより,発芽瘤下を切断したのみでは必ずしも枯死しないということです。
覆土により腐敗枯死の比率が高いのは,主に糸状菌の一種が支配しているとの報告があ
ります。
 
〈茎及び根部の維管束環〉
 木質化した多年生茎や主根の横断面を観察しますと,一見,年輪のようなリングが肉
眼で確認できます。これが維管束環です。維管束は導管をもつ木部と,篩フルイ部の組織
で構成されており,この両者の組織が一つの維管束環(リング状)を形成しています。
木部柔組織は株から葉へ水分や無機塩類などの輸送をつかさどり,篩部は植物体各部へ
の同化物質の輸送をつかさどります。
 維管束環は年輪ではありませんのが,肥大成長と密接に関連する一種の生長形質であ
ると考えられます。したがって,維管束環数によって茎の節間と根を,肥大成長の進行
段階ごとに区分することは可能ですが,維管束環数と年齢の関係についてはさらに検討
の余地があります。
 
〈クズの利用〉
 クズは万葉の昔から秋の七草の一つに数えられ,季節の風物として鑑賞されてきまし
た。クズはごく身近な路傍のつる草ですが,案外にどのようなものか知られていません。
しかし葛粉は有名で,紡錘型の貯蔵根から採られます高級な澱粉として,病人の食料,
葛餅,葛素麺,葛切などの原料として古くから使われています。
 薬料としての葛根は,冬期に根部を掘り取り,外皮を除いて板状か角状に切り,天日
で乾かしたもので,1日量3〜7g煎服しますと発汗,解熱作用を促進し,葛根湯とし
て風邪に効用があります。花は干して3gを煎服しますと二日酔に効きます。
 つるは篭に,その内皮から繊維を採って葛布が織られます。葉は草木染の材料として
利用されます。
 
〈万葉の和歌とのかかわり〉
 葛は古へより多くの歌に詠まれていますが,これらの歌には,古人のみたクズの生態
的特長をよくとらえていて,味わい深いものがあります。例えば,親づるから子づるを
沢山出して繁るさま,葉が風に吹き返されて白い葉裏を見せるさま,クズはなかなか繁
殖が激しくて絶えないさまなど,様々なことを歌の中に表現しており,当時の人達がク
ズをどのように見ていたか窺うことができます。
 
 △延ハふ葛の 絶えず偲ばむ 大君の 見メしし野辺には 標結シメユふべしも
                                (巻20・4509)
 △上毛野 久路保クロホの嶺ネろの 久受クズ葉がた 愛カナしけ児らに いや離サカり来クも
                                (巻14・3412)
 △真葛原マクズハラ なびく秋風 吹くごとに 阿太の大野の 萩が花散る
                                (巻10・2096)
 △女郎花オミナエシ 生オふる沢辺の 真田葛原マクズハラ 何時イツかも絡クりて わが衣に着む
                                (巻7・1346)
 △秋の野に 咲きたる花を 指折オヨビオり かき数ふれば 七種ナナクサの花
                                (巻8・1537)
 △萩の花 尾花葛花 なでしこの花 女郎花また藤袴フジハカマ 朝貌アサガオの花
                                (巻8・1538)
                            (以上 山上憶良の歌)
 
                 参考「GREEN AGE'94/8(伊尾木稔氏)」

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