31 葛のお話〈クズの生理生態〉
 
           葛のお話〈クズの生理生態〉
 
                    本稿は,日本緑化センター発行の「GRE
                   EN AGE'94/8」の「クズの生理生態(伊
                   尾木稔氏)」を参考にさせていただきました。
                    葛は初秋から晩秋にかけて,野道を散策し
                   ていますと一番に目につき,気なる植物です。
                    葛は,他の植物にとっては嫌われものです
                   が,若芽や花穂はテンプラにすると美味しい
                   と云われています。一度お試し下さい。
                                    SYSOP
 
〈はじめに〉
 クズはちょっと戸外に出ますと,斜面の叢や散歩道の丘の上などで沢山目につく,極
めて身近な植物で,日本列島のいたるところに生えているつる性植物です。クズは古く
から秋の七草の一つとして人々に親しまれ,万葉の歌人によって幾多の歌が詠まれてい
ます。また和菓子や漢方薬の材料をはじめ,牛馬の餌や田畑の肥料として,人間の生活
に深いかかわりをもってきた植物です。
 一方ではクズは,林木の生育にとっては最大の敵です。春の陽光を浴びて造林木がい
よいよ伸びようとしていますと,またたくまにクズの茎葉がマントのように覆い,造林
木は受光を妨げられ,幹は曲がり,通風を断たれて蒸れ,そしてひどい場合は枯死して
しまいます。
 そこで,クズ対策に必要となりますクズの生理生態などについて述べてみます。
 
〈分類と形態〉
 クズは植物分類上,マメ科ソラマメ亜科アズキ族クズ属に属します。
 クズは多年草つる性の草本で,地上部の当年生部分は緑色で軟らかく,越冬した基部
の多年生つる(茎)は木質化して灰白色呈します。当年生茎には全体に褐色の粗い毛が
あります。葉は大きく互生して長い葉柄をもつ三出複葉で,葉の形はよく観察しますと
心形,腎形,楕円形などの変形が見られます。葉の上面は緑色で粗い伏毛がまばらにあ
って,下面は白色を帯び白毛が密生しています。夏の終わりから秋にかけて,葉腋から
15〜18pの総状花序を出し,極めて美しい紫赤色の蝶形花を密につけます。豆花(サヤ
)は長さ5〜10pの線形で,褐色の粗い開出毛で覆われており,中にはおよそ3種類の
性質をもった豆形の種子が混在しています。
 
〈分布とクズの語源〉
 クズの分布は広く,日本(北海道から沖縄まで),朝鮮半島,中国大陸(中国名:葛
藤),台湾,フィリピン,インドネシア,ニューギニアに自生し,アメリカにも帰化し
ています。全部で35種あるといわれており,そのうち日本には2種が存在します。
 クズは比較的土質を選ばず,温暖で湿潤な気候のもとで盛んに繁殖する頑健な植物で,
その生育範囲は広く,特に幼齢造林地,山裾谷間など湿気の多いところ,堤防,荒れ地,
道路端,鉄道沿線などに旺盛に繁茂し,その面積は把握し難いです。
 クズの名称の由来については諸説がありますが,次の由来が通説のようです。クズの
よく繁茂する大和吉野の国楢(くず),すなわち現在の奈良県吉野郡吉野町大字新子の
地名に由来するという説です。昔,国楢の人達が葛粉をよく売り歩いたので自然にクズ
と言うようになりました。日本各地に伝わるクズの呼び名は極めて多く,クズ,クズフ
ジの転化した名称や,カンネンカズラのように寒根(かんね)を指すもの,葛根,葛木
を意味するカズネなどの呼び名の伝わっている地方があります。また万葉の歌では葛(
くず),田葛(くず),久受(くず),真葛(まくず),玉葛(たまかずら),真玉葛
(またまかずら),真田葛(まくず)の呼び名で詠まれています。
 
〈出芽展葉開始時期〉
 クズは前年に茎の節部に休眠芽を形成し,越冬して翌春芽の伸長を開始します。クズ
の株や多年生茎から冬眠芽が動き始めるのは比較的遅く,9℃±2℃ぐらいの頃です。
 春に八重桜の咲くころ(関東では4月20日ころ)にクズの芽が動き出して,緑色を帯
びてきます。さらに葉を開く展葉開始時期は,それから2〜3週間後(同5月はじめ)
です。この時期にはすでに当年生茎は30〜50p程度に伸長しています。これらそれぞれ
の時期はクズ防除上大切な関係をもっています。
 
〈生育の季節的変化〉
 越冬した多年生茎や株から出芽し始めててから梅雨前頃までは,茎の伸長は比較的緩
慢ですが,梅雨期に入ってからしばらくしますと,急激に伸長速度を早め,7月下旬〜
8月上旬にピークに達します。その後8月中旬〜下旬の猛暑下では一時期伸長を休止し
ます。このことは群落の繁茂が極に達したため,群落内部に光不足とか,風通しの悪さ
などで多くの枯死葉を生じ,また,当年生茎の成長が一時的に鈍り,そのため新葉の展
開がわずかになることなどが原因していると考えられます。9月上旬より再び伸長が旺
盛となり,10月上旬頃に停止します。その間8月下旬〜9月中旬に開花します。その後
11月上旬頃より逐次葉が黄化しはじめ,それとともに茎は先端より枯れはじめます。そ
の間強い降霜に遭いますと葉は全面的に萎えたようになり,その後黒褐色に変化し枯死
します。
 茎は,葉の黄化と平行して株の方より表面が茶褐色を帯びて硬化し木質化しはじめま
す。茎の先端からの枯れは3月上旬まで続きますが,一定の太さのところ又は最初の発
根節(節根を出している節)で止まります。冬枯れする茎の大きさは,地域の気温や周
囲の状況により異なりますが,5o以下ぐらいの細い部分です。
 12月上旬から中旬頃までには殆どの葉が落葉し,その後は春まで休眠状態で越冬しま
す。
 
〈クズ体内での物質移動〉
 クズに類する多年草植物は,貯蔵器官に炭水化物を主体とする物質を貯えています。
クズは主根に多量の炭水化物を貯蔵しているばかりでなく,越年した多年生茎にも少量
ですが貯蔵物質を持っています。これらの貯蔵物質は春の生育初期に成長部へ送り込ま
れて,新生器官の急速な成長を支えています。このことは,自然界において生育空間を
獲得するために極めて有利であると考えられます。
 新生器官は貯蔵期間から送られてくる物質と,葉の光合成によってつくられますが,
この物質が炭水化物である場合は,乾燥重量で貯蔵期間の物質減少量の約半分の新植物
体がつくられることが分かっています。これを根拠に実験した結果,7月下旬までにつ
くられた当年生茎葉の約67%は,貯蔵物質によってつくられたことが分かりました。こ
のことは,猛烈なクズの成長を大いに有利にしている根源でしょう。しかもクズは他の
植物の上に伸びて,光合成を盛んにすることができますので,極めて生育上有利なので
す。
 消耗してしまった多年生茎や根部には,8月以降当年生器官から同化物質が送り込ま
れ,これによって貯蔵器官の比重が急速に大きくなります。このようにして夏から秋に
かけて貯蔵した物質を再び次の生育器官の形成に活用するという循環を繰り返している
のです。
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