10 酸性雨
酸性雨など酸性降下物と森林(抜粋) 資料:林業技術ハンドブック
(森林総合研究所 井上敞雄氏)
Ⅰ 酸性降下物とは
大気は様々な物質によって汚染され,それらの形態も多様である。それらはいずれは
地表面に降下沈着する。降下沈着するあらゆる形態の酸性物質を酸性降下物といい,主
な物質はガス状の硫黄酸化物(SO・)や窒素酸化物(NO・)及びそれらが雨滴に溶けた硫酸
イ
オンや硝酸イオンである。これらイオンは酸性雨や酸性霧として降下沈着するので湿性
沈着と呼び,ガス状で沈着する場合を乾性沈着という。雨滴のpHが5.6以下の雨を酸性雨
と呼んでいる。酸性降下物は気象条件によっては長距離輸送されるので,その影響は国
境を越えた地球規模の問題ともなっている。
Ⅱ 森林生態系への影響
降下沈着する酸性降下物が森林生態系に与える影響は多様である。酸性雨などの湿性
沈着物が森林に与える影響を影響をまとめたのが下表である。
酸性雨の林木・土壌への影響 (タム 1977)
○林木への影響
①直接的影響
クチクラなど表皮組織の破壊
孔辺細胞の機能障害
気孔やクチクラを通して拡散した酸性物質の内部細胞に対する害
代謝や生長過程に対する障害
葉や根における分泌過程の変化
開花結実など再生産過程での障害
他の環境ストレス因子との有害な相乗作用
②間接的影響
葉からの養分溶脱
他の環境ストレスに対する抵抗性の低下
ミコリザ,窒素固定菌などと共生関係の変化
宿主-寄生菌の相互関係の変化
○土壌への影響
①雨水の水素イオンによる直接的影響
塩基飽和度の減少
有効性陽イオンの減少
アルミニウム,鉄など重金属の可溶化
②水素イオンによる間接的影響
有機物の分解速度の減少
土壌微生物の変化
根の活性低下
③雨水に溶けたNO・の影響
有効性窒素の増加
分解速度の増加
林木への直接影響の一つとして葉の表皮組織の破壊による被害がある。人工酸性雨に
よる実験では被害発生の限界pHは約3で,さらにpHの低下に伴い被害は激しくなる。そ
の程度は樹種によって異なる。感受性の低い樹種では,発生限界のpHも低い。環境庁が
調べた全国各地の降雨の年平均pHは4.5~5.5であるので(下表参考),現状では葉の組
織を直接破壊する被害はないと考えられるが,葉表面での濃縮によって酸性イオン濃度
の増加による被害発生の可能性はある。
pH値全国分布
○長期モニタリング 昭和59~62年度の各年度平均pH値の範囲
札幌市 5.0~5.3
仙台市 4.7~4.9
江東区 4.8~5.5
名古屋市
南区 4.8~5.0
大阪市 4.5~4.7
広島市 4.5~4.9
長崎市 4.7~5.0
○短期モニタリング 昭和61~62年度の各年度平均pH値の範囲
岩見沢市 4.9~5.0
青森市 4.9~5.2
弘前市 4.8~4.9
富山市 5.0~5.2
吉野谷村 4.6~4.7
京北町 4.6~4.7
弥栄町 4.5~5.1
萩市 4.9
香北町 4.5~4.8
屋久町 4.6~4.7
土壌への影響では,塩素の溶脱による土壌の酸性化とそれに伴うアルミニウムなど重
金属の可溶性によって細根の生長悪化・枯死が生ずる。こうした酸性雨に対する土壌の
感受性は土壌の種類によって異なり,大きな緩衝性をもつ土壌ほど感受性は低い。日本
の森林土壌の多くは緩衝能の大きい火山灰土壌のため酸性雨の影響を受けにくいと考え
られている。一般に感受性の高い土壌は砂丘未熟土,赤色土,黄色土で,低いのは黒色
土,暗赤色土である。森林褐色土は中間にランクされSO2などの乾性沈着の場合には,
主に気孔からの吸収による影響が問題となる。その影響はガスの種類(下表1)と樹種
(下表2)など森林側の条件によって異なるが,光合成などの生理機能が阻害され,さ
らに葉肉組織の破壊によって光合成生産が抑えられるので,個体の生長は悪化し衰退し
ていく。
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