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(連絡先:佐々木玄祐 gen-yu@mtc.biglobe.ne.jp)
Pallas (1774) から(プラナリアは右下、fig.14: 本文参照)
川勝正治博士のご好意で、プラナリアの再生に関するいくつかの古典的な文献のコピーを入手しました。ありがとうございました。日本では、見た人はほとんどいない貴重な文献とのことです。ここに画像を公開します。
"SPICILEGIA ZOOLOGICA QUIBUS NOVAE IMPRIMIS ET OBSCURAE ANIMALIUM SPECIES ICONIBUS, DESCRIPTIONIBUS ATQUE COMMENTARIIS ILLUSTRANTUR. CURA P.S.PALLAS."
FASCICULUS DECIMUS. BEROLINI, PROSTANT APUD GOTTL. AUGUST. LANGE. MDCCLXXIV.
(出版社、出版地、出版年です)
川勝博士によれば、プラナリアの再生に関する文献でもっとも古いものは、1774年に出版された、P. S. Pallas という人の書いた論文です。全42ページ、図版が4枚あり、このコピーはスミソニアン研究所の蔵書からコピーされたものだそうです。
ラテン語で書いてあることもあって、シロウトの私にはちょっと手が出ないのですが、トップの写真で見るように、プラナリアだけでなく、いわゆる"worms"(= vermes) の類のムシがいろいろ扱われているようです。プラナリア2種の記載があるが、1種は疑問種とのことです。
問題のプラナリアは、現在の学名が Bdellocephala punctata (Pallas, 1774) という種で、上右の写真で示したページ (p.23) に原記載があります(拡大写真あり)。
これはヨーロッパの虫で、再生力は弱いそうです。日本の虫でこの属のものとしては、イズミオオウズムシ B. brunnea Ijima et Kaburaki, 1916 など3種があります。右はこのページのトップの図版写真の右下隅の拡大と、日本のイズミオオウズムシの図(* Kawakatsu, 1969 より引用)です。なるほど、という感じがします。
この Pallas という人ですが、アメリカのユタ大学(以前はカーネギー研究所)のSachez Laboratory のページには、"German naturalist Peter Simon Pallas (1741-1811)" となっています。 また、この文献は、岡田節人「生物学の旅−始まりは昆虫採集!−」(新潮選書)にも触れられています (p.45)。
この論文は1814年にエジンバラで出版され、i-ix + 1-150 頁 + Errata + 図版一葉から成っています(120 x 205 mm)。マンチェスター大学の蔵書で、「Dr. H. D. Jones にコピーを送って頂いた…」 とのことでした。
"Observations on Some Interesting Phenomena in Animal Physiology, Exhibited by Several Species of Planariae. Illustrated by Coloured Figures of Living Animals. By John Graham Dalyell, ESQ."
本格的な実験を行ったのは、この John Graham Dalyell の論文が最初のようです。たとえば、次のような記述があります。 ...It may almost be called immortal under the edge of the knife...
先にあげたSachez Laboratory のページでは、もう少しDalyellの原文が読めます。
また、このページには11年後 (1825) にJ. R. Johnson が行った追試の論文が写真入りで紹介されています。(Dalyell の論文の写真はありません。)
さらに、T. H. Morganが100年ほど前に進めていたプラナリアの再生研究についても紹介があります。
えっ、モーガンって? まさかあのショウジョウバエ遺伝学のモーガン: Thomas Hunt Morgan (1866-1945) ? ? ? そうなんです!モーガン、再生現象を−場の理論−で超機械論的に説明しようとして失敗し、遺伝学に転向したんですって。
"we will never understand the phenomena of development and regeneration"
今や、遺伝子でその再生や発生を攻めているんだから、時代は巡るというかなんというか。面白いもんですねぇ。
2001/04/29 追記
上述の文献は、再生と関係の深いものですが、プラナリアの記録ということだけなら、西欧世界でも、もっと古いものがあるそうです。もっとも、東洋のコウガイビル ( = 陸生プラナリア) の記録よりは1000年以上も遅れる、18世紀半ばのことです。
Carl von Linne (1705-1778) は、スウェーデンの博物学者で、学名の基礎 (二名式命名法) を築いたことで有名です。その著作のうちで、Systema Naturae (自然の体系) の10版 (1758年刊行) は、現在の動物の学名の出発点として知られています。(植物については、同じくリンネの1753年の著作が出発点です。) 下左の写真がこの第10版の表紙です。
Fasciola 2種の記載 (↑) |
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実は、この第10版には、プラナリアのはっきりした記録はありません。しかし、寄生虫のカンテツ (扁形動物門・吸虫綱) Fasciola hepatica の記載があります。
上右の写真が、Fasciola の部分 (p.648 から 649) です。VERMES INTESTINA というのは、「腹のムシ」、つまり寄生虫関係ということです。(この2枚の写真は、木船悌嗣博士所蔵の1956 年のリプリント版からのコピー。川勝博士提供。)
そして、リンネの別の著作 (1761年刊行) の中の F. hepatica の項には、Dendrocoelum lacteum (ヨーロッパ産の淡水生プラナリア) と考えられる部分がある… という意見があります。 また、Systema Naturae の12版 (1768年刊行) の中の "Fasciola alpina" は、 Crenobia alpina (Dana, 1766) らしいと推定されています (いずれも、Kenk, 1974 *)。
* Kenk, R., 1974. Index of the genera and species of the freshwater triclads (Turbellaria) of the world. Smithsonian Contr. Zool., (183): i-ii + 1-90.
イタリア北部の Turin 王立協会の哲学・数学部門の報告集に、Dana, J.P.M. (1766) が、Hirudo alpina という淡水生の虫を新種記載しています。原文はラテン語で、図版中の図 1-6 が付いています。表紙と論文の最初のページを示しました。
この種類は、ヨーロッパのアルプスの冷たい渓流にすむ Crenobia alpina (Dana, 1766) のことです。いくつかの亜種に分けられていて、全体としての分布域はヨーロッパのほぼ全域と小アジアに及びます。下に、この論文中の図を示します。
プラナリアのはっきりした記録のうち、西欧世界では最も古いと思われるのが、この論文です。因みに、
"Hirudo" という言葉は、ラテン語で「ヒル」のことだそうです。不思議な一致ですが…。つまり、Dana は、プラナリアをヒルの一種だと思っていたわけです。
この論文のフランス語訳 (Rozier, 1771) も出版されています。
VERMIUM TERRESTRIUM ET FLUVIATILIUM, SEU ANIMALIUM INFUSORIORUM, HELMINTHICORUM ET TESTACEORUM,NON MARINORUM, SUCCINCTA HISTORIA, AUCTORE OTHONE FRIDERICO MULLER,
REGI DANIAE A CONSILIIS JUSTITIAE, ACAD. SCIENT. NAT. CURIOS. HOLMENS ET BOICAE, NIDROSIENSIS PLURIUMQUE SOCIET. LITTER. SODALI. VOLUMINIS Imi PARS Ima. HAVBNIAE ET LIPSIAE. APUD HEINECK ET FABER, TYPIS MARTINI HALLAGER, 1773
HELMINTHICA. XXI.
右の写真はこの本の第1部 (Pars Ima = Prima, 1773年刊) で、Academy Natural Science of Philadelphia の蔵書からDr. Ogrenがコピーされたものです。プラナリアについての記述は第2部 (Pars Secunda) にあり、これの刊行は 1774年です。
Fasciola という名前は、カンテツの属名として現在も残っています。この本では、この属の中に、不明なものを除いても、淡水のプラナリア5種 (Polycelis nigra, Dendrocoelum lacteum, Bdellocephala punctata, Planaria stagnalis, Pl. torva) と、陸産のプラナリア1種 (Microplana terrestris) を記載しているとのことです。(これも前述の Kenk, 1974 * の見解によります)。
下に示したのは、同書の 61-62 ページで、Dendrocoelum lacteum とPlanaria torva の記載が見えます。
ZOOLOGIAE DANICAE PRODROMUS, SEU ANIMALIUM DANIAE ET NORVEGIAE INDIGENARUM
CHARACTERES, NOMINA,ET SYNONYMA IMPRIMIS POPULARIUM. AUCTORE OTHONE FRIDERICO
MULLER,
REGI DANIAE A CONSILIIS STATUS, ACAD. SCIENT. N. CURIOS. HOLMENS. ET BOICAE,
HAVNIENS. NORV. BEROLINENS. ALIARUMQUE SOCIET. LITER. SODALI, ACAD. PARIS.
CORRESP. IMPENSIS AUCTORIS. HAVNIAE, TYPIS HALLAGERIIS. M DCC.LXXVI.
こちらは 1776年の本ですが、「プラナリア」という属が初めて記載された文献です。関係部分を示します。 2671 から 2706 まで Planaria の種の記載が続き、その後、先の Fasciola が来ます。Mollusca って、今は軟体動物の事ですけど、面白いですね。
これらの写真 (1776年分) は、スミソニアン研究所の蔵書から、故 Dr. R. Kenk がコピーされて、川勝博士に贈られたものです。
他のプラナリアページ → Index of Planarian pages in "Gen-yu's Files"