中国本草書の基礎知識
The Basic Knowledge of Chinese Materia Medica
-- For the understanding of natural history in the prescientific age of Japan --. By Gen-yu SASAKI

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Last update: 2001/04/03

http://www2u.biglobe.ne.jp/~gen-yu/chinahonzo.html

「神農本草経」とか「本草綱目」という書物の名を知っている人は多いと思います。しかし、もちろん、そればかりが中国の本草書ではありません。また、それらがどんな書物なのか、具体的にご存知の方は少ないでしょう。

こうしたことに関心を持つ方の参考になればと考え、ここにメモを公開いたします。なお、誤りがないよう、記述には注意しておりますが、私の誤解等もあろうかと思います。お気づきの際はご指摘いただければ幸いです。

(連絡先:佐々木玄祐 gen-yu@mtc.biglobe.ne.jp)


「本草」とは何か What is the study of Materia Medica?

本稿で「本草」(ほんぞう)と言っているのは、近代以前に記録された、動物・植物・岩石・鉱物などについての博物学的情報の意味です。

しかし、本草学はもともと単なる博物学ではなく、「医薬品としてどう使うか、どんな効能があるか」という点に主眼がありました。「本草書」はいわば、漢方薬のカタログのようなものです。後世の研究も、大部分はそうした視点からなされていると思います。実際、こうした文献の研究は、薬学や医学関係の先生方が行っている場合が多いようです。

初めて図が付けられた本草書は、『新修本草』だと言われています。しかし、この図は現在伝えられていません。証類本草に見られる図などが、古い部類に属するものです(詳細は調べていません)。


正統本草 Orthodox Materia Medica

過去の中国や日本には、オリジナルの記述は全体のほんの一部で、大部分が別の書物の引用であるような書物が、かなりあります。これは、現代の我々の常識からすると、非常に奇妙に感じられます。しかし、その当時の東洋ではちっともおかしくないことだったようです。つまり、伝統とか過去からの流れというものを極めて重視していたらしいのです。

中国の本草書の多くも、こうしたスタイルをとっています。つまり、今まであった本草書の内容をコピーした上で、新しく得られた情報をそれに付け加えて、次々に書物が作られてきました。これを「正統本草」(主流本草)と呼んでいます。

理論的には、新しい本草書には過去の本草書の内容がそのまま含まれています。 従って、前の書物には意味がないことになってしまいます。 これらの書物の多くで、筆写本が作製、あるいは木版本が出版された当時のものが残っていないことが多いのには、 戦乱が続いたというような事以外にも、こうした事情が関係しているようです。

もちろん、実際にはコピーの際にミスが付き物ですから、 過去の書物にも大きな意味があります。 後世の書物から逆に復元された事も多いようです。

この正統本草の中で主なものを以下に紹介します。


神農本草経・集注本草 Tao, Hung-Ching, ca. 500: Shen-Nung Pen-Ts'ao; Chi-Chu P'en-Ts'ao

正統本草の中で、最も初期のまとまった書物が、この『神農本草経』3巻です。西暦500年前後に、当時伝えられていた古書をまとめたもので、編者は陶弘景(452-536)といわれています。

同じ頃、陶弘景は、神農本草経に自分の注釈を加えて『集注本草』7巻も作っています。なお、この書物の正式名は「神農本草経集注」ほか様々で、一定しないようです。

* このあたりの事情については、異なる学説もあります。参考: 真柳 誠, 3巻本『本草集注』と出土史料
(http://www.hum.ibaraki.ac.jp/hum/chubun/mayanagi/paper01/3vol.Bencaojizhu.html)

陶弘景の書物から150年程たった唐の時代、蘇敬らが集注本草を校定してできたのが『新修本草』です。この書物は初めての「勅撰」すなわち、皇帝の命によって作られた本草書といわれています。

証類本草 T'ang, Shen-Wei, ca. 1100: Cheng-Lei P'en-Ts'ao

その後もいろいろな本草書が作られていますが、宋の時代(1100年頃)に唐愼微によって作られた、『証類本草』は特に重要です。

それは、後に作られた有名な「本草綱目」では、正統本草の本来の姿が失われている事がままあるためです。このため専門家は、「本草綱目」よりも、むしろ「証類本草」に対して、高い評価をしていることが多いようです。

この書物には、政和本と大観本の2つの系統が伝えられています。それぞれの正式名は、「重修政和経史証類備用本草」と「経史証類大観本草」です。相互に微妙な差異があります。いずれも木版印刷を写真製版したもの(影印本)があります。

本草綱目 Li, Shin-Chen, 1590-96: P'en-Ts'ao Kang-Mu

明の時代、李時珍によって編纂された、非常に有名な本草書です。しかし上記の通り、専門家の評価には辛いものがあるようです。解釈の誤りなども多数指摘されています。従って、証類本草などへのインデックスとしては便利だが、この書物だけに頼ることは大変危険であると言われています。

ただ、見方を変えると、薬物として利用するための「本草学」から、自然それ自体の研究である「博物学」へ一歩を踏み出したという点で画期的です。また、非常に多数の項目(1900件弱)について記述されている点、李時珍が自ら見聞した内容が記述されている点にも価値がある、といえます。

原稿の完成が1578年、出版は1596年といわれています。日本には1607年に伝来し、近世日本の本草学・博物学の発展に決定的な影響を与えた書物でもあります。 非常に多くの版が流通しており、日本語訳のものもあります(参考文献参照のこと)。


その他の本草書など Some other books of Materia Medica

上に述べた「正統本草」以外にも、いろいろな本草書が作られています。重要とみなされたものは、 随時主流に取り入れられて、今日に残っています。

例えば、陳蔵器による『本草拾遺』は、『証類本草』に「蔵器餘」として記録されています。 ちなみに、この書物は、人肉などの薬効についても書かれていることで有名です。

また、本草書とは関係ない書物に、博物学的記述がある場合もあります。この例としては、 西暦860年頃に中国の段成式が書いたといわれる 『酉陽雑俎』(ゆうようざっそ) などがあげられます。 本草綱目は、こうした記録も収録しています。


情報源 References and web sites

本稿には、極めておおざっぱな事しか書いていません。興味を持たれて調べてみようという方は、ぜひ、以下のような参考書に目を通してください。「本草概説」には、日本の本草学についても触れられています。

本草書

テキストや図を見たい方は、次のような本を見て下さい。 いずれも復刻版ですが、大きい図書館でないと見られないかもしれません。 一番閲覧しやすいのは、「国訳本草綱目」だと思います。 これ以外は中国語(漢文)の影印本で、 「重修政和経史証類備用本草」は、北京で出版された本です。

その他

本草書に限らず、中国の文献の中に現れたキーワードを検索出来る書物があります。 また、真柳博士のサイトには、同類のデータベースへのリンクほか、参考となる情報が多数あります。


公開: 2001/04/02