月と指輪

 

 んあ? 本番五分前? わかった。わかってる。わぁってるからいちいち報告すんなってのに、なんべん云やわかんだ、てめえ? ああ、うるせえ、そりゃな、人間たまにゃまちがいもするさってんだ。過ぎたことぐだぐだぬかしてんじゃねえよバカ。わかったか? わかったな。よし、わかりゃいいんだ。んじゃ酒もってこい。うるせえいいから酒だってんだ。本番四分前だっつって、んなこた時計見りゃわかるっつってんだろ、しつこいなこの。バカタレ、いいから酒。だいじょうぶだってのに。
 よーしよしよし。おおーっとっと。よし、それでいいんだよ。ったく、ボケタゴのくせして融通効かねんだからよ、おめえはよ。
 ぐびぐびぐび。っく。うーい。あーいー気持ちだなあ。へっへっへーだ。歌うたっちゃうもんね。宇宙客船のりついでえーえ、と、やってきました辺境へーえと、すがるあの娘をふりきってーえと、くらう浮き世の情けなさーあ、とくらあ。ひっく。あん? いーんだよ。酒飲んでわめく歌に意味なんかあるかってんだ。ったく。ボゲ野郎のくせして小理屈ばっかりノベやがってよ。ぐびぐびぐび。うーい。
 ふう……。
 ……。
 ……あ? またやった? 何? ぶつぶつ云ってねえではっきり口きけって云ってんだろうが進歩のねえヤツだなあ。何? もう本番はじまってるだあ? ……あ。
 あー、えーと、うわははまたやっちまったい、あーと、ラジオをおききのトートおよび三つの衛星にご苦労さまにも駐屯のおまえら、まことにご苦労さまでございますねだ。今週も毎度おなじみ篠原克の『セヴンス・ロフト』の時間がやってまいりましたよーと。あー、そういうわけでだな。またまた今日もスタートの声を聞きのがしてしまったわけだが、なーにいつものこった、気にするな。おれは気にしない。
 よし、じゃ一枚目のハガキ読むぞ。えーとなになに、みみずののたくり。なんだこりゃ。まったく、おれはイレム語は読めねえんだって何度云えばわかるんだ、ここのリスナーどもは。あ? おれにハガキ読んでほしけりゃインターワールドかインターエイシャで書いてこいっつってんのに、毎回毎回。もしかしてわざとじゃねえだろうな? あ、初めてのリスナーだったらごめんよ。とにかくおれはイレム語は読めねえの。そこんとこよろしくな。
 んー、そういうわけで、さっそくミソがついちまったが、なにどうせ適当な番組なんだ、気にするな。そういうわけでだな、んーと、んじゃ今日の一曲目。ハールワド・アリ・パシャで『イーオンのジクル』。じっくり聴け。
 ……。ふう。なんとかごまかせたな。ごまかせたんだよ。ごまかせたの。いいからつっこむんじゃねえっての。気弱なくせに意固地なヤツだなあ。おい酒。酒きれたぞ。だいじょうぶだっつってんだろ。あ? おまえ、おれに説教くれようってのか? ずいぶんとお偉くなったもんだなあ。あ? あ? よしよしそうやって素直になればなあ。なにもおれだってよ。るせえ、いちいちいちいち口ごたえすんじゃねえよ。そりゃ痛えのあたりまえだろがよ、痛えように殴ってんだからよ。あー、うっとおしいからガタガタガタガタぬかすんじゃねえよ。ほら曲終わっちまうよ、はやくミキシングルームひっこめってのに、まったく、いつまで経ってもこのバカは。
 はい。そういうわけで、一曲目は『イーオンのジクル』でした。
 んじゃまあ、二枚目のハガキな。んーと、バスト区マイダス開拓局のダネル・シークのおたより。あー、篠原さんこんばんわ、毎回毎回のいいかげんなDJぶり、怒りをとおりこして呆れはててます、ときたもんだ。うるせえ、よけいなお世話だよ。あーなになに、以前はチャンネルがひとつしかないのでしかたなく聴いていたのですが、あまりのいいかげんぶりにラジオを壁に叩きつけて思わず壊してしまうことも一度や二度ではありません。って、それはおれのせいじゃねえっての。で、あー、いまさら弁償しろとはいいません、だと? あたりまえだバカ。おかげさまで本職の惑星気象学とはべつに、ラジオの修理においても、基地内でのオーソリティーになってしまいました。おー、よかったじゃねえか、このおれさまに感謝しろよ。いいな? んで、あー、なになに? ちかごろチャンネルがふたつ増えたのでよろこんでいます。でもほかの番組を聴いていても、最近は篠原さんのやる気のないしゃべりかたとADの人へのどなり声とが気になって、ついこの局にあわせてしまったりもしています。おーおー、いい心がけじゃねえか、うん。あー、それでだ、あん? なに? でもやっぱ篠原さんのしゃべってんの聴いてると腹がたつので、やっぱ他のチャンネルにかえてしまいます、だあ? バカにしとんのかおまえは。まあそんなことは気にせず、これからもマイペースで勝手にやってなさい。ぼくは聴きません、だと?ふざけやがって、なんだこのハガキは。こんなハガキいちいち出すんじゃねえよおまえ。ヒマ人だなあ。まったくよ。まあいいけどよ。
 あー、そういうわけでだな、んじゃ二曲目はダネル・シークのリクエストでガラベジャン&ハインズ、『クオン』。ほいスタート。
 ひっく、うーい。うえ、おい、いまのしゃっくり電波のっちまったかな? あ? のったかもしんない? げろっぴー。まあいいや。いつものこった。な? そうだろ。なにヤケんなって笑ってやがんだてめえ。ちっとこっちこい。こっちきて酌しろ酌。うるせえバカ、まだだいじょうぶだよ、この曲はけっこう長いんだからよ。いいから酌しろっての。はやくしろボケ。とっととしねえとおめえ、また後で三角木馬でドタマこづいて蹴りくれてだな、あ、曲終わった? なんでえ。ずいぶん早えな。
 はい、そういうわけで三枚目のハガキ。えーと、第七クレーター地区にお住まいの主婦、ママ・カナヨさんからのお便りだ。あーん、なになに? いつも放送聞いてます。よし。えらいぞ姉ちゃん。あ、姉ちゃんじゃなくて母ちゃんか。いいんだ何でも。とにかくだな、あー、うちには三ヶ月前にうまれたばかりの子どもがいますが、その赤ちゃんが篠原さんのわめき声を聞くたびに泣き出してたいへん迷惑しております。あん? なんだこのハガキは。お願いですからもうこの番組は打ち切りにしてください、だとふざけんじゃねえよ。ガキが泣きわめくのあ、あたりまえのこっちゃねえか。あ? だいたいだなあ。ガキが泣くのがいやならセックスすんなってんだまったく。あのなあ、姉ちゃん、じゃなくて母ちゃん。ガキが泣くのイヤだってんなら、チャンネルかえるかラジオ切りゃいいだろが。てめえで努力ひとつしねえでぜんぶ人のせいにおっかぶせようって了見じゃおめえ、ガキだってかわいそうだよ。まったくよ。まあ、しかしなんだ。なるべくわめかねえようにすっからよ、おれも。あんたも努力する。わかったな。よし。
 ふう。そういうわけで、んじゃつぎの曲はママ・カナヨのリクエスト。映画『百一匹赤ちゃん大行進』のサントラからグロッケンTの演奏で『百一匹赤ちゃん行進曲』。前代未聞のリクエストだなこりゃ。ほい音楽スタート。
 かーっ。ぺっぺっ、おい、なんだこのハガキは? え? おめえ、この番組はお昼のワイドショーじゃねえんだからよ。おめえもうちっと選べよ内容をよ。なに? そのハガキ選んだのはぼくじゃない? んじゃおれが選んだってのかよ。あん? なんでっておめえ、この番組の関係者はおれとおめえしかいねえんだから、おめえが選んだんじゃねえってんなら後はおれしかいねえじゃねえかよ。あん? あん? だって記憶にないんだもん、だと気持ち悪ィからそういうしゃべくりかたするなってのがわかんねえのかこのバカは。あん? わかった? よし。んじゃ酒もってこい。なに? なんだと? まだてめえ、おれに何か指図しようってのか? あ、ほれみろ、おめーがぐずぐず云ってるうちに曲終わっちまうじゃねえかよ。あとで覚えてろよこの野郎。
 はい、そういうわけで、名作『百一匹赤ちゃん大行進』のメインタイトルでした。あー、なんだか空気までミルクくさくなってきたような気がするな。
 んーと、そういうわけで、だ。口直しのハガキの四枚目は、えーとなになに、クロスヒル七十二番街の匿名希望三十二歳。んーと、私は現在クロスヒル外縁の開拓地でパワードギアを運転している三十二歳の男性です。ほう。パワードギア、ね。男の憧れってヤツだね。渋いねえ。職場では部下が四人、二人は熟練で、あとの二人は二年目と今年初任の新人ですが、みな自分の技量なりにしっかり働いてくれるので、安心して一日を過ごすことができています。そりゃよござんした。んで? えー、週末だけでなく、機会を見つけてはそんな部下たちといっしょに、クロスヒルの唯一の繁華街にくりだして遅くまで飲んでいたりするのですが、火曜日の夜だけはできるだけあけるようにしております。ほう。それはなぜかというと、ほう、いうまでもなく、篠原さんの『セヴンス・ロフト』が放送される日だからです。と。ほう! ほう! ほう! 一技術者の身とて、番組に対してなんの貢献もできませんが、陰ながら篠原さんのご活躍を応援しています。これからもお体に気をつけて楽しい番組をつづけてください。はいはいどうもありがとさんで。えーと、PS、あまりADさんをいじめないであげてくださいね。はっきりいってかわいそうです。あー、最後がどうもよけいだねえ。でもまあいいか。いやあどうもありがとう。こういうハガキって滅多にねえから、どうもこの、テレっちまうね。へへ。なんちゃって、ひっかかったなバカ、このおたよりは実はヤラセだ。わーはははははははひっかかったひっかかったざまーみろってんだ。この番組にこおーんなまともなハガキがくるわけねえってんだよーい、だ。ざまあみろ。
 ってなわけで、ほいじゃこの架空の人物のリクエストで、ほお、こりゃリクエストのほうも渋いじゃねえの、えーと、はるか帝国のマイナーパフォーマー、エルンスト・ディドルで『カインの夜明け』。渋いぞ。
 ……おい。おい。おいってのに聞いてんのかこの野郎。おめえ、こんなテレくせえハガキ選ぶんじゃねえってのに。なに? たまにいいハガキきたんだからせっかくだから? バカてめえ、冗談じゃねえっての。おめえ。カラーってものがあるでしょカラーってものが。おれのもってるカラー。番組のカラー。おめえ、こんなんはっきし云ってまるっきしガラじゃねえじゃねえの。え? おい。うるせえ口ごたえするなってのにこいつは。いいからとにかく、次からはこういうのはボツな。いいな? 無条件でボツだぞ。いいな? わかったな? うるせえ機嫌が悪ィのはさっきから酒が切れっぱなしだからじゃねえかよ。あーうるせえうるせえ、わかってるってんだもうすぐ曲終わるってんだろ? ちっ。たくよ。あ? つぎのと、あと一曲でちょうど時間くらいだ? わかったわかった、きれいにおさめてやっからよ。なに、おさまんなくてもエンディングひきのばしゃ、あ、曲終わった? いけね。
 あー、あー、そういうわけでだな。んじゃつぎで今日の最後のハガキな。えーと、なになに? 移民局、匿名希望の二週間前に地球から赴任したばかりの新米より、だとさ。えー、篠原さんこんばんわ、はじめておたよりします。はいはいこんばんわと。んー、私は二週間前にトートに赴任してきたばかりの、できたてのほやほやの新米開拓民です。んなこたおめえ、ペンネーム読みゃわかることだわな。ちょっとくどいぞ。まあいい。つづき。えー、ここにきたのは希望ではなく、会社の意向です。そりゃおめえ、まあ、たいがいそうだわなあ。好きこのんでこんな辺地にくるヤツってのも、まあいねえわけじゃねえけど、あんまりいねえわなあ。ま、おたがいお気の毒ってとこだわな。で? えー、じつは、地球にいたころぼくには将来を誓いあった女性がいました。おたがいどんな境遇になろうと助けあい、愛しあいながら一生を暮らしていこうとよく話しあっていたのです。なんでえ、ノロケかこりゃ。ふざけやがって。冗談じゃねえぞ、くそ。それで、あー、ぼくにトートへの赴任の話がきたとき、十年という長期にわたってのプロジェクトですが内容もやりがいがあり、また子どものころから開拓民にあこがれていたこともあって、ぼくは進んでこの話を引き受けることにしたのです。だと? なんだおめえ、バカじゃねえの? こんな片田舎のドツボなとこをよ。ま人それぞれだけどな。まあな。つづき。そんなぼくの性格を、彼女もよくわかってくれていたはずなので、あーあー、はいはい、これがいい機会だと思ったぼくは、はいはいはい、彼女に正式にプロポーズすることにしました、だとよ。あーあーよかったねーだ。そこでぼくは、トートの周囲をめぐる七つの衛星にひっかけて七つの指輪を発注し、結婚指輪として彼女におくることに決めたのです、ときたもんだ。えーい、やってらんねえや。ったくよ。お? ところが、ときたぞ。どうしたんだ、おい。えー、ところが、です。なんと彼女は、トートなどという遠隔の僻地にいくのはいやだといいだし、ぼくの指輪をうけとってくれなかったのです。ざまーみろだな。ははは。でも、まあ。かわいそうに。なあ。
 まあ、でも、なあ。この、彼女のほうの反応のほうが、まあ。ふつうだわなあ。
 ……なあ。
 ……。
 ……。
 ……ふう。
 うるせえ。わかってるよ。あとで始末書かく。
 とにかく、つづけるな。えー、そういうわけで、ぼくはいま一人でこの星にきています。風のたよりで、彼女にはべつの男ができたと聞きました。べつに恨んではいませんが、すこし哀しい、というか、割り切れない思いです。うーん。ま、そうだろうな。そんなもんだ。な。えー、んで、ですが、昔のことはきっぱり忘れてこの星で第二の人生を歩みだしてみたいと思っています、ときたか。へ。第二の人生。うっわー。真顔でよくいうぜ。第二の人生。うっわー。うっわー。でもまあ。がんばれよ。ま、そのうちきっと、いいこともあるかもしれねえし、な。ま、気楽にいこうや。な。んで、えーと、そんなぼくのリクエストです。二年前地球で流行った『鋼鉄の翼』をかけてください。彼女といっしょに暮らしていたころの、一番の思い出の曲です、だと、このバカ、未練たらたらじゃねえかよ。情けねえよなあ。
 まあしかたがねえか。わかったわかった。わかったから、とっとと薄情な元彼女のことなんざ忘れて、第二の人生とやらに力強く歩みだせよ。
 あー、そういうわけで、だ。すべての独身赴任者におれがささぐ。本日のラストナンバー、ラスティ・ブラウン・ナイト・エンジェルで『鋼鉄の翼』。
 ……ふう。やれやれ。これでようやく今日もおわりか。趣味ではじめた番組だけど、なんだか最近かったるくなってきたよなあ。なに? ファンも増えてるんだからやめちゃダメだだと? うるせえバカよけいなお世話だっつってんの。やめねえよ心配しねえでも。あー喉からからだぜ。おい。コーヒーいれろ。酒じゃねえのかってよけいな口きくなっつーのに。酒飲ませてえのか? あん? わかったらとっととコーヒーいれろってのにグズが。あーあー紙コップでもなんでもいいからとっとと持ってこい。曲終わっちまうじゃねえかよ。急げよ。
 ……ふう。
 あ。ご苦労さん。なに? ご苦労さんだなんて天地が砕けちっちゃう、だ? てめ、ケンカ売ってんのかこの野郎。
 あ、ほれ、曲終わっちまったぞバカ。はやくエンディングかけにいけ。はやくしろってのバカ。のろいぞこのボケ。えー、とまあ、そういうわけでだな、本日もなにごともなく平和に終わってよござんしたってところだな。そういうわけで、篠原克の『セヴンス・ロフト』今週はこれまでってわけだ。そういうわけだから、また来週もハガキをたくさんよこせ。わかったな。苦情でもなんでもいいからよ。私は逃げも隠れもしない。わかったな。そういうわけで、それじゃ時間がきたから、んじゃまたな。あばよ。また来週。ほい。
 よーし、せのびっ、……………………っとお。いよーし、おわったおわった。おい、ひさしぶりに飲みにいこうか。この前いったばかりっておめえ、二日ぶりじゃねえかよ。いいから遠慮すんな。飲みにいこうってのに。あ? さっきのハガキ? それがどうしたんだ。あん? 先輩が酔って話した昔の話に似てるだと? てめえはこのボケ、ざる頭のくせしてどうしてそういうことばっか憶えてやがんだこのこのこの。いいから飲みにいくぞ。うるせえ、まだ逆らうのか。いーからこいっての。な?

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