すずきようじのいちにち
鈴木鷹司の一日

 

「鷹司、こいつも食ってくれ」
 とゲートル、ドカジャン、垢じみたひげづらの権さんのさしだすムニエルを、鷹司は「おう」とこたえて受けとると、フォークで半身をたたきわり、すかさず口にほうりこむ。
「よく食えるよなあ、そんな糞まずいもん」同期の篠原がいかにもまずそうに顔をしかめて鷹司を見やる。「グルメの俺にゃあとてもじゃないが食えねえ」
「だあれがグルメだって、気取んじゃねえ」
 と揶揄する大ぐらいの辰さんの食もこころなしか、いつもの豪快さを欠いている。やはりまずいのだろう。ちなみにメインメニューは鳥のワイン煮。
「あーあすさまじくまずいなあ!」と篠原が蛮声をはりあげる。土木作業員の集団に昼ひなかから文句をつけるやつはまずいないから、ほかの四人もにやにやするばかりで止めるそぶりさえ見せない。「ヴィストロなんてしゃれた呼び名つけてたって、肝腎の料理がこうまずくちゃしかたがねえや。こんなとこに常連になりたがる奴の気がしれねえぜ」
 たしかに店は盛況だった。昼めしどきということもあろうが、ランチセット千円コース、二千円コースでは普通のサラリーマンには荷が重かろうに、若いスーツ姿からOLの集団、中間管理職と、客の大半はホワイトカラーだ。
「そんなことない」鷹司がにこにこしながらいう。まだ二十八なのに土木作業員三十数年の辰さんにも劣らぬ風格がある。「うまいじゃないか」
「てめえは単なる味オンチなんだよ」
 と口の悪い篠原がいうのへ権さんがとりなすように、
「まあまあ、鷹ちゃんはちょっと味覚がちがってるだけじゃないか」
「そうそう」と辰さんも「それに、においだけでうまい店見つけるの、得意だしな。たまに糞まずい店あたっちゃうけど」
「今日みたいにね」
 口の端まげて憎々しげに篠原。これで案外だれからも好かれているのだから不思議なものだ。
「あのう、じゃ、ぼくのも食べてくれません――」
 とバイトの山田三平が口を開くよりはやく篠原の拳固がとんだ。
「いたいっ。なにするんですかあ、篠原せんぱあい」
「てめえはしゃべるな、うっとおしい!」
 ひどいじゃないですかあと間延びした口調で抗議する山田と篠原がえんえんと口喧嘩をはじめたことで店はいっそう喧騒の度合いを助長される。
 権さん山田の援護にまわり、辰さんと鈴木鷹司は黙々とまずい料理をたいらげていく。

 日暮れて狂乱の時間。パブタイムである。ネオンの巷になだれこむ五人組。辰さんゲートルはさすがにジーパンにはきかえたものの泥によごれたドカジャンはおったまんま、権さんかわいいプリントいりのトレーナー、篠原うすいピンクのジャケットにスーパースリムの黒のデニム。鈴木鷹司は光ものちりばめた皮でかためている。あまり似合ってない。ちなみに山田三平、なに着ても小太りのさえない小男にしか見えないから描写は省略。
 さわがしいのはもちろん篠原。乳もむ尻もむ指つっこむで傍若無人の大狂乱。輪をかけてやかましい四十八にもなんなんという辰さん、でも意外とナイーブ。女のこに頬にくちづけもらってテレまくる。ただしそのテレかた尋常ならざるオーバーさ、ジャックダニエルらっぱのみ、あきビンふりまわし高歌放吟、カラオケ無視して絶叫するは、出たり究極ヨカチン音頭。意外ともてる権さん、むくつけき大男に似合わぬダンディぶりで余裕たっぷり話もはずむ。鈴木鷹司は終始口かず少なくにこにこ、篠原に抱きつかれて迷惑顔であしらう女のこに美大時代の思い出ぽつぽつ。山田三平? いつのまにやら忘れさられてテーブルからはみ出し、哀しくさびしいひとり微笑。あわれ。
「さあソープになだれこむぞう!」ふられてヤケの篠原絶叫、苦笑で見おくるギャルにとびつき、わかれのキスを強引に。えいえいおーとすっかり上機嫌の辰さん、「ソープなんかいったら、もう二度と指名されてやんない」と指さきにウスキスうけてゆでだこ、うおううおうと叫びながら路上をころげまわる。
「さあいくぞいくぞ辰さん! 山田ァ! しけたツラしてんじゃねえ!」
「しけたツラなんかしてませんよお。あれっ、権さん鷹さんいかないんですかあ?」
「ばかっ、いいんだよ。権さんまたあしたっ! 鷹司っ、あんまりがんばんじゃねえぞ!」
「あれえ、どうしてですかあ? ああもしかして店の娘とデートの約束しちゃったんですかあ?」
「ばかっ、てめえはよけいなことぐだぐだぬかしてんじゃねえ! はあい、辰さん歩きましょうねえ、ソープにいきますよお。はいっ、おいっちにっおいっちにっもっしもっしカメよお、カメさんよおーお」
 とべろべろの辰さん肩にかついで山田の尻たたきつつ遠ざかる篠原、笑顔で見おくり権さん鷹司は家路についた。
 鷹司の部屋。
 フリルつきのピンクのカーテン。甘い香水の香り。ふかふかのベッドのうえには無数のぬいぐるみ。むくつけき土木作業員ふたりあらわれ、ドアしめる間ももどかしく、
「鷹司!」
「ああ、権さん!」
 しっかと抱きあい、貪りつくす口と口。鈴木鷹司二十八歳、川原崎権三郎四十二歳、毛ずねからませ腰すりあわせ、一気にベッドへなだれこむ。
「ああ鷹司! 鷹司! 鷹司! 鷹司! どうしておまえはこんなにかわいいの」
 ぐりぐり。
「ああっ権さん、だってあたし、前世はきっと女だったのよ」
 ぐりぐり。
「ああっ鷹司!」
「権さん!」
 かくて愛欲の夜はふけてゆく。
 文句あるかっ!

(有無をいわせず、了)

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