少女刑事
「一列にならんで壁に手をおつき!」
あたし、叫ぶ。店内を席巻した恐慌の嵐は次第にうんざりした風情のの怒りとあきらめにかわり、うさんくさい連中はのろのろとした動作で壁際に立った。
ふてくされてそっぽ向いてるごろつきどもの背後、あたしはヒールを音高くならしながらゆっくりと経めぐり歩いた。ほんと、うさんくさい奴ら。こりゃ今日もごっそり成績あげられそう。
「いい、あんたたち。それじゃいまから連合警察麻薬捜査課少女刑事のこのアイリンさまの質問に、しょおーじきにこたえるのよ。わかった?」
側方窓際から、けっ、という声が聞こえよがしにあがった。
脚、蹴あげる。唾でも吐きそうな仏頂面をしていた男の背中にヒールがめりこんだ。身も背もない絶叫。
「抵抗したきゃしてもいいのよ」と獰猛な笑みをうかべながらあたしはいう。「痛い目にあいたきゃ、どうぞ」
ぎりぎりヒールをおしつけながら、あたしは威嚇的に店内を睥睨してみせた。札つきワルどもに、号令かけたみたいに首すくめさせるこの瞬間、無上の快楽。うふ。
「アイリンさーん」
助手のヤマダが情けない声でうったえるように間の抜けた声をだす。
「なによっ」とかえす口調が刺だらけなのは、しょうがないじゃない、だってこの男、やることなすこといちいちテンポのろいわ使えないわでホント、ただのお荷物なんだもん。そんなことだからあたしみたいな可憐なうら若き乙女に顎で使われちゃったりすんのよ。ったく、もうちょっとしっかりしてて美形でハンサムで背が高くて頭よくておもしろくて強くてやさしくて頼りがいあってかっこよかったら、デートの一回くらいしてやってもいいのにさ。ふん。小太り。
「もうそのへんで勘弁してあげてくださいよお。あわ噴いて顔まっしろですよお」
あらま、いけない。ついつい手かげんを忘れちゃうの。あたしってお茶目。あわてておしつけていた脚をひく。
「あーあ。ほらあ、また殺しちゃった。これで始末書五百二十四枚目ですよお」
「五百二十三枚よ、ぷん!」
いって、ヤマダの頭はりとばしてやった。手かげんなしで――といきたいとこだけど、弱っちょろいんだからそうもいかない。
床にへたばって「うーん、いてえよお」とうめく役たたずを無視して、ふたたび壁際にいならぶ悪党どもの背中を一瞥する。首すくめて、おとなしくなったわ。ふん。このアイリンさまをなめるとこういうことになるのよ。
「いーい? わかったわね? このあたしに逆らうとどういう目にあうかって。これからはおとなしくしてるのよ。わかった? おいたをしなきゃ、あたしだってやさしいんだから。なんたって十六歳の花も恥じらう乙女なんですからね」
乙女……と、ため息のようにもらした男をぎっとにらんで黙らせ、あたしは品さだめにかかる。どうせどいつもこいつもろくでなしばっかだけど、手っ取りばやく挙げられそうなのは……あら、いい男。独身かしら。
「ねえーん、おにいさん……」あたし、しなをつくって独身男にすりよる。「あなたはまさか、ヤクなんかに手をだしたりしてないわよねえ」
「いっいえっ」男、全身をおぞぞっとふるわせながら激しく首を左右にふった。「じっ自分はLSDを常用しておりますっ」
あーあ、黙ってればいいのに。でも可愛い。食べちゃいたい。
男の耳朶に息ふきかける。
「あら、そうなの。もったいないわ、あなたみたいないい男が、LSDなんかでからだぼろぼろにしちゃうなんて。そんなものに逃避しなくったって、このあたしがいつだってLSDなんかより何倍もいい気持ちにさせてあげるわよ。どう?」
といって、ちろりと耳をかんであげた。男、全身ふるわせて歓んでる。うくく。
「アイリンさあん」とヤマダ。「またですかあ。このまえもこれでビル一件……」
にらみっ。
ひっと首をすくめるヤマダに、黙っといでと眼光で伝え、あたし、男の首筋につと指はわせた。
「かわいい」
男、歓喜と期待にため息をついた。
とその時。
「いっいっいっいーかげんにしやがれ!」耳ざわりなわめき声があたしたちの蜜月を邪魔したの。「てってめえの悪名は銀河中になりひびいてんだぞ! へっ、なんだ! そんなナリして小娘然とふるまったって、てめえの正体なんざ一目見りゃ知れっちまうんだ! けっ、なーにが『少女刑事』だこの化物!」
ぎろりっ。
そいつ、おびえてあとずさる。でも、もう許さない。
「いったわね」
ひっと喉にからんだ悲鳴。よろよろとさがるけど、ふん、もうあとがないわよ。
「いってはならない一言。いったわね。ぽろっと。いとも無造作に」
「ゆ、ゆ、ゆ、許してくれ」
ぺたりと腰をついて、必死に手をすりあわせる。
あたし、にっこり笑って、
「ダ・メ」
「げげ」
次の瞬間、あたしの激情破裂した。
「生きてかえさないからそうお思い!」
ひええと叫んでいっせいに背中みせ、ぶざまに店から走りでようとする男どもスルスルとつかまえ、頭上にかかげて壁にたたきつける。残りの触手はとうぜん、さっきの美形つかまえて離さない。
「なによなによ、みんなよってたかって自分が地球人だと思って! 気取ってんじゃないわよこれでもあたし故郷じゃ芳紀十六歳の可憐な乙女なのよ! 冗談じゃないわよ異星人差別じゃないのさ協会にうったえるわよこの下衆ども!」
背中の瘤からかーいいワンピース溶かして酸が噴きだした。じゅうじゅうと床が盛大に溶解し、化学臭が店内につんとたちこめる。こうなるともうあたし、抑えがきかない。しょうがないじゃない。生理機能なんだもん。これをおさめる方法はただひとつ。
「あなたはあたしといーことしたいわよね?」
と触手で捕縛した超美形に頬すりよせ、十三枚の舌ぴょろっと出して唇ぺろり。複眼の片隅で助手のヤマダが拝みポーズで念仏となえてるけど、知ったことじゃない。
「どうなの、ねえ。あたしといっしょに、天国にいきたいでしょ? ん?」
男、がちがち歯、ふるわせ、
「じっじっじっ」
「ん? 自分は?」
やさしくききかえしてあげると、彼、
「じっ地獄のがいいです」
いっいけないっ、と叫びながらヤマダが走りよってきた。
「それだけは勘弁してくださいっ、今度やったらもう――」
「うるさいっ!」
どっかん。
いっせいに噴きだした溶解液はまたたく間に店を溶かして街区へと拡散を開始し、あたしあんあん泣きながら酸まきちらしつつ都市をさまよう。あとに残されたのは溶けた街角と――そしてあたしの分身。
あたしの種族、生殖の危機が訪れると分裂して絶滅の危機に対処する本能があるの。きっと一週間もしないうちにまた「少女刑事」が百人くらい増殖するわよ。哀しい哀しい少女刑事が、百人。
さんざ泣きはらしたあげく、いちはやく安全圏にちゃっかり非難してたヤマダをひきまわしながらあたし、その星をあとにした。五百二十三枚目の始末書をかくために。
少女刑事(了)
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