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おれの鼓動がきこえるか



 少年はひとりだった。
 裏街に生まれて、意志の力だけで生活と重力のくびきから逃れ、フェイシスの宇宙軍にもぐりこんだ。雑用係からはじめて整備工を経、戦闘機のパイロットになった。
 悪運もあったのかもしれない。おりしも、既知宙域外縁に突如として侵攻をはじめた謎の勢力にフェイシスも、そして神聖銀河帝国もその版図をじわじわと、それでいて圧倒的に、浸食されている矢先だった。兵士はつぎつぎと無為に消耗していき、占拠された惑星はまるで気まぐれに破壊と殺戮の鉄槌による蹂躙をうけ、黒い未知の版図が拡大していくのをひとびとはなすすべもなくただ見まもることしかできずにいた。
 補充された兵士の質は当然のごとく劣化の一途をたどっていたが、少年だけはずばぬけた才能を示した。枢要な前線へと期待をになって送りだされるまでに、ながい時間はかからなかった。
 それが地獄のはじまりだった。
 未知の敵は未知のテクノロジーをもって旧態依然としたフェイシスの軍を一方的に撃破して進みつづけ、少年もまた敗軍の兵となった。
 いくどとなく。
 生還することすらおぼつかぬ悲惨な戦がつづくなか、少年はいくどとなく帰還しつづけた。ぼろぼろになって、ぬけがらのようにうつろなまなざしを抱きながら、それでも少年はいくどとなく戻りつづけた。
 いつも、ただひとりのままで。
 死神、悪魔、疫病神、ありとあらゆる陳腐な形容がおぞましさをこめて少年の四囲を飾り立てた。いくつもの傷を負った肉体をけだるげにひきずりながら、いつしか少年自身もまたそんな異名を、自嘲をむきだしにしたほこりをもって、みずから口にするようになった。
 刃物のような美貌はくりかえしふりそそいだ地獄の洗礼をうけてみがきをかけられ、虚無の瞳と冷笑と、暗闇の底でひとり無言でふるえる弱々しさとが、いく先々で無数の女たちの魂をとらえて離さなかった。だが少年はいつでも、いつまでも、冷淡で苛酷だった。



 少女はひとりだった。
 麻薬にまどう危険な夢のとぎれめに、目をおおいたくなるような暴力を少女と、少女の母にふるうだけの父が廃人となって死んだとき、少女は母を捨てて裏街に身をしずめ、退廃の日々をおくりつづけた。
 男たちは少女のからだに重なるたびにやさしい言葉をかけ、通りすぎていった。が、少女の心がみたされることなど決してなかった。幾人もの、父に似た自堕落で暴力的な男たちに献身をしたあげく、ある日ふと、病にうかされるようにして裏街をあとにし、戦場へと降りたった。
 負傷した兵士たちの傷をいやし、なぐさめ、はげまし、その生と死を見つめつづけた。はじめて生きている、という実感を胸に抱いた。だが、なにかがたりなかった。
 みたされぬまま少女は、自分の胸の底に巣くう空洞から目をそらすためだけに、傷ついた兵士たちのあいだをかいがいしくさまよいつづけた。夢は見なかった。見れば悪夢ときまっていた。追っても追ってもとどかない宝石を求めて、永劫のかわきにさいなまれる夢。


 ある日、少年は傷つき、少女のもとへと運びこまれた。負傷よりは身裡にひそめた地獄にうなされて少年が煩悶するあいだ、少女はその手をにぎり、はげましつづけた。その呼びかけに、少年の苦悶の表情がやすらぎ、ほんのひとときの安眠へとしずみこむとき、少女は至福の想いを抱いていた。
 そして、少年がその目を見ひらき、少女の瞳をのぞきこむ日がおとずれる。
 そこに底なしの虚無を見つけて少女は強い感情を胸に抱いた。それが愛なのか嫌悪なのか、少女には区別がつかなかった。ひどい恐怖だけがあからさまに少女を責めたてた。
 少年もまた少女の瞳に狂おしい渇きを見つけ、ひとめで強く魅かれた。感じたことのない感情だった。それは愛だ、と少年は思った。ただの執着だったのかもしれない。
 そんなことには関係なく、少年は少女がおとずれるたびに万感の想いをこめて少女の瞳を見つめ、そして少女は苦しげに視線をそらしつづけた。恐怖のために。その虚無の瞳に魅入られてしまう恐怖。それを望んでいる自分に対する、恐怖。
 傷ついたどの兵士にもわけへだてなくやさしく接する少女が、ただひとり、少年にだけは、その顔すらむけることなく機械的に接するばかりだった。それでも少年は無言のまま少女を見つめつづけた。
 傷ついた獣がじっと伏せるように少年は眠りつづけ、目ざめているときは飢えた視線を粗末な天幕にじっとそそいでいた。少女を見つめるときにだけ、その瞳にやすらいだものがうかんだ。
 少女も、少年のそのやすらぎと想いとに気づいていた。それを感じれば感じるほど、少年のそばにいるのが苦痛になった。それでも、少年がそばにいないとき、いつでも少女の脳裏を占めるのは虚無を秘めたあの瞳ばかりだった。
 やがて少年の肉体がしなやかによみがえりはじめる。
 わかれのときが近づいてきたのだと、ふたりはどちらも気づきはじめた。
 そして、そんなころになってようやく、少年は少女に言葉をかけた。
「きみの名前は?」
 問いに、少女は一瞬だけ、少年の瞳を見つめかえす。
 狂おしく自分を求める炎を見つけてあわてて視線をそらし、いった。
「ナイチンゲール」
「じゃあ、ぼくはカサノバだ」
 少年は無邪気に笑ってそういった。
 生まれてから一度もうかべたことのない、心の底からの笑顔だった。少年自身も、そのことに気づかなかったが、少女はそれを感じて心がみたされるのをおぼえた。
 このままかれを見つめつづけていれば、離れられなくなるだろう、と少女は気づいていた。そしてまた、少年はいつかはふたたび、背中に黒い翼をつけて戦場へとかりだされていくのだ。
 だから少女は少年にはこたえず、あいかわらず口数もすくないまま、目をそらすようにして少年の寝台をおとずれ、世話をし、そして横顔で少年の熱い視線をうけとめつづけた。
 そしてわかれの時がおとずれる。
 夜の闇のもと、ほかの傷病兵が寝しずまるなか、少女は灯りもなしで少年の寝台をおとずれ、無言のままでその手をとった。
 少年もまた、眠ってはいなかった。だまったまま少女の華奢な手を握りかえす。
 暗闇の底で、手さぐりでふたりは抱きあい、くちづけをし、重なりあった。
 みちたりた虚無を抱えて少女が少年の胸に頭をのせていると、少年は少女の頭の位置をすこしずらして問いかけた。
「おれの鼓動がきこえるか?」
 少女は、その耳のむこうがわで、とぎれめのない鼓動が脈うっているのを感じた。
「きこえるわ」
 少女は鼓動に耳をおしつけたまま、吐息のようにそうささやいた。
「おれは、生きているか?」
 少年はきき、少女はうなずいた。
「生きているわ。わたしも。あなたも。いま、この瞬間だけは」
 少年は無言で少女を抱きしめ、少女は抱かれながら涙を流した。静かに。声もなく。
 つぎの朝、少年はふたたび強化服に身をかためて戦場へと帰還した。
 少女はいつものように傷ついた兵士たちをかいがいしく看病してまわり、少年をのせたシャトルが蒼穹にすいこまれていく姿にも、ついに一度も顔をむけることはなかった。
 時がたち、ふたたび少年は死神となった。いくつもの戦を経めぐり、つねに敗北し、ぬけがらとなって生還した。傷つき疲れたことはいくどもあったが、ふたたび少女にめぐりあうことはなかった。
 そのあいだにも未知の勢力は、むだなあがきをつづける人類をあざけるかのように、圧倒的な力をもって浸食をつづけ、とうとう辺境星域が黒一色にぬりつぶされる日がきた。どすぐろい牙はフェイシス、帝国、その他無数の小国家の中枢部にまでのびはじめ、すべての臣民に黒い絶望がはびこりはじめる。
 勝ち目のない戦に、それでも少年は無言で戦闘機を駆り、出撃していった。
 そして撃墜され、いまや蹂躙されつつある惑星の地表へと墜ちていった。
 コクピットからはいでるようにして、焦土と化した地上へとどうにか身を落とし、瀕死のままで少年は横たわりつづけた。
 奇跡はおとずれる。
 少女は、未知の勢力の情け容赦のない爆撃をうけて廃虚と化した避病院をあとにし、手のほどこしようのない無数の屍をうつろにながめやりながら、幽鬼のようにさまよっていた。そして地に横たわり力なくその胸を上下させる少年のもとにたどりつく。地獄をふりそそぎつづける悪夢の爆撃機が去ってから、いくらも経たないころのこと。
 地平線をうめつくした炎の舌はいつしか血色の陽にかわり、四囲をうめつくしていた呪詛のうめき声もとぎれて静寂がおとずれた。
 少女は瞳に涙をためたまま少年の頭をそっとひざに抱き、血まみれのその額に静かに指をはわせた。
 少年は少女を見あげて静かに微笑み、よわよわしい腕をあげて少女の頭に手をやり、その胸に抱きよせた。
「おれの鼓動がきこえるか」
 静かな声音で少年は問い、少女は涙をおしかくして、かすれた声でこたえる。
「きこえるわ。生きているわ」
 そうか、と少年はもう一度微笑み、少女は涙をこらえたまま、いつまでも少年の胸にその耳をおしつけていた。
 きみに出会えて、幸せだった。
 少年がそうつぶやいたように思えたのは、ただの幻聴だったのかもしれない。
 力をうしなった鼓動が、やがて間遠になりついにとだえたとき、少女は泣きながらもう一度つぶやいた。
「きこえるわ。あなたのいのちの音」
 そうして、闇が四囲をつつみこんでからも少女は、いつまでも少年のならない胸に耳をおしあてたまま声もなく泣きつづけた。
 しずみかけた炎がひときわ光をまして燃えあがり、その頭上を航空機の編隊が、かすかに音をたてながら通りすぎていった。


──inspired from "HEART BEAT" by Motoharu Sano


			

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