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歪んだ軌跡


「カーレオン刑事、通信が入ってるぜ。そっちのディスプレイにまわそうか?」
 パイロット・シートから人なつっこい顔を笑いのかたちにゆがめて、ハーディがいった。
 ジュニーヴルは首を左右にふりながらすばやく立ちあがる。
「音声を外にしてもらえる?」
 ハーディはかるく肩をすくめ、パネル上になれたしぐさで操作の手を走らせた。
 ロスト管制官の仮想映像がパネルの上に出現する。
『カーレオン、状況を報告してくれ』
 表情にとぼしい平坦な顔の問いかけに、ジュニーヴルはハーディのシートによりかかりながら微笑みかけた。
「おかげさまできわめて順調です。三十分以内にはレンジ内に突入する予定です」
「二十分以内だ」と、ジュニーヴルにむけてウインクしながらハーディがいった。「さっきブーストをかけておいたからな。大サービスだぜ」
 ちらりとハーディに視線をやり、ジュニーヴルはくちびるをチュッとならして微笑みかけた。
『ご協力に感謝します、ハーディ操縦士』そんなようすには頓着せず、きまじめな顔でロスト管制官がいった。『こちらの折衝がどれだけうまくいっても、現場レベルで反感がまかりとおっていればまったく無意味ですからね。あなたのように協力的なかたに出会えて、カーレオン捜査官もたいへん幸運です』
 平坦な口調で感謝の言葉をならべたてる。ハーディは困惑したような顔つきで、それでもおもしろげにジュニーヴルと視線をかわしあう。
 そんな姿には興味すら抱かぬようすで、ロスト管制官はさらにジュニーヴルにむかってつづけた。
『ザシャリのほうのようすはどうだ?』
「連絡ありませんね」
 苦笑をおし隠してこたえる。
『やはり別行動はさけるべきだという私の意見はかわらないが』
「こちらの意見もかわりません。質量をおさえたほうがスピードはあがります」
『きみがかれの同行を抑制したのは、それが理由ではないのではないか?』
 無表情にロスト管制官は問いかけてきた。内心にうかんだ意外感をおしかくして、ジュニーヴルはそしらぬ顔でとぼけてみせた。
「おっしゃる意味がよくわかません、管制官」
『いや。いい。追及は帰還後におこなう。私も、そしてきみとザシャリも、おそらくながいつきあいになりそうだからな』
「評価していただいて光栄です、管制官。全力をつくします」
『たのむぞ。以上だ』
 言葉とともに、小気味よく映像がとぎれて消えた。
「なんだ、どうでもいいような内容の通信だったな」
 あきれたように目をむきながらハーディがいった。
 シートにもたれかかった姿勢のまま、ジュニーヴルは肩をすくめてみせる。
「あたしとあなたがツノつきあってんじゃないか、さぐりを入れてきたんでしょ」
「なるほど、そういう意図か」ぽん、と手をうつ。「こういう協力作戦てのは、そんなにトラブルが多いものなのかねえ」
「軍隊と警察は犬猿の仲ってのは、太古のむかしから連綿とつづいている伝統だそうだからね。とくに、星際警察はその手の折衝を必要とする事件を多く手がけてるしさ。ごぞんじ? いまの管制官というポスト自体が、あたしたちの上司だって意味あい以上に、派遣先の軍や政治体、自治体なんかの折衝や交渉役としての任務がより重要視されているらしいのよ」
「それで部下の人間関係まで把握してなきゃならんとなると、基地から超空間経由で指令だしてりゃいい気楽なご身分だってわけでもねえようだな。やれやれだな」
「同情すべき立場ではあるわね」
「ま、おれのほうは美女と組んで悪人退治だ。わるい任務じゃないがね。そのへん、上の連中もわかってて、あんたみたいな美人、現場の永久刑事として採用してんじゃねえの?」
 と、にやつきながらジュニーヴルの手をとる。
 するりとぬけで、ジュニーヴルは笑いながらあてがわれたシートに腰をおろす。
「あぶないわね。やっぱりザシャリもつれてくるべきだったかな」
「そいつだ」パイロットシートからハーディは半身をのりだした。「おれもあの管制官と同様、そこらへんは疑問に思ったんだ。二人が三人にふえたところで、追跡にかかる時間はさしてかわるわけじゃねえ。犯人は簡単に投降してくるようなタマじゃねえんだろ? だったら、同僚にゃいてもらったほうが有利なんじゃねえの?」
「足をひっぱられなきゃね」
 そっけない返答に、ああなるほどとハーディはうなずいてみせる。
 苦い笑いを口もとにうかべながらジュニーヴルはいう。
「どうしてあいつがが永久刑事に採用されたのか、ほんと、理解に苦しむわ。おまけに、配属先までいっしょなんだから。あたま痛いわよ、正直」
「てこた、あんたたちずいぶんむかしからの知りあいか」
「腐れ縁てやつね」
「さっき通信で話したかぎりじゃ、感じのいい色男なんだがなあ」
「多少顔がよくたって、仕事のできには関係ないわよ。あなたたちのところだってそうじゃない?」
「ちげえねえ」とハーディは苦笑した。「それに、おなじ色男でも、同性から好感もたれるタイプってのはたしかにまぬけが多いかもしれねえな」
「そこまではいわないけどね」ジュニーヴルも苦笑をかえす。「ただあいつ、絶対えらぶ職業、まちがえてるわよ」
「おっと」ヘッドセットをつけ直しながらハーディ。「また通信が入ったぜ。今度はその相棒さまからだ」
 いって、からかうような微笑をうかべる。
 ジュニーヴルはため息をついて立ちあがった。
 ご愁傷さま、とウインクひとつ、ふたたびハーディは立体映像を出現させる。
『ジュン、見つかったよ』
 ひとのよさそうな顔がパネル上にあらわれて、とうとつにいった。ジュニーヴルは露骨にぶあいそうな顔をしてみせる。
「そう。転送しといてくれる? あとで見ておくから」
『それはだめだよ、ジュン』とザシャリは、ジュニーヴルのそっけなさにすら気づくようすがない。『もうすぐ犯人と接触するころあいだろ? のんきに情報見てるひまなんかないよ。ぼくがいまここで読みあげるから、よくきいておくんだ』
 よけいなおせわよ、といってもひかないだろう。ジュニーヴルはちらりとハーディに視線をやり、ため息をついて「どうぞ」と口にした。
『いいかい? 本名はバルスト・アル・サレム。出身はラスビアで、年齢は現在だと標準時で三十三歳になるらしい。おなじラスビアの、サンダスク大学というところを中退している。かなり優秀な学生だったらしいけど、そのときに人を殺した可能性があるみたいだね』
「それが中退の原因?」
 思わず身をのりだしてジュニーヴルはきいた。
 ザシャリは、それがまるで自分の手柄だとでもいいたげにほこらしげに笑ってみせる。
『みたいだね。当時のニューズネットを検索してみたんだ。なんでもその事件の一ヶ月くらい前まで、バルストはある女性とつきあっていたらしいんだけどね。その女性が殺されたのを筆頭に、彼女と新たにつきあっていた男性、過去つきあっていた男性たちと順に殺害されていって、合計十二件の殺人事件にまで発展したらしい。で、周囲の人間の証言で、バルストがその女性とのわかれ話がでる前後からようすがおかしくなっていたってことがわかってね。で、事件の直後に行方不明』
「そりゃつまり」と、あきれた口調でハーディがわりこむ。「バルストってのはようするに、ふられた腹いせに女をぶち殺したってことか?」
「しかも、その女のひとと関係のあった男性を、過去にさかのぼってまで?」
『犯人がバルストだとすれば、そうなるかな。証拠は残されていないらしくてね』
「一目瞭然じゃねえか」
『それはそうかもしれないけれど』とザシャリはきまじめに反論しはじめる。『ぼくたち警察機構としては、証拠もなしに犯人と決めつけるわけにはいかないからね。たぶん、ラスビアの警察はまだこの事件のこと追っていると思うよ』
「おやおや」とハーディは宙をながめあげて両手をひろげる。「ごくろうなこって」
「そのバルスト・アル・サレムの写真、見せてくれる?」
 ジュニーヴルのリクエストに、ザシャリは「おやすいごようだ」とこたえて映像内部から上体をそらすようにして消えた。
 しばらく映像外でごそごそしてから、ふたたびあらわれ、手もとに操作を加える。
 と、立体映像が瞬時、左右にブレたあと、そこにひとりの男があらわれた。
 ひどく目つきのわるい、やせた、酷薄そうな顔つきの男だ。
「まちがいなさそうね」
 とジュニーヴルは鷹の視線で立体映像をにらみつけながらつぶやく。
 数十時間前のことだ。惑星国家アンディルの元首暗殺のうわさをききつけ派遣されたジュニーヴルとザシャリが、警備網の盲点を発見してかけつけたときに目撃した顔にまちがいない。
 銃撃戦のすえ犯人はとり逃がしたが、すばやくモンタージュを作成し、各方面に配布。同時に暗黒社会の情報屋とひそかに接触をはたした別働隊の捜査員が、元首暗殺を画策したのが地元の対立政党であることと、さらにその仕事をうけおったのが暗黒街で“レザー・バルスト”と異名をとる職業的暗殺者、つまり殺し屋であることまでさぐりだした。
 そのモンタージュと通称から、問題の殺し屋の来歴をさがさせるという名目でジュニーヴルがザシャリを前線から外すよう強引にロスト管制官に主張したのが、およそ十時間ほど前のことである。
 理由は簡単だ。ザシャリとは星際警察に入る以前からの腐れ縁で、操作の足をひっぱられてきたこと、おびただしい数になる。体力・知力は申し分ないのだが、いかんせんこの男はわざとではないかと疑いたくなるほどかんじんなときにかぎって、いちいち信じられない失敗をくりかえす性癖がある。先の銃撃戦で“レザー・バルスト”をすんでのところでとり逃がしたのも、もとをたどればこのザシャリが包囲網をかってにくずして先行したためなのだ。
 そのへんの呼吸を知らないから星際警察も、表面的な成績だけでザシャリの採用を安易に決定したのだろうし、ロスト管制官もジュニーヴルがかれを忌避する理由が実感できないのだろう。
 ともあれ、最初の調査報告で、ここ十年のあいだに発生した暗殺事件のうちすくなくとも二十二件がこの“レザー・バルスト”と呼ばれる職業的暗殺者の手になるもの、との分析があることが判明。名前がリークするほどだから、水面下ではさらに多量の犯罪がおこなわれている可能性が強い。通常、職業的暗殺者がこれほどの高頻度でその任務を遂行できる確率は決して高くはない。たいていは十件にもみたないうちに逮捕されるか死ぬか――あるいは一生遊んで暮らせるだけの大金をかせぎあげて引退するかのどれかなのだ。
 そういう意味でなら、殺し屋というのはこの“レザー・バルスト”なる人物にとってはまさに天職だったのだろう。
 それにしても、通り名からしてまさに鋭利なかみそりのごとく冷徹きわまる人物像が想定されていたのだが――その男が暗殺者となるきっかけが、女とのわかれ話のこじれた結果となると、まさにあいた口がふさがらない。
「わかったわ、ザシャリ。役にたったわよ」このセリフはもちろん皮肉だが、それが伝わるだろうとは、口にしたジュニーヴル自身期待してはいなかった。「あとはこっちでやるから。あんたは遊んでていいわ。ごくろうさま」
『そうはいかないよ、ジュニーヴル』憤然とした顔のザシャリがふたたび映像内部にあらわれた。『ぼくもロスト管制官に交渉してもらって、あとを追うつもりだ。待っててくれよ。すぐいくからさ』
 ぽかん、とジュニーヴルは口をひらく。惑星アンディルからここにたどりつくまでに、すでに六時間が経過しているのだ。こちらはいましも逃走した犯人に接触しようというところなのに、これから発進していったいなんの役にたてると考えているのか。いくらロスト管制官が仕事熱心でも、さすがにこのばかげた要請にはこたえるわけにはいかないだろう。
 ハーディもまた、こいつ本気か、とでもいいたげにジュニーヴルを見つめている。
 しかたなく、ため息とともに肩をすくめていう。
「好きにすれば。交信おわり」
 脱力そのままに、シートにどさりと沈みこんだ。
「なるほどね」映像が消失したパネルにぼうぜんとした視線をそそぎつつ、疲れた口調でハーディがいった。「あんたがかれをけぎらいする理由、よくわかるぜ」
 ジュニーヴルは疲労にみちた微笑を力なくかえしただけだった。
 それからしばらくもしないうちに、警告のアラームが艇内にひびきはじめた。
「射程内に入るぜ。めんどくさいから、撃破しちまおうか」
 舌なめずりをしながらハーディがいう。
 苦笑をかえしつつ、ジュニーヴルは首を左右にふってみせる。
「そのほうが話がはやいのはたしかだけどね。軍の高速艇を調達したのは、あくまでも犯人の逃亡阻止が目的だから。ばかげた話だけど、かれにも人権は保障されてるのよ」
「OK」ハーディはウインクしながらいった。「なら通信回線、そっちのディスプレイにまわすぜ。投降勧告ってのか? やるんだろ?」
「おせわさま」
 ため息とともにジュニーヴルはいい、おもむろにからだを起こした。システムを起動し、逃走する宇宙艇にむけて呼びかけを開始する。
 数分後、とうとつに回線がつながった。
『撃つ気かよ』
 開口一番“レザー・バルスト”はそういった。モニターはノイズに占拠されている。いまさらだが、映像情報をカットしているのだろう。
「高名な殺し屋にしちゃ、ずいぶん弱気ね」ジュニーヴルは鼻で笑いながらいった。「もっとも、アンディル全域に検問がいきわたってからのあんたは、文字どおりなりふりかまってなかったものね。軌道ステーションでは完全にいきあたりばったりの無差別殺人。それでも宇宙艇をむりやり強奪したのは、さすがというべきかしら」
 け、と、職業的暗殺者は回線のむこうがわで吐きすてた。
『オーヴァー・ドライヴもできねえような小型艇じゃしようがねえや。やきがまわったぜ』
「年貢のおさめ時ってわけね。観念してでてきたら? そうしてくれたら、こっちのめんどうもはぶけてすむんだけど」
『うるせえ』底なしの憎悪をこめてバルストはいった。『だれが女なんかに命ごいするか』
「あらあら」とジュニーヴルは挑発にかかる。「女を憎んでいるのね。かわいそうにね、バルスト・アル・サレム」
 寸時の沈黙。
 やがて、ノイズを裂いて“レザー・バルスト”はいった。
『身元調査までしやがったのか。てめえ、永久刑事か?』
「通称はね。正式名称は星際警察機構特別捜査員というのよ。おぼえておきなさい」
『殺してやるよ、永久刑事。それがいやなら、艇ごと撃つんだな』
「そうしたほうがあたしも楽だし安全なんだけどね」気がのらない口調でいって――ジュニーヴルはぎらりと目をむく。「あいにく、これも仕事なの」
『くそくらえだ』むきだしの憎悪が臭ってきそうな口調でバルストはいう。『きさまら全員、くそくらえだ。殺してやる。殺して殺して、殺しまくってやる』
「おいおい」とあきれた口調でハーディがわりこんだ。「あんた、人類みなごろしってんじゃねえだろうな」
『うるせえ』と叫んだ声が、うらがえっていた。『てめえらみんな、くそだ! この世は腐ってやがるんだ。おれは生まれてくる場所をまちがえたんだ。こんな腐れただれた世界は存続する意味がねえ。拒否だ。あたまっから拒否してやる!』
 血を吐くような口調でバルストはまくしたてた。
「なるほど」とジュニーヴルは冷徹にいいはなつ。「拒否されたから、拒否しかえしてやるってわけね」
『わかったふうな口をきくな!』
 こぶしがとんできそうな叫び声がかえった。
 前席で、思わずハーディがのけぞってしまっている。
 ジュニーヴルも、剣幕に一瞬、言葉をうしなった。
 ノイズのむこうに、荒い息づかいがひびく。
 やがてバルストはいった。
『こいよ』口調に、狂気の笑いがふくまれていた。『こいよ。てめえからだ。なぶり殺してやる。はやくこい!』
 わめき声とともに、ぶつりと荒々しく回線は断ち切られた。
 しばし、艇内を沈黙が占拠する。
 やがて、ふりむいたハーディが気づかわしげに口にした。
「やっぱり撃墜しちまったほうがよさそうだぜ」
「心配してくれてありがとう」にっこりと笑ってジュニーヴルはいった。「だいじょうぶよ」
「そうは思えねえ」真摯にハーディはくりかえす。「どうせやつァ、おとなしく停止する気なんざねえんだろう? とめるにゃ、機関部ぶちぬくしかねえんだ。燃料部と機関部は隣接してるんだからよ。ちょいと手もとが狂っちまったことにすりゃ、いいわけはじゅうぶん立つぜ。おれにしても、軍の作戦なら懲罰もんだが、外部の依頼となりゃおおごとにもなりゃしねえ」
 遠慮すんなよ、としめくくる。
 ジュニーヴルはもういちど、微笑んでみせた。
「だいじょうぶ」そしていった。「あたしは殺されないから」
 まるで根拠のないセリフを、この上ない確信をこめられて口にされたせいか、ハーディはきょとんとジュニーヴルを見かえすだけで何もいうことができなかった。
 やがて、ため息とともにコンソールにむきなおり、ぶつぶつと何かつぶやきながらしきりに首を左右にふりはじめる。
 永久警察ってのはかわりものばかりだ、とでも思っているのだろう。ジュニーヴルは笑みをくちびるの端にとどめながら、わきにつるしたホルスターからハンド・ガンをとりだす。
 セイフティがロックされていることを確認し、マガジンをぬいた。特殊弾の装填具合をたしかめる。
 宇宙艇内での銃撃戦が予想されるため、レイ・ガン、ブラスター、レーザー・ガンなどのエネルギー兵器でなく実体弾を使用する銃の携行をロスト管制官から指示されたのだ。
 無反動構造のハンド・ガン。激発はレーザー式。弾丸は貫通性能のひくいかわりに人体内部で炸裂する構造の、殺傷力の高いものを使用することになる。
 がしゃり、と鋭利な音をひびかせてジュニーヴルはマガジンを装填しなおした。
「獲物をねらう鷹の目だな」
 いつのまに観察していたのか、感心したような口調でハーディがいった。
 ジュニーヴルは笑みをうかべてみせる。
「逃走機の足をとめてくれる?」
 静かにいった。
 OK、と軽くうなずき、バイザーをおろしながらハーディは手前のレバーに手のひらをあてた。
 バイザー内部の仮想映像に視線をこらして静かに艇体位置を調整し――無造作に、レバー上部のボタンを押す。
 一瞬のタイムラグをおいて、バイザーをはねあげながらハーディはふりむいた。
 にやりと白い歯を光らせる。
「一発必中ってやつだ」
「ありがとう」ジュニーヴルはとびきりの笑顔を送った。「最高の相棒だわ。ひさしぶりにいい気分で仕事にかかれそう」
「なに」と、てれたように後頭部をかきながらハーディはいう。「なんなら、あんたも永久刑事なんかやめてうちの部隊に転職しちゃあどうだい? さっき銃の点検してるときの目つきなんか、かなりいけると思うぜ」
 ふふんとジュニーヴルは鼻をならした。
「残念だけど。追っかけてる男がいるのよ」
 ち、と笑いながらハーディは舌をうった。
「あんたとなら、いいコンビを組めると思うんだがなあ。……ランデヴーだ」
 言葉と同時に、艇体側面からかすかな震動が伝わってくる。
「ありがと」ジュニーヴルは肩口で銃をかまえながら腰をうかす。「念のために、応戦の準備しといてね」
「おいおい。あんたさっき、自分は絶対死なないっていったばかりだぜ」
 ハッチのハンドルに手をかけた姿勢でジュニーヴルはふりかえり――にやりと笑ってみせる。
「形式よ。上司がうるさくてね」
 そして、ひらいたハッチにためらいなくとびこんだ。
 背後の扉がとじるのを待つ。それからエアロック内部で、艇と艇とのあいだの機密状況に問題が存在しないことを確認しながら手ばやくヘルメットを装着し、あらかじめ着こんでいた簡易気密服と連結する。そして特殊装備である、外部エアロック強制解除システムを作動させた。ロスト管制官が軍の高速艇を調達した理由には、足のはやさのほかにこの便利な装置の存在もとうぜん入っていただろう。
 パシュ、と壁一枚へだてたむこうがわで音がひびいた。
 ついで、両開き式の扉が、こちらから順に一枚ずつ、音もなくすべりはじめる。
 三枚め――逃走に使われた小型艇のほうの、奥側の扉がひらきはじめ――
 瞬間、深紅の熱線がたてつづけにとびこんできた。
 軍艇の扉わきに身をひそめたまま、ジュニーヴルはチャンスをうかがう。
 ヒステリックに火線は、背後の扉に焦げ跡を刻みつづけた。
 が――ふいにそれがおさまる。
 すかさずジュニーヴルはなだれこんだ。
 火線の方向から推察した敵の位置にむけて、ほとんど勘だけで銃口をポイントした。視界にたたずむ人影を確認した瞬間、ためらわずトリガーをしぼる。
 さらに三発の熱線が、投射された。一発はジュニーヴルの簡易宇宙服の肩口を裂いて、灼熱の苦痛を爆発させた。
 が――そのときにはもう、ジュニーヴルのはなった特殊弾丸は標的から戦闘力を奪っていた。
 手にしたハンドガンの両側面、低圧排煙器から、ガスだめにいったん充満した燃焼ガスが音をたてて排出される。
 同時に、前方でごとりと重いものが床に投げだされた。
 くはあ、と苦鳴とともにバルストは、よろよろとたおれこむ。
 左肩からさきが、なくなっていた。心臓をねらったが、わずかにねらいがそれたのだ。即死はまぬかれたものの“レザー・バルスト”は左ききだったのだろう。ブラスターを握ったままの、半分損壊した無惨な様相の左手が床上にころがっていた。反撃の手段はない。
「まだ抵抗する?」
 銃をかまえたまま、ジュニーヴルはきいた。
 たおれこんだバルストが、眠そうな目をあけてジュニーヴルを見あげる。
「殺してやる……」
 弱々しくそういった。
 しばしのあいだ、ジュニーヴルはハンドガンをポイントしたまま動かなかったが、やがて息をつきながら銃口をあげた。
 無造作なしぐさでヘルメットをもぎとり、背後のエアロックにむけてほうり投げる。
 銃をホルスターにおさめ、たおれこんだバルストに無造作に歩みよった。
「殺してやる……」
 もういちど、バルストはうめくようにいった。
「むりね」一言のもとに否定する。「どうあがいても、指一本動かす力はないわよ。もうあきらめて、命だけでもとりとめられるよう肩の力をぬきなさい」
 け、と吐きすて、暗殺者は唇のはしを弱々しくゆがめてみせた。
 さっきとは逆の手順で高速艇との通路を確保し、ジュニーヴルはハーディにひとこえかけてから手際よく、バルストのからだを移動させた。
「ありがとう」ハーディが手をかすまでもなくすばやく作業を終えてジュニーヴルはいった。「できるだけはやく、医療設備のあるところへいってもらえる?」
「わかった」ハーディはエアロックの密閉を確認してからパイロット・シートに戻り、手ばやくドッキングの解除にかかる。「たすかるのか?」
 ジュニーヴルは無言で、予備のシートにおさめられたバルストをながめやっただけだった。
 艇が動きだしてから数分後、荒い息をつきつづけていたバルストがふいに口をひらいた。
「ひとをな」
 ハーディも、そしてジュニーヴルも、あまりのとうとつさにぎくりと目をむいてふりかえった。
 うすく目をひらいて、そんなふたりのようすをながめやっていたバルストが、弱々しくあざけり笑いをうかべる。
「ひとをよ」そしていった。「殺して、痕跡を消す作業は簡単なんだぜ。わりかしな」
 荒い息のあいまをついてのセリフだが、意外に口調はしっかりとしている。
 どう反応していいのか判断がつかず、ジュニーヴルもハーディも無言のままつぎの言葉を待った。
 大きく胸を上下させながら、バルストはしばらくのあいだ目を伏せていた。
 が、やがてふたたび顔をあげ、むりやりのように憎々しげな笑いをうかべる。
「殺し屋なんざ、だんどりさえつけちまえば、こんなちょろい仕事はねえ。すくなくとも、おれにはそうだった」
「さっさと引退すればよかったのよ」ジュニーヴルはいった。「じゅうぶんかせいだんでしょ?」
「金なんざ、カジノですっからかんよ」いってバルストは、歯をむきだして笑った。「べつに安楽な暮らしがしたかったわけじゃねえ」
「じゃなに? 殺人淫楽症?」
 け、と、暗殺者は吐きすてた。
 ぎろりとジュニーヴルをにらみつける。
 そしていった。
「こびりついてんだよ」
 と。
 ジュニーヴルは意味がわからず、え? とききかえす。
 バルストはまた歯をむきだした。笑っているようにも――怒っているようにも見えた。
「こびりついてんだよ」とくりかえした。「殺したやつらの顔。一個一個な。昼も夜も、消えやしねえ」
 ジュニーヴルはだまりこんだ。
 一瞬、わかるわ、という言葉が口をついてでるところだった。
 自制したのは、そんな言葉を自分がだれか他人に吐かれたとしたら、耐えがたい偽善的なセリフにしかきこえないことを知っていたからだった。
 にやりと、今度はバルストははっきりと笑う。
「最低だ。おれはしあわせになりたかっただけなんだ。そうなれると思ってた。それをぶちこわされて、逆上したんだ」
 そしてもういちど、笑う。
 自嘲の笑いなのだろう。
「あんた、ばかよ」
 抑揚を欠いた口調で、それでもジュニーヴルは真正面からバルストの目を見つめながらそういった。
 ふん、とバルストは鼻をならした。
「うるせえ。どいつもこいつも、くたばりやがれ」
 いって、目をとじた。
 それっきり、荒い呼吸を艇内にながいあいだひびかせるだけだった。
 ゆっくりと、その呼吸の間隔を遠ざけていき――
 しばらくのあいだ、弱々しく下顎をふるわせていたが、やがてそれもとぎれた。
 重い沈黙が艇内を占拠する。
 一分一秒が永遠を内包しているかのような重力。
 やがて、ハーディがかすれた声音で口をひらいた。
「だめか?」
「いったわ」
 ジュニーヴルは目をとじて腕を組んだまま、つぶやくようにしてそういった。
 しばらくの沈黙ののち、ふたたびハーディがぽつりと口にする。
「やりきれねえな」
「ばかげてるわよ」
 抑揚を欠いた口調でジュニーヴルは、目をとじたままいった。
 そして、つけ加えるように口にする。
「かなしいわ」
 ふりかえったハーディにむけて、うっすらと微笑んでみせた。
「かなしいわ。かなしんであげるのよ。こんなやつのためにでも、ひとりくらいかなしんであげてもいいでしょ? だから――かなしいわ」
 いって、ふたたび目をとじる。


(了)


			

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