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ハドラ・アブドライの黄色い闇


 さて、物語をはじめる前に紹介しておこう。まずは稀有なる盗賊ジオ・テマセク。いまだかつて神聖皇帝と二人の側近以外のだれひとりとして、生きて出た者のいないといわれる帝国宝物蔵から、マグヌスの幻影石を盗み出したという破格の盗賊。
 ただしエル・エマドのチャイ・ハナや、怪しげな地下の酒場で酔漢やジャンキーどもがろれつのまわらぬセリフで口にし語り合う、はなばなしい活劇やジオ・テマセクの恐るべき魔術、英雄的なその人となりなどは実のところまったき事実無根。
 ほんとうのジオ・テマセクが、後生大事にふところにしまっている“マグヌスの宝石”はといえば、鑑定家が一目みればすぐにそれと知れるガラス玉にほかならない。だいいち何より、彼は帝国宝物蔵どころか、あの輝ける黄金都市を訪問したことさえ一度もないのだ。
 だけど他愛のない法螺話が銀河系のこっちの端からあっちの端へと広まるころには、この盗賊の名前は、ジルジス・シャフルードや“殺戮愛好家”ヴェリオとさえならぶほどの伝説の域にまでおしあげられた。いまやジオ・テマセクは、その名声といささか怪しげな口先、そしてほんのちょっぴりの幸運、ただそれだけで、羽振りのよい暮らしをつづけていけるだけの後光を手に入れた。
 ただし、マドワリやデトロイト・ポーカーにその金をつぎこんでしまわなければの話。だから伝説でなくほんもののジオ・テマセクは、あいかわらずただの借金もちだ。
 さてそれから、二人め。二人めの名はハドラ・アブドライという。尊者アブドライという意味の、尊称つきの通り名で呼ばれるこの男、百年ほど前まではほんとうにザール・トゥーシュ教の筋金いりの尊師だった。
 いまではアブドライは、千人の自殺者とその十倍の自殺未遂常習者を排出した、異様な新興宗教の教祖であり、悪名高い帝国機動警察ですら手出しをはばかる悪魔の王そのものだ。
 その生活も、シャハラザードが夜毎に語る、玄妙怪奇な物語に負けず劣らず奇妙で異様で不可解だし、しかもここ半世紀ほどは彼と直接謁見した者は数えるほどさえいないという。真偽のほどはさだかでないが、まあそれほどの神秘的な存在ということ。つまり、この男こそ、まさに稀有だが実体不明。
 それからもう一人。この男のことはどうでもいい。職業は刑事だが実績はない。性格は最悪だし生活は最低。裏街の三下からうわまえを跳ねる手腕の他に見るべきところはいっさいないし、その手腕にしたって三流の、能なし小太り阿呆面の悪徳刑事。名前はチャン・ユンカイ。だがこの名前だって、覚える必要はなし。
 では物語をはじめよう。



「それを手に入れることができれば、まさに神の視点を得られるそうだ」
 依頼者の饒舌に気のりうすい愛想笑いをかえしながら、ジオ・テマセクはヘイル入りの紅茶を口にして心底うんざりし、また震えあがってもいた。
「じつのところ、あの男が預言者だの最高の英智の顕現だのといわれているのも、それを持っているからだ。“黄色い闇”と呼ばれる、何か神秘めいたすばらしいものをな」
「で、その“黄色い闇”とやらの実体は? どんな形をしているんです? どれくらいの大きさ? もち運ぶのに、手押し車は必要ですか? あるいはタンカーが」
「それはだれも知らないんだ」依頼者は露骨な不機嫌をにじませて葉巻を深く吸いこんだ。「たぶんハドラ・アブドライ以外のだれも。だからもちろん、わしにそれがわかるはずはない。そうだろう?」
 ジオ・テマセクはあいまいに微笑しながらうなずいてみせる。もちろん、心の中ではとびきりのしかめ面をうかべて。
 盗賊としての腕を見こまれて困難な依頼をもちかけられるのは毎度のことだ。それに、困難な仕事を、ジオ・テマセクの名声にだまされて誘蛾灯にさそわれるように集ってきた優秀な部下たちに代行させ、ますます虚名に拍車をかけ、または失敗の責任を部下のへまや方位や日づけにおしつけてやりすごしたりするのもいつものやり方。
 だが、この仕事はどう考えてもそれではおさまりそうにない。まず部下たちは腕のいい者も、そうでない役たたずも、ハドラ・アブドライの名を耳にしただけで尻ごみをしてしまうにちがいない。かといって別の仕事でお茶を濁したり、口先三寸でなにもかもなしにしてしまうには、抱えこんだ借金の額も膨大すぎたし相手も悪かった。
「帝国宝物蔵から生きて出ることに比べれば、それほどたいしたことでもないだろう」
 邪悪な微笑を浮かべつつ、こともなげにいうマフィアの黒幕は、最初から噂に名高いジオ・テマセクにこの仕事を遂行させようと、罠をはって待ち受けていたのだし、あからさまなトラップにいとも簡単にはまって抜け出せなくなったのも、ジオ・テマセクのいつもの失策。
 だからといって逃げ出す先も見あたらず、ほんとうにハドラ・アブドライの逆鱗に触れずにことを解決させる手だてなど、せいぜい自殺するぐらいしか浮かばない。
 そして、ハドラ・アブドライから所有物を奪うなど、自殺するも同然の無謀な所行。
「それとも、あの噂に高い大盗賊の手腕はただのはったりってわけか?」
 図星をさされてうろたえないだけの虚勢を維持できることこそ、張り子の虎が今日まで露見せずにやってこられた理由のひとつだ。だがこの場合、その事実もなんの救いにもなってはいない。
 刺激性のチャイは昂揚も鎮静ももたらさなかった。ジオ・テマセクは一服ついた後、なんだかんだ理由をつけてぐずぐずしたがったのだが、暗黒街の大者に心底からの期待とともにせっつかれて(もちろんしかたなしに)重い腰をあげた。
 絶望感に重くのしかかられつつ超空間をあとにして、仕事にとりかかるはるか以前に精神的に疲労しきって目的地に到着する。
 ラウレン・シティについて最初にしたことといえば手近の酒場で酔ってくだをまき、花の散る路上に放り出されて風邪をひくことだった。傍目にはバカンス気分。じっさいのところは、死刑台への十三階段を、背中をこづかれながら昇らされている気分で、一ヶ月を無駄に過ごし、黒幕に不機嫌に督促を受けてぶつぶつと弁解を口にしながら、ハドラ・アブドライの居館について調べはじめたときももちろん、意欲満々という状態からはほど遠かった。
 だからその期間にラウレンの警察機構から目をつけられたのも当然のこと。
 ところが彼にとって幸運なことに――あるいは不幸なことに?――この有名な盗賊の監視と摘発の役目を与えられたのは、ラウレンの裏街では役たたずの嫌われ者として知られていたチャン・ユンカイという名の悪徳刑事。
 もちろん、チャン・ユンカイにしてもこの抜擢(あるいは悪質ないやがらせ)は、まったく歓迎すべからざる状況だった。やる気のなさはジオ・テマセクにも負けず劣らず、その仕事ぶりの手抜きぐあいとくれば、ジオ・テマセクなど比すべくもない。
 チャン・ユンカイが悪質な酒飲みであることも、ジオ・テマセクとの共通点のひとつだった。ちがっていたのは、この悪徳刑事が酔うと恐れを知らない脳天気な勇者に変身するという点だ。
 そういうわけでチャン・ユンカイは、ジオ・テマセクがぐずぐずしている間に、この稀有の盗賊の獲物がなんであるかを偶然つきとめ、恐ろしいことにシティ郊外のハドラ・アブドライの神秘の館に、もちろんへべれけに酔ったまま訪問するという暴挙を、こともなげにやってのけた。
「俗世の悪徳にまみれた公僕が、この清廉の館になんの用があって来た」
 ハドラ・アブドライの怪しげな七人の側近がチャン・ユンカイを詰問したセリフは、もちろんお定まりの常套句にすぎなかった。だが、この場合はその常套句もきわめて的を射ていた。
「うるせえ三下」
 どちらにしても、酔ったチャン・ユンカイに敵はいない。いるのは眉をひそめて近づかない常識人と、ごみためにむけて蹴り飛ばして世界の浄化に手を貸す荒くれくらいのもの。
 七人の側近はそのどちらでもなかった。
 あえていえば、チャン・ユンカイに輪をかけた悪質な酔漢だ。
 親玉を出せ、気ちがいの親玉をとわめくユンカイを拘束具に固めて地下牢に放りこみ、ハドラ・アブドライの許に悪魔の使者を拘禁しましたと報告におもむいた。
 ここで偉大な狂気の教祖がいつものように、始末を側近にまかせて夢幻境への耽溺から一歩も踏みださずにいれば、ことは平和にすんだかもしれない。
 そのかわりに大アブドライは、悪魔の使者なる酔っぱらいに興味を抱いた。館中に直結している、預言者の声を伝える伝声管に向かって、謁見すると宣言するや、頭蓋をくりぬいて脳髄に達した数百本のピンをぬき、粘度を増幅したリンゲル液に満たされた子宮から這い出して、ピン跡から血と内容物とをたれ流しながらへらへらと神秘的な微笑をうかべて地下牢に降りていった。
 騒然としたのは信者たち。風評と側近たちの宣伝と、みずからの内に暗い口を開く空洞とに後押しされて狂信者と化した身にとっては、まさに青天の霹靂。半世紀ぶりに天降った大預言者の御姿をひとめ見ようと、これも側近たちの制止をものともせずに地下牢へとおしよせた。
 さて、当のチャン・ユンカイはといえば、これもいつものごとくへろへろの酔い心地で眠りこけ、あらぬ寝言を口走る。これがラウレンの裏街あたりのどぶ泥のわきであれば単なる酔っぱらいのたわごと、耳を貸す者などだれ一人としていなかっただろうが、あいにく雨がつづいたのカラスが鳴いたので大げさな象徴をでっちあげては騒ぎたてる狂信者たちのまっただなか。それも、半世紀にもわたる黄色い泉の中の、あらぬ夢想から醒めたばかりの狂人の親玉が、耳にしたセリフが、
「くそが。死ね死ね死ね。どいつもこいつも地獄へ落ちろ」
 という内容だったのだから始末におえない。
「近く、地獄の軍勢がこの世を滅ぼすために顕現するようじゃ。その先兵はむろん、もっとも清廉で手強いわれらのところを真っ先に襲うことじゃろう。これはわしが神水につかって百年の苦行の後に得た予知夢とも一致する。この太った悪魔は斥候だろう。この太鼓腹の中には地獄へと通ずる門があり、今も生臭い息を吐く怪物どもが皮一枚をへだててわれらを見つめておる」
 タイミングよくユンカイは、気持ちよく寝こけながら生臭いげっぷを吐いた。
「それ、いずれ時いたれば、この口や腹を裂いて魔王の眷属が数かぎりなく現れるのだ」
 おそろしい予言に、信者のひとりが思わずきいた。
「尊師さま、われらに救いはないのですか?」
「安心するがいい」ハドラ・アブドライは穴だらけのふやけた頭から血と臓物をたれ流しながら、たのもしげにうなずいてみせた。「勇敢に闘って死んだ者には、永遠の楽園が待っている。おまえたちはまっさきに楽園へとおもむく栄誉が約束されているのだ」
 さてそれから数時間というもの、大預言者に督促されて十字架だの神剣だの錫杖だのといった、対地獄の悪魔用武具法具をいやいや用意しながら、信者たちはとてつもなく浮足立っていた。なにしろ利益らしい現世利益も得られないうちに近日中の楽園を約束されてしまったのだ。脱走の算段があちこちでひそやかに交わされ、七人の側近と現人神なるハドラ・アブドライの機嫌を損なわぬよう配慮を加えた、地獄の悪魔の噴出地点から一刻もはやく離れるための分裂めいたいいわけが、信者の数の百倍ほども濫造された。
 もちろん、聖なるリンゲル液の泉、つまり“黄色い闇”など、主のひたっていない今、かえり見る者などだれひとりとしてない。信者を管理し、なお神のみてぐらである泉を保持すべき七人の側近からして、“楽園への栄誉”を固辞する神と世界とおのれ自身への理由づけに汲々としていたのだから。
 そういうわけで、まさに地獄のどん底にでもつかっているかのように重い気分でジオ・テマセクが神秘の館に訪れたとき、その侵入をとがめる者などだれひとりとしていなかったのである。
 奇妙に浮き足立った大教団の本拠地で、大盗賊ジオ・テマセクはどうにでもなれという気分で信者のひとりをつかまえ「“黄色い闇”を知らないか?」と問うてみた。すると驚いたことに、信者は上の空でリンゲル液の羊水のある“聖なる室”の位置を教えてくれる。
 広壮で複雑、さらには不気味な館内を迷いつつ、ジオ・テマセクは次第に大胆になっていった。そこらの連中をつかまえて道をきき、ようようのことで目的の部屋へとたどりつく。
 “聖なる室”は、聖域というよりは超光速船の導船技師の操縦室のようになま暖かくぼんやりとして、眠気を誘う重く甘たるい温気に満ちていた。
 神の視点を得ることができるという“黄色い闇”を前にして、揺りかごのような催眠物質に脳内を満たされ、多幸感にひたりつつ、ジオ・テマセクはふところの中の偽物の“マグヌスの幻影石”などとは比すべくもないほんものの神秘への扉に手をのばせる幸運をかみしめた。そして、どうして自分がこれを手に入れてはいけないのだろうと自問した。解答はすぐに出た。
 ゆるりとまとわりついてくる粘液の中に身をひたすと、極細の針を鈍く光らせた数百本の針が閃いて、大盗賊の頭蓋目がけて正確に殺到した。
 ずぶずぶと頭骨をつらぬいてもぐりこんだ無数の針は、ジオ・テマセクが苦痛を叫びに変えておしだすより速く麻酔を噴き出し恐怖をぬぐい、そのまま電気刺激を流して大盗賊の脳内を幻影で満たしはじめる。
 ジオ・テマセクは絢爛豪奢な夢幻境に放りこまれてあらぬうわ言を口走りはじめ、粘液の重いうねりをシステムは正確に音声に変換して、伝声管を通して館中に流しはじめた。
「見える、赤い、黄色い、青い、口が開いて、たくさんの人影、人影、ざわめいて、うねり、光っては消える、おお、闇が、闇が、闇が」
 不気味なつぶやきは神秘めかせたエコーをともなって反響し、信者たちは恐怖しながら七人の側近のもとへ、そして大預言者ハドラ・アブドライのところへと、用意した物騒で古色蒼然とした武器を手にして、怒り狂った毒蜂のように殺到した。
 地下牢で“悪魔の先兵”をみずから率先して張り番していたハドラ・アブドライはこのとき、半世紀にもおよぶ電気刺激と狂気の幻影に蝕まれて虫の息だった。
「尊師さま。“泉”から何者かの声が」ほとんど気も狂わんばかりに側近の一人が口を開いた。「あれは神の御言葉でしょうか?」
「悪魔はきたれり」
 じつのところハドラ・アブドライは、質問とはまるで無関係に、ほとんど寝言のようにつぶやくや、狂った神経を焼ききらせてことりと絶命した。
 タイミングよろしくチャン・ユンカイが「うわはははあ」と眠りこけたまま馬鹿笑いをはじけさせた。
 七人の側近を先頭に、この一事に震えあがった病んだ信者たちは、熱した頭で血液と思考を沸騰させたまま洪水の勢いで街へあふれ出し、口角泡を飛ばしつつ恐怖の妄想を口々にわめき散らしながら武器をふりまわし、狂気を伝染拡大させながら、機動警察がてんやわんやで騒ぎを収集するまでの十八時間、騒乱でシティを蹂躙しつくした。


 では、物語の顛末だ。
 街を騒乱の渦にまきこんだ狂人どもが、ハドラ・アブドライのところの信者たちと知って警察はなるほどと得心しつつ神秘の館をおとずれた。そして汚らしい地下牢の前で大往生をとげた預言者とその前で二日酔いの頭痛に悪態をつきながら拘禁されたチャン・ユンカイを見つけて解釈に苦しんだ。
 さらには館の深奥部、奇怪な羊水と麻薬物質を含んだ濃霧の部屋で、粘液のただ中に浮かんで意味をなさないうわ言をたれ流す天下の大盗賊ジオ・テマセクを見つけるにおよび、ますます混迷の度を深めつつ死体と酔漢と病人とをそれぞれに収容した。
 ガラス玉をふところに抱いた盗賊は正気をとり戻さないままラウレンの警察病院で四年を過ごし、五年めに何者かが放った刺客に命を絶たれてあの世に旅立った。
 そして伝説には、新たな謎と、それにまつわる百もの解釈とが新たに書き加えられた。その百もの解釈の中のほんの一つか二つほどは、真実に近いものもあったかもしれない。でも、だれもその解釈を信じたがらなかったし、ジオ・テマセクはあいかわらず伝説のままだ。マグヌスを抱いて盗賊となり、預言者の狂気を受け継ぎこの世から去った。
 ただひとり生き延びたチャン・ユンカイは、神秘の館とは正反対の郊外にある病院に収容された。
「何が起こったのか話してもらえますか」
 きまじめにきく医師に、ユンカイはなおも酔いの晴れない朦朧とした頭で「知るもんか」と答えた。
「ですが、それでは報告書にどう書けばいいのかわかりません。なにか覚えていることはありませんか?」
「だから何も知らないんだ。くそ。気がついたらSMまがいで身動きできねえし、なんだか化け物が狂人をぞろぞろひきつれておれのことを見物してやがる。あげくのはては、悪魔がどうこうとわけのわからないことをぬかしてやがった。いずれにしろ、おれにゃ関係ねえ話だ。ええ、そうだろう?」
 医師は答えず、肩をすくめただけだった。


(了)


			

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