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幌馬車の御者

青  空


 突風が雑踏の臭気を吹きはらう。ヒトの集積した臭気だ。おれは鼻をならし、天幕と超高層ビルのあいだをぬって、視線を上方へとむけた。
 大気と市場を震撼させつつ上昇する銀の弾丸は、地上と宇宙をむすぶ架け橋だ。そしてあいにくの曇天のすきまをついてさし染める陽光を反射しながら、天へと挑みつづけるシャトルをあざ笑うようにして、はるか高空にうかぶ構築物──建設途上の軌道エレヴェータ。技術はつぎつぎに先を目ざし、そして古びていく。
 数カ国語の入り乱れた雑踏をぬって港へのペーヴメントをいく。足どりがせいているのは、期待かそれとも不安ゆえか。おれは首を左右にかるくふり、気を四囲にとばす。
 並木道、といきたいところだろうが、通廊ぞいに植えこまれた常緑樹は整然を志向した計画からおおきく逸脱して縦横無尽にその四肢をひろげ、一種凶暴といえそうなまでにその生を謳歌していた。いき交う無数の人むれの顔、ひとつひとつもまたエネルギーを抑えがたくふりまいている。ふぇん。ふぉん。樹陰から遠く近く、ひっきりなしにひびきわたる反重力エンジンの離着陸の音。わめき声、笑い声。
「よし」
 かけ声ひとつ、おれはとめていた足をふたたびふみだす。
 発行されたての通行証をスリットにさしこんで玄関をくぐり、雑然と人のいならぶ構内をながめわたした。白髪あたまの獰猛そうな髭ヅラがぐいと手をあげ、そのままおれがあとを追うのを確認もせずに背をむけて、階段をのぼりだす。あわてて人びとをかきわけながらしゃにむに前進、階段をなかばまで昇りかけたところでふい、と背後をふりむいた。
 ガラスばりの壁のむこうで、見なれた市街はまるではじめての街のように広がっている。胸の奥でなつかしさを手さぐり、うまくいかずに肩をすくめたとたん、
「坊や、とっととしな」
 老人の声が背後上からあらあらしく、おれをうながした。へ、と苦笑いをひとつおきざりに、ふたたび先を目ざす。
 搭乗を前にごった返すロビーを横目におれたちは職員通路を、ほこりにみちた、そしてやや大げさなほどの大股でのしのしと通りぬける。
 つかのまのロスタイムをやりすごす連中の、どのひとつの顔も輝きと力にみちあふれているように見えるのはおれの気のせいだろうが、だれもが多かれ少なかれ、おれと同じ期待に不安を抱えこんでいるのはまずまちがいない。おれたちはリム、外縁へ、そしてエッジ、最先端へとその歩をふみだそうとしている、おろかで凶暴なドン・キホーテだ。
 くすんだ弾丸型の外観は歳月の浸食をきざんで古くさく、そして荘厳だ。半世紀近くの往復をくりかえしてきた骨董品だが、あと二十年は意地でも飛ばすと以前、じいさんは息まいていた。場合によっちゃあ、じいさんの余命よりは長もちするかもしれない。親父の天命をこえて、今も生きのびているがごとく。
 誇らしげに、わが子の雄姿でも眺めあげるがごとく古びたシャトルに見入っていたじいさんは「うむ」とおもむろににうなずくと、ハッチのハンドルをまわす。
「おれたちは幌馬車の御者さ」
 親父の口ぐせを思い出した。銀色の駅馬車もいつか、近いうちに軌道エレヴェータにその道をゆずり、世界のかたすみへと追いやられる日がくるだろう。だがとりあえず今は、地上と天とをむすぶ根幹だ。
「ようこそ、《風天神》へ」
 ひらいたハッチの手まえでじいさんは気取ったしぐさで腰をおりながらそういった。たかだか地上と軌道ステーションのあいだを往復するだけのシャトルなんぞに、ずいぶん大げさな名前を、と十年前には嫌悪感とともにあきれ果てていた。それが今じゃ、不思議とその名前にさえ愛着をおぼえる。親父も、相棒であるじいさんも、この船を、否、幌馬車を、とても好きだったんだろう。
 うむ、と鼻をならし胸をはりつつじいさんのかたわらを鷹揚に通りぬけて船内に足ふみいれたとたん、背後から齢八十とは思えぬ健脚がおれの尻に蹴りをくらわせた。調子に乗りすぎたか、と苦笑しつつ腰くだけにエアロックをぬける。
 狭苦しいコクピットの助手席に身体をおしこみ、じいさんの指示にしたがって仕業準備にとりかかる。ライセンスはクラスBだが、ガキのころさんざん密航して親父のひざの上であかずながめた手順だ。よどみひとつあるはずがない。おれは唇の片端をゆがめた。これなら、鼻唄まじりで親父の記録をぬりかえられるかもしれない。
「おい坊や、妙な気をおこすんじゃねえぞ。いいな」
 心中の思いを見透かすように、じいさんの罵声がとんだ。
「テレパスだったのかよ、じいさん」
 おどろきまじりの切りかえしにふん、と鼻をならし、
「ひよっ子の考えることなど手にとるようにわかるわい。いいか、この《風天神》はな、このわしが受けつぐことに決まっとるんだ。助手席にすわる新米ももうステーションで待っておる。ここにおまえの居場所などないんだぞ。ほんとうはな」
「わかってる」おれは寂しさを苦笑にまぎらせてうなずいた。「親父の真似なんざとてもできないし、するつもりもないさ。わかってる」
 むう、ともうう、ともつかないうなりを上げてじいさんはふたたびおれをどやしつけながら作業を再開した。
 乗客の搭乗が開始される。港内要員の指示で手際よくさばかれていく長蛇の列をモニターで確認しつつ、船内アナウンスの録音を流しはじめる。
 一日五回。この往復回数で事故のひとつもおこさず十数年をやり過ごしてきた親父の手際は、今でも業界じゃ伝説の地位を保ちつづけている。専属の整備員ももたない個人事業主が記録の保持者であることも、驚異の対象のひとつらしい。優秀なパイロットの一人として名をあげられることも多いじいさんが長年、親父の下でコ・パイをつづけてきたのも、手際や勘を盗みとるためだったようだ。その成果はこの先に披露されるんだろう。おれとしては、せめて無事にといのるばかりだ。
 ブザーがなる。モニターで乗客の姿勢をひとわたり確認し、管制官とダミ声でやりあうじいさんに横目で合図をおくる。
「うむ。ではいくぞ」
 軽いかけ声とともにエンジンに火が入り、船は盛大な胴ぶるいとともに咆哮をあげた。
 ずわり、と船体がうきあがり、振動とともに上からの圧力がおれたち全員をひとしなみに座席へと沈降させる。無数のモニターにせわしなく視線をはしらせていると、じいさんの笑い顔に目がいき当たった。ふん、と鼻をならして見せると、じじいめ、けっ、と唇の端をゆがめてよこす。
 おう、おう、おう、と大気を切り裂きながら馬車は昇り、曇天をつらぬいて蒼穹へとおどりでる。さらに上へ、そしてさらに、上へ。上へ。
 青から藍へ、濃紺へ。空はぐいぐいとその色あいを深めていき、そして無窮へと。
 漆黒に散りばめた星は遠く、そして背後の大地の光もまた遠ざかる。
「おい」
 横手から、ただよう煙とともにじいさんのしわがれた声が呼びかけた。就航中のシャトルで煙草を喫うなど言語道断の安全基準法違反だが、不届きにも十年以上、じいさんは煙をふかしつづけている。
「煙いじゃねえか」
 笑顔で苦情をのべ立てるおれに、けっ、と口端をゆがめてみせ、
「坊やといわれて、なぜ怒らなかった?」
 ときいた。
 こたえようとして、言葉につまる。五年前なら、たしかに怒り狂っていた。こたえをさがして見あたらず、おれは肩をすくめてみせる。
「べつに。あんたから見りゃ、たいがい坊やだろうよ。な、じいさん」
「ひとを年寄りあつかいするんじゃねえよ」いってにやりと笑い、「《雷天神》とでも呼ぶことにするか。おまえは、よ」
 つけ加えた。
「ちと、おっ恥ずかしいね」
 とおれは、鼻のあたまをかく。
「なに、そのうち慣れてくるさ。そのころにゃ、内実もついてくる」
 まじめくさってうなずきながらいうじいさんに「そう願いたいね」とお茶をにごした。
 軌道ステーション。
 限られた閉空間に無数の人群れがおしこみ、ひしめきあうフロンティアの一時預かり所。乗降と声のかけあいをくりかえす乗客たちを尻目に、おれたちもまた肩をたたきあう。
「達者でな。せいぜい長生きしてくれよ」
「よけいなお世話だ。おまえこそ生きて帰ってくるんだぞ。わかったな」
 ふん、とおれは鼻をならす。
 けっ、と、じいさんは唇をゆがめる。
 そして右と左に別れた。じいさんは、ふたたび大気をぬって地上へ。そしておれはオフワールドへ。
 おれたちは幌馬車の御者さ。


(了)


			

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