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ガジェット ボックス GADGET BOX 指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱

指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱


 くそったれめが。

 畜生、なんてこった。くそったれめが。
(株)霞宝飾め、贅沢品取扱業がなんでわざわざこんな老朽化したビルなんぞに事務所を。だいたいこれは違法建築なんじゃないのか? いったい築何年たってやがるんだ。くそ。
 うおっと!
 ……くっ、はあ、はあ、はあ。
 ぐはあ、危ないところだったぜ、もうすこしで地上十二階からまっさかさまだ。そのうえせっかく手にいれた獲物を落としちまうところだったぜ危ねえ危ねえ。ふーっ、と。……口んなかくわえとくか、手にもってると、こんな状況だ、いつ落とすか知れたもんじゃねえからな。んしょっ、と、あんぐ。よひ。これれいひ。
 さて……と。
 どうすっかな。ったく、腐ってやがるこのコンクリート。崩れやしねえだろうな。ビル取り壊しみてえに、こう、どどどっ、とよ。……ぶるるるるるっ、冗談じゃねえや。くそっ、なんとしても夜が明けるまでにどうにかしねえとよ。こんなとこに人間がへばりついてたんじゃ、そのうちいやでも人目についちまうしよ。
 あーくそ、もういちど屋上に戻るか。警備のじいさん、もう寝ちまったろうな? 警報機はオシャカにしちまってるから、あのじじいさえうろついてなきゃ、簡単にズラかれるんだ。ま、とにかく覗いてみるか。
 よっ。
 …………。
 よっ。
 …………。
 よっ。ほっ。よっ。
 ……なんとしょっ。
 …………。
 ……おい。
 なんでだ?
 ……よっ。
 …………届かねえ……。なぜだ。降りるときはすぐだったろ? な? おい。なら、なんで届かねえんだよ。ええ、おい。
 くそぅ。よっ……こら……しょっ……と。やっぱダメだ。くそ、ちょっと飛んでみるか。ほっ!
 うおわあっ! あふっ、あふっ、あほっ、ほっ、ほっ、ほっ! んぐっ!
 ぶふぃーい! はあっはあっはあっ、んはあっ、いまのはマジでヤバかったぜ、ぶはあ、ぶはあ、ぶはあ。あーーーーーあ、びっくりこいた。死ぬかと思った。助かってよかったぜ、はあ、はあ、はあ。
 ……っつっても、状況はちっともよくなってねえんだよな。つーか、より悪くなってんのか。一メートル……いや、三メートルくらいあるな。この出っぱりがなかったらまちがいなく一貫のおわりだったわけだ。悪運、てやつか。ははは。
 笑ってる場合じゃないっ! どうやって昇るんだよ。あそこの出っぱりには……飛ばなきゃムリだな。……もう飛びたくないなあ。ここもなんだかボロボロだしよ。どれ、下はどうなってんのかな……と。こりゃダメですねー、地面までまっさかさまだ。写真週刊誌にのっちゃうよ。指輪泥棒、欲望の顛末、てね。飛び散る脳漿の悲惨、とかさ。はははははははははは。……冗談じゃねえっ!
 あーもーくそーいったいどーすりゃいーんだ。女房のヤツいまごろ首ながくして待ってんだろーなー。はーあ、あいつもむかしはかわいかったんだけどなー。こー、きゅっ、と腰なんかくびれちゃっててよう。でかいケツぶちこんでひいはあゆわせてっと、ほんっ、と、もうっ、かわいくてかわいくて。
 はー。
 なんであんなふうになっちまったんだろーなー。派手好きだきゃそのまんまでよ。ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく。ったく、風船じゃねーっつーのっ。おかげさまでこちとら専門外の指輪泥棒。しかも壁にへばりついてにっちもいかねーってか? あーもーまったく、情けなくって涙がちょちょ切れらあ!
 さて。
 どーする?
 腕も痺れまくってきたぜ。まったく、痺れっちまうよなあ。なんの因果でこのおれさまがこんなメにあわなきゃならないっつーの。かあー、握力なくなってきちまったよ。ずるずるずるずる、このまんまじゃ四五分後ににゃノシイカだね。なんてのんびり考えてる場合じゃねえってのに、この呑気者はっ。
 えーと。
 えーと。
 えーと。
 なんで人間は考えるとき「えーと」なんてカケ声かけるんだろうな。えーと、えーとってのは分解すると「えー」と「と」になるんだよな。ってーと、この「えー」というのは、こう、「えー……」と考えるときに使う言葉で、するってーとつぎの「と」ってのは、なるほど接続語の「と」か。しかし、となるとその前の「えー」てのは……
 いかんっ。なにのんびりつまらねえことだらだらと。いかん。いかんなあ。ドタマ熱くなってマトモにものが考えられなくなってる。えーと。また「えーと」だな。この「えーと」ってのは、なんて考えるんじゃねえっ! 違うっつーの! えーと、じゃなくて、んーと。
 「えーと」がダメなら「んーと」てのはちと短絡的かな。って、それもちがーうっ! あー、えーと、なに考えなきゃなんねえんだっけ。あそうそう、これからどうすればいいかって。なんだ簡単なことじゃねえか、なんでこんな簡単なこと忘れてたのかな。まったく、バカなヤツだぜ。
 ……打開策がまるで浮かばねえ。だああああああっ、いったいなんなんだこれじゃ真正の大バカじゃねえかっ。いかん、興奮するな、冷静になるんだ冷静に。熱くなってちゃどうにもなんねえ、とにかくこの状況をなんとかしなきゃよ。で、どうする。それを考えてたんだろうが。うん。で。なにも打開策がない、と。なるほど。堂々めぐりだな。堂々めぐり? 堂々めぐりってコトバの語源てなんだろ。やっぱお堂と関係あるのかなって、んなこと関係ねーってのにこのバカ! だからどーすりゃいいのか考えろってのにいったいなに考えてんだこいつわっ!
 …………。
 ふう。
 なんか疲れちゃったな。
 そりゃまあ、ムリもねえか手だけでこんな腐ったコンクリートのへりに何十分もぶらさがってりゃな。まったく、もう何時間もぶらさがってるような感覚だぜ。一分と経ってなかったりしてね。
 …………おいおいホントかよ。なんか不安になってきちゃったな。いったいどれくらい時間が経ってんだろ。腕時計……と。暗くてよく見えねえな。手、はなしたら落ちそうだし。うー。懸垂で……。ダメだ。腕も痺れてまるで力入らねえや。だいたいおれはムカシっから体操だきゃだめだったんだよな。居残りで懸垂一回が限度だったもんな。……あんときゃ哀しかったなあ。夕陽がこう、真っ赤でよ。グランド走りまわってた野球部の連中とかもとっとと帰っちまってよ。カラスがカアとか鳴いてやがって。で、おれひとり鉄棒にぶら下がって泣きそうになってやがんの。まったくなあ。あのカラスどもはいったいどこいっちまったんだか。あ、カラスは今でもいるか。都会はカラスのオアシスだもんな。なくなっちまったのは、あの、真っ赤な夕陽のほうだな。はあ。まったくよ。世の中せちがらいもんだぜ。夕陽はなくなっちまうし元号はかわっちまうし、あげくのはておいらこんなとこにぶらさがってよ。やんなっちまうよなあ。
 あーあ。
 あーあ。また余計なこと考えちまってるなあ。どうでもいいや。どうせどうしようもねえじゃねえか。ったく、こんなカッコウしちまってよ。
 …………。
 …………。
 死にたくねえよなあ。
 あのでっ、かい、真っ、赤な夕陽をよ。もういちど見てえよなあ。
 なんてこと言ってるうちに空が白んできやがった。いけねえ、のんびりしてると夕陽どころか朝日が昇っちまう。
 どうにかしなきゃよ。
 ……イチかバチかだ。
 飛ぶか。もういちど。いや、一度じゃきかねえな、二度。いや、いまのおれの体力からすっと三度、か。くそ。しようもねえ。けっ、どうせ一度っきりの人生よ。大バクチ打って死ぬってんなら運命だ。よし。
 ふーっ。
 よし。
 さあ。
 いくぞ。
 …………。
 ……せーのっ。
 …………。
 ……せーのっ!
 …………。
 やっぱ恐いわ。
 はー情けねー。でもよく考えてみりゃ、こんなボロボロのコンクリート、ぜったい崩れちまうに決まってるもんな。バカやって死ぬより、ム所入っても生きてたほうがいいもんな。どうせおれゃ前科モンだしよ。
 はーあ。ム所かあ。やだなあ。入墨しょったのがハバ効かしちゃってよ。窃盗じゃハクねえもんな。肩身せめえし。女房よりゃマシか。ヤクザのおっさんでもよ。ほん、と、ムカシはあんなにかわいかったのによ。あったく、どうすりゃあんなふうにぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく。
 ふう。
 なんだか生きてるのがいやんなっちゃってきたな。
 このまま手ェはなしゃ、死ねるんだよな……。
 ……なんてバカなこと考えちゃいかん。どうせ死ぬ気もねえくせによ。ふん。どうしようもねえ。くそ。どうすっかな。
 あっ。
 おいっ。
 おいっ親父!
 おいったら!
 なにそんなツラして見てやがんだ? あ、おいっそこ動くんじゃねえよっ! ブチ殺すぞこらっ。いーからこっちこい!
 よーしそれでいいんだ。おい、親父、ちょっと手ェのばせ。
 うるせえ、いいからのばしてみろってんだ! そんなに簡単にあきらめちまっちゃ人生いきどまりだぞ。おう。チャレンジャースピリッツってヤツよ。人間あきらめちゃおしまいよ。あきらめちまったからビル清掃のしがないおっさんになっちまうんだ。そうだろ? あん? 根性出しゃ手だって三メートルものびるかもしんねえ。そうだろ? なに? 一メートルもねえ? うるせえ余計な気ィまわすんじゃねえよ。一メートルもねえんなら手もとどくだろうが。なんだと? 五十肩で手がのびねえだ? てめえ、甘ったれてんじゃねえよ。いいか? 人生ってのはよ。な? あきらめちまっちゃおしめえよ。死ぬのと思ってもあきらめねえでがんばってみる。するってえと、こうして救いの手がのびてくるわけだ。わかったか? あん? うるせえつべこべ言ってねえでもっと手をのばせ。
 あこら。どこいくんだ。ダメだ。助けなんかいらねえ、人なんか呼びにいくんじゃねえよこら。騒ぎになっちまったらどーすんだ。なに? もう充分騒ぎだ? 屁理屈こいてんじゃねえそこにいろ。いいからいろ。
 わかった、わけまえがほしいんだな。とぼけんじゃねえよこんな時間になんでおれがこんなとこでこんなカッコしてへばりついてると思ってんだ。
 そうよ。天下の大泥棒、鼠小僧次郎吉てなおれのこった。うるせえいいんだよ江戸時代だろうが縄文時代だろうが。思いつきで言っただけなんだからよ。
 いいか? このビルのテナントに(株)霞宝飾てのがあるだろう。そこからよ。おれァ仕事してきたってわけよ。なに? なに盗ったかって、んなこた掃除のおっさんの知ったこっちゃねえよ。いいんだよ。時価数千億円てシロモンなんだからよ。心配するこたねえ分け前はちゃんとやる。なに? 「死の乙女」? おう。そういう通称のスーパールビーよ。よく知ってんじゃねえか。
 ああっおいっ! どこへいくっ! 待てったら……つってる間に飛んでっちまいやがった。見かけによらず気の短えおっさんだな。畜生。それにしてもヤベぇなあ。守衛でもつれてこられた日にゃ、目もあてらんねえ。死ぬよりゃマシだが。
 はあ。
 くそ。
 目がくらんできやがった。手にも力入ってんだか入ってねえんだかわかんね。なんでもいいから早くしてくれよ。でなきゃダイブしちゃうよ。掃除すんのはあんただかんなおっさん。頼むから早くしてくれー。
 はあ。
 なんだかサイレンが鳴ってやがんな。
 なんでえ耳鳴りか。こりゃもうダメだな。終わりだわ。はいサヨナラ。
 
 
 ……。
 こか、どこだ?
 あんた、なんだよいったい。ムサ苦しいツラしやがって。あ、さっきの掃除のおっさんか。するとおれは助かったのか。
 そうか。
 そうかっ。いやあっよかったなあ。助かっ、たあ! いやありがとうありがとう感謝するぜいやほんっとにっ。なにハシゴ車呼んだ? そうかそうかよくぞ機転を効かしてくだすった! ぎりぎりだったって? そりゃホントによかったなあ。ああ。おれも運がいいなあ。いやありがとう。一生恩にきるって。いやホント。悪かったよなあ、仕事残してきたんだろ? 掃除ってのは世のため人のため、いやホントに大事な仕事だからなあ。まったく掃除がなけりゃ地球もまわらない、ホーキングもまわらない、まったくこの世でいちばん大切で尊い仕事ってのが掃除ってヤツで、こいつがないと、ほんっ、とにもう……なに、掃除のおっさんじゃない? じゃだれなんだてめえ。
 なにいっ?
 (株)霞宝飾の社長っ?
 だっだっだましやがったなてめえっ! なにっ? 勝手に勘違いしただあ? ごまかすんじゃねえよこの因業親父! くそっ。ちぇっちぇっ。なんてこった!
 あん? まだなんかあんのかよ? 指輪はどうしただあ?
 …………あ。

指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱―了


			

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