停 電
うれしそうにいうそいつの顔が、ろうそくの灯にゆらめく。あんぐりと口をあけておれは、
「なんだこれは」
思わずつぶやいた。
「これ、とは何だこれとは。失礼なやつめ」
それはそういった。身長は煌々と灯るろうそくとほぼおなじくらい。巨大な頭にぎょろ目と三本のツノ、尻からひょろりとのびたしっぽの先端は、ごていねいに矢印型になっている。
「なんだこれは」
おれはもう一度口にした。
そいつは顔をしかめて「しつこいやつだな」とつぶやき、それからにんまりと笑った。
「要するに、わしはろうそくの魔神だ」
「ろうそくの魔神?」
「さよう」得意げに胸をそらす。「心得たか?」
「そんなもん、きいたこともねえ」
「ばかをぬかせ。ランプの魔神なら知っておろうが」
「……だから、ろうそくの魔神もいるはずだ、と?」
「そのとおり」
自信たっぷりにうなずかれてしまう。ろうそくの精霊とかいうのならまだ納得もできないことはないが、魔神てのは。
「で、結局なんなんだ、てめえは」
「わからんやつだな。ろうそくの魔神だというのに」
「じゃなくて」焦れてきた。「なんだっててめえは突然、こんなとこに出てきやがったんだ」
「よくぞきいた」にやりと“魔神”は笑った。「なにしろろうそくというものが日常生活に密着していた時代ははるか彼方に遠ざかってしまったわけだ」
突然妙なことをいいだした。
「はあ?」
おれは呆れ顔。いったいなにをいいたいのか、こいつは。
「まあいいからきけ。つまりだな。ろうそくが日々欠かさず灯されていた時代は遠くなりにけり、ということだ。そうだろう?」
答えようがない。妙な顔をしておれはだまりこむ。
そいつはかまわず先をつづける。
「だからまあ、われわれ魔神もなかなか外に出る機会がなくなってしまった。停電などという現象も、それこそこの世の中からはどんどん駆逐されてしまったしなあ。で、そうやって閉じこめられたままでいるうちに、次第におれたちの存在は濃縮され凝結していき、ついにこうして実体をともなうまでになってしまったわけだな。あとはろうそくに灯が灯されるのを待つばかりだった、と、そういうようなことなのだよ。いや、ながいこと待たされたわい」
「っつってもおまえ」呆れ口調でおれはいう。「ろうそくくらい、ちょいとしゃれた店あたりなら、ムードだすためにテーブルの上でゆらめいたりしてねえか」
“魔神”は一瞬、むっとしたようにだまりこんだが、すぐににやりと笑ってちっちっちっと舌をならしながら人さし指を左右にふった。
「あれはろうそくではない。キャンドルだ」
「はあ?」
ろうそくとキャンドルのどこがどうちがうのか。
「キャンドルとろうそくとでは、まるでちがうだろうが」
「それにしたっておまえ……。んじゃ、神社とか寺とかはどうなんだよ。ろうそく使ってるだろうがばんばん」
「やかましい。細かいことを気にするやつめ。その話題はもう終わり。終わりったら終わり」
言葉の継ぎ穂をうしない、おれは一瞬だまりこむ。
それから、憮然としながら問いかけた。
「で、何しに出てきたんだよ」
「よくぞきいた」“魔神”またもやにんまり。「見てのとおりのわしはろうそくの魔神である。ろうそくといえば火。いまよりわしはおまえたち人間界に炎の恐怖を伝導すべく、おそるべき火災をたまわることとなるわけだな。まずは手はじめにおまえの部屋を黒こげに完膚なきまでに焼きつくしだな――ああっ、なにをする」
みなまでいわせず、ゆらめく炎にふっと息を吹きかけた。暗闇とともに“魔神”の気配も消失する。
「なんだったんだ」
つぶやきつつ、おれは改めて押入内部を手さぐりでまさぐり、ようやくのことで懐中電灯をさがしだすと、これもずいぶんとひさかたぶりのスイッチを入れた。すると、
「おお、やっと出られたぞ」
(了)