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ガジェット ボックス GADGET BOX 沙悟浄の憂欝
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西遊記-沙悟浄の憂鬱

沙悟浄の憂欝


「俺、もうやだい」
 盤糸嶺をぬけてそろそろ里に出ようかというころ、とつぜん沙悟浄がそう言っ
てすわりこんだ。なんだどうしたと悟空、八戒わらわらと歩みより、三蔵法師も
馬上から心配げに見おろす。
「俺もうやだい、ここで帰る」
「はあ? おめ、何寝ぼけこいでんだ?」
 と八戒が訊くのへじろりと目をやったきり、てこでも動かないという風情。「おい何がやなんだよ、説明しろよこのばかやろう」と語気荒く悟空が質すと、
「だって俺なんか、この旅にいてもいなくても変わんないじゃないか」
 ときた。ははあ。
「ま、そりゃしようがねえだろう。なんつっても主人公はこの俺なんだからよ」悟空、胸をはる。「まあお師匠さまも俺に比べりゃたいして目立ってねえわけだしよ。八戒なんざもおまえと一緒よ。気にすんな気にすんな気楽についてくりゃいいんだ。おまえらオマケはよ」
「わけのわからないことを言って悟浄を混乱させるでない」と三蔵、馬をおりながら、「悟浄もだ。よいか。これは経典取得のありがたき旅。ともに道を同じうし、経典将来のために力をあわせて歩きつづける、これこそがおまえにとっての益ぞ。目立つ目立たぬですねるなぞ無益のきわみ。だいいち、この物語の主人公はほかならぬこの私なのだからして」
「ああっお師匠さま勝手ぬかしてやがらあ」
「黙りゃ、悟空。この猿めが」
「おらだって黙ってねえだぞ。そら兄貴やお師匠さまに比べりゃちっとは見劣りするかもしんねっけどな。おらだってこれで恋だのもてなしだのの場面でかなり目立ってねべが?」
「けっ、性欲だの食欲だの、だろうがこの豚。だいたいこの意地汚え大食い豚ときたらなんでもかんでもがつがつがつがつ」
「そのとおりぞ八戒。おまえはもう少し欲望を抑えるすべを覚えねばならんと、口をすっぱくして言うておるのにおまえときたら。戒名の意味を考えよと言うに」
「そっただことゆわれたっておら、我慢できねだ」
「だからよう、てめえはなあ――」
「うわあん。ほら見ろほら。さっきから俺だけそっちのけで三人ばっかで台詞しゃべりまくって。やだっ。もうやだっ」
「い、いや、これはだなあ」
「なに話の流れから、だな。これ悟浄、機嫌を直せ」
「おら我慢できねだ」
「やだやだやだやだやだやだやだやだもっともっと目立たせてくれなきゃやだ!」
「しようがねえ野郎だなあ、いい歳こきゃあがってよこのばかやろう。いったい俺たちに何しろってんだ。あん?」
「肩もめ!」
「あん?」
 ぎろり。
「……なんでもないです」
「もう一度言ってみろこの野郎」
「……なんでもないですったら。……うわあん、そうやっていぢめる!」
「これ悟空、かわいい弟分ではないか。圧力などかけるものではない。よいではないか、肩くらい」
「つったってねえ、お師匠さま」
「女々しいぞ悟空」
「はあい。……ちっ、糞。ったくなんだってこの斉天大聖さまともあろうものがこんな腐れ河童の肩なんぞ」
「文句を言わずにもっと力こめてよ兄貴」
「あ? 俺に指図したのか今。あ?」
「これ悟空。そのような与太者の言葉使い。すこしはつつしみなさい」
「つったってねえ、お師匠さま」
「女々しいぞ悟空」
「へえいへい。あーあ……ったくよう。ぶつぶつ」
「んじゃつぎ、豚の八戒ね。おまえはねえ」
「ふんふん。おらはなにすればいいだか? 腹いっぱい食うってのはどうだべ?」
「何いってんだいこいつは」
「名案だべ?」
「ばーか。そうだなあ。俺、豚肉の薄切りに野菜まぜたやつ、好きなんだよなあ」
「げ」
「角煮なんかもいいよなあ」
「……冗談きついだよ、悟浄は」
「冗談なんかじゃないもーん。くわ」
「ぎゃあ。いで、いで、いでったらよ悟浄、やめれ、おねげえだやめでけれ。あひい」
「こら悟浄、これじゃ肩もめねえ。動くんじゃねえよこら」
「ぎゃはー。いでったら。おらまだなまだぞ」
「なまだっていーやい、この際」
「いで。いで。いでーえ。やめねがこの」
「これこれ悟浄。そろそろ満足いったであろ。そのへんでやめておけ。これでは黄河で暴れていた水怪のころと何もかわらんではないか」
「ほう。おほーう、いでかっただ。あったくこんバガ、かげんつうもんを知らねんだから。もう」
「あーかったるかった。けっ。けっ。手が腐らあ」
「これ悟空、八戒も。許してやれ。長いこと河童をやっていれば、このようなこともあろう。さ、悟浄、気がすんだな。では再び旅をつづけよう」
「ちょーっと待ったあ」
「んだ」
「まだ何かあるのか? ……まさかおまえたちまで」
「そういうわけじゃあねえんですがね、お師匠さま」
「んだんだ。おらだつ、きちんと悟浄のいうこときいてやっただ」
「で、お師匠さまだけ何もなしってのは、こりゃちょっとねえんじゃねえですかい?」
「これおまえたち、そういう口のききかたはつつしめと言うのに。ふむ、しかし一理ある」
「んだんだ。キュウリもあるべ。ばりぼり」
「よろしい。悟浄、なにか望みはあるか? 私にしてほしいことはないか? 遠慮せず、言うてみい言うてみい」
「えーとんーとえーとんーと、じゃあねえ。じゃあねえ。……やっぱいいです」
「なんだあこの野郎、俺たちにあそこまでやらせといてお師匠さまにゃあ何もなしってんじゃ納得できねえぞこの」
「んだんだ。納豆ねえぞ」
「でもお。でもお」
「なにをまた黄河の主ともあろうものが遠慮がましく。今日はどんなたわ言を口にしようと許してつかわすぞ。さ」
「え? ほんとだか? んじゃおらえーと、腹いっぱい食って女の千人も抱きてえし……」
「ばか、調子に乗るんじゃねえ、悟浄だけだよ」
「そんなあ……ぶう」
「さ、悟浄。申してみよ。ん? 何をしてほしい?」
「…………やりたい」
「は?」
「あん?」
「へ?」
「……やりたい!」
「それはいったい……どういう……?」
「こ……この野郎、いうにことかいて何考えてやがんだてめえ!」
「いたっいたっ、何すんだよう」
「何すんだよう、じゃねえ!」
「これ悟空、暴力はいけないとあれだけ言っておるだろう。やめなさい」
「つったってねえ、お師匠さま」
「女々しいぞ悟空。しかし私にはどうもよくわからないのだが、悟浄、やりたい、とはいったい何を?」
「ああっ。お師匠さま鈍うい」
「八戒てめえは黙ってろ。いいですかい、お師匠さま。こいつはねえ」
「黙りゃ悟空。さ、悟浄。説明してごらん。何をやりたいんだ?」
「……交合」
「はあ?」
「交合。まぐわいあい! セックス、ファック、変態行為! やりたいやりたいやりたいやりたいやりたいやりたいやりたいやりたいやい! お師匠さまと」
「うぐ……おまえいったい何を……」
「だからこいつはただの変態なんですってば」
「んだ。そこいくとおら実にノーマルだべ?」
「てめえは黙ってろてのに! わかりましたかい、お師匠さま! 今から俺がちいっとばかし痛い目にあわせて目ェ覚まさせてやりやすんで、少々お時間いただけやすかい」
「ま……まぐ……交合……け、汚らわしい! 変態行為と……これはまた……」
「ほうれ見ろ。お師匠さま熱出して真っ赤っ赤になっちまったじゃねえか」
「熱だべか、これ?」
「セ、セ、セ、セックス……いいや、なんでも申してみよというたのはこの私。この程度のことで平常心をなくしてしまうとはえい情けない。よい。よいのじゃ悟空。許してやれ」
「はあ?」
「てえとお師匠さま、こんの河童としっぽり……」
「馬鹿を申せ。私は僧職の身。そのような汚らわしい行為なぞ。よいか、悟浄。取経の旅というのはな、いろいろな苦しみに耐えねばならぬ。魔の襲来にもそなえ、退けねばならぬ。魔、というのはな。なにも牛魔王だの金閣銀閣だのの形あるものばかりではないのだぞ。おまえのその汚れた異常性欲もまた、これ魔」
「いやだいいやだい。お師匠さま何でもやってくれるって言ったじゃないか言ったじゃないか、嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき」
「嘘など申しておらぬ。だがな、悟浄。人にはできることとできぬこととがあってだな」
「できるじゃないかできるじゃないか。ちょっと尻の穴かすだけじゃないか。お師匠さまだってうんこするだろ。しないっていっても信じやしないよ、この前俺、見ちゃったもんね。ああ、興奮したなあ」
「こっこっこいつっ」
「色欲の権化だ。おらだってかなわね」
「もう我慢できねえ! こら待て。このこのこの」
「痛い痛い痛い。うわあん」
「これ悟空、やめろといっておるであろう。よしわかった」
「ええっ?」
「てこた、いよいよお師匠さまケツの穴」
「またわけのわからぬことを。なんだ八戒、その期待に満ちた目は。よいか、私はな。悟浄の色欲、どうやらちょっとやそっと言うてきかせたところでまるでせんないことと見た。かくなる上は説法の初等より得心ゆくまでみっちりと教えこむ以外に道はなしと、そう悟ったまでのこと。そういうわけで、悟空、八戒、ちと席をはずしておれ。二人きりでよう言うてきかせておくゆえ」
「二人きりでてそんな、危険ですぜお師匠さま」
「まあまあまあまあ兄貴。お師匠さまがああ言うだがら、ここはひとつ、想いを」
「何が想いを、だ馬鹿たれ! あのねえ、お師匠さま」
「女々しいぞ、悟空」
「つったってねえ」
「ききわけのない。よいからゆけというのだわかったな」
「はあい。あーあ。俺しーらねっと」
「呼ぶまで戻るでないぞ。よいな」
「ほいほいわがってますだ。ごゆっくり。きっきっきっ」
「何がきっきっきっだ、この馬鹿」
 こうして悟空と八戒は二人を残して薮の中。
「いやあ兄貴、それにしてもあの河童がねえ」
「馬鹿こいてんじゃねえよ、黙ってろってんだ豚はよ」
「ぶ。きっきっき、今ごろはあの二人」
「んなわきゃあるかい!」
「わがんねだぞ兄貴、なんつっても、ほれ、お師匠さまはあれで坊主だべ。坊主っていや、ほれ衆道」
「がーこの腐れ豚、黙りやがれってんだ、でねえとこうだぞ」
「いでっ。もうっ。手が早えんだがら、兄貴はあ」
「気持ち悪イ声出すんじゃねえ。呼ばれるまでおとなしく待てねえのかこの豚は」
「ぶう」
 結局ふたりは朝まで呼ばれぬまま、いつの間にか眠ってしまった。三臓法師にいつものように呆れ顔で「いつまでも眠りこけているでない。どこまで能天気なのかまったく」と揺り起こされ、寝ぼけまなこで悟浄は見ると、出発の用意をすっかり整え無表情に悟空、八戒を待っている。
「やっぱやっちまただまちげえねえ。見てけれや悟浄のあのすっきりした顔」
「ばかたれ!」
 とすこんと八戒をこづきながらも、悟空にもどうも何が起こったのだが判断がつかない。なるようになったのだろう。関係ねえやと強いて己に言いきかせ、起きしぶる八戒の尻たたきつつ身じたくを整える。
 こうして四人の旅はつづくのだった。


(了)


			

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