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 私の友人にジョヴァンニ・カリェリという胡乱なアメリカ人がいる。ジョージア州マーモントとかいう辺地(本人談)から出てきた自称冒険家で、アフリカだのインドだの南米だので経験したと称する、いかにもうさんくさい眉唾ものの秘境冒険譚をいやがる私にむりやり語ってきかせる男である。

 ここのところ姿を見なかったので、テラ・インコグニタとやらをとびまわっているのだろうかなどと苦笑しつつ安楽な日々をおくっていたら先日また来日してきてしまった。
 折悪しく私は「博物館」について小文を書かなければならない事情があり、うっかりそれを口にしてしまったために、その題材にぴったりの奇怪な体験をしてきたところだなどと大仰な口調でのたまわり、例によってぜひその話を小説化しろといってきかないので、仕方がないから小説にすることにする。


 話はおよそ半年ほども前にさかのぼるらしい。舞台はフランス。あいもかわらずうさんくさい神経症的な事象に、みのりのない興味を抱いてジョヴァンニはこの国をおとずれた。今回の興味の対象はあのノストラダムスだそうだが、この話とは関係ない。
 大予言者の事跡足跡を追跡して予言詩のあらたな解釈をさがし、あまつさえ自分も未来の幻視を得ようなどと例によって無謀なのぞみを抱きつつあちこちうろついていたらしいのだが、これもこの男の従来のパターンにたがわずなんの成果も得られぬままにケトラス村とかいう田舎の小村をおとずれた。まるで有名な話ではないそうだが、ノストラダムスは若き日にこの村をおとずれたことがあり、そこで奇跡の治療の一端を垣間みせもしたのだとジョヴァンニは主張する。
 どうせ眉唾ないいかげんな情報にちがいないのだが、そんなことなどものともせずにこの男は村内をあれこれ探索しては大予言者の訪問の証左をさがしてまわり、最初は警戒の視線をおこたらなかった村人たちもやがて「ちょっとおかしな気のいい旅行者」という、まことに本質的な洞察をもってこの男をあつかうようになった。
 ジョヴァンニ自身もその村は居心地がよかったらしく、気に入った土地にたどりついた通例としてやはりここで二ヶ月ほどをすごしていたらしいのだが、この村には奇妙な博物館があったのだという。
 予言詩でもかざってあったかと私が口をはさむとジョヴァンニはにかりと笑ってちっちっちっとやりはじめ、ノストラダムスの訪問とはまったく無関係な、つい最近(といっても何十年も前の話らしいが)できたごく歴史の浅い博物館にすぎないのだとしたり顔で語ってみせる。
 で、くだんの博物館がどういう博物館であったのかというと、このうさんくさい男が「これほどうさんくさい博物館は見たことがない」などといかにもうさんくさげな顔をしてのたまうほどだからよほどうさんくさい場所だったのだろう。事実、それはどうやら古今東西のオカルティックな事物を集成した博物館であったらしいのだが、話をきいたかぎりでも、ヴィヴェーカーナンダの治療した歯列のかけらだの、人魚の牙の剥製(?)だの、アグリッパが召喚魔術の際に使用したテーブルクロスだの山田三平の腹のぜい肉だのといった、およそ真贋つけがたい、またついてもしかたのないようなものばかりが展示された、どうにも気のめいるような田舎博物館だ。
 それでも展示内容にまったくマッチしない、ひなびた田舎町の、人家やバス路線さえ近くにはない小高い丘の上に鎮座まします牧歌的な立地条件と雰囲気とがいたくお気に召したようで、ジョヴァンニはピクニックがてら、地元で知りあった連中とともによくそこに出かけては、おのれが村をおとずれた目的など天から忘れて日がな一日遊びほうけていたようだ。
 ただひとつ――いかにも道楽じみたその博物館の、冗談としか思えない奇矯な展示品の中でもとりわけ奇妙で、そして不可解な品があったのだという。
 いや、あった、といってしまっては語弊がある。それはなかったのだ。
 つまり台座がひとつ、ぽつんとおかれ、その上にはなにも展示されていない。
 台座についた説明にはフランス語が書かれており、そうとうあやしげな部分がかならずふくまれているとはいえおおむね語学には堪能なジョヴァンニも耳学問のかなしさ、文字を読解するのは苦手なので同行した村の青年に読みあげてもらったところ、そこにあるべきものは「火星人」であると、かように書かれていたらしい。
 いくつかの小室にくぎられた中でももっとも奥まった一角にその部屋はあったので、最初はそんな「火星人」などというものがあるのだということにさえ気づかなかった。
 ともあれ火星人を展示するというその神経もいかにも奇矯だが、現物がそこに存在しないというのはあまりにもひとをくっている。まがりなりにも展示品、しかも、ほかにこれといって値打ちのありそうなものも見あたらないことから盗難にでもあったのではないかと推測したりもしたが、同行する村人のだれひとりとしてその台座にものがのっているのを見た者は存在せず、村の老人数人が一致して証言するところによれば、どうやらそこには最初からなにも展示されていなかったということになる。
 のせるべき物品がない台座が一体いかなる理由で設置されたのかについても誰もがあいまいに笑いながら首をかしげるだけで、そんなことはどうせたいしたことではないのだろう、とでもいわんばかりの推測をあれこれ口にされてジョヴァンニ自身もそんなものであるのかもしれないなと中途半端に納得していた。
 そもそもがその博物館を創設したJ・V=ゴルションとかいう人物自体が、村の古老にさえさだかな記憶に残らぬような異邦の人間であったらしく、くだんの博物館も創設される前からたいしたものはなかろうと(なぜそのようなものを創設したんだろう)ほとんど見向きもされぬような存在でしかなかったらしい。そんなところに展示物なき台座と、そしてそれに関する説明が添付されてあろうと、さして疑問に思う者もなかった、というところなのだそうだ。
 ただ――ごく一部で――その台座の上に火星人をみた、というオカルトめいた、本来ならショッキングな話がでたことはでていたらしい。だがそれもどうやら子どもの間でささやかれる他愛のないうわさ話のたぐい、しかも目撃者がたいてい気弱で発言力のない、どちらかというといじめられっ子のたぐいの子どもであるという奇妙な偶然もあったために、あまり積極的にその伝説が流布されることもなく今日をむかえた、ということだ。
 そんな代物なのでどうせ人形をつくりそこないでもしたのだろうとジョヴァンニはタカをくくっていた。くだんの「火星人」の表示の下には何か詩篇めいた説明(極端に低い大気の荒野、水にまみれた姿のない神の牙にたたきつけられ、せめさいなまれながら彼らは、ながい運河をきずく、云々という内容だったのだそうだ)も添付されてはいたのだが、さして興味をそそるものでもなく、深く考えることもなくそれはそのようなものなのであろうとこの男特有の脳天気さで断定したままでいたようだ。
 さて、ジョヴァンニがそろそろつぎの場所へ移動するかと重い腰をあげかけた二ヶ月目のある午後のこと。この男は親しくなった村の連中数人とくだんの丘に最後のピクニック出かけた。
 フランス地方の天気のことなどよくは知らないし、そのへんはよくいえば鷹揚、実際はたんに脳天気なだけのジョヴァンニにしてもおなじだったようだが、それまではたいした天気のくずれもなくごくごく平穏な日々をすごしてきたというのに、その日ばかりは午前中の好天がうそのように雨がふりはじめ、くだんの博物館に非難した一行はやがて嵐に変化した悪天候にたたられてそこで一晩をすごすこととなったという。
 館内にはさまざまな展示物が設置されていたものの、当初からありがたみの欠落していた代物ゆえたいして敬意をはらわれるわけでなし、かねてからその建物はだれかれとなく親睦を深めるための宴会やバカさわぎ、また道徳上よろしからぬ密会等々本来の用途とはおよそかけはなれたさまざまな目的で利用されてきたらしいが、さすがにそこに宿泊しようというもの好きは過去にもあまり例がなかった。
 もとより管理人といったたぐいの人間も用意されてはおらず、もよりの民家の老婆がほとんどボランティアといった乗りで思い出したように掃除をする程度、とうぜんのことながら宿泊に都合のいいベッドやそれに類した品などおかれていようはずもなく(トイレさえそこにはなかったのだ)、一行は博物館というよりはがらくた置き場といったおもむきの展示物のあいだにそれぞれスペースを見つけあるいはむりやり確保して、愚にもつかないよもやま話をさかなに就寝の床についたのだそうだ。
 さて、夜中に尿意をもよおして目をさましたジョヴァンニは、いまだおさまるどころかいよいよ勢いを増しはじめた嵐に苦虫をかみつぶしつつ、それでもいかに敬意の対象からかけ離れている廃屋同然の代物とはいえ公共の建物内部で放尿する気にはなれずに戸外に出、風と雨にたたかれずぶ濡れになりつつどうにか用をたして館内にもどった。
 そして一行がざこ寝で眠りこける小室にもどろうとして――ふと気配を感じた。
 本人の弁によれば“動物のような鋭敏な感覚が刺激された”ということになる。
 そして雷鳴のとどろく中ぎしぎしと音をたてる床をふみしめ、奥まった展示室にしのびよるようにして近づいたジョヴァンニは――そこで信じられないような光景を目撃する。
 開け放しにされた窓から強烈な風雨が室内を荒れ狂っていた。
 そして――“極端に低い大気の荒野”――“水にまみれた姿のない神の牙にたたきつけられ、せめさいなまれながら”――“それ”は――そこにたたずんでいた。
 なにもないはずの台座の上に。
 四肢をそなえたひょろながい、おぼろな姿のその奇怪な存在。
 まさに異星から飛来した奇怪でおぞましい飛行物体の、金属的なラダーをでもくだって降りてきそうな異様な姿をしていたという。
 あまつさえそれは風にゆられてまるでクラゲのようにゆらゆらと左右にふるえ、あんぐりと大口あけて呆然とたたずむジョヴァンニにむけて、瞳のないその巨大な両眼をたしかにむけ――折れ砕けそうな腕をすうともちあげ、おいでおいでをしてみせた。
 悲鳴をあげようとしたがのどの奥にひっかかって狂おしく果たせず、やがて視界がぐるぐるとまわりはじめて意識が遠のき、気がつくと晴れわたった朝だったらしい。
 苦笑する村人に起こされて呆然と周囲を見まわしながらジョヴァンニは、自分がどこにいるのかさえよくわからなかったようだ。窓を開け放しにしてはいかんがな、などと苦笑まじりの説教をかます村の親父をはじめとして一行のどのひとりにもなんら異変を感知した様子はなく、夢でもみたような気分でながめやった台座の上にはむろん、火星人の姿などかけらさえない。
 ともあれ、釈然としない気分でその館を後にして新たな旅路についたものの、あのとき垣間みた幻像はその後もなかなか脳裏をはなれてはくれなかった。
 以上がことのあらましである。
 おまえそれは夢でもみたんでなけりゃ、狸に化かされたんだろうよと、私が日本の伝統的なオチでしめくくってやろうとしたら、狸がバカスとはどういうことかとでかい目をぐりぐりさせながらジョヴァンニが追求するのには閉口した。

(了)


			

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