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ガジェット ボックス GADGET BOX 鞠つきの夜

鞠つきの夜


 この広い校内に、いまはあたしひとり? 反響する靴音、ジジジとかすかになる白々とした蛍光灯の列、おおきな窓の外の、絵の具を流しこんだような闇。冗談じゃない。はやく帰ろう。忘れものをとりに夜の校舎でひとりきり、なんて絵に描いたような学園ホラーの設定じゃない。ああ、あたしこんなの、たえられないっ。

 ふいに、だん、だん、だんだんだだだだだだタタタ、と音がした。なに? ボールのころがる音? ふりかえるけど、ながい廊下はえんえん無人。
 曲がり角のむこうで、きゅっ、と床をする音がひびいた。つづいて、だん……だん……と間をおいて二回。やっぱバスケットボールだ。だれかいるのかなあ。声かけて……みるのはやめよう。こんなまっくらな校舎でボール遊びしてるやつなんて、変態にきまってる。
 ごごご、とぎくしゃくスライドするたてつけのわるい扉の音が、今宵はとくに巨大に反響する。電気のスイッチは、と。あれっ? なによこれ。切れかかってるじゃない。今日の夕方までなんともなかったのに、あーもうなんて意地のわるい。あたし、いそいで机の内部まさぐる。……ない。
 ……うそでしょお。たしかにここにいれたのよぉ。んでもって忘れて帰ってきちゃったんだからあ。まちがいないわよお。あたし、泣きそうな顔で途方にくれる。その時。
 がったん。
「ぎゃん!」
 と悲鳴をあげて(わめいて、じゃないわよ)飛びあがったあたしの視界が、なんだか入口にたたずむ影をとらえる。
「なななななな、なによなによなによ!」
「そんなにおどろくことないじゃんかよ」
 笑いをふくんだ声が教室に入りこんできた。スリムな長身、きゃーっ。
「もーお、金沢せんぱあい。びっくりさせないでよー」
 半泣きでへたりこみながら甘え声あげるあたしに、金沢先輩、にこにこ笑いながら、
「いやあ悪かったな。部活おわって帰ろうとしてたら、おまえがなんか教室のほういくの見つけたからさ」
 ときた。わるい気はしない。どころか、極上いー気分。だって、あたし好きだもん。大好きだもん! 一ヵ月も前から好き好き好きってつきまとってるんだから。でも先輩もてるし、彼女いないっていうけど、こおーんなにかっこいい人にホントにいないのおーって感じで、うまくかわされてばっかでちっとも見てくれないの。あたしを。
「なんだよ和美、。忘れものかよ」
 へたりこむあたしにおおいかぶさるようにして(きゃーもっと来てーっ)先輩、きいた。
「そうなんですよお、それがねー」とあたしは、ここぞとばかりにまくしたてる。「盗まれちゃったんですよお! もうっ、ぜっ、たい許せない。犯人つきとめて吊るしあげてやるんだから。なんて、うそ」
「いんや、断固吊るしあげるべきだ」と無責任に先輩があおるのへ「そうですよねえ」とあたしも調子いい。
「で、モノはなんなんだよ。モノは」
 ちょっと、十六の乙女の所持品さして「モノ」なんていいかた、しないでよね。でも先輩だから許しちゃう。
「CDウォークマンなんですよお、CDウォークマン。京子にむりいって貸してもらった最新の。それもねえ、せんぱあい、中にCD入れっぱなしなの。RCの『Blue』。あたしの宝物なんですよお」
 上目づかいで見ると、先輩一瞬、まぶしそうな顔してからニヤリと笑う。ここらへんの反応、希望はあると思うんだけどなあ。
「ああ『多摩蘭坂』の入ってるやつね。ありゃいいよなあ。今度きかせてくれよ」
「ぜひ! ぜひぜひぜひぜひ! んじゃあたしの部屋にきてくれるっ?」
「あ? CDウォークマンもってんだろ?」
 あーん。それじゃだめなんだってばーあ。
「でもーぉ」と精一杯鼻声。げー気持ち悪ぅ。自分でもそう思うけど、なんだってやるよ、あたし。「それが盗まれてないんですよお。あたしのじゃないし」
「よくあるんだよ、この手の事件は」自信ありげにほほえむ先輩。ああっ、この笑顔が好きなの。「犯人も見当はついてる。こっちだ」
 いって先輩、くいと手をふり歩きだす。ぴょんと跳んであたし、あとにつづく。
「あ、ねーねー先輩ー、さっき先輩、あっちのほうでボールついてなかった?」
「ボールぅ? なにそれ」
 あー、やっぱちがうんだあ。そりゃそーだ、先輩、まっくらな校舎でボールつくような変態じゃないもん! それに先輩はテニス部だし。なんでもないんですぅとごまかして、雑談の合間に「好き」と「先輩かっこいい」をおりまぜながら二階のわたり廊下をわたった。
「先輩のタイプって、どんな感じの娘ですか」ときくと、何度目かのこの問いに先輩、テレ笑いうかべながら「いっしょに戦える女の娘かな」とこたえた。
「えー。ダブルスですかあ?」と不服いっぱいこめていうと(だってあたし、運動神経まるでない)、
「ばーか。そーゆーんじゃねえよ」
 とやさしく笑いながらぽんぽんと、あたしの頭、たたく。どういう意味? 先輩。
 第二校舎のすぐむこうが体育館。窓から見えるでっかい建物も灯りはすっかり消えて、まっくろいかたまりにしか見えないの。
 と、ふいに先輩、立ちどまった。いきおいあまって(というのは半分嘘)先輩の背中にぶつかり、甘え声で、
「あーんもう、急に立ちどまってどうしたんですかあ」
「だれかいる」
 と答えた先輩の横顔、さっきまでの笑いが消えてぎゅうっと引きしまってる。ああっこの顔も好きっ。でも……。
「だれかって、まっくらですよー」
 と覗きこみ──背筋が凍った。
 だん、だん、だんだん、だんだんだんだんだんタタタタタタタタタ……。
「いるだろ」
 うん。こっくり。してから、悪い予感が背筋をふるるとはしった。
「ちょっと、見ていこうか」
 的中した。いたずらっ子の顔してる。先輩がこういう顔をしたときはあたしだめ。だってロクなことないんだもん。この前なんか、いっしょに帰ろうっていうからよろこんでついてったのに、墓場なんか通るのよー。もうっ、このホラー好き!
 いやですよお、とあらがうあたしをむりやりときふせ、先輩さきに立って階段をおりた。はあ。ほれた弱みだよなあ。
 ずう、う、う、う、と体育館の重い扉あけると、あたしたちは八ヶ所についた非常灯の薄灯りに索漠とした空間をながめわたす。だれもいない。
「空耳だったんですよー」小さくささやいたあたしの声、ふるえてる。
「いんや、たしかに音がした」と先輩、こーゆーことにかぎって意固地。ああ。かわいいっ。でも恐いっ。
 でもやっぱり、だれもいないものはいない。いないったらいない! ちょっとふみこんできゅっきゅっと床ならしながら小さく一巡りするあいだ、あたしは先輩のシャツの背中引っつかんでずうっと目、ふせてた。幸せだけど、はやく出たあい。
 おっかしいなあ、とつぶやきつつ先輩が館内に背をむけ、外に出ようと扉に手をかけた瞬間──
 だん! だん! だん! だん!
 音がした。
 あたし、ひっと喉つまらせ、白い背中にしがみつく。
 だんっ……!
「……だれも、いなかったよな……」
「……うん。……でも」
 だんっ……!
「……見落としたのかもしれねえしなあ」
「……うん」
 だんっ……!
「用具室にいたのかもしれないし……」
「…………」
 だんっ……だっ。…………ばこっ。
 ゴールポストに、入ったみたい。
 タタタタタタとひびく音を背に、先輩が「ふりむいてみようか」といった。「帰ろうよう」とあたし、半泣きでうったえたけど、ああっダメっ。先輩、ついにふりむいちゃう。
 だん……だん……。
「……やっぱいたよ」
 静かな声に、あたし、背中ごしに薄目あけてみた。
 校名いりの赤いシャツに、クリーム色のジャージがゴールポストわきの暗がりで、ボールをついていた。女のひと。すらああああああああああああああああああああっとして、すっごくきれい。やだ先輩、見とれてちゃダメっ!
 と思ったら──
「幽霊が……」
 と先輩、つけ加える。沈着冷静がウリの金沢先輩の顔が──蒼白。
 白い繊細な手が、だん、だん、とゆったりとした歯切れのいいリズムをとりながら、大きな足取りで非常灯のもとに歩み出てきた。
 ……ボールじゃない。
 だんっ……!
 ……生首だった。
 ショートカットの黒髪が、床にあたってふわりと広がる。反動で白い繊手にすうっと戻り、その中で切れ長の黒い目と薄もも色の唇が、ふっ、と微笑を浮かべた。
「い……」
 と先輩がなにかつぶやく前に、
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 と身も背もなしに泣きわめきながらあたし、大好きな先輩の背中ぐいぐいひっぱって必死で逃げだした。なによなによなによなによなんなのよおおおおお。
 十分ぐらい先輩ひきまわして逃げまわったあげく、あたし息切らしてへたりこんだ。そこでまた五分ぐらいひいはあいって、先輩もういいから帰りましょうようというと、
「ものごとを途中で投げだしちゃあいけねえなあ」
 と、ニヤリとしながらお父さんみたいなこというの。もうっ。だから好き……。
 ところが。
「ところでここ……」と──あーん、いたずらっ子の顔で、先輩いうの。「うわさの場所だよなあ。なんだっけ。花子とか……」
 いやあっ。ききたくないっ。と耳をふさぎつつ、あたしもあたりの様子、うかがってしまう。そう。旧校舎わきの三年前からとりこわし予定されてるのにちっとも実行されずにほうったらかされてる、昔のトイレ。だああ、よりによってなんであたし、こんなとこでへたりこんでるのよーお。
「せせせせ、先輩、いこっ。はやくいこっ」
 とまた先輩のYシャツの長袖ぐいぐいひきながら立ち上がった。
「あっ、ちょっと待って、靴の紐ほどけちまった」なんてこんな時になに悠長に靴紐むすんでるのよお、先輩。
 そわそわそわそわそわそわそわそわしながら先輩が紐むすぶの待ってたら、えっ何?
 あたし、ふりむいた。
 呼ばれたもの。
 女の子の声で。
 だれもいない。
 先輩の顔見たら──ぎくりとした表情、してる。
 静寂が、世界を占領した。やばいっ、と思ってなにかしゃべろうとした一瞬の間隙をついて──
 ──花子さあん。
 か細い声が背後から呼んだ。
 やだっ。あたし花子さんじゃないっ。ふりむかないっ。ぜっ、たい、、、ふりむかないっ。
 先輩、あんぐりと大口あけてる。意外と馬鹿面。ああっ、そんな顔しちゃイヤっ! そんな顔されたら、あたし、あたし……ふりむきたくなっちゃう!
 誘惑がぐいぐいあたしの髪ひっぱるのへ、先輩、かぶせるように、
「手……」
 と絶句しながらあたしの背後、指さした!
 あたしまた、ぎゃあああああ以下略と叫びながらさしだされた先輩の手ひっつかんで走りだした。
 今度は、徒競走五分に休憩が五分。ああ。あたしこの一時間で一ヵ月ぶんの運動しちゃってる! 帰ったら体重はかってみよう。
「もおお、なんなのよお」
 と半ベソかくあたしの背中をよしよししながら(うくく)先輩は、
「江多のやつ、今度はそうとう悪質だな」
 と、つぶやくようにいった。
「だあれえエタってえ」
「江多十郎。通称マッドくん」
 なんなのそれえ、ときくあたしに先輩、説明してくれる。江多っての、一年のときから三年に進級した今年までずううと先輩と一緒のクラスだった(くそ、うらやましいやつ)という、究極のオタッキーくん。入学当初から目つきばっか危険に鋭くて、いつもひとりでぶつぶついってるような超変態で、とーぜん友だちなんかも一人もいないんだけど、校内では超有名人(あたし、知らなかった)。なぜかっていうと、理科準備室延焼事件、東校舎三階のトイレ暴発事件、工作棟爆裂倒壊事件、女子体操部下着泥棒騒動(ぬれ衣、とのうわさあり)、美術室木炭大量盗難事件(迷宮入り)、プールの水まっ黄っ黄騒動、全部この江多十郎が張本人だといわれてるから。
 で、その原因。ようするにこの江多ってゆわゆるマッドサイエンティストで、究極超能力開発装置だの驚異の人工降雨システムだのヒトフェロモン検出増幅機だのといったまゆつばもののみょーな機械ばっか作ってんの。んでもホントにそんなもんできたらそれこそ特許もんなんだけど、今までそれがまともに働いたことがない。たいてい爆発か炎上、ひどいときなんかガーピーギーとうなり声あげながら『人類の夢! 空間転移装置・消えちゃったくん』が学校中をどっかんどっかん跳ねまわったあげく、たまたま来てた教育委員会のおえらいさんのはげ頭からカツラむしりとって「ピーッ、転送ガ終了シマシタ。ピーッ」などとのたまわったとゆー、とんでもない逸話まであるらしいの。破格よね。
「じゃあなーに? この怪現象はその江多のせいだってゆーんですかあ?」
「たぶんね。やつには収集癖があってね。電子手帳だのポケベルだのは、しょっちゅう盗まれてはやつの怪しげな機械に組みこまれちまうらしいんだ。CDウォークマン? いかにもあぶない」
「そんなーあ! だってあたしあのCD──」
 べったん。
 と、ぬれた音があたしの言葉をとぎらせた。先輩もぎょっと目をむき、背中ごしにおそるおそる、ふりかえる。ぎゃーあたし見たくなーい!
 現実は情け容赦もなくあたしの眼前にその様相を開示する。
 純白、というよりは蒼白の着物きた変なおじいちゃんが……ずぶぬれの、しわだらけの顔で……笑いながら……おいでおいでしてるう! もういやっ!
 ぎゃあ(省略なし。だいぶ余裕でてきたでしょ)と叫んで走りだした。先輩、あたしがひっぱるまでもなくちゃんとついてくる。なにおもしろそうに笑ってんのよー、もー。
 ばたばたばたとなんだかすごい羽音が頭上をよぎった。わっ、なにあれ、コウモリ?
じゃ、なんで人間の顔してんのもおおおおおおいやだっ!
「先輩っ! 江多十郎のいそうなとこってどこっ?」
 あたしついに、ぶち切れた。先輩、おどろきに目をむきながらもうれしそうに笑い、
「どうしたんだ急に?」
「どーしたもこーしたもあるもんですか。あたしの大好きな学校をこんなにメチャクチャにしちゃって、もーうそいつ絶対許せないっ! がっきんがっきんプレスしてスクラップ置場にほうりこんできてやるんだからっ」
 おお、と先輩感嘆の息をつき、よしこいとさきに立って走りはじめた。よーし!
 新校舎の一階からはじめて南館、東校舎、工作棟にクラブハウスとかたっぱしからしらみつぶしに走りまわった。「あたしの制服かえしてー」だの「目がほしいいい」だの「X=……あああ、わからない」だの「ぼくは君が好きだったのにい」だの、うらみ言葉のオンパレードでつぎつぎ立ちはだかる幽霊たちも(不思議と「うらめしやー」だけはなかったのよね)もうこうなったら単なる有象無象、ここにはあたしと先輩と、にっくきCDウォークマン泥棒の仇役しか存在しない究極のロマンファンタジーワールドよっ、とわけのわかんないこと唱えながらあたしたち、ついに北別館、北東隅にひかえる『旧視聴覚室』にたどりついた。
 とじられた扉といーかげんにしめられただけの暗幕のすきまから、うすぼんやりと灯火が見えるのを確認したあたし、先輩と目、見あわせてにんまり。
 だん! と扉、両開きにしてふみこみ、
「つかまえたわよ、CDどろぼうっ!」
 と叫ぶと、なんだかひょろーっとした脂ぎった額に歯医者の反射鏡みたいなのつけた超暗い変態野郎が
「うひい」
 と間のぬけた声で叫びつつシェーのポーズをした。こいつか。
「おい」と先輩凛々しくつかつかと江多十郎に歩みより、「おまえ、今度はいったいどーゆーガラクタつくりやがったってんだよ、ええ?」
 と胸ぐらつかみあげる。すると江多十郎、地獄の底からおうらみ申し上げますみたいな陰気な目つきでにたあと笑い、
「霊界通信機」
 ぱかん!
 いてえ、ぼっぼっぼくに、天才のこのぼっぼっぼくにっ、なにをするんだ、と激しくどもりながらぶつぶつ文句たれる江多にあたし、もう一発ぱこん! と先輩のスポーツバッグからちゃっかりぬき出したラケットで一撃加える。
 ひいい、ひいい、と泣き声だか呪咀の叫びだかよくわからない不気味さでうめきながらゴキブリみたいにはいずり逃げる江多十郎はもう完全に無視。先輩は、とふりかえると、「このCDウォークマン、だめだな、もう」
「ええっそんなあっ! じゃCDは? 清志郎様の『Blue』はっ?」
 ときくと先輩、しばらくあちこち見まわしたあげく、
「……あれじゃないのか?」
 と──江多十郎の脂ぎった額にとりつけられた反射鏡を指さす。ああっ!
「ちょっとお、あたしの大事な清志郎様のCD、いったいなんに使ってんのよこの変態!」
 とラケットふりまわしながらさんざ江多追いまわしたあげく、やっとのことでCDだけは無事にとりかえした。ああっ清志郎様!
 送ってくよ、とやさしくいってくれる先輩とは、ウォークマンこわしちゃったことあやまるために京子の家の前でわかれた。もうさんざん。京子には冷たく「弁償してよね」と一言いわれただけでばったんと門前払い、ひとりびくびく帰る道々、さっきまでいっしょだった先輩にしきりに「おまえ、ホントはすごい女傑だったわけね」とてっぺんから爪先まであきれられちゃったこと思い出して、ああ、もう……生きてることからやんなっちゃう。
 ただいまー、としょぼたれて玄関をくぐるとキッチンからお母さんが「さっき電話入ってたみたいよー」と声をかけてきた。もう……わかってんなら出てくれたっていいのに。どうでもいいけどさ、もう……。
 部屋に入ると留守電の再生ボタンがチカチカチカチカしらじらしく明滅してる。はあ。と荷物ほうりだし、唯一無傷だったRCのCD、プレイヤーに入れて再生すると、あたし制服のままベッドにたおれこんだ。ああ。今宵は『上を向いて歩こう』が死ぬほどリアル。
 ひとめぐり曲がおわってもあたし、しばらくぼーぜんとしてた。留守電入ってること、ふと思い出して再生ボタンを、おしてみる。
『よお、無事に帰れたか』と、ついさっきまでいっしょの空気吸ってた金沢先輩の声が、あたしをがばと起こさせた。『唐突だけどよ、よかったらおれとつきあってくれよ。今日おれ、おまえのこと見直したっつうか、けっこう本気で好きになってきてな。ま、よかったら、だけどな。以上。ばいばい』って、いったいどういうことおおおお? だって先輩、さんざっぱらあたしのことあきれてお転婆だの怪獣だのヨモツシコメだのめっちゃくちゃいってたじゃなあい。どーゆーことよおこれ。
 矢も盾もたまらず、電話した。受話器をとった先輩は、留守電のおちついた声とはちょっとちがって、なんだかテレてるみたい。やっぱりあたしのことお転婆だってさんざんけなしたりしたけど、でも、ホントに本気みたい。あたしとつきあいたいって。本気よね。本気でしょ? 本気なのっ。意地でも。
 本気にしていいのね、ね、ね、ね、と際限なくくりかえすあたしに先輩、笑いながら何度も「ああ、大丈夫だよ」といってくれた。だからあたし、さっそくデートの日どり決めて約束とっちゃった。明日、学校ふけて渋谷にいくの。ああ……幸せっ! 幸せ幸せ幸せーーーーーーーーっ!
「じゃ、明日の十一時にハチ公わきの交番前ねっ。絶対だよ」
「わかってるって。あ、それからさあ」
 うん。わくわく。なになに?『好きだよ』とか?
「おまえが江多追いまわしてばきばきにしちまったラケットのことなんだけど……」
 げ。
 世の中甘くない。翌日あたしは先輩と日がな一日楽しーく過ごしたあと、バイト先さがして地元の駅をうろうろ、あちこちまわるハメになった。結局、駅前のロッテリアに決めて、先輩、あたしの入ってる日は毎日きてくれる。うれしいんだけど、できたらカウンターなしで、ふたりっきりですごしたい。
 学校のほうはあの夜ほどじゃないけど、やっぱりあの時以来なんだか幽霊さわぎだの怪現象だのが頻発するようになっちゃった。先輩は活気が出ていいじゃないかなんて呑気なこと言ってるけど、あたし冗談じゃないわ。だから二人でいっしょに帰る日は、あの夜と同じように、今は半袖になった先輩のYシャツの袖ぐいぐいひっぱりながら、暗くならないうちに校舎から出るようにしてる。でも、今よりももっともっともっともっと先輩といられるんなら、幽霊なんてあたしこわくない。だからあたし、一日もはやく借金完済するためにがんばるんだっ。……京子のぶんもあるし。
 はあ。ふたりの蜜月は遠い。

(了)


			

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