ブタにけられて死す
そのいきさつはこうである。
ある日、ブタ小屋でブタがエサを食らっていると、牛が小屋の前をのそのそと通りかかった。
「いよう、牛どんでねえけ」
ブタは言った。ここで一言もうしあげておくが、「牛どん」とは「うしどん」と読むのであって、つまり牛のことをさしているのであり、決して「ぎゅうどん」と読んではいけない。そう読んでしまうと、牛丼がブタ小屋の前を通りかかってしまうことになり、そうすると吉野家からクレームがつくばかりか、その言葉から重大なパラドックスが生じてブラックホールが蒸発してしまうからである。
「よう、ブタどん。景気はどうだい」
牛はのたのたと胃の中の消化しかかった食物を反芻しながら言った。
「見てのとおりよ。飼い主の野郎、ちかごろエサ代までケチりやがってよ。見ろよこれ。干し草ばっかりだぜ。ああ、たまには分厚い牛肉でもばっくりとやりてえなあ」
牛は、牛肉を食いたいなどと皮肉を言われてカチンときた。そこで牛は言い返した。
「そうだなあ。たしかにバカな飼い主だなあ。きっと知らないんだよ、ブタどんの飼い主はさ」
「なにをしらねってんだ?」
「ブタは太らせて食うってことさ」
ブタもカチンときた。
「へ……へっへっへっへっへ」
「ハッハッハッハッハッ」
牛とブタはひきつった笑いを交わしあった。
「そんじゃあな、ブタどん。せいぜい長生きしてけれや」
そう言うと、牛はのたのたとブタ小屋から遠ざかっていった。
「ケッ、なんでェ、牛の奴! 畜生め!」
畜生め、といっても、牛は実際に畜生なのだから仕方がないのだが、ブタにはそれがわからない。
ブタはヤケクソになって、エサを辺りにまきちらしてしまった。
すると飼い主がやってきて、ブタ小屋が散らかっているのを見つけた。
「なんてことするンだべ、このブタ公! おめ、ブタ小屋のそーじがどンだけえれェもンだか、すってんだか? ええ? この! すっててやったんだべか。んだったら、許さね!」
そう言うと飼い主は棒きれを持ってきてブタをぶったたきはじめた。ここではっきり断っておくが、「ブタをぶったたいた」というのは、決して洒落のつもりで書いたのではない。誤解しないでいただきたい。
「この! この! このすかぽんたん! おもいしるがええだ! この!」
こうして、ブタは飼い主にさんざんぶったたかれたあげく、晩めしぬきにされてしまった。
ブタは忿懣が蓄積して夜も眠れず、ブヒブヒさわいでいた。
すると、あの怖ろしい飼い主がまたもや登場した。
「こンら、このブタ公! そっただ騒いだら、夜も寝られねでねェか!この! おめ、ぶったたかれなきゃ、わがンねだか! んなら、ぶったたいてやるだ。あ、こら、逃げるでね!」
こうしてブタはまたもや飼い主にめちゃくちゃにぶったたかれ、生傷が痛くて痛くて、ついに一睡もできずに夜を明かしてしまった。
次の朝、ブタの前に朝めしがでんと置かれた。またもや干し草である。
ブタはもう頭にきて、エサの入った桶をぶちまけ、半狂乱の状態で干し草をさんざんけとばしつづけた。
その干し草の中に宇宙がまじっていたのである。
このようにして、宇宙はブタにけられて死んだのである。
ブタにけられて死す ― 完