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ガジェット ボックス GADGET BOX ストライキの朝

ストライキの


 灰色にまだらに赤茶色をぶちまけた空が今朝もすがすがしい。地獄の最下層の居心地は最高だ。
 そのさわやかな朝を、激しくかき乱す者があった。
「プルトー様、た、た、たたいへんでございます」
「なんだ騒々しい」
 地獄の統治者は駆け込んできた悪魔をじろりとにらんで言った。
 悪魔はあわてて片膝をついて答えた。
「も、も、亡者どもが、ちっち、ち血の池で水泳大会を催しています!」
「……なにィ? 水泳大会とな!?」
「そ、それだけではございません。はっ針の山では障害物競争が始まっております!」
「しょうがいぶつきょうそう!?」
「そっそれに竜巻地獄ではハイ・ジャンプが競われておるのです!」
「はいじゃんぷゥ? なんなんだ、いったい!」
「そ、そのうえ沼地獄で――」
「ええい、やめんか、うっとおしい! 獄卒どもがいるだろうが! きゃつらはいったいなにをやっておるのだ! ん?」
「そっそれが実は……」
「実はなんだ!」
「その、流血会館に立てこもりまして……」
「あん?」
「スト決行中なのでございます!」
「……んなにィ? ストぉ?」
「そのとおりなのでございます!」
「けしからん! 年中無休、二十四時間営業で信用を得ているわが地獄の獄卒が、ストなどとはもってのほかだ! どうも最近、仕事ぶりが怠慢になってきたと思ったら、そんなことを企んでおったのか! ふざけておる! ええい、こうなったら全員減給の上、総出で二ヵ月間ぶっとおしで働くことを命ずるっ! 伝えい!
「は……それがそのう……」
「なんじゃっ!」
「そっそっその、獄卒どものその、要求はあの、昇給と週休二日制なんで」
「なにっ!? しょうきゅう? しゅうきゅうふつかせい? なにを寝言こいとるのか、きさまは!」プルトーの顔はもう原色の赤をとおり越して怒りにどす黒くなり、いまにも爆発しそうでさえあった。「いま、ここの財政が窮迫状態にあるのを知らぬわけではあるまいっ! そのうえ休みを二日ずつもやったら、地獄の経営は崩壊してしまうわい! さっさといって伝えてこんか! バカなことをやっとらんでさっさと職務を再開しろとな!」
「はっ、はあ、しかし――」
「しかし? しかしだと? きさま、このわしに、この地獄の統治者にして最高の権威者たるこのプルトー様に口答えする気かっ!」
「い、い、い、いえそんな滅相もない。私はただ――」
「ただ! またわしに口答えしおったな、この木ッ葉悪魔ふぜいが! んんんも~う許さんぞ! きさまはクビだっ! クビっ! さあ、さっさと荷物をまとめて出ていけいっ!」
「そ、そんな!」悪魔はクビだと聞くと突然激しくうろたえた。「そ、そんなのありませんよ、魔王様! この私は、こっこの私はなんと天地開闢の初めよりつねにあなた様の許で忠実に働いてきたのですよ! そっ、それを、それをたかが『ただ』とか『しかし』と言っただけで無体にもクビになさるおつもりですか!? あー、そうですか、そうなんですね! わかりましたよ、よ~~~~~~っ、くわかりました! ふん、魔王様がそういうおつもりでしたら、私にも考えがございます。そうだ! 私もストに加わってしまおう。そうだそうだ、それがいい、これはたいへんよい考えだぞ、けけけけけ」
「おっ、おいちょっと待て。わしが悪かった、謝るよ。許してくれ、少し言い過ぎたようだ」
「いーえ、聞く耳持ちません! ながらくお世話になりましたっ。また後ほどおうかがいにあがりますので!」
 言い捨てて悪魔はボンと消えてしまった。
「ああ、おい、ちょっと君……いってしまったか。う~~む、まずい」プルトーは腕を組んでうなり声をあげた。「う~~困ったことになったぞ。ストとはなあ。どうしたものか。最高裁判官のミノスにでも相談すべきかなあ。レオナルドの調停は魔女専門か。総裁のフォラスもこういうことにはてんで頼りにならないし、いっそ最高長官のベールゼブブ様に解決していただいて、いやいやいやいやそれはまずいか。ベールゼブブ様にそんなことを報告したら、たちまち帝王サタン様に知られてしまう。ぶるるるるっ、冗談ではないわい。よくない。これはよくない。へたするとこのわしも地獄の亡者の仲間入りにさせられかねん。絶対にいかん。う~~む、困った」
 プルトーはしきりに首をかしげながら、う~む、う~むとうなった。
 すると今度は、別の悪魔がドタバタと駆け込んできた。
「なにごとだ!」
 魔王がどなると、悪魔は外の方を指差しながら息も絶えだえに言った。
「獄卒どもがプラカードを持ってデモ行進をしてまいります!」
「デモ行進だと? こっちへ向かっとるのか」
「はっ、さようでございます」
「うー仕方ない。小悪魔どもを入口の警護に当たらせよ! 女どもは奥の方に引っ込めておけ。わかったな。では行け!」
「はっ」
 ボン。
「あ~なんたることだ!」プルトーは頭をかかえてうなった。「地底王国八層の統治の任を与えられ、数知れぬ悪魔どもを顎で使い亡者どもをボロキレのように苦しめてきたこのプルトー様が、こともあろうに労働問題に悩まされようとは。あ~情けない。それでも魔王プルトーか。よおし、こうなったら、あのろくでなしの獄卒どもの前に出て、こっぴどくどなりつけてやる!」
 魔王はよし、とばかりに立ち上がった。その時、入口の方からなにやらどやどやと近づいてきた。耳をすましてみると、どうも罵声にまじって「入ることまかりならん、戻られいっ!」などと時代がかった命令が聞こえてくる。
「なんだあれは。わしの小悪魔どもの声ではないか。さてはデモ行進がこんなところまで乱入してきたのだな。ちょうどよい。この部屋に最初の奴が入りこんできたら、頭ごなしに怒鳴りつけてやろう」
 そうこうしているうちに、罵声が近づいてきた。
 部屋の入口に最初の一匹が飛び出したとみるやいなや、
「おい――」
 と魔王が目を剥く間もなく、
「ゃぃゃぃゃぃやいこの野郎!」
 とあべこべに怒鳴り声を浴びせられる。
「黙っておとなしく働いててやりゃあ好き勝手放題にやりやがって、この極悪人! なんだなんだ、おれたちが安月給でせっせと働いてるのにてめえは小悪魔やら女やらをはべらせてふんぞりかえりやがって! てめえなんざ人間じゃねえ!」
 たじっ。
「わ、わ、わしはたしかに人間じゃないんですけど」
「うるせえっ! てめえ、口答えする気か!」
「い、い、いえいえごめんなさい!」
「あやまってすむと思ってんのか、このやろう!」
「すっすいません……あれ、よく見たらおまえ、さっき飛び出していったわしの側近ではないか」
「うっせえバーロー! 給料上げろ!」
 そのうちにデモに参加した悪魔がどんどん乱入して、給料上げろ、週休二日制だと騒ぎはじめた。いつの間にかプルトー直属の小悪魔たちまでが一緒になって騒いでいる。
「極悪人! 月給倍にしやがれこの!」
「いや三倍だ四倍だ」
「われわれはー、この地獄職におけるー、雇用者のー、営利独占に対しぃー、断固ォー、謝罪と昇給をー、要求するー」
「私は青木無常です。二十七歳独身、恋人募集中」
「金かえせー! 休みふやせー! 仕事楽にしろー!」
「やいやい最近釜ゆでスープのだしがまずいぞ! うまいダシはみんな独占してるんだろ! こっちにもまわさんかいこのボゲッ!」
 無茶苦茶である。統率もなにもあったものじゃない。しかしパワーと迫力は圧倒的だった。
 ついに魔王プルトーは両手で耳を押さえて、わーっ! と音を上げた。
「わかったわかった、わかったわい! わかったからもうやめてくれ! 給料も二割上げてやる。週休二日制も導入だ。職場環境もできるだけ改善してやるし、スープのダシもいいところを提供してやる! だからおとなしく出てって、仕事につけーっ!」
 するとデモ行進を先導してきたプルトーの側近が、悪魔たちに向かって高々と叫びを上げた。
「われわれの勝利だっ!」
 お~~~~っ! と歓声があがり、悪魔たちは手をとりあって踊りはじめた。
「立て、全国の労働者!」
 わけのわからないアジにもう一度お~っ! と上がり、悪魔たちは口々に歓喜をわかちあいつつ、三々五々仕事場に散っていった。
 先導者の側近も片膝をついてくるりとプルトーに向き直り、慇懃な仕草で深々とこうべをたれる。
「プルトー様、なにかご用はおありでしょうか?」
「おお、あるとも」プルトー魔王は思いの丈顔をしかめて、口を開いた。「すぐにチラシを印刷して、悪魔帝国全土にばらまいてきてくれ」
「は。それで、チラシにはなんと印刷するのでしょうか?」
「『アルバイト募集中』だ」

ストライキの朝 ― 了

			

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