理沙は居間にいる。理沙は僕より先に帰ってきて、居間でテレビを見ていた。ドラマを 見ていたけど、あの番組は4時で終わるはず。うん。 だから4時、いや、CMがあるから4時の何分か前、理沙はドラマを見終わって 満足しているはず。宿題が多くなければ、暇なはず。話しかけても大丈夫。うん。 お母さんはさっき買い物に出かけて、1時間は帰ってこない。うん。 だから45分間くらいは理沙と話せるはず。 ……お母さんが早く帰ってきたらヤだな。40分。そんなに話す事もないか。30分。 うん。30分、理沙と話せばいい。それだけあれば理沙にお願いが。 あ、もう3時52分だ。もうすぐドラマが終わっちゃう。ドラマが終わったら、 理沙が自分の部屋に戻って、漫画とか読み始めちゃうかも。それだと話かけづらい。 ドラマが終わる直前にいかないと、お願いが出来ない。 今日お願い出来なかったら、明日に……お母さんがちょうどいい時間に買い物に 行くか分からない。今までだって週に2回くらいしか機会がなくて、それさえも 言いそびれちゃって、とうとう映画公開の初日を過ぎちゃった。今日お願いすれば 今度の土曜日に行けるけど、今日言えなかったら、映画が終わっちゃうかも。 ああいう映画って何週間上映するのか知らない。だから来週には終わってるかも。 どうしても見たいと思ってたのに。でもこんなお願いを口に出して言うのはやっぱり 恥ずかしくて。ドキドキ緊張して。理沙に断られるんじゃないかって。理沙に馬鹿に されるんじゃないかって。そう思うと、体が震えてくる。 あ、3時55分だ。今日言わなきゃ見れないんだ。恥ずかしいけど、言わないと。 どうしよう。3時56分だ。やっぱり今日はやめようかな。まだ上映が始まった ばかりだから、来週で終わるなんて事はないはず……でも分からない。 もし来週までで終わりだったら。見るのをあきらめなきゃいけないんだ。 もうあきらめちゃおうかな。でもやっぱり見たいし。 勇気を振り絞って居間に行くと、理沙がテレビの前に座っていた。テレビに熱中して いるので、僕が今に入った事に気づいてないみたい。テーブルの上にはお菓子と 飲み物が置いてあるけど、飲み物は半分くらい残っている。 テレビが『この番組はご覧のスポンサーの提供で』と言い始めた。今ちょうど 終わったんだ。間に合った。 「あー、面白かった。やっぱ恋だよねー。殺人事件は恋だよ」 理沙がなんな物騒な事を言ってる。 「あれ、お兄ちゃん。いたんだ」 「う、うん…」 早く話しかけなきゃ、そう思うと、余計にドキドキする。 「お菓子出したのに、テレビに熱中しててほとんど食べなかった」 理沙は椅子に座り、飲み物を飲みながらそう言った。 「お兄ちゃんも食べていいから、後で片づけといてね」 なんか雑用押し付けられた。でも今からお願いを聞いてもらわなきゃいけないから、 断れない。 「う、うん…」 理沙はお菓子を一口食べた後、コップの飲み物を飲み干した。そしてコップを持って 立ち上がった。もしかして、もう自分の部屋に行くんだろうか。どうしよう。 お願いしている暇がない。いや、ここで声をかければ。そんな事を考えている間にも、 理沙はドアの方に歩き始めた。 と思ったら台所の方に向かい、ポットからお湯を入れて、テーブルに戻ってきた。 飲み物を取りに行っただけか。よかった。でも今のうちに言わないと、また機会を 逃してしまう。 お菓子を食べている理沙に方を見る。理沙の背が僕よりも高くなって、真正面から 理沙の顔を見るのは初めてかもしれない。去年とは全然違って、理沙は僕よりずっと 大きくて、なんだか僕よりもずっと大人に見える。理沙の顔を見るためにはちょっと だけ見上げなきゃいけない、というのが悔しい。 理沙は従姉の恵美さんに似てるってみんなによく言われてたけど、こうやって正面から 見ると、確かに恵美さんにそっくりだ。恵美さんとは年に2回ほどしか会わないから、 はっきりと覚えてないけど、高校生の恵美さんとそっくりだ。 まだ小学6年生の理沙が、中学2年生の僕よりもずっと年上のお姉さんみたいに、 高校生のお姉さんみたいに見えるなんて。……そこまではないか。うん。ない。 中学生くらいだ。そうだ。中学生くらいに……それでも僕が理沙よりも小さいから、 理沙の方がお姉さんって事になっちゃう。知らない人が、僕を『弟くん』と呼ぶのも 仕方ないのかも。妹の理沙が僕よりもお姉さんに見えるだなんて、すごく恥ずかしい。 でも理沙の方がお姉さんに見えるから、僕が『弟くん』と言われるから、 こんなお願いをしようと思いついたんだし、こんなお願いが出来るのがラッキーって いうか、お姉さんに見える妹がいてラッキーっていうか。そう思って喜んでる自分が みじめに思えてくる。でも映画を見たいから、お願いをしなきゃ。 「ん?お兄ちゃん、何私をジロジロ見てるの?」 理沙の視線が僕の方を向いてドキっとして、ちょっと目をそらした。 「お菓子は食べていいよ。でも片づけてね」 「う、うん…」 変な事を考えて、大事な事を忘れてしまっていた。時間がなくなっちゃう。 今度飲み終わったら、今度こそ自分の部屋に戻ってしまう。だから今言わなきゃ。 口の中の少ないツバを飲み込んで。息を吸って。お菓子を食べている理沙の方を 向いて。理沙の顔を見てドキドキしながら。 「あ、あの、理沙…」 「なに?」 「その、お、お、お願いが、あるんだけど…」 お願いがあるとはいえ、妹に向かってこんな丁寧な話し方をしてしまって、 余計に恥ずかしなって、余計にドキドキしてしまう。理沙に変に思われちゃったかな。 そう思ったらさらにドキドキする。 「お願い?どんな?」 「えっと、その…」 あれ?何から言えばいいんだ?考えてたはずなのに、思い出せない。理沙が不思議 そうな顔をしている。早く言わなきゃ余計に変に思われる。 「そ、その、映画を観に行きたいんだけど……」 「ふーん。どんな映画?」 「『タバスコ娘』ってアニメなんだけど」 「それってギャグ漫画かなにか?」 「まあ、ギャグ漫画かな」 「へえ。そんなのがあるんだ。それで、それが私になんの関係があるの?」 普通そう思うだろう。理沙が知らない映画を僕が観に行きたいなんて、理沙にとって 全然関係ない話だ。だから早く説明しなきゃ変に思われる。 「えっと、その映画は、PG12とかいうのらしくて」 「ぴーじーじゅうに?」 「そ、そう」 「なに、それ」 「えっと、あの、あれ、12歳未満は、保護者と一緒に、観に行かないと、ダメ、 とかいう映画、だったかな?」 「ふーん。つまりそれってエッチな映画なの?」 「よくわかんない。原作の漫画にそういうのはないと思うんだけど、そういう事に なってるみたいで」 「ふーん。それで、その映画と私と、なんの関係があるの?お願いって何?」 理沙がちょっとイライラしたような話し方だったので、ちょっとビクっとする。 早く説明し終わらないと理沙に怒られるような気がしてきた。不機嫌そうな顔で 僕を見下ろしている理沙に怒られる、そう思ったら少し恐くなってきた。 妹の理沙に怒られるのが恐いだなんて変な気持ちだけど、でも本当に恐い。 早く説明しないと本当に怒られる。 「実はこないだ、ひ、一人で映画を観に行った時に、映画館の人から、その…」 「うん」 恥ずかしくてドキドキする。でも、まずこれを言わなきゃ。 「え、映画館の人に、『小学生はこの映画を見ちゃいけないんだよ』って」 「それ、お兄ちゃんが言われたの?」 「う、うん…」 言っちゃった。恥ずかしくて体が震えてくる。理沙になんて言われるだろう。 「ん?えーと。どういうこと?」 あれ?分かりにくかったのかな?もっと詳しく説明しないとダメなんだろうか? 「そ、その。映画館の人に、僕が、小学生と、思われちゃった、みたいで…」 「ああ、お兄ちゃんが小学生だって思われて、小学生が見ちゃいけない映画だった から、見ちゃダメって言われたの?」 「そ、そう」 分かってくれたようだけど、わざわざ言い直さなくてもいいのに。 「お兄ちゃんちっちゃいから、小学生が見ちゃダメな映画を見られなかったんだ」 二回言い直さなくても。 「う、うん…」 「…へー」 理沙がくすっと笑った。理沙に笑われた。 「それは仕方ないよ。制服を着てなければ小学生に見えるし。制服を着てても 小学生に見えるし」 理沙に笑われながらこんな事を言われるなんて、すごくみじめな気持ちになる。 普通ならここで『うるせー』と怒るところだけど、今は理沙にお願いをしなきゃ いけないから怒れない。それ以前に、理沙の言う通り、実際に僕が小学生にしか 見えなかったんだし。これでも十分みじめだけど、でもまだお願いを言ってない。 「あの、それで…」 「ああ、マスタード娘だったっけ?」 「タバスコ娘」 「それもお兄ちゃんは観に行けないんだよね?小学生って思われるから」 「いや、タバスコ娘はPG12で、12歳未満でも保護者と一緒ならいいはず。多分」 「保護者と一緒って、お母さんに連れて行ってもらうの?」 「お、お母さんと、一緒っていうのは、なんかちょっと…」 「それは分かるけどー。エッチな映画だからね」 エッチな映画じゃないと思うけど、分からないから何も言えない。 「でもそんな映画なら、お兄ちゃんだけじゃ観に行けないじゃない。お兄ちゃんが 小さくて小学生と思われるっていうのは変わらないんだし。私がお兄ちゃんの背を 高くしてあげられるわけじゃないし」 本当の事だけど、それを理沙に言われるなんて。でも僕は、もっと恥ずかしい事を これから言わなきゃいけないんだ。 「あの、だから、その、理沙に……一緒に行ってほしい…んだけど…」 「私?私が一緒に?」 「うん」 「お母さんじゃなくって私が、お兄ちゃんの保護者として映画館に一緒に行くの?」 「その……そういうこと…」 こんな事をお願いしている自分が本当に恥ずかしい。でもそうしないと観に行けない。 「つまり、小学生にしか見えないお兄ちゃんのために、私がお姉さんになるって事?」 「…うん…そういうこと…」 「映画を見たいから、お兄ちゃんが私の弟になるって事だよね?」 全くその通りなんだけど、だからっていちいち言い換えなくていいのに。 なんだか理沙の顔がちょっと楽しそうに見える。僕がこんなお願いをした事をやっぱり 笑ってるのかな。面白がってるのかな。そんな理沙の顔を見ていると、恥ずかしくて 体が震えてくる。でも、笑ってても面白がっててもいいから、引き受けてくれれば、 それでいいんだ。 「別にいいけど……でも私、小学生だよ?お兄ちゃんよりは年上に見えるだろうけど」 「う、うん、だから…」 「私が中学生に見えるにしても、保護者同伴の保護者って、中学生でいいの?」 「う、うん。他の映画だけど、PG12ってなってる映画で、中学生と一緒に小学生が 入っていくのを見たから。中学生が同伴してれば、いいんじゃないかな」 「えーと、つまり。小学生だと思われているお兄ちゃんは一人で映画を見れないから、 中学生に見える私が保護者になって連れて行く。ということだよね」 理沙が僕のお願いをちゃんと理解してくれたみたいでほっとした。 「そ、そう。その通りだから」 でも理沙に簡潔にまとめられると、それはそれでミジメな気持ちになる。僕が小学生に 見えるとか、理沙が僕の保護者だとか、それも恥ずかしいけど、僕が恥ずかしい思いを しながらなんとか話した事が、理沙に簡単にまとめられて、僕が頭悪い子みたいと いうか。理沙の方が背丈だけでなく本当に年上みたいっていうか。 「でもさー、私以外にいないの?一緒に行ってくれる人」 「それは…」 確かにそう思うよな。 「同じクラスの人は、お兄ちゃん以外なら普通に中学生に見えるでしょ?」 「そ、そうだけど。こういう映画を好きそうな人が見当たらなくて」 「そうなの?お兄ちゃん、友達いないだけじゃないの?」 理沙にそんなひどい事を言われるなんてショック。 「映画代とか電車代とか、お兄ちゃんが全部出すのなら、映画館に行くのもいいかな」 「それは、僕が出す。小学生料金と中学生料金だから、そんなに高くないはず」 「じゃあ一緒に行ってあげるかー」 「あ、ありがとう」 良かった。恥ずかしい思いをしたけど、映画は観に行ける。 「でも私は一応小学生だし、私が小学生だってことが映画館の人にばれちゃうかも しれないよ」 「それはない…と思うけど…理沙は背が高いし…」 「それはお兄ちゃんが小さいから、私が大きく見えるだけでしょ。私より小さな先生は 小学校に二人しかいないし」 そう言われるとちょっと自信がなくなってきた。僕から見ると理沙はすごく大人っぽく 見えるけど、大人から見るとそうでもないかもしれない。 「そうかな……じゃあどうしたら…」 「そうねえ……制服を着てみるっていうのはどう?中学校の制服」 「制服?」 「お兄ちゃんが制服を着ても中学生に見えないけど、私なら大丈夫じゃないかな?」 「そ、そうかも」 なんかすごくみじめな事を言われたような気がするけど、でも観に行けないよりは マシだ。理沙の方が中学生らしく見えるのなら、理沙に中学校の制服を着てもらう方 がいい。 「えっと、じゃあ、誰かから女子の制服を借りてこないと」 「それはお兄ちゃんが借りてきてくれるんでしょ?」 そんな事を言われてびっくりした。 「そ、そんな。僕が、女子に、制服を貸してってお願いするの?」 「そうだよ」 一緒に観に行こうと男子にも頼めなかったのに、そんなお願いを女子にするなんて。 「そ、そんな、無理だよ」 「えー、同級生から借りてくるだけだよ」 「無理無理無理。それに理沙が着るものなのに、サイズとか全然分からない」 「そうだけどー。中学校の制服なんだから、そっちが早いのに」 同じクラスの女子の制服を理沙が着るって。なんか、ちょっと。 「それは…無理」 「んー。じゃあ私の同級生で、お姉ちゃんがいる人に聞いてみる」 「そうして、お願いだから」 「伊藤さんのお姉さんは、私よりも背が低かったかな?藤田さんのお姉さんは…」 「ちょっと待った」 伊藤さんのお姉さんも藤田さんのお姉さんも、僕と同級生じゃないか。 「できれば、僕の同級生の制服を借りてくるってのは、ナシにして」 教室で『あなたの妹さんに制服を貸したんだけど、何に使ったの?』と聞かれそう で嫌だ。 「えー、面倒くさいなー。じゃあ他の人に聞いてみる」 ちゃんと借りられるのか不安だけど、借りられない時は他の大人っぽく見える服を 着てもらえばいいんだし、とりあえず観に行くことはできそうだ。 「それでいつ観に行くの?」 「今度の土曜日の昼頃は行ける?」 「いいよ。その前日に制服を借りてくればいいんだね」 「そう」 「あれ?学校が休みの日に制服を着て歩いててもおかしくないかな?」 「部活で登校する人も多いから、昼頃に制服で歩いてても大丈夫だよ」 「うん、なら安心」 良かった。これで映画を観に行ける。 ちょうど話が終わった時に、お母さんの声が聞こえた。 「買い物が多かったから、ちょっと運んでー」 お母さんが帰ってくるのが思ったよりも早くてドキっとしたけど、理沙にお願いを 言い終わった後だから、ほっとした。 「じゃあお母さんの手伝い、よろしくねー」 理沙はそう言って自分の部屋に行った。雑用をさらに押し付けられた。 でも映画に行けるんだから、このくらいいいか。 その夜。映画を観に行けると決まって、ワクワクしながら雑誌の映画紹介を眺めた。 今度の土曜日にこの映画を見られるんだ。映画館は今までに何度か行った事が あるけど、親や友達に連れられて行ったものばかり。『小学生はダメ』と言われた 映画は別として、自分で観たいと思って観に行く映画だから、すごく楽しみ。 本当は自分一人で行きたかったけど、また『小学生はダメ』と言われたら嫌だから、 恥ずかしい思いをして理沙にお願いしたけど、これで安心して観に行ける。 ……でも理沙が中学校の制服を着て、僕と一緒に行くんだ。本当はまだ小学生の 理沙が中学の制服を着て、本当は中学生の僕が小学生だと思われて。そう考えたら、 いまさらながらに恥ずかしくなってきた。でもそうしないと観に行けない。 来年になれば理沙も中学生になるのだから、それが1年早くなっただけだと思えば。 でも僕はやっぱり小学生に見えるわけで。 僕も制服を着ていこうかな。理沙が言った通り、僕が中学の制服を着ても小学生に 見えるかもしれないけど、理沙が中学生に見えるから、映画館には入れる。 そうしようかな。理沙と一緒に制服を着て映画館に行くなんて変な感じだけど、 来年は僕も理沙も制服を着て中学校に通うんだから、まあ似たようなものか。 でも、ちゃんと借りられるのかな?理沙の友達って、僕の同級生の妹も多いし、 他にいないからって、僕の同級生から借りましたとか言いそう。ちょっと不安。 藤田は理沙と同じくらいの身長だったような。横幅は違うけど。佐野が身長も横幅も 同じくらいだったかな?理沙が佐野の制服を着て。ふと、中学校の制服を着た理沙が、 佐野の代わりに、僕のクラスの教室にいる想像をしてしまった。理沙が佐野の席に、 僕のすぐ隣の席に座っている想像をしてしまった。2つ年下の妹が、僕と同じ教室に、 すぐ隣の席に座ってる。理沙の周りには伊東や藤田がいて、普通におしゃべりを している。理沙が、僕と同じクラスにいる大人っぽい同級生のように思えた。 他の同級生の女子と一緒になって、僕の事を『ガキっぽい』と笑ってるような。 いや、それはない。うん。眠くなって変な事を考えちゃった。理沙が同級生になる はずがないんだ。一緒に映画を観に行くだけだ。うん。でも僕の同級生の制服を 借りてきたら、やっぱり理沙が僕と同級生になるような気がしてきた。そして、 同級生の女子と一緒に映画を観に行く。それって同級生の女子と制服のままで デートするって事じゃないか。そう考えたら別の恥ずかしさがこみ上げてきた。 同級生になった理沙とデートするだなんて。制服を着た同級生の女子とデートをする、 その相手が理沙だんて。 そうだ、僕が制服を着なきゃ小学生に見えるから、それならどう見ても『お姉さんに 連れられた小学生』だ。それならどう見てもデートじゃない。やっぱり制服は やめとこう。そういうことで寝る。 金曜日、学校から帰って玄関を開けたら、理沙が出かけようとしていた。 「あれ?これから出かけるんだ」 「うん。お兄ちゃんのために制服を借りてこなきゃいけないから」 そうだった。映画を観に行くために、理沙に中学の制服を着てもらうんだった。 「お兄ちゃんのためなんだよ」 理沙はそう言いながら、なにか楽しそう。友達のお姉さんの制服を借りに行くの だから、友達の家に行くわけで、それで楽しいのかも。 「帰ってきてから、すぐに私の制服姿を見たい?どう?」 嬉しそうに僕にそう尋ねてくる。ここ数日、布団の中で、中学の制服を着た理沙が 僕と同級生になって、隣の席に座っているという想像をついついしてしまったから、 そう言われてドキっとした。 「ど、どうせ明日見られるんだから。別にあわてなくても、いいよ」 「ふーん。それもそうか。じゃあ行ってくるね」 そうだ、一応聞いておかなきゃ。 「だ、誰から制服を借りてくるんだ?僕の同級生から借りてくるなんて事は」 「違うよ。吉森さんのお姉さんが中学3年生で、その人から借りるつもり」 「そ、そうか」 「じゃあ行ってくるね」 理沙は玄関から出て行った。よかった、僕の同級生から借りてくるんじゃないんだ。 ちょっとほっとした。……でも3年生の制服を借りてくるって事は、さらに上級生 って事に。僕の同級生から借りないでって言ったんだから、そうなって当然だけど。 それに僕はどっちみち小学生に見えるんだから、上級生っていうのは一緒か。 仕方ない、かな。