ハムレットの独り語りが終わって幕が下りて、室内が明るくなった。 「第一幕が終了いたしました。これより25分間の休憩に入ります」 桂由真、可愛かったなー。などと第一幕の事を思い出していると。 「ふうー。ねえねえ、なんだったんだろう、あれ」 左隣の、先生にボールペンを貸してくれた菊井さんが身を乗り出して話しかけてきた。 右隣の子も僕の腕を軽く叩いて話しかけてきた。 「私トイレ行きたくなったんだけど、どこにあるか知ってる?」 「そこのドアを出て、廊下を右に少し行ったら、奥まった所にトイレがある…」 あまり詳しいと怪しまれるか。 「…って矢印が出ていた」 「ありがとう」 右隣の子はそう言って立ち上がって、ドアの方に向かった。座っている時には 気付かなかったけど、割と背が高い。といっても、スポーツやってそうな子ほど ごつくないし、顔も普通に可愛いけど、でも年下って感じがしない。 そして同じ制服を着ているから、同級生のように思ってしまう。 「ねえねえ、なんであんな変な話し方するの?」 騒がしくなったホールの中で、隣の菊井さんが顔を近づけて話しかけてくる。 同じ制服の背の高い子の次に、同じ制服の幼い顔の女子中学生を見て、この子も 同級生なんだ、そう思ってドキっとする。 「えっと、だって、芝居だし…」 「でもテレビじゃあんな話し方しないしー」 「それは、その、あれ、ヨーロッパの、王様、王子様が出てくる…」 「おとぎ話でもあんなのはないよー」 「ほら、時代劇だから」 「ああ、時代劇ね、それなら分かる」 「時代劇っていつ?」 菊井さんのさらに隣の子が話しかけてきた。 「えっと、1600年くらい。いや、シェークスピアが書いたのが1600年 くらいで、お話はもっと昔、1200年くらい」 「関ヶ原の戦いの頃に、鎌倉時代の時代劇を書いた、くらい?」 「まあ、そんなところ。あれ?伝説だったっけ?」 「え?徳川家康が時代劇を見てたの?」 後ろの方からそんな声が聞こえた。 「戦国時代には源平合戦を題材にしたものがたくさんあったし。織田信長も 徳川家康も見てるよ」 「へえ」 「白吹さんも木村さんも物知りだねー」 しまった。またべらべらしゃべっちゃった。でも知らんぷりする訳にもいかないし。 それに白吹さんという人も色々話しているから、同じ程度だと思われてるなら、 別にいいか。頭のいい中学2年生と同じ程度と思われて安心するのも変だけど。 「でもさー、なんか変な事もたくさん言ってたよね」 「『この世にあるべきか、あらざるべきか、それが問題だ』?」 「気が狂った振りして言ってるんだろうけどー」 「あそこは違うと思うけど」 「『客を無理やり笑わせる奴がいる』って何?」 「『自ら笑い出して、客に無理やり笑うよう仕向ける奴がいる』?他の劇団の役者に 対する皮肉じゃないのかな?シェークスピアの」 「なにそれ、400年前にそんなお笑い芸人がいたの?」 「いたんじゃないのかなー」 「二人で楽しそうに難しい話をしてー」 頭良さそうな女子と僕の間にいる幼い顔の菊井さんが、ふくれっ面をした。 しまった、頭の良さそうな女子に乗せられて色々しゃべっちゃった。僕はこの芝居が 終われば逃げ出すけど、僕がみんなとこんなにおしゃべりをして覚えられたら、 木村さんが困るんじゃないだろうか。でも、自分が隣のコンサートを見たくて、 それで僕に代わりの頼んだのだから、彼女自身のせいではあるけど。 そう思っても、この芝居が終わって逃げ出すのが申し訳ない気持ちになってきた。 「飴あげるね」 後ろの席の女子が、前に座っている僕たちに飴をくれた。 「あ、ありがとう」 飴を口に入れる。なんだか本当に同級生のような気持ちになってきて、みんなの 中から僕が突然いなくなるのが寂しい事のように思えてきた。転校生の気持ちって こうなんだろうか。 「だいたいさー、いくら父親の復讐のために狂った振りをしているからって、 女の子にあんな下品な事をする?」 菊井さんが熱弁している時に、背の高い子が戻って来た。 「トイレがすごく並んでて、時間がかかっちゃった。休憩時間が終わっちゃう んじゃないかと思った」 といいつつ、飲み物を手にしていた。 「私、あんなのきらーい。あの女の子も、なんであんな奴を好きそうにしてるの?」 「じゃあ誰ならいいの?」 頭良さそうな子が菊井さんに尋ねた。 「うーん。あの女の子のお兄ちゃん」 「そうねえ」 「わたしは幽霊。あの人がいい」 後ろの子がそう言った。 「幽霊?」 「だって、あの人なら王様って感じがするし」 「ああ、それはあるかも」 「なんの話をしてるの?」 トイレから戻って来た背の高い女子が尋ねてきた。 「登場人物の男性の中で誰がいいかって話」 菊井さんが答えた。いつの間にそういう話になっていたんだろうか。 「そうねえ。やっぱ主人公かな」 「えー?」 「なんかさ、すっごく積極的でさ。ああいうのいいよね」 「そう?木村さんは?」 菊井さんは僕にも聞いてきた。男性の中で誰がいいか?どうしよう。そんな事は 全然考えてなかったので、ちょっと慌てた。 「ぼ、私は……私も、幽霊さん、かな?」 クローディアスの怪演が素晴らしい、とか答える訳にもいかず、そう答えた。 「幽霊さん、意外と人気あるね」 幽霊さんは出番は少なかったけど、確かにうまかったから、いいか。 「まもなく第二幕が始まります。お席についてお待ちください」 「あ、始まる」 菊井さんが前を向いた。 「全部飲みきれない。これあげる」 背の高い子が、僕の前に飲みかけの紙コップを差し出した。一瞬迷ったけど、 ちょっとのどが渇いてたし、もう時間がないし、受け取ってしまった。 「あ、ありがとう」 女子中学生の飲みかけと思うとドキドキした。でも、背が高くて同じ歳のように 見える、同じ制服を着た同級生に思える子、いや思える子じゃなくて、 本当の同級生がくれた飲みかけなんだ、そう思って一気に飲んだ。