僕の名前は橋本隆志、東尾市立東尾中学の1年生でした。 でもそれは今年の1月までの事です。 今年の1月、東京に引っ越す時に、全てが変わってしまいました。 僕には妹がいて、美奈という名前です。僕より2つ年下なのに、 小学4年頃から僕とほとんど身長が同じでした。 小学生5年くらいまで、双子と間違われる事もしばしばありました。 でも僕が6年、美奈が4年生の頃になると、親戚からも 「美奈の方が大きいんじゃない?」 「美奈ちゃんの方がお姉さんに見えるね」 と言われるようになりました。 確かに妹の方がちょっぴり背が高かったみたいです。 でもそれ以上に、顔つき、話し方、そういうのが、 なんだか大人びてきたのです。 全然知らない人なら、ほとんどが美奈の方を「お姉ちゃん」、 時には「お兄ちゃんかな?」なんて言う人もいました。 全然知らない人に「僕の方が兄です」だなんて、 恥ずかしくて言えませんでした。 僕自身さえ、美奈が上級生に見える時があったんですから。 美奈の方も良く分かってて、学年の話は適当にごまかして、 知らない大人達が話しかけてくるのを、美奈が全部答えてくれました。 とても堂々とした受け答えでした。 そんな美奈を見れば、誰だって美奈を姉だと思うでしょう。 そして、美奈が僕を見る目つきも、なんだか僕を子供を見るような、 僕を見下すような、ちょっと勝ち誇ったような目でした。 美奈が僕を見下すような目で見ていたのには、理由がありました。 美奈はとても頭が良かったのです。 僕が6年生になる前後くらいから、僕の教科書や宿題を持ち出して、 勝手に解いてしまったりしていたのです。 最初のうちは、美奈が宿題を全部やってくれるので喜んでいました。 夏休みの宿題も美奈が全部やってくれました。 でもその代わりに、僕の学校でのテストの点数が悪くなりました。 悪い点数なのでランドセルの奥に隠していたのですが、 美奈が宿題を取り出すためにランドセルの中身を全部取り出すので、 美奈には見つかってしまいます。それを見て、にこやかな顔をしながら、 「おにいちゃん、こんな点数取るなんて、しょうがないなー。 多分、私の方がもっといい点数を取れちゃうよ? ほら、ここの間違い、私なら答えがすぐ分かるな。 私がおにいちゃんの代わりにテストを受けてあげたいくらいだよ」 と、嬉しそうに、僕を馬鹿にしたような顔で言うのです。 一応『おにいちゃん』とは言うのですが、まるで僕が同級生か 下級生であるかのように言うのです。 背も高くて、自信に満ちて勝ち誇った、嬉しそうな顔で僕を見下ろす 美奈を見ると、美奈が背の高い同級生か上級生に見えてしまいます。 馬鹿にされたくないので、テストを学校の机の中に入れたままにした事も あったのですが、僕が学校から下校した後、僕のクラスの教室に美奈が入り、 そのテストを持ち帰ったのです。 「点数悪いからって、隠すのはいけないよね。おにいちゃん」 まるで僕の方が弟のように、僕の事を叱るように、そんな事を言うのです。 僕が中学生になっても、それが続きました。 中学校になると、学年で何番目という結果が出てくるので、 親にもばれてしまいます。そこで、わざわざ美奈は 「おにいちゃんの成績、悪いよねぇ。私より出来ないんじゃないの? 私が教えてあげようか。いっそ学年を交代しちゃわない? 私が中1、おにいちゃんが小5。そっちがいいよ」 などと親の前で言うようになったのです。 美奈はそういう事を軽く言ってしまうので、両親も笑いながら 「そうした方がいいかもね」と気楽に言っていました。 でも美奈は、笑っていても本気で言ってるのです。 言われるたびに僕は胸が締め付けられました。 そしてテストのたびにそのやりとりがあるのです。 そのたびに美奈が、ますます上級生のように見えてくるのです。 中学1年の2学期になってから、父が1月に転勤する事が決まりました。 3学期から転校する事になったのです。 ちょうど、2学期始まってすぐにあったテストの結果が出た時でした。 その結果を見ながら美奈は、 「1月に転校するんだしー、思い切って学年を交代しちゃおうよ、おにいちゃん。 その方がおにいちゃんのためになるよ。私は中学1年でやっていける自信あるし」 と言い出しました。両親は 「出来たらいいわねぇ」 などとのんきに言っていました。でも僕は、美奈が本気で言ってるんじゃないか、 と不安になりました。 「そんな事出来る訳ないよ」 「転校する時に、入れ替わればいいだけだよ。私が新しい中学校に、 おにいちゃんの代わりに通う。おにいちゃんが新しい小学校に、私の代わりに通う。 それなら誰も気付かないよ。簡単簡単。」 「ぼくの代わりって、男子として通うって事?」 「うん、私はそれでもいいよ」 「じゃあ、僕は女子として通うって事?」 「そうなるね。おにいちゃんにはそっちが似合ってるんじゃない?」 などと言うのです。お母さんは 「美奈は、男子の方があってるかもね、気が強いから」 などと言います。僕はちょっと焦りました。もしかしたら、 本当にそうさせられるかも知れない。 「美奈がいきなり中学生なんて無理だよ、中学校なんて全然知らないんだし」 と、ちょっと必死になっていいました。 「大丈夫だと思うけどなー。私の事、そんなに頭悪そうに見える?」 自信満々に美奈は言うのです。 「無理があるんじゃないかなあ」 数日後、美奈は一枚の紙を持ってきました。 「引っ越す先のすぐそばに、私立中学校があるんだって。入試が一番難しい所だって」 「へ、へえ」 「転校するにも試験があるんだけど、これに合格したら、私が中学生になっても大丈夫でしょ?」 「う、うん…」 その紙を見ると『募集人員:2名程度』と書いてありました。 たった2人しか合格しない試験って事なのかな。 「じゃあさ、私がお兄ちゃんの代わりに、この一番難しい有名私立中学の試験を受けて、 合格したら、私がそのまま中学生。それなら文句ないでしょ」 「う、うん…」 一番難しい中学で、合格するのが2人だから、さすがの美奈でも無理じゃないかな。 「その時は、おにいちゃんが小学5年生だよ」 「うん…」 「じゃあ、私、受験するからね、おにいちゃんの名前で」 美奈に言われるままに、今通っている中学校に書類を作ってもらいました。 その書類を先生から受け取り、家に帰ると、僕の部屋にしらない男の子がいました。 「おにいちゃん、おかえりー」 良く見ると美奈でした。髪の毛をすごく短くした、美奈でした。僕の服を勝手に着ていました。 「お母さんに、『おにいちゃんかと思った』って言われちゃった」 確かに僕に似ているかもしれません。でも僕より背が高くて、上級生に見えるから、 そこまで僕とそっくりとは……僕の方が子供っぽいって事なのかな… 「おにいちゃん、もう書類できたんじゃない?」 「あ、うん、今日貰ってきた」 カバンから取り出して、美奈に渡しました。多分、僕が中学1年生だという証明書です。 なんだか、中学生の僕を、美奈に渡しちゃったような、そんな気持ちになりました。 これで、僕と美奈はもう交代しちゃったんじゃないか、そんな気になりました。 「それとー、その制服、貸して欲しいんだけど。上着だけでいいけど」 「え、なんで?」 「写真撮らなきゃいけないの。やっぱり制服着て撮った方がいいよね?こういうの」 「うん、確かにそうかも」 仕方なく、制服を脱いで、その場で美奈に渡しました。 「じゃあ、そこのスーパーにある機械で撮ってくるから」 そう言って、僕の制服を持って美奈は出かけていきました。 数日後、美奈が僕の部屋に来て、嬉しそうな顔で1枚の小さな紙を見せました。 「受験票が届いたの、おにいちゃんにちょっと見せたいかな、っと」 『橋本隆志』と僕の名前の名前が書いてあって、その下に、僕の制服を着た美奈の写真。 写真の横にハンコが押してある。中学の男子制服を着た美奈の名前欄が『橋本隆志』。 「私がこの試験に合格したら、交代、だよ」 美奈が僕の代わりに中学生になる。美奈の写真に僕の名前が書かれた受験票を見て、 自信満々の美奈を見て、なんだか本当にそうなるような気がしてきました。 そうなれば、僕は美奈の代わりに、小学生になる… 冬休みの前から引越しの準備をして、冬休みになってすぐに引っ越しました。 すぐにお正月なので、とりあえず荷物を運んだだけです。 服など必要なものだけ取り出して、タンスや引き出しに入れているだけです。 御飯も作れる状態ではないので、お母さんと美奈が買い物に行きました。 二人が帰ってすぐに、僕の部屋に美奈が来ました。 「おにいちゃん、もうすぐご飯」 「うん」 「それとー、商店街を歩いてて気付いたんだけど、ここの公立小学校って、 制服があるみたいだよ」 「へえ、そうなんだ。そんな小学校あるんだ」 「もし私が、私立中学の試験で不合格だったら、私があれ着なきゃいけないのかー。 やだなー。あんなの着たくないよ。試験がんばろーっと。 私が合格すれば、私は私立中学の制服で、おにいちゃんが小学校の制服だね。 おにいちゃんの方が似合うよ、うん」 「そうかな……女子の制服、のこと?」 「そうだよ。私が合格すれば、私が男子の制服、おにいちゃんが小学校の女子制服。 逆になるかもしれないけど、決まったら、写真撮ろうね」 「うん…」 その日の夜、美奈が僕の部屋にやってきました。 「おにいちゃん、制服貸して」 「え?」 「明日が試験だから。こういう時も当然、制服だよね」 「う、うん」 タンスから制服を取り出して、美奈に渡しました。 「おにいちゃんの制服じゃ、私に小さいかな?上着は写真撮る時に着たけどー」 美奈がいきなり、僕の前でズボンを脱ぎました。服を脱いだ美奈は、ブリーフ姿でした。 短い髪で、ブリーフ姿の、背の高い美奈を見て、ショックを受けました。 体育で着替えている時の、背の高い同級生の男子と何も違わない。 女子が見たら、かっこいい、とかいいそうな、そんな感じでした。 「そのパンツ…僕の?」 「うん、1個もらっちゃった。でも試験に合格したら、全部もらうんだし」 そう言いながら僕の制服を着ました。 「まあ、ぴったりくらいかな?」 僕よりずっと中学の男子制服が似合っていました。ショックでした。 「じゃあこれ、明日着ていくから」 そういって、僕の制服を着たまま、部屋を出て行きました。 翌日、美奈は僕の制服を着て出かけて行きました。 中学校の男子制服を着て出かける美奈に、全然違和感がありませんでした。 僕の名前が書かれた受験票を持って、僕の制服を着て、出かけていく。 これからずっとそうなるような気がする。 じゃあ僕はなんだろう?美奈の代わりに小学生になるのかな? 夕方、美奈が帰ってきました。すぐに僕の部屋にやってきました。 「結構難しい問題ばっかりだったなー」 「あ、美奈、おかえり……どう、だった?合格発表って、いつ?」 美奈は何も言わないで椅子に座り、紙袋をひとつ取り、中から紙を1枚取り出しました。 『橋本隆志 転入を認める』 ほとんど白い紙の真ん中にぽつんと書かれていた。 「えっと、つまり、これは…」 「僕は、合格した。約束通り、僕は、1月の始業式から私立中学に通う」 「じゃあ僕は、美奈の代わりに、小学校に…」 「美奈の代わりじゃない」 美奈は僕の頬を軽く叩きました。 「きみが、『美奈』。きみが、美奈が、小学校に通うのが、当たり前だろ?」 もう1回、僕の頬を軽く叩きました。 「自分の名前を言えるかい?言ってごらん」 「はしもと……みな?」 「ちゃんと言えるね。じゃあ美奈、自分の部屋に戻っていいよ」 「でも、まだ片付けが…」 「これは僕の物。僕が片付ける。美奈は自分の部屋で、美奈の物を片付ける」 「え…と…」 「それより美奈、僕の服を着てるなんて変だよ。自分の服に着替えてきなさい。 それに、こんな短い髪じゃ男みたいだよ。転校したクラスでいじめられちゃうぞ。 早く伸ばした方がいいね」 「それは…」 「ほら。僕は、私立中に合格したから、今からお母さんにいろいろお願いしてくる。 ほら、僕の部屋から出て」 美奈に手を引かれて廊下に出ました。 「美奈の部屋はこっち。ほら」 美奈の部屋に押し込まれました。 「早く着替えて、それ返してね」 そう言って美奈はドアを閉めました。しばらくぼーっとしてましたが、 しばらくして美奈とお母さんの話す声が聞こえてきて、我に返りました。 今日から、僕が美奈……着替えないといけない……。 とりあえず服を脱ぎました。自分の着ているブリーフを見て、これも脱がなきゃ いけないのか、としばらく考えました。とりあえずタンスを開けると、美奈の、 女の子用の下着がありました。ブリーフを脱いで、ゆっくりそれを着ました。 ブリーフとちょっと違う感触です。これから毎日これなのかな。 肌着も、ちょっとフリルが付いたものに着替えました。自分が着た下着を見て、 『今日から僕は、美奈なんだ』と何度も頭の中で言いました。 美奈が今まで着ていたのは、男の子っぽい感じの服が多かったので、 それはあまり違和感なく着れました。でも下着が今までと違うので、 下に隠れていても、ちょっとドキドキしてしまいました。 「……大丈夫だって……僕が、合格したの!……」 二人がこっちにやってくる足音がしました。 「隆志、本当にいいの?」 「隆志は僕、こっちが美奈!」 「いいの?」 「う、うん……約束だし……」 「いいなら、いいけど。もう時間だから、ご飯にしますよ、たか…」 「こっちは美奈」 「はいはい、美奈、もうご飯にしますよ」 「はい…」 「あ、脱いだんだね、持っていくね」 僕がさっきまで着ていた服を、美奈が全部持っていきました。 「本当にみ…」 「隆志」 「あなたはそういう強情なところがあるから……男子中学校がお似合いかな?」 「当たり前じゃん」 「じゃあ、あなたは、小学校からやりなおし。ちょうどいいかな」 その夜、美奈の下着とパジャマを持ってお風呂場に行きました。 お風呂からあがると、美奈の下着とパジャマを着ました。 そして、美奈の部屋へ「戻り」ました。 机の上に本が何冊かありました。美奈が買った本でしょう。 女の子向けの本のようです。少し読んでたら眠くなってきたので、 美奈のベッドに寝転びました。 服から何から、全て美奈の物で囲まれたベッドで寝ました。 名前も、『美奈』です。とても居心地が悪かったです。 でも明日からずっと、僕は『美奈』だから、美奈の物を着て、 美奈の物を使うしかありません。 そしてその翌日。 「美奈?起きてる?」 「え、うん」 「転校先の中学校の制服買いに行くんだけど。美奈も小学校の制服を買わないとね」 「そ、そうかぁ」 「一緒に行こう。……でも、美奈は男の子みたいだから、女の子らしい恰好して いかないと、男子の制服を買わされちゃうぞ」 「え、そ、あ」 「スカートは持ってないかなあ。でも可愛い絵が付いた服でも着れば、女の子に見えるかな」 タンスを開けてひとつ取り出しました。 「これならジーパンでも、女の子に見えるよ」 子犬の絵が描かれたトレーナーを渡されました。 「うん…」 「着替えたらすぐに玄関にこいよー」 「うん…」 美奈が部屋から出ていきました。しばらくトレーナーの絵を見ていましたが、 仕方ないのでそれを着て、美奈のズボンをはいて、部屋から出ました。 玄関では僕の服を着た美奈が、僕の靴をはいて待っていました。 僕は美奈の靴を取り出してはきました。 「それじゃ、行こう」 商店街まで数分、美奈と並んで歩きました。 僕の服を着て、男子中学生にしか見えない美奈と、 服も下着も靴も美奈の物を身につけていえる僕と。 美奈は嬉しそうな顔をしています。試験に合格して中学生になれたんだから、 嬉しいのは当然だとは思う。僕の服を着て、僕よりも中学生らしく見える。 その代わりに僕は美奈の服を着て、女子小学生になる。 美奈の代わりに今更小学校に、しかも女の子として通う。 それは恥ずかしい。けど。 『美奈の代わりじゃない。きみが、『美奈』。』 昨日そう言われた。美奈の代わりじゃなくて、美奈。 でも着ている物は全部美奈のもの。 商店街の中に入って、数軒目で立ち止まりました。 ウィンドウに様々な中学校や高校の制服、そして色々な小学校の制服が展示されていました。 「美奈が着るのは、これだよ」 白く丸い襟と、紺色の上着とスカート。中学校の女子の制服とちょっと似てるけど、 それよりも、子供っぽい感じ。やっぱり小学生が着るものという感じ。 「僕が、これを?」 「美奈、『僕』はやめた方がいいと思うな。学校でいじめられるよ」 「……わたし…が、これを着る?」 「そうだよ。ちなみに僕はこっち」 形は普通の学ランだけど、ちょっと変わった色でした。 美奈に手を引かれて、店の中に入りました。 「ごめんくださーい」 「はーい」 奥から店員さんが出てきました。 「えっと引っ越してきて、ここの転入試験に合格したんですけど」 「おやまあ、それはすごいわね。それではちょっと測らせてね」 店員さんが測って、メモを取ります。 「住所をここに書いてね。お正月を挟むから、始業式に間に合うかどうか分からないけど」 「あ、そうですか。えっと、あと、こっちの妹も」 「お嬢ちゃん、小学生?そこの公立小学校へ?」 『お嬢ちゃん』と言われてちょっと胸が締め付けられるような思いをしました。 「は、はい」 もう一人の店員さんが、メジャーで僕のサイズを測りました。 最初の店員さんがガラスケースからブラウスを取り出します。 その白いブラウスは丸い襟が大きく、子供っぽく感じました。 店員さんは綺麗に包装されたブラウスを、ナイロンから拡げて私の背中に当てました。 「このサイズでいいかしら?成長期でしょうから、ワンサイズ大きい方だけど」 「はい、それでいいです」 次に店員さんはスカートを手に持ってきました。 「あちらの試着室で、1度穿いてみて」 僕はスカートを受け取り、店員さんに背中を押されて試着室に入りました。 スカートをはかなきゃいけない。やっぱりショックでした。 でも今はお店の中、ゆっくりなんかしてられません。 ズボンを脱いで、制服のスカートに脚を通します。 あっと思いました。腰の部分に紐がついているのです。 引っ越す前の中学の近くにあった幼稚園の園児の服を思い出しました。 多分肩にかける紐です。 吊り紐は、前はまっすぐ肩に伸びていますが、後ろは交差しています。 前の部分に、紐の長さを調節する金具がついています。 左腰のファスナーを上げ、ストッパーでウェストに合わせました。 カーテン越しに店員さんの声が掛かりました。 「いかがですか。穿けましたか?」 「はい。」 カーテンを開きました。僕のスカート姿を、店員さん、そして美奈に見られます。 店員さんがサイズをチェックするために、僕の腰を触ります。 「ウェストはこの位でしょう。ストッパーにも余裕がありますから、 6年生になっても大丈夫ですよ。裾の長さはどうしますか?」 そう言って店員さんは物差しをスカートにあてました。 「もう少し短い方が小学生らしいかしら」 「は、はあ…」 そんな事聞かれても分かりません。 次に店員さんは上着を持ってきました。 「お嬢ちゃん、これも着てみて」 僕は店員さんに言われるままに、上着の袖に腕を通しました。 その襟のない紺色の上着はダブルボタンで、左右にボタンを留める穴がありました。 どうも男女兼用のようです。 右前にしてボタンを留めると、やや大き目のサイズでした。 「少し大きめですが、動き安さからいってこのサイズが良いと思いますよ。」 「はい…」 「他にベストや、セーターもありますが。校内では上着を脱いで、 ベストやセーターを着ることが多いですよ。これからまだ寒いですし」 「はい、それじゃあ、セーターを…」 「制帽やハイソックスもお揃えになられますか?」 「校則で必要な物なら…」 「えーと、それではこれだけですね」 店員さんが大きな箱に入れ始めました。僕は試着室のカーテンを閉めて、 スカートを脱いで、美奈のズボンをはきました。 外に出ると、美奈は支払いをしていました。店員さんから大きな箱を渡されました。 「はい。ありがとうございました」 大きな箱を持って家へ向かいました。 箱には「School Uniform」と大きく書いてあるだけで、他には絵が描いてあるだけ。 それでも美奈の服を着て、女子の小学校制服を持って歩いている、 それだけで恥ずかしい気持ちでした。 「美奈、帰ったら着て見せてよ。僕の制服はまだだから記念写真は撮れないけど。 とりあえず前の中学の制服でいいかな?着替えたら、僕の部屋に来て」 「うん…」 美奈の部屋に戻って、買ってきた制服をしばらく眺めてました。 でもいつまでも行かないと、また美奈が呼びにくるだろうから、 着替えるために美奈の服を脱ぎ、下着だけになりました。 ブラウスを取り出して眺めました。襟が大きく丸いだけでなく、 全体の形や袖の形がどことなく女子の制服、という感じです。 真新しいブラウスの袖に腕を入れ、ボタンを閉じました。 男子のカッターシャツに比べて、丈がかなり短くなっています。 近くの鏡に写る自分を見て、もうこれだけで幼い女子の服を着ているんだと実感しました。 スカートを広げ、足をスカートの中に入れ、紐を肩にかけて、腰のファスナーを上げました。 スカートをはいてしまいました。あとは靴下と上着。 ウィンドウにあったのと同じように、丸い襟を外に出しました。 多分これで完成です。だから、美奈の所にいかないといけません。 でもそのためには廊下に出ないといけない。お母さんに見られたらどうしよう。 ドキドキしながらドアを静かに開けて、廊下を見ます。誰もいないようです。 ゆっくりと、僕の部屋だったところに向かいます。なんとかドアの前に立ちました。 僕の部屋だったところです。だけど、もう勝手に開けてはいけない、はず。 どうしたらいいんだろう。美奈を呼べばいいのかな。でも『美奈』って呼んではいけない。 『隆志』も変。なんだろう。美奈は僕を『おにいちゃん』と呼んでたから、 僕は美奈を『おにいちゃん』と呼べばいいんだろうか。えっと…だから… 「お…にいちゃん…」 と言った時にドアが開きました。 「あ、美奈、来てたんだ」 僕の制服を着た美奈が立ってました。僕よりずっと男子中学生らしい姿の美奈が。 そう、美奈の方が… 「…おにいちゃん…」 「なんだい、美奈。中に入って。お母さん呼んでこようか?」 「え、そんな」 「お母さんは、僕の制服が届いてからでいいかな。そこに立ってて」 美奈が指差したところにとりあえず立ちました。 「これのタイマーってどうするのかなぁ、うまく撮れるのかなぁ」 なにやらいじった後、机にそれを置いて、僕の横にやってきました。 「肩に手なんて置いてみたりして」 じーーー、ばしゃ。カメラみたいな音がしました。 「どうかな………へへへ、よし。美奈、見てごらんー」 小さな画面に、僕の制服を着た美奈と、さっきお店のウィンドウで見た制服をきた僕が、 並んで写ってました。美奈って僕よりも、こんなに背が高かったんだ。 誰が見ても、美奈の方が『おにいちゃん』。 その横にいるのは、子供っぽい女の子の制服を着た僕。 「美奈、似合ってるぞー。でも、もうちょっと女の子らしい髪型の方がいいかな」 似合ってるかどうか、分からない。髪が短くて、男の子が女子の制服を着ている ようにも見える。だけど、この制服を美奈が着るなんて考えられない。 美奈には僕の制服の方が似合っている。逆を着るなんて絶対に変。 美奈は中学生の男子。それじゃ、やっぱり僕が着るのはこっちなのかな。 「ありがと、美奈。自分の部屋に戻って、着替えていいよ」 僕は僕の部屋だったところを出て、美奈の部屋に戻りました。 さっき脱いだ服を手にとって、しばらく見ていました。 また美奈の服を着るのか。 そう思うと、今着ている、子供っぽい女子の服の方が、まだマシに思えてきました。 この制服だけは美奈の服じゃない。僕のために、僕に合わせて買った、自分の服。 美奈が着た事がない、美奈が着る事もない、自分だけの服。 部屋の中全部が美奈の物だった部屋で、この制服だけが、自分のもの。 そう思うと、このままこの制服を着ていたい気分になってきました。 でも部屋の中でこの制服を着続けるのはちょっと変な気もするし、 お母さんに見られるのもちょっと嫌だし。 仕方なく脱いで、さっき脱いだ美奈の服を着ました。 全身美奈の服で囲まれました。美奈の代わりじゃない、でも全部美奈の服。 どうしても落ち着かない気分でした。 お正月にお年玉を貰って、その夜色々考えました。 そして次の日。美奈の服を着て、僕の部屋だったところのドアの前に立って、 ドアを叩きました。 「なーにー」 ドアが開きました 「お、おにいちゃん…」 「なんだい、美奈、どうしんだ?」 僕を見下ろす、中学生らしい顔の美奈。 「あ、あの、お願いがあるんだけど…」 「どうしたのかな?」 「あ、あの、わ、わたし、やっぱり、おんなのこらしい服がいいかな、 って思って。お年玉貰ったから、それで買いに行こうかなって思ってるんだけど」 美奈がにっこりと微笑みました。 「いいんじゃない?制服だけじゃなくて、普通も女の子らしい服を着るのも」 「わ、わたし一人だけで行くのもちょっと、あの」 「そうだね、まだ小学生だもんね。いいよ、一緒に行ってあげる」 「あ、ありがとう、おにいちゃん…」 そして美奈と一緒に、近くのスーパーの子供服売場に行きました。 どんな服がいいのか、全然分かりませんでした。 だから、店頭に飾ってあるのを見て、それで選びました。 でも、美奈が着ていたような服は避けました。 美奈が着てなかったような服、それは女の子っぽい、スカート、フリルがついたもの、 ピンク色や可愛い絵柄が大きく描かれた服。そういうのを選びました。 下着も、美奈が持ってなかったような、色んな色で可愛い絵が描かれた物を選びました。 「へえ、そういうのが好きなんだ」 「へ、変?かな?」 「美奈なら似合うと思うよ」 別に好き嫌いで選んでるわけではなく、美奈と違う、自分の服を買いたかっただけなのです。 美奈の服ではなく、自分の服を。 次の日から、出来るだけ美奈の服を着ずに、自分が買ってきた服を着るようにしました。 フリルが入ったシャツに靴下、ピンクのパーカー、それにスカート。 それを着て、朝ごはんを食べました。 「あ、あら、た……美奈、そういうの、買ってきたの?」 「うん」 「そんな女の子みた……女の子、の服、よね」 「うん」 お母さんは戸惑ってるようでしたが、昨日まで美奈の服で全身おおっている時よりも、 僕はずっと楽でした。全部自分で買ってきた、自分のための服だから。 そして始業式の日。 美奈の中学校の制服はなんとか前日に届きました。 僕が着ていた制服ではなく、美奈の新しい中学校の制服を着ていました。 僕も、自分の小学校の制服を着て、お母さんの前で、朝ごはんを食べました。 「お母さん、せっかく二人とも新しい制服なんだから、写真撮ってよー」 「はいはい。み……隆は、大丈夫だと思うけど、美奈…は、本当に大丈夫?」 「うん、大丈夫」 美奈とお母さんの三人で一緒に玄関を出て、しばらく一緒に歩きました。 美奈が通う中学校は本当にすぐそばでした。 美奈は、同じ制服を着た男子中学生の中に混じって、校舎の中に入って行きました。 そして僕は、同じ制服を着た小学生の中に混じって、小学校の校舎に入って行きました。 「橋本美奈ちゃんね、よろしく」 担任の先生は優しそうな感じの先生で、ちょっと安心しました。 「よろしくお願いします」 「これが名札です、ちゃんと付けててくださいね」 『中七条小学校 5年2組 橋本美奈』 これも、美奈のものではなく、僕だけが付ける、自分の名札です。 中七条小学校5年2組の橋本美奈、これが僕です。『美奈の代わりじゃない』のです。 先生に連れられて教室に向かいました。 「ここでちょっと待っててね」 先生が教室に入りました。 「はーい、静かに。おはようございます」 「おはようございます」 「3学期が始まりましたが、まずは新しいお友達を紹介します」 教室が騒がしくなりました。 「はーい、入ってきて」 つい2週間ほど前まで中学校に通っていた僕から見れば、子供っぽい顔が並ぶ教室。 でも、女子はみんな僕と同じ制服を着ている。 美奈が撮った写真の僕と、そんなに変わらないような気もしてきた。 「橋本美奈です。よろしくお願いします」 「じゃあそこの席に座って」 小学5年生の中の席に座りました。この小学校も、美奈が通った事がない、 この席も、美奈が座った事がない、自分の席です。 「美奈ちゃーん、ねえねえ、前はどこに住んでたの?」 近くに座っている女子が話しかけてくれました。この人たちも、美奈の友達じゃなくて、 自分の友達。これから仲良くしていく、自分だけの友達。 「東尾ってところ」 「名前は聞いたことあるー。よく知らないけど」 「どこに引っ越してきたの?」 「うーんとね、この小学校からは、割と近いところ」 「そのうち遊びにいっていい?」 「うん、いいよ」 「ねえねえねえ、どんな漫画読んでる?」 「漫画は……あんまり読んでないけどー、何か面白いのある?」 「少女スペシャルの『NOVA』が面白いよ、絶対に面白い、はまるって」 「またそれ言ってるー」 「本当に面白いんだってば。ね、美奈ちゃんも読もうよ」 「それよりファッションチャンピオン読もうよ、そっちがいいって」 「またそれ言ってるー」 「だっていいんだもん、ね、美奈ちゃんも読もうよ」 「うん、読んでみる」 教科書も、ノートも、漫画も、雑誌も、自分の物が増えそうです。