私は鈴木明美。この4月、小学5年生になる時に引っ越すことになりました。 私は公立小に転校するのだと思ってたのですが、引越し先の近くに私立の鎌田 女子短大付属小学校というのがあって、おばが良く知っているらしく強く勧め ていたので、そこの転入試験を受ける事になりました。  転入試験はとっても簡単でした。でも面接がありました。 面接の部屋に入ると、先生らしき人達が 「ん?君が鈴木さん?違うの?合ってる?4年生にしちゃ随分大きいね」  こういうのが一番きらいなんです。確かに私は160cm近くあって、胸も 大きくて、よく中学生や高校生、時には大学生に間違われるんです。それは別 にいいんです。日曜日にはお母さんの服をこっそり借りて、わざと大人っぽい 恰好をしてファーストフーズ店でOL気取りで座ってるのが楽しいし、そうい う事が出来るこの身長は満足しているんです。  でもこうして「随分大きな小学4年生なんだね」って言われるのはちょっと いやなんです。  そんな事があったけど、とにかく転入試験は合格。私はちらっとしか見てな いけど、この小学校には制服があるみたいなので、その制服を買いに制服店へ お母さんと出掛けました。  ウィンドウに様々な中学校や高校の制服、そして色々な小学校の制服が展示 されていました。どの制服だったかな?  お店の中には結構お客さんがたくさんいました。中学生か高校生くらいの人 達がいくつか列を作っていました。小学生は私だけみたい。 「あら、一番忙しそうな時に来ちゃったわね」 とお母さんはちょっとうんざりした顔。お母さんが 「鎌田女子短大小の制服が欲しいのですが…」 と近くにいた店員さんにいうと、忙しそうな店員さんが 「鎌田…あちらの列に並んでください」 と言いました。その列は、高校生というよりも大学生くらいの人達が何人か並 んでました。中学生や高校生の列じゃなく大学生の列に並んだみたいな気分で ちょっと嬉しい。混んだ日に来てよかったな。  列が進んで私の番になると、お母さんが「鎌田女子短大付属小なのですが」 と言ってる最中に店員さんは書類に何やら書き込み、別の人がメジャーでさっ さっさっと測って、 「十日ほどでお届けいたします、こちらにご住所を」 と言われて、お母さんがそれを書き込み、お金を払って、混雑する店から出て きました。 十日後、制服が届きました。さっそく着てみると、意外と大人っぽいのです。 さすが私立だけあります。お母さんは 「普通の小学生が着れば小学生らしく見えるのよ、あなたが老けてるのが悪い のよ」 なんて言ってるけど、私は大満足。おまけに靴はちょっとかかとの高い革靴、 それにパンストまでおまけで付いてきている。さすが私立、いやな思いをして 面接受けた甲斐があったわ。  そして4月。始業式の日に学校へ行きました。道で何やらたくさんチラシを 貰いました。「ラクロス部・部員募集」とか「テニスサークル会員募集」とか 「アルバイト情報」とか。お母さんは 「それは短大生向けのでしょ?」 と変な顔で見るけど、私にくれたんだもん、私がもらうの。  お母さんは仕事があるので、一緒に来てくれたのは門まで。門に立ってた人 に「あっち」と言われた方向に進むと、どうも短大生ばかりの場所に来ちゃっ たみたい。短大生と思われて短大の方に案内されちゃったかな?私は嬉しいん だけど、時間に遅れちゃう…。と思っていたら、何やら机が並んでいて、 「お名前は?」 と聞かれたので 「鈴木明美です」 と答えると 「す、す、すずき…はい、この中に学生便覧とシラバス、受講申請書が入って ます、ガイダンスでも必要ですから全部持って来てください。写真はお持ちで すか?」 「いえ…」 「そこのインスタント写真で撮ってもらい、これと一緒にあちらの学生証手続 きの机に提出してください」  言われるままに写真を撮ってもらった。写真代五百円。千五百円しか持って ないのに。写真を書類と一緒に出して、奥の講堂らしい所に入ってみんなと一 緒に座席に座った。しばらく待つと、幕が上がって「鎌田女子短期大学入学式」 という幕。私、やっぱり短大の方にきちゃったんだ。でもちゃんと私の名前が 入っている書類もらったし、どうなってるんだろう?それに、私が着ているの と同じ制服を周りのみんなも着ている。これって小学校の制服じゃなかったの? 大人っぽいと思ってたけど、短大の制服だったのね…。  まあいいや、このまま短大生の振りしてた方が楽しそうだもん。みんなが私 をこっちに案内したんだから、私のせいじゃないもん。  帰りがけには、私の写真が入った学生証までもらっちゃった。 「鎌田女子短期大学児童教育学科1年生 鈴木明美」 だって。かっこいいっ。  結局小学校の方には行かなかったけど、いいのかな?夜になっても何も言っ てこない。明日はどうしようかな。実は私、小学校の場所が良く分からないの。 取り合えず明日も短大の方に行ってみようかな。お母さんには内緒だけどね。  という事で、短大に来てしまいました。朝、ここの小学生中学生らしい人達 とすれ違った。あれが小学校の制服なのかな?でも他の小学校かもしれないし。  今日はガイダンス。先生が言ってる事が難しいぞー。でもがんばるー。教科 書一覧を見る……ひー高いー。三千円、五千円…。私の貯金箱で足りるかな?  隣に座った沢田由加里さんと石井千明さんとお友達になっちゃった。 「あなた見た目は大人っぽいのに、なんか可愛いよね」 って言われちゃった。馬鹿にされてる感じ。見返してやるっ。  それから1週間、ちゃんと短大の授業に出ました。難しいけど一生懸命やり ました。英語の単語だっていっぱい覚えたよ。算数…じゃなくて数学は難しい けど、由加里さんは私だって出来る小数の計算出来ないの。とりあえず最下位 じゃないぞ。由加里さんには負けないぞっ。  日曜日には三人で映画見に行ってきちゃった。お母さんの服で行ったら、 「なんかおばさんくさーい」 って言われてちょっとムッ。でも他に選びようがないのよー。  あと、昨日千明さんが「一緒にバイトしない?」って誘ってくれたの。アル バイト……なんか魅力的。でも夜7時までって話で、それじゃお母さんより遅 い。それは困る。土日の昼ならいいかな?  小学校からは全然呼び出されずちょっと不安になるけど、短大生活は楽しく て、ちょっとやめられない。授業は難しいけど難しいなりに楽しいし、由加里 さんや千明さんと仲良くなってきたし。今更ここの付属小学校に通うっていう のも言い出しにくいの。急に「明日からお別れです」って言えないし、私が小 学校に通ってる姿を見られるのはもっと嫌。このまま短大生がいいな…。  4月も終わりに近いある日の昼休み、千明さん達と学校の敷地内をブラブラ していたら、なにやらキャーキャーという声がする。ふと見ると、小学生の女 子が数人。この建物が小学校だったんだ。何人かがこちらに気付いて 「こんにちわー」 千明さんが 「かわいいなー。私も早く小学校の先生になりたいなっ」 …本当は私、あの制服着て、この建物の中で、この子達に混じってこうやって 遊んでいるはずだったのかな?確かにかわいいけど、この中に私が混じって遊 ぶというのは…。それにこういう風に千明さんにそれを見られる事もある訳で、 千明さん達にこの子達みたいに「こんにちわー」って…それは恥ずかしいな。 確かこの小学校で実習する事もあるって話も聞いたし…子供に混じって、私が 由加里さんや千明さん達を「お姉さん」とか「先生」とか呼ばなきゃいけない の?それってすっごく恥ずかしい状況よね。今更小学生なんかに戻りたくない なー。 ……あの女の子達なんか様子が変。4人で一人をいじめてる感じ。あらあら、 尻餅ついちゃって、かわいそう。止めに入った方がいいかな。うん、止めに入 ろう。 「あなたたち、何をやってるの?」 先生っぽく言ってみたら、いじめてた4人は慌てて逃げていっちゃった。なん か本当に先生になった気分。 「大丈夫?怪我はない?」 「はい…」 いじめられてたちいさな子が小さな声で答える。千明さんが 「明美さんかっこいいー。本当に先生ぽかったよ」 なんて言うの。うふふ、なんだか2年後、本当に先生になれるって気持ちにな ってきたぞ。そこに向こうから本物の先生が駆けてきた。 「どうもすみません、喧嘩を止めていただいて」 「いえいえ」 「ほら、お礼をいいなさい」 「…ありがとうございました」 「おの、お名前を…」 うっ…小学校の先生に名前を知られると、行方不明の転校生だってばれちゃう かな? 「いえ、ここの短大の学生ですから止めて当然…」 「…そうですよね、あなたみたい立派な方は、わざわざ名前を聞かなくても、 狭い学園内、きっと有名になられるでしょう」 それも困る…。 「あ、もう授業が始まりますので」 「本当にありがとうございました。ほら、ちゃんとご挨拶なさい」 「おねえさま、ありがとうございました。さようなら」 「もう喧嘩にならないようにね」 私達は小学校の建物から離れました。 「ここって、小中学生から『おねえさま』って呼ばれるのがいいのよねぇ」 「なに言ってるの、実習始まったらどこの短大でも『先生』って呼ばれるんだ から」 「『先生』もいいけど、もうちょっと『おねえさま』って呼ばれたいなぁ」  そしてゴールデンウィーク。千明さんに誘われて、キャンペーンガールって のをやってみました。一日中立って声を出し続けて大変だったけど、可愛い服 着れて良かった。1日1万円、4日分貰ったし。  そしてゴールデンウィーク明けに、ちょっとテストがありました。由加里さ んより良かったのでホッとしました。先生にも「平均より下だけど、ちょっと ずつ伸びてる感じだな、頑張りなさい」って言ってもらっちゃった。それに、 簡単なものだけど、授業実習を付属小学校に行ってやるんだって。準備が大変 だけど、なんだか期待しちゃう。  そんな楽しい短大生活は、結局一ヶ月ちょっとで終わりました。5月の中頃、 英語の授業で先生に褒めてもらってルンルン気分で食堂に行こうとした時、 「鈴木明美さんですね、ちょっと事務室の方に来ていただけませんか?」 と、事務職員の方に声をかけられました。一緒にいたのが転入試験の面接の時 にいた先生。この時に「もうおしまいだ」って思ったんです。変装して逃げて いた銀行強盗の気分。そして、事務室と言いながら、小学校の校長室まで連れ て来られました。校長室に行くと、4月に喧嘩を止めた時にいた先生がなぜか いました。 「あら、お久し振りです。あの時はどうもありがとうございました。今日は何 か御用でも?」 そんな事私にはとても答えられません。そこにちょうど、あの時いじめられて いた子が入って来ました。 「あ…あの時はどうもありがとうございました…」 その後にぞろぞろと面接の時にいた先生達が入ってきました。 「あー、確かにこの子です、すごく背が高くて大人っぽかった」 「じゃああなたがこの小学校に転入するはずだった、10歳の鈴木明美さんで すね?」 「…はい」と答えました。 「で、あなたが短大に入学するはずだった、18歳は鈴木明美さんですね」 「…はい」あの時の小さないじめられっ子が小さな声で答えました。 「なんですぐに言ってくれなかったの」 「いやあの、短大って担任がいないし、誰に言っていいのか分からなくて…」 「うーん、同姓同名で間違えて気付かなかった私達も悪いけど、変だと思って 何も言わないのもいけないよ」 「はあ…」 「とりあえず、明日からあなたは小学校に、あなたは短大に通いなさいよ。 出席時間は大目に見ますから、授業を受けられなかった分はがんばって取り戻 しなさい」 びっくりしていたのは、喧嘩を止めた時に駆け寄ってきた先生。実は私のクラ スの担任だったのです。 「吉田先生、あとはよろしくお願いします」 「はあ…」相当とまどった顔をしながら 「えっと、…なんていったらいいのかしら…小学5年生だったんですね…見か けも振る舞いも短大生らしくいらしたから…いやあの…」 私が短大の制服のままのせいか、まるで父兄に話すような口調で話す先生。 「明日から私が担任しているクラスに入って頂くので、よろしくお願いします」 「いえ、こちらこそよろしくお願いします」 「うちのクラスはああいう喧嘩が割とありまして、お恥ずかしい限りなのです が、鈴木さんがいらっしゃればまた雰囲気も変わりますでしょうし…じゃなく て…小学生らしく元気にみんなと仲良く小学校生活を送ってください。」 言ってる方も大変だろうけど、私も小学生として行くのか短大生として行くの かよく分からない気分。  そしてうちに帰ってから、お母さんにしっかり叱られました。 「いくら間違えられたからって、1ヵ月以上も短大に通うなんて…。でもこの 制服、短大のだったのね。短大に制服があるなんて知らなかったものね。それ に気付いていれば早く分かったのに」  結構楽しかった1ヵ月ちょっとの短大生活、終わってしまうのは残念だけど、 しょうがないか。明日からは久し振りに小学生か。  次の日の朝、同姓同名の人と教科書類を交換しました。が、制服が交換でき ませんでした。身長が違い過ぎるのです。 「どうしましょう…」 「一ヶ月以上も欠席状態なのですから、休ませる訳にもいかないでしょう」 「しばらくは私服で通うとか…」 「二人共制服が揃うまで短大に通わせてくれませんか?」と私はダメモトで言 ってみましたが、それを聞いたある先生が 「それだったら短大の制服で小学校に通う方がマシです」 と言いだしました。私が着て来た私服が大人っぽかったのが災いしたのか、そ れが一番簡単な解決策だ、という事になってしまいました。  短大の制服を着て、まだ上履きもないのでパンストにスリッパという足で、 5年1組の教室へ。教室へ向かうために吉田先生の後ろを歩いていたのですが、 どうも私の方が背が高いような感じ。教室へ向かう子達は、私に「おはようご ざいます」と挨拶していくので、この1ヵ月で慣れてしまったお姉さん口調で 「おはよう」と答えてしまいます。  教室に着くと、先生だけ先に入って、話を始めました。 「今日はちょっと大切なお話があります。昨日までこのクラスにいたは鈴木明 美さんは、本当は別の学校に通うはずが、間違ってこのクラスに通っていたの です。同姓同名だったために、先生も気付きませんでした。鈴木さんも気付く のが遅くて、言い出しにくかったようです。鈴木さんと仲良くなった人も少な くないでしょうから、余計言い出しにくかったのかもしれません。でも、だか らと言って言わないのはよくありませんね。そういう訳で、昨日までこのクラ スにいた鈴木さんはこのクラスで一緒に勉強できません」 教室が騒がしくなりました。 「その代わりではありませんが、元々このクラスに通う予定だった鈴木明美さ んが今日からこのクラスの仲間になります。入って来てください」 さらに教室が騒がしくなりました。そうか、私は転校生だったんだ。今日から しばらくは楽しいかな?そして、私が入ると騒がしいクラスが一段と騒がしく なりました。 「鈴木明美です。よろしくお願いします」 教室を見ると、昨日まで一緒に勉強した短大生とは比べようもない小さな子供 達が座っていました。短大の制服で教室に来た今の私とは、とても同級生とい う感じではありません。あの時いじめていた女の子達もいました。なにやら怯 えた感じでこそこそ話しています。  休み時間になると、転校生の周りにみんなが集まる……と思ったのですが、 みんななんだか避けてます。恐い物知らずって感じの子が代表で 「えっとー、歳はいくつなんですか?」 と聞いてきたので 「みんなと同じ、10歳よ」 と答えると「えーっ」というざわめきが広がります。 「元々このクラスに4月からいるはずだったそうですけど、今までどこにいた んですか?」 「この服装の場所にちょっとね」 「えー、本当ですか?私達と同じ歳なのに?」 「すごーい」 「短大のおねえさまなんだー」 「短大って、大人の人が難しい勉強する所なんですよね?」 「そうよ」 「そんな難しいこと勉強してた人が、どうして5年の教室にくるんですか?」 「だってみんなと同じ歳なんですもの」 「それはそうだけど、そうみえないしー」 みんなが敬語で話しかけてくるから、私もお姉さん口調で答えてしまう。小学 校に通う事になってつまらないかな、と思ってたけど、こうしてお姉さん役や るのも少しは楽しいかも。  昼休みになって、京子ちゃんという子が話しかけてきました。 「あの……昨日までいた小さな明美ちゃんはどこに行ったんですか?先生に聞 いても答えてくれないし。短大に通ってるって噂なんですけど。せっかく仲良 くなれたのに…」 ほんとは短大生だったあのいじめられっ子と同じ雰囲気の子で、きっと本当に 仲良しだったんだろうな。悲しそうな顔をしている京子ちゃんを見ていると、 ちょっとかわいそう。 「うーん、そうかもねぇ」 「短大ってすごく難しいこと勉強するんでしょ?確かに頭は良かったみたいだ けど、大丈夫なのかなぁ」 「うん、きっと頑張ってるよ。あなたもがんばろうね」 「はい、ありがとうございます」  そして放課後。小学校の制服を買いに行くのです。1ヵ月着た短大の制服は もう着れないのかしら。なんだか惜しい気持ち。  お母さんと、ついでに吉田先生まで着いてきて、春に短大の制服を買ってし まった制服店に来ました。 「鎌田女子短大の付属小学校の制服、」 お母さんは「小学校」に力を入れて言いました。 「この子が着るんですけど、よろしくお願いします」 「……え?この人に、小学校の制服てすか?何かの劇にでも?」 「違います。この子は小学生です。間違って短大の制服を買ってしまったそう なんですけど」と吉田先生。 「へえ、最近の小学生は成長が早いですねー」 「3月にここで買ったんですけど、この制服が届けられたんです」 「…という事はうちが間違えたんですか。それは失礼しました。ではさっそく」 短大の制服の上着を脱いで、メジャーで計ってもらいました。店員がいったん 奥に入っている間に、なんと由加里さんと千明さんがこの制服店にやってきた のです。 「あら明美さん、今日どうしたの?今日ね、小学校の制服着たちっちゃな子が、 私達と一緒に授業受けてたのよ。何かの行事だったのかしら?面白いから、か らかっちゃった」 「ど、どうしてこんな所に?」 「どうしてって、夏服作りに。あなたもそうなんでしょ?」 「あの、失礼ですが、鈴木さんとはどういうご関係ですか?」 吉田先生が二人に尋ねました。 「どういうって、短大の同級生ですけど」 「実はですね…」と吉田先生が経緯を全部話してしまったのです。二人は何が なんだか分からないって顔をしていましたが、急に目を輝かせ始めました。 店員が奥からブラウスを持ってきて広げ、私の背中に当てたのです。小さな子 が着ている分には気にならなかったのですが、その白いブラウスは思っていた 以上に丸い襟が大きく、本当に子供っぽくて、今まで短大の大人っぽい制服を 着ていた私がこんなものを着る事になると思うと、急にはずかしくなってきま した。昨日まで18歳短大生として生活していた私には、恥ずかしくてとても 着られる服ではありません。 「それじゃ明美さんは、明日からそれを着るんだ…」 二人が面白そうに私とブラウスを見つめています。 「このサイズはいかがでしょう?もうひとつ大きい、一番大きいサイズがあり ますが」 母が答えます。 「ええ、そうね…一番大きいブラウスが良いかしら。それを3枚頂ける?」 次に店員さんはスカートを手に持ってきました。 「あちらの試着室で、1度穿いてみて下さい。」 私は、由加里さんと千明さんが見ている目の前で、スカートを受け取りました。 二人の目の前で着たくはないのですが、お母さんと吉田先生がいるので嫌とも 言えません。渋々試着室に入りました。穿いてきた短大の制服のタイトスカー トを降ろし、小学校の制服のスカートに脚を通します。でも何かが脚の指に当 たって上手く穿けません。おかしいと思いよく見れば、スカートの腰の部分に 紐がついています。その2本の紐を持ってスカートを上げると、やっと肩に掛 ける吊り紐なのだと分かりました。吊り紐は、前はまっすぐ肩に伸びています が、後ろは交差しています。前の部分に、紐の長さを調節する金具がついてい ます。確かに小学生はこういうスカートをはいてましたが、自分がはくとなる と恥ずかしくなります。それでも、左腰のファスナーを上げ、ストッパーを閉 めました。カーテン越しに店員さんの声が掛かりました。 「いかがですか。穿けましたか?」 「…はい。」 カーテンを開き、サイズをチェックします。二人の目がこちらを向いてます。 「ウェストはこの位でしょう。ストッパーにも余裕がありますから、大きくな っても大丈夫ですよ。裾の長さはどうしますか?」 そう言って店員さんは物差しをスカートにあてました。 「もう少し短いほうが可愛いかしら。」 お母さんが言うと、後ろで二人が吹き出しています。でも私は何も言えません。 そして店員さんは上着を持ってきました。 「これも着てみて下さい。」 私は店員さんに言われるままに、上着の袖に腕を通しました。下のブラウスは 短大の物ですが、他は小学生の物です。さっきまで短大の制服を着ていた自分 がこんな恰好をするなんて…みっともない事この上ない姿です。あの二人も笑 うのを一生懸命こらえています。小学校の子達も、今日はあんなにお姉さんぶ ってた私のこんな姿を見たら笑うでしょう。 「少し大きめですが、動き安さからいってこのサイズが良いと思いますよ。」 「そうね。じゃあ、上着とスカートはそのサイズで2着ずつ頂けるかしら。」 「それにもうすぐ夏服の季節ですが。半袖ブラウスとスカートがあります」 「そうよね、夏のブラウスを4枚とスカートを2着お願いします」 「制帽やハイソックスもお揃えになられますか?」 「あら、じゃ、それも頂いて行くわ。帽子が2個にソックスは5足ね。」 試着した制服を脱いで、ようやく短大の制服に戻りましたが、明日からは小学 校の制服を着なければならないのです。 「大丈夫よ、きっと似合うって。一応本物の小学生なんでしょ?」 と言いながら、由加里さんの目は笑っていました。 「じゃあ明日からは小学生になったあなたに会える訳ね。ちょっと信じられな いけど、頑張って小学生をやってね」 夏服の採寸をするために残った二人を後にして、制服店を出ました。  次の日の朝、その制服を着ました。大きな襟のブラウスに吊りスカート、黄 色い帽子、確かに小学生達が着ていたのと同じ服です。でもそれを私が着ると、 どことなく変なのです。昨日までの自分の短大の制服姿を思い出すと、こんな 子供っぽい服を着ている自分が馬鹿らしく思えてきます。でも今日からは本当 に小学生なのですから、着ない訳にはいきません。  恥ずかしさでうつむきながら外に出ます。サラリーマンや高校生がたくさん 通る中、昨日まで短大の制服を着て歩いた道を小学生の制服を着て歩く。これ で十分はずかしいのですが、学校に近づくと、昨日まで同じ制服を着て一緒に 門に入った鎌田女子短大の学生が目に入ってきます。自分だけがこんなみじめ な恰好をして、小学校に入っていくなんて…。同じ児童教育学科1年の人を見 かけた時は死にそうなくらい恥ずかしくて、私は下を向いて急いで歩きました。  小学校の校門の側に回ると、短大生は減ったものの、今度は中学生、高校生 です。自分よりガキだと思っていた中高生の中に、小学生の制服を着て歩くな んて本当にみじめな気分です。私より背が小さくてガキっぽい中学生はいくら でもいるのに、彼女達は中学の制服、その横を小学校の制服を着た私が歩くの です。みんなが私の方を見ているような気持ちになります。そして小学校の校 門に近づくと小学生が増えるのですが、こんな子供と同じ制服、子供っぽい制 服を着て、子供達に混じって歩いている自分が悲しくなってきます。あとちょ っとで校門というところで、由加里さんと千明さんが立ってました。 「きゃはは、かわいいー」 「本当に小学生だったんだ。似合ってる似合ってる、他の小学生と並んで歩い てるとこなんて絵になるわー」 あからさまに笑ってました。 「ねぇねぇまだ時間あるんでしょ、こっち来なさいよ」 「いやよ、あんたたちだけでもいやなのに、他の人達にまで…」 「いいじゃない、ケチ。本物の小学生なんだから堂々と見せたっていいのに」 「じゃあ、そこの木陰のベンチならいいでしょ?友達なんだからさぁ」 「友達なら同じ服装させてよっ」 仕方なくベンチに座ります。道から外れているからあまり人は通らないけど、 たまに中学生が通るので下を向いてしまう。 「あなたが10歳だったなんてねぇ」 「私達の中で一番小学校の先生になれそうだった人が、こうやって小学生とし て小学校に通うなんて」 「私より先にあなたたちが先生になるなんて信じられないわよ」 「でも、こうやって小学校の制服着て『小学生ですよ』って言われれば小学生 に見えるわよ」 「…その割にまだ笑ってるじゃない」 「…そりゃ私達よりおばさんくさい恰好してたあなたが…ぷっ」 「…バイトの時の休憩時間、みんなあなたの座り方を見て『おばさんくさい』 って言ってたんだから」 「え、あの人達そんな事言ってたの?ただじゃおかないんだから」 会話の中身は今までの三人の会話と大差ないのですが、二人は短大の制服、私 だけ小学校の制服。なんで私だけ…。 「へぇ、五年一組か…私が実習するクラスじゃない」と由加里。 「あっ、ずるいなー。私もそっちがいいなー」 「今度、先生が学校で色々教えてあげるから、いい子にして待ってるんだよ」 「明美ちゃんに『先生』って呼んでもらえるんだ、いいなー。明美ちゃん、こ の沢田由加里先生のおっしゃる事をよく聞くんですよー」 こいつら、好き勝手な事いって…。その時チャイムが鳴りました。 「あら、小学校はもう始業の時刻になるの?さっ、おしまい。小学生は早く教 室に入りなさいね。」 「確か転校2日目だったわね、みんなと仲良くして、楽しい小学校生活を送る のよ」 「ぷっ、お姉さんぶっちゃって。あなた達に言われたってありがたくないんだ から。」 「…だって私達、あなたより八つもお姉さんだもの。お姉さん達にそんな口の 聞き方したらダメでしょ?」 「なによ、さっき『友達なんだからさぁ』って、こんな所に連れこんでおいて」 「あなたの担任の吉田先生から、蒲田女子短大の学生と付属小の児童としての 関係を守ってください、ってきつく言われてるのよね。知ってるでしょ?付属 小中高校は上級生への言葉遣いが厳しい事」 「…なによ、しってるわよ、けど…」 「今日からそんな言葉遣いしちゃだめよ?今度の実習までに、きちんとあいさ つ出来る子になっててね。他の子も見てるんだから。みんなが真似するでしょ?」 「ほら、沢田先生を困らせちゃだめよ。あなたは私達の大切な『小さなお友達』 だし、立派な蒲田女子短大付属小学校の児童にしたいのよ。」 「さっきまでのタメ口は許してあげるわ。普通なら竹でお尻ペンペンらしいけど、 今までの分は無しにしてあげます。私達に短大生の振りして付き合ってた事も。 今日からきちんと『おねえさま』って呼べるわよね?」 「授業が始まるわよ。ほら、早くお別れのご挨拶なさい」 二人の真剣な目に圧倒されて、しぶしぶ言ってしまいました。 「お…おねえ…さま、さよ…うなら」 「名前を知ってるときは名前も、じゃなかった?」 「さわだ…おね…えさま、いしい…お…ねえ…さま、さよ…うなら」 「よくできました。今度からもうちょっと元気よくね」 「今度会う時には、あなたに『さわだせんせい』って呼んでもらうのね。楽しみ にしてるわ。おっきな声で呼んでね。さっ、教室に入りなさい」 二人に背中を押され、小学校の建物の方に歩き出す。仲良しだと思っていたあの 二人に小学生扱いをされた上に、あんな屈辱的なあいさつをさせられて、唇を噛 んで歩いていると、例のいじめっ子達がギリギリに校舎に駆け込んできた。 「あれ…鈴木さん?」 「短大生が小学校の制服着てるー」 「鈴木さん小学生になるんだー」 「変なのー」 「昨日は格好つけてたけど、あれじゃねぇ」 「やっぱり落第なのかな?」 「結構成績悪いのかも」 いじめっ子のいう事はこんなもんだ、と思いながら教室に入ったのですが、教室 に入ると、みんなが私を見ました。馬鹿にした目、軽蔑した目、とまどった目、 いろんな目で見られました。昨日格好良く短大の制服を着ていたのに、今は小学 生の制服を大きな体にみっともなく着ているのです。見られて当然ですが、それ が一番つらいのです。  しかしもっとつらい事があったのです。小学6年生や中学高校生、昨日まで年 下だと思っていた子達、私に合うたびに尊敬のまなざしでこちらを見ながら「お ねえさま、こんにちは」と言ってくれて、私が「こんにちは、みんないい子ね」 と言ってた子達に、今日からはこの子達の見下すまなざきの前で私がきちんとお 辞儀をして「おねえさま、こんにちは」と言わなければならないのです。特に小 学6年生はしょっちゅう会う上に私より小さくて本当に子供っぽいのに、その子 達に向かって、他の5年生以下の子と一緒に言わなければならないのです。同級 生達は1年生のころからやってるせいか、本当に元気良くにこやかに言うのです が、その分私のいやいやながら小さな声でいう態度が目立ってしまうのです。そ して例のいじめっ子達に 「あいさつもちゃんと出来ないのねぇ」 「ダメな子ねぇ」 「なるほど、だから落第して小学生からやり直しなのね」 などと陰口を叩くのです。そしていじめっ子だけでなく、クラスのみんなが私を そういう目で見るのです。あの京子ちゃんにも 「上級生にはちゃんとあいさつしなきゃダメなんだよ」 ときつく言われてしまいました。そして、反省会でみんなの見てる前で吉田先生 にお尻を叩かれるのです。そんなみんなの視線の中で、本当はいいたくないけど、 いやいやながら、みんなと同じくらいの大きな声であいさつをするようになって いました。 そして短大生が実習で小学校にくる日になりました。 「今日から私と一緒に勉強を教えてくれる、沢田先生と藤谷先生です。みなさん ごあいさつしましょう」 本当は私は、今ごろあっちに立ってるはずなのに、なんでこんな服着て椅子に座 ってるのだろう。由加里さんはこっちを見ています。 「さわだせんせい、ふじたにせんせい、よろしくおねがいします」 言い終わると、こちらを見ながらニッコリ微笑みました。なんでこんな恥ずかし い事をしているのだろうと、涙が出てきました。でもこれで終わりではないので す。同級生から聞いた話だと、この実習が終わる時にはクラスのみんなが感謝の 作文を書いて、一人ずつ読み上げるのだそうです。私は彼女にどんな「感謝の作 文」を書いて読み上げなければいけないんでしょうか?