私の名前は加藤陽子、西尾市立西尾中学の1年生でした。 でもこの秋、少し離れた見潮市に引っ越して、いろいろ変わりました。  私は小学校1年の時から友達が少ない方でした。 昼休みはお気に入りのかわいいペンで落書して一人で過ごし、 放課後はすぐに家に帰ってテレビや本を見ていました。 男子にはたまにいじめられて、そんな時は他の女子が先生を呼びに いったりして助けてもらったりはしましたが、それで仲良く遊ぶように なった訳ではありません。  一人が好き、という訳でもなくて、大人数で遊んでるみんなを見て 「楽しそうだな」とは思うのですが、入れなかったのです。 いつも一人で本を読んでる、という人は他にもいましたが、 そういう人は成績が良くて、勉強の話になると自然と人が寄ってきていました。 私にはそんなことは起きませんでした。  私には二つ下の妹がいて、静香という名前です。私が陽子、妹が静香なのに、 性格は正反対。静香は成績が良くて、友達といつもおしゃべりをして、 友達をたくさん連れて遊んでました。 両親をはじめ、知ってる人達は「名前が反対だったら良かったのにね」 と良く言っていました。  背も大きくて、二つも違うのに私とほとんど背が一緒。 横がある分静香の方が大きく見えて恐いくらいでした。 けんかはあまりしませんでしたが、けんかをすれば負けたかもしれません。 もしかしたら、負けるかもしれないとなんとなく分かっていたから、 けんかを避けてたのかもしれません。  知らない人と会うと、大抵は静香の方をお姉さんと思うようです。 その時は私の方が姉だと説明するのですが、それがとても悔しくて 恥ずかしかったものです。私の方がお姉さんなのに、 なんで間違われて、いちいち説明しなきゃいけないんだろう、と。  私が小学5年、静香が小学3年の時、近所の広場の事をめぐって静香達と 私の同級生達との間でけんかがあったようです。もちろん大人数の5年生相手に 3年生が勝てる訳がないのですが、それでも静香は結構がんばったしらくて、 それに「話してみたら面白い」とかで、けんか以来仲良くなってしまったようです。 それ以来、校庭で私の同級生達と静香が遊んでいるのを見かけるようになりました。  6年生になってすぐの頃、私の同級生達が私に「静香に遊ぶ約束を伝えて」 と話しかけてきました。今まで話しかけてくれなかった人達が声をかけてくれた のは嬉しかったのですが、それが静香への伝言だったのはとてもショックでした。  それ以上にショックだったのは、静香が私の同級生と丸で本当の同級生のように 仲良く話していたことです。静香はみんなを「ちゃん」付けで呼び、みんなは それに嬉しそうに答えている。本当は私の同級生なのに、それを静香に 横取りされたような気分でした。さらに、服装や話し方、 興味や話題も私の同級生の影響を受けていたようです。 ファッション雑誌で見かけるような服装を、私には真似出来ないと 思っていた恰好を、静香がしていた時は本当に悔しかったです。  それでも私の方が2才年上、私の方が先に中学生になりました。 先に制服を着れたのです。よその中学よりちょっとださくて 好きじゃなかったけど、とにかく私が先に着れたのです。 それに、放課後や休みの日はともかく、静香は昼休みはみんなと遊べませんし、 話も出来ません。その分、同級生のみんなは私に話しかけるようになりました。 もっとも静香の事や静香への伝言ばかりでしたが、それでも 先月まで静香と会話していた人達が、その分だけ私に話しかけてくれるのです。  でも、それでいい気になれたのはわずか1ヵ月でした。放課後や休みの日は、 私の同級生達は相変わらず静香と遊んでいたのです。そして5月の連休の前になって、 静香が連休中に制服を貸して欲しいと言い出したのです。 中学は校則がちょっと厳しくて、大通り商店街に行く時は制服を着ていく事、 と決まっていました。私の同級生達と静香がその大通り商店街に行くのに、 みんなが制服なのに自分だけ私服じゃみんなに悪い、というのです。 学校でも同級生達に、静香に貸してやって欲しいと頼まれました。 休みの日に私が大通りに行く訳でもない以上、断る言葉が見つからず、 静香に貸すことになったのです。静香の制服姿を見た時は本当に涙が出るほど 悔しい思いをしました。単に制服を(休日だけとは言え)取られた、というのも 悔しいのですが、それ以上に、静香の体型が制服で分かって悔しかったのです。 まだ入学したばかりで少し大きめに作ったせいもあるのでしょうが、 私が着ると胸の部分がたるんでしまうのです。 でも静香が着るときちんと胸の部分がふくらむのです。そして、 私の同級生との会話からもれて聞こえたのは「みんなでブラジャー買いに行こう」。 同級生の中には小学6年の時からつけている人が結構いたけど、 自分はまだつけようがなかったブラジャー。それを静香の方が先に、 私の同級生と一緒に買いにいくのです。 実は私が知らなかっただけなのですが、静香はもっと前からブラジャーをしていて、 お母さんが私を気づかってこっそり洗濯をしていたようです。 静香は、私よりずっと早く、私の同級生と一緒に、大人になっていたのです。  それでも私は中学生です。静香より先にいろんな事を勉強しています。 成績は悪いけど、成績のいい小学5年生なんかよりずっといろんな事を 知っているはずなのです。だから私の方がお姉さんなんだ、 と自分に言い聞かせていました。  そしてこの頃、見潮市に新しい家を建てていて、秋頃には完成、 というところでした。ですから、見潮市に引っ越す事は決まっていました。 学校があるので、3学期が始まる時か新学年になる4月にしよう、 という話をしていました。そうなれば静香も私の同級生とは離れ離れ、 静香に中学生の友達が出来るなんて事はないはず、 今までみたいな事はなくなるだろう。それに、まったく新しい同級生とは 少しは仲良く出来るんじゃないかな、という期待もありました。 とにかくそれまでの辛抱なんだ、と思っていました。  その年の夏休みのある夕方、静香はまた私の同級生と遊びに行き、 帰って制服姿のままで晩ご飯を食べていました。 私よりずっと中学生っぽい静香を見たくなくて、 私は下を向いたままご飯を食べてました。その時、 「ねえ、私とお姉ちゃん、交代した方がいいんじゃないの? 私が中学生になって、お姉ちゃんが小学5年生になった方がいいんじゃない?」 と静香が言い出しました。お母さんが 「静香が中学1年生になるの?勉強ついていけないでしょ」 と言うと、 「お姉ちゃんよりはいい点とれるよ」 と言い張るのです。 「そんな事ないよ」 と私が言い返すと、 「じゃあ比べっこしようよ、で私が勝ったら交代。引っ越しあるし、 ちょうどいいよね」 実はちょっとだけ不安もあったのですが、負けるはずはないと思ってたので 「いいよ」 と答えてしまいました。  でもちょっとの不安の方が当たってしまったのです。 夏休みにいろんなテスト、五教科だけでなく家庭科までも比べっこをして、 ほとんど私が負けてしまったのです。私は何度も「もう一回」と言ったのですが、 繰り返せば繰り返すほど静香の調子が良くなるのか、差が広がるのです。  よく考えたら、静香が仲良くしている私の同級生は、成績の悪い人もいるけど、 学年で20番に入る人が二、三人はいるのです。きっといろいろ教えてもらった のでしょう。静香にしてやられた、という気持ちもありましたが、 それよりも、だったら静香にかなう訳ない、静香よりも大人の部分、 中学生らしい部分なんてもうないんだ、と落ち込みました。 そして夏休みの終わりに、静香が両親に「交代する事にした」と報告した時に、 私も交代する事に同意したのです。  その時、両親は「引っ越しは4ヵ月先だから、それまでによく考えなさい」と 言いました。実際に4ヵ月も考えてたら、気も変わったかもしれません。 でも9月末に台風が来て、その時まで住んでいたマンションが被害を受け、 すぐに引っ越しする事になったのです。  あわただしく荷物を移し、あわただしく学校でお別れ会をやった後、 新しい家に移りました。静香と交代して小学5年生になるんだ、というのは 分かっていましたが、直前まで忘れていようとしました。 でも、新しい部屋で荷物を開けていると、静香が私の部屋にやってきて 「前の中学の制服を渡して」というのです。 急な転校で新しい制服が間に合わないから、しばらくは前の中学の制服で 通うらしいのです。私は、たとえ交代しても、前の中学の制服は自分で 持っていられると思ってたのでびっくりしました。私が先に中学生になった 証拠のようなものですから大切にとっておくつもりだったので、 とてもショックでした。でも明日から交代する以上、渡さない訳にはいきません。 静香は私の制服を全て持って行き、代わりに自分が着なくなった服を私の部屋に 置いて、私に「じゃあ静香、明日から小学校でがんばりなさいよ。 私の代わりなんだから大変だよ」と言って出ていきました。  次の日の朝、静香は私から取り上げた制服を着て朝食を食べていました。 静香の制服姿はもう何度も見ているのですが、今日はこれから学校に行くのです。 そして、昨日まで毎朝あの制服を着ていた私は、今日は私服で出掛けるのです。  私は、今日着て行く服を静香が着なくなったと置いていった服の中から 選びました。静香の代わりだから、というのではありません。 静香が着ているのを見て、大人っぽくてかっこいいと思っていた服を着て みたかったのです。小学5年生の教室に通う事になっても、私は本当は中1、 小学5年生のみんなより年上なんだって事を大人っぽい格好で示したいと 思ったのです。でも、実際に着てみると、静香みたいにかっこよくはなれず、 むしろ子供っぽく見えてしまうような気がしました。  今日は最初の日なので、お母さんと一緒に車で学校へ行きました。 制服姿の静香と静香のお下がりの私服を着た私が一緒に車に乗っていると、 自分が本当に静香よりもずっとずっと子供のように思えてきました。 実際、私はまだブラジャーなんてはめてないし、静香が大人っぽく着ていた服を 着ても似合わないし、中学生らしい会話は出来ないし、勉強でも負けてるし、 元々静香より子供だったのです。そして今日、通うところも小学5年生。 気持ちだけは中学1年なのですが、それ以外は体のどこをとっても 小学生になってしまったような感じで、仕方ないと思いつつも、ものすごく くやしくて恥ずかしい思いでいっぱいでした。  そして中学校の前まで一緒に来ました。登校中の中学生が目に入ります。 西尾市にいた時にも時々見かけた制服を着ていました。 うちの制服はかっこよくない、あっちがいい、と思っていた制服です。 本当は私があれを着るはずだったのに、あの制服も静香に取られてしまうのです。 私だけ残してお母さんと静香が中学校の校舎に入って行きました。 私はこの中学校の中には入れないんだ、という事をひしひしと感じました。 しばらくしてお母さんが戻ってきて、 私は中学校の駐車場から離れて小学校に向かいました。  車が小学校に着き、小学校の中に入っていきました。 登校中の小学生が目に入ります。意外にも、みんな制服姿でした。 紺色の上着に大きな丸い襟、ちょっと地味だけど、 確かに小学生だと感じさせる制服です。 「小学校の制服も必要なのね、放課後に買いに行くから、迎えに来るわね」 とお母さんがいいました。  職員室で担任の先生に会い、先生に連れられて五年二組の教室へ行きました。 そして教室に入り、先生が紹介します。 「今日からみなさんと一緒に勉強することになった、加藤静香さんです。 みなさん仲良くしてあげてくださいね」 「よろしくお願いします」 「では、この席に座ってね」 目の前にいるのは確かに小学5年生です。昨日まで中学校に通っていた私が、 小学5年生の中の席に座るのです。  休み時間になるとクラスの女子が十人くらい私の周りに集まってきました。 転校生だからなんでしょうが、こんな経験は初めてです。 人が集まっているのを見てうらやましく思っていた、今その真ん中にいるのです。 うれしいのですが、でも周りはみんな小学5年生なのです。 「ねえねえ静香ちゃん、おっきいね。身長どのくらい?」 「151cmくらいかな」 「じゃあうちのクラスでは景子ちゃんの次だね。 他のクラスはもっと大きい人がいっぱいいるんだけど」 「静香ちゃんは、前はどこの小学校だったの?」 自分のことを「静香」と呼ばれて、なんとなく変な感じ。 「名前が反対だったら良かったのにね」とよく言われたことを思い出しましたが、 やっぱり他人事のように思えてきます。他人事のように思えて、つい 「静香は…」と言ってしまいました。 「えー、静香ちゃんは自分の事『静香』っていうんだね」 「かわいいな、静香ちゃん」 「大人っぽくみえたのに意外だね」 自分の方が2才年上なんだから大人っぽく見せようとしていたのに、 最初から失敗してしまったのです。ちょっと遠慮がちに話していた人達も、 これで全然遠慮なんかしなくなって、 小学生同士が話すように話しかけてくるのです。 学級委員長の遙ちゃんという子が 「私とおうち近いんだ。今日一緒に帰ろうよ」 「でも今日は放課後お母さんが迎えにきて、制服を買いに行くんだって…」 「そうか、残念。でも同じ登校班だから、明日の朝は一緒だね」 「でも、静香ちゃんも明日からは制服なんだ。大人っぽい服だけど、 それも見られないんだね」 一応大人っぽくは見えてたようです。と言っても元々静香の服。 私自身が大人っぽいかどうかは分からない。 そして、明日からはみんなと同じ、小学生にしか見えない服装をする。 私が二つ年上だという事を示す方法が無くなるのです。  放課後、お母さんが迎えに来ました。静香も一緒です。 そして三人で商店街の制服店へ行きました。 ウィンドウに様々な中学校や高校の制服、そして色々な小学校の制服が 展示されていました。 お母さんが店員さんに、中学校の名前と小学校の名前を告げました。 「それじゃ、妹さんはこちらの方に」 お母さんはどっちが小学生とは言ってないのに、私の手を引っ張りました。 静香は前の中学の制服を着ているので当然と言えば当然ですが、 やっぱり私は小学生にしか見えないんだと悲しくなりました。 店員さんがメジャーを取り出してサイズを測り、 ガラスケースからブラウスを取り出しました。 店員さんは綺麗に包装されたブラウスを、 ナイロンから拡げて私の背中に当てました。 その白いブラウスは思っていた以上に丸い襟が大きく、 本当に子供っぽくて、こんなものを私が毎日着るなんて情けなく思えてきました。 「このサイズはいかがでしょう?成長期でしょうから、ワンサイズ大きい方をお出ししていますが。」 お母さんが答えます。 「ええ、そうね…もう一つ大きいサイズのブラウスが良いかしら。それを3枚頂ける?」 次に店員さんはスカートを手に持ってきました。 「お嬢ちゃん、あちらの試着室で、1度穿いてみて下さい。」 私はスカートを受け取り試着室に入りました。 穿いてきたスカートを降ろし、制服のスカートに脚を通します。 でも何かが脚の指に当たって上手く穿けません。 おかしいと思いよく見れば、スカートの腰の部分に紐がついています。 その2本の紐を持ってスカートを上げると、やっと肩に掛ける吊り紐なのだと分かりました。 吊り紐は、前はまっすぐ肩に伸びていますが、後ろは交差しています。 前の部分に、紐の長さを調節する金具がついています。 私は、幼稚園児が穿いていたスカートみたいと思いました。 左腰のファスナーを上げ、ストッパーらしき金具を閉めました。 カーテン越しに店員さんの声が掛かりました。 「いかがですか。穿けましたか?」 「はい。」 カーテンを開き、サイズをチェックします。 「ウェストはこの位でしょう。ストッパーにも余裕がありますから、大きくなっても大丈夫ですよ。裾の長さはどうしますか?」 そう言って店員さんは物差しをスカートにあてました。 「もう少し短いほうが可愛いかしら。」 後になって、長くすればちょっとは大人っぽく見えるかな、などと思ったのですが、 この時にはそんな事気付かず、お母さんがいう通りにしてしまいました。 そして店員さんは上着を持ってきました。 「お嬢ちゃん、これも着てみて下さい。」 私は店員さんに言われるままに、上着の袖に腕を通しました。 その襟のない紺色の上着はダブルボタンで、左右にボタンを留める穴がありました。 どうも男女兼用のようです。 左前にしてボタンを留めると、やや大き目のサイズでした。 「少し大きめですが、動き安さからいってこのサイズが良いと思いますよ。」 「そうね。じゃあ、上着とスカートはそのサイズで2着ずつ頂けるかしら。」 このスカートや上着は、着ずに見ているだけなら中学の制服とそんなに違いが ないようにも思えるのですが、こうやって着たり脱いだりすると、 やっぱりどこかしら違う、小学生の制服なんだ、と感じました。 脱ぐ時に見ると、スカートの中に名前を書く布が縫い付けてあって、 「  小学校/名前   」となっていました。 これを着るのはやっぱり小学生なのです。 「他にベストや、セーターもありますが。校内では上着を脱いで、ベストやセーターを着ることが多いのですよ。」 「どうする?」 「これからもっと寒くなるし…」 「じゃあセーターは2着かな。ベストは…」 すると店員さんが、 「ベストは2種類ありますが。ちょうど上着の袖を取ったようなボタンで留めるタイプと、セーターと同じ被るタイプとです。いかがしましょう。」 「ああ、そうなの?それなら2着ずつにしましょう。」 「制帽やハイソックスもお揃えになられますか?」 「あら、じゃ、それも頂いて行くわ。帽子が2個にソックスは5足ね。」 横を見ると、静香もサイズを測ったり、試着したりしていました。 でも、試着しているのは今朝中学校でみたあのかっこいい制服です。 ぴったりのサイズを着たら、胸の形もきれいに出て、 本当に中学生らしく見えるのです。私とは全然違う。 静香が中学に通うのが当然のように思えてきて、よけい悔しい気持ちになりました。  次の日の朝、前日買った小学校の制服を着なければいけないのです。 まずは大きな襟のブラウス。実際に着てみると、本当に子供っぽく見えます。 そしてスカート、上着と着ていくと、5年2組のみんなに段々と似ていくのです。 そして「5年2組 加藤静香」の名札を胸に付け、ランドセルを背負うのです。 静香は、昨日中学校で見たのと同じ制服、中学生が着る制服を着ています。 「かわいいね、小学生らしいよ、静香」 静香は私に向かってそういいます。その時、外から声が聞こえてきました。 「静香ちゃん、おはよう」 遙ちゃんが迎えにきたのです。外には私と同じ制服を着た小学生が立ってます。 私は遙ちゃんについて行き、集団登校の列に、同じ制服を着た小学生の列の中に並び、 小学校へ歩き始めました。 「静香ちゃん、中学生のお姉さんがいるんだ」 「…うん」 「あの制服かっこいいよね、静香ちゃんもそう思うでしょ?」 「うん、確かにかっこいいと思う」 「こっちに引っ越してきてよかったね、あと1年半であれが着られるんだから。 早く中学生になりたいな」 確かに、後一年半ここにいれば、私もあの中学の1年生になって、 あの制服を着れる…本当は今着ているはずなのに、 あと一年半も待たなきゃいけないの?  小学校では、以前みたいに一人でいる事が少なくなった。 あの遙ちゃんという子が私を気に入ったみたいで、いつも話しかけてくれる。 前住んでいた所の事、趣味の事、テレビの事。それに答えていれば、 他の子も話題に乗ってきて、話すことになる。 それに、静香に負けたと言ってもこないだまで中学生だった私、 小学5年の授業なら成績はいい方になって、それも話す話題になる。 …そう、私はこういう生活をしたかったんだ。 でも私と同じ年の人達としたかった。二つ年下の人達とじゃいやだ。  ある日、静香が6人も、制服を着たままの友達をうちに連れてきた。 みんなクラスの同級生なんだって。 以前と同じようにみんなに話しかけて友達を作ってしまったみたい。 相変わらず楽しそうに友達と話している。静香はみんなに「陽子」と呼ばれている。 まるで私が呼ばれたような気持ちになるけど、みんなが話しかけているのは静香の方。 「あら、こんにちは」 「…こんにちは」 「妹がいるの?いいなー」 「5年生?2組ならうちの妹とは違う組かな」 「おとなしいね。静香ちゃんか、ぴったりの名前だね」 もし、私が静香と交代するなんて言わなければ、この人達と同級生だったはず。 同じ制服を着て、この輪の中にいるはず。 それ以前に、私はこの人達と同じ年なんだ。遠慮しながら緊張してあいさつする 必要なんかないんだ。あの人達は私の同級生なんだ、 小学生なんかと仲良くなる必要はないんだ……でも私は静香みたいに 話しかけられない。私が中学生のままだったら、あの制服は着られるけど、 こんなたくさんの人の輪の中にいられるとは限らない。 だって、この人の輪は静香が作ったものなんだもの。 小学校では遙ちゃんがいるからみんなとお話しできるけど、 遙ちゃんのような人が、中学校の同じクラスの中にいるの? 一人ぼっちで中学校にいるのと、あの5年2組でみんなとお話しできるのと、 どっちがいいの?あの制服は、遙ちゃん達と一緒に1年半後に着た方がいいのかな。 私が今あの制服を着てこの人達の中に混じっても、似合わないのかな。 12月のある日の午後、なんとなくおなかが痛くて、 放課後トイレに入って下着を見たら、何か血がついていました。 前の中学校での保健の授業や何かの雑誌でそんな話を聞いたり読んだりしたような 気もするけど、その時はよく分からなかったから詳しくは覚えていませんでした。 私はとにかく慌ててうちまで帰り、お母さんに聞こうとしたけど、 お母さんはいませんでした。でも、静香がちょうど帰ってきたところでした。 「どうしたの?」と聞いてくるので、静香に話したって仕方ないと思ったけど、 一応話しました。すると、静香は丁寧に教えてくれました。 静香は知っていた、いえ経験していたのです。 私より1年半も前に経験していたのです。私より1年半も大人だったのです。 私より胸が大きいのも、大人に見えるのも、中学の制服が似合うのも、 当たり前だったのです。 静香の話を聞きながら、私は涙が出てきました。 「泣くことないじゃない、あなたも大人になったのよ」 私は今まで子供だったのがショックでした。 私は体の芯から、静香より子供だったのです。 ようやく1年半前の静香と同じになれたのです。 私はまだ小学生でいるのがお似合いなんだ、静香の方が中学生にふさわしいんだ、 そう思いました。 中学の制服を着た静香が頼もしく見えてきました。お姉さんに見えてきました。 ナプキンの使い方を教えてもらい、静香の目の前で言われるままにパンツを 脱いだりはいたりしました。まるで幼い子がお母さんの前でパンツを はくような気分でしたが、恥ずかしくはありませんでした。 だって静香はお姉さんなんですから。 小学校の制服のままでいるのも恥ずかしくありませんでした。 静香は中学校の制服、私は小学校の制服がふさわしいんですから。  次の日、静香に言われてカバンの中にナプキンを入れておきました。 ところが、小学校で遙ちゃんにカバンの中を見られたのです。 「あっ…静香ちゃん、もう始まってたの?」 「もうって…昨日なんだけど」 「…私もね、ついこないだなんだ」 遙ちゃんと、ずっとずっと親友でいられたらいいな、と思いました。