僕の名前は飯島紀之。高島市立高島西中学校の中学1年生でした。 でもそれは今年の2月までのことです。すぐ隣の学校に転校する事になりました。 僕は、小柄だったせいで、同級生に「小学生みたいだ」とからかわれていました。 あだ名は「小学生」で、「おまえ小学校に行けよ」「中学の制服なんか着てくるなよ」 などと言われていました。 ある日曜日のこと、学校の近くの公園を歩いていたら、いつも僕をからかうグループ 三人と出くわしました。 「小学生がなんでこんなところにいるんだよ」 「公園に遊びに来たんじゃないか?ほら、あそこの小学生に混ぜてもらえよ」 指差した先には小学校低学年の子供達が遊んでいました。 「僕はあそこまで小さくない…」 「いいじゃん、混ぜてもらえよ、ほら連れてってやるよ」 強引に腕を取られて引っ張られました。 「『僕も一緒に遊びたいです』ってお願いしろよ」 「いや、僕はもう帰るから…」 もう少しで小さな子達の中に放り込まれそうになった時、近くにいた背の高い女子が 駆け寄ってきました。 「あなたたち、小さな子を無理やり引っ張って何やってるの?」 「別に小さな子じゃ…」 「小さな子をいじめるなんてしょうがない男子ね。ほら、手を離しなさい!」 「面倒くせー、こいつ放って帰ろうぜ」 三人組は僕を置いて、どこかに走り去ってしまいました。 「もう大丈夫よ、安心してね。あなた、高島西小の子かな?」 この女子にも小学生だと思われてしまいました。全然知らない人が見かけだけで 判断すれば小学生に見えるのでしょう。そうであっても、ショックだったので、 即座に否定しました。 「いえ、違います、その……中学生です…」 その女子はちょっと慌てた顔をしました。 「あら、ごめんなさい、中学生だったんだ……それじゃあ、あの三人は…」 「その、同級生です」 「そうなの。でもあんな事したらダメだよね。怪我とかしなかった?一人で帰れる?」 「はい、大丈夫です。家はこの近くなので。助けていただいてありがとうございました」 「気、気をつけるのよ」 「はい」 背の高い、割と美人の女子、きっと上級生なのだろうな、そんな人に助けてもらって、 ちょっと嬉しかったです。小学生と思われたのはショックだったけど、あんな人と話せて ラッキーとも思いました。また会えるといいな、そう思いました。 次の日の放課後、学校帰りに公園を通りぬけようとしました。そこには、昨日の三人組が いたのです。 「昨日は邪魔が入ったからな、今日は小学生と一緒に遊ばせてやるぞ」 「やだよ、もう帰るよ」 また腕を引っ張られます。 「ほらほら、こっちだこっち」 「中学校の制服のまま遊ぶのか?脱いだ方が良くないか?」 「このままでも似合ってるじゃん、ほらこっちだ」 その時、女子の声がしました。 「またやってるの?あなた達!やめなさい!」 「げ、昨日の奴じゃん」 「また邪魔が入った。やめよう」 三人はすぐに走り去ってしまいました。 また昨日の女子に助けられました。ちょっと情けないとも思いましたが、昨日のあの人に また会えるのだから、嬉しくもありました。 「大丈夫?やっぱり昨日の子だったんだ」 「あの、また助けてもらってありがとうございました…」 顔を上げて女子の方を見ました。確かに昨日と同じ人です。背が高くて美人で。 今日は平日なので制服姿です。だけど僕の中学の女子制服ではありません。 僕の中学のすぐ隣に私立の女子学園があります。そこの制服なのですが、 中学や高校の制服ではなさそうです。それに茶色のランドセルを背負ってます。 雰囲気は上級生に見えるのですが、制服は小学生にしか見えません。 「あなた、本当に中学生だったんだ。いつもいじめられてるの?」 「はい…」 僕は女子小学生に助けてもらっていたのです。 「家まで送って行こうか?昨日も、今日も、でしょ?」 女子小学生に心配されて、家まで送ってもらうなんて、正直情けない気持ちになりました。 だけど、あの三人組がまた来るかも知れないと思うとちょっぴり恐かったし、 長身で美人の女子と一緒に家まで帰れると考えたら、悪くない気もしました。 どう見ても小学生の制服を着ているけど、昨日会った時の印象が残っていて、 彼女が年上の女子のような気がしてしまうので、余計に安心感が湧いてくるのです。 僕は小学生に甘えて、家まで送ってもらいました。 彼女の名前は藤尾友子さん、私立大島女子学園小学校の5年生。僕より頭ひとつくらい 背が高くて、とても大人びていて、中学3年生くらいに見えました。 あの三人組でさえ見えたら逃げていくくらいですから。僕を二度も助けてくれた 藤尾さんを、僕はとても尊敬して、憧れの気持ちを持つようになりました。 だけど藤尾さんは僕より二つも年下の小学生。そう考えると情けない気持ちにもなります。 二つ年下の女子小学生に守られる僕は、やっぱり小学生並だったのでしょうか。 でも藤尾さんだって小学生、せめて藤尾さんみたいに大人びた雰囲気になりたい。 藤尾さんのようになりたい、そう思いました。 その翌朝、教室に行くと、机に貼り紙がしてありました。 「僕は、おっきな女子小学生に助けてもらって、手をつないで帰りました」 三人組は近くにいません。他の人達が集まってそれを見ていました。 「女子小学生って妹さん?飯島くんに妹さんっていたっけ?」 「小学生の彼女か?」 「助けてもらったって何?」 「女子と手をつないで帰ったのか?小学生だけど」 誤解を解きたくて答えたいけど、答えたら余計誤解されそうな、誤解されなくても 恥ずかしい、そんな事をみんなに言われて、顔が火照ってしまいました。 その日一日、例の三人組は僕の近くには近寄ってきませんでしたが、貼り紙のような イタズラをされるかもしれないと思うと、恐くて仕方ありませんでした。 その日の放課後、学校帰りに公園を通ると、藤尾さんが待っていました。 「またいじめてないかな、って思ったら心配になって来ちゃった」 そう言ってくれました。小学生に心配されるなんて情けないけど、でも藤尾さんが わざわざ待っててくれた、だなんてすごく嬉しい。そのまま一緒に帰りました。 そして今日の出来事を藤尾さんに話しました。 「そんな事があったんだ。じゃあ私と一緒に帰らない方がいいかな?」 「そ、そんな事、ないです。藤尾さんと一緒だと安心だし…」 「小学生と一緒に帰ってる、って言われるんでしょ?」 「藤尾さんは小学生に見えないです、僕の同級生より年上に見えるくらいです」 「そうかな?」 「それに、大人びていて美人だし、小学生と一緒に帰ってるって感じじゃ…」 「そんなことないよー。私、普通の小学生だよ」 「藤尾さんは、僕を何度も助けてくれるし、こうやって一緒に帰ってくれるし、 僕も藤尾さんみたいに立派になりたいな…そうすればきっと、いじめられない ようにもなるだろうし」 「別に私、そんなに立派じゃないよ。でもいじめられないようになるといいね。 でも今日もこうやって一緒に帰って、明日は大丈夫?」 「分からない…」 翌日の朝、教室に行くと、机にまた貼り紙がしてありました。 「僕は立派な女子小学生になりたいです!」 三人組は近くにいません。他の人達が集まってそれを見ていました。 今まで散々「小学生になっちゃえ」と言われてきて、それに女子が付いただけだから、 一見代わり映えがしないようにも見えます。だから他の人達はさほど気にしてません。 「小学生はともかく、女子はさすがにないよー」 くらいの反応です。 だけど、これは明らかに昨日の会話を元にして作った張り紙です。あの三人組は 昨日の僕と藤尾さんの会話を聞いて、それを元にこれを書いたのです。 正直恐くなりました。 だから放課後、急いで公園に行き、藤尾さんを探しました。見つけ出すまで一分ほど かかりましたが、その一分間がとても恐かったです。 「良かった、藤尾さんがいてくれて」 「どうかしたの?」 藤尾さんに今日の事を話しました。藤尾さんは周りを見回しました。 「という事は、今日も後を付けられているかも知れないってこと?」 「そういう事だと思います」 「じゃあ一緒に帰らない方が…」 「一緒じゃないと何されるか恐いです。一緒なら後を付けられるだけ…」 「そうか、そうだね。でもクラスではいじめられてるんだ」 「はい。藤尾さんと一緒に帰る時だけ安心できます」 「そうか、なら良かった」 「……クラスでも藤尾さんと一緒ならいいのにな」 「でも、ほら、歳が違うし」 「藤尾さんと同じ歳なら良かったのに」 「ほら、私、大島女子だし」 「女子なら一生懸命勉強して、大島女子に転校するのに。同じクラスなら 藤尾さんといつも一緒で安心できるのに」 「…そうだね、同じクラスになれたらよかったのにね」 翌日の朝、教室に行くと、机にまた貼り紙がしてありました。 「僕は大島女子学園小学校の5年生になりたいです!」 昨日の事があったのでさほど驚きませんでした。でも昨日とは違って 具体的な学校名が書いてあるので、他の人達は話が盛り上がってました。 「女子小に入りたいのかよー」 「飯島くんがあの小学校の制服を着るの?結構似合うんじゃない?」 「そんなの想像させんなよー」 周りのそんな会話を聞きながら、僕が大島女子学園小学校の制服を着て、 ランドセルを背負って、藤尾さんと一緒に小学校に登校する姿を 想像しました。昨日藤尾さんと話したそのままの事です。藤尾さんと 一緒なら、それも悪くないかな。あの藤尾さんと同じ制服を着て、 藤尾さんと同じクラスに通う。今よりもずっと楽しそう。 そんな気持ちになってきました。 放課後、藤尾さんと一緒の帰り道。 「そんなことがあったんだ」 「うん、でも思ったんだ。藤尾さんと同じクラスになれるのなら、 小学5年生になってもいいかなって」 「え?」 「今の中学校のクラスには仲良しなんていないし、いじめられるし」 「でも私と同じクラスだと、2年も落第しちゃうよ?女子小だよ?」 「落第するのは嫌だけど、でも藤尾さんと一緒の方がいい。同じクラスに なりたいな。藤尾さんと同じ制服を着たい。藤尾さんみたいに大人っぽく なくて、僕の方が小学生らしいかも知れないね」 翌日の朝、教室に行くと、机にまた貼り紙がしてありました。 「僕は、親友と同じ大島女子学園小学校の制服が着たいです!」 昨日と同じです。でも昨日と違う事がありました。僕の気持ちです。 「親友って誰だ?」 「ねえねえ、親友って大島女子小の女の子なの?」 そういえば、藤尾さんは一番の親友かな。このクラスの誰よりも藤尾さんと 仲良しかな。僕は答えました。 「うん、藤尾さんっていう小学5年生」 「本当にいるんだー」 「本当に一緒に帰ってたのか」 「もしかして、本当に一緒の小学校に通いたいと思ってる?」 とても恥ずかしい質問でした。普通なら『違う』と答えるところでした。 今更小さな子に混じって小学校に通うなんて恥ずかしいに決まってます。 だけどこの一週間ひどい目に合いました。こんな目に合わずに済むのなら、 小学校に入れられる方がマシに思えてきました。 そして、思い切って答えた方がいいような気がしました。 「うん、通いたい」 「おおー」 「ねねね、あの制服を着てみたいの?」 とても恥ずかしくて言えない言葉だったけど、言ってしまっちゃった方が いいかなって思いました。中学生男子の僕が、落第して女子小学生の制服を 着るなんて恥ずかしいけど、でも藤尾さんと同じ制服を着てみたい、 そう思いました。 「うん、着てみたい」 放課後、先生に呼び出されました。この4日間続いた貼り紙の事を、誰かが先生に 話したようです。 「こういう貼り紙が君の机に毎朝貼ってあったそうだが、本当か?」 「はい」 「こんな事をしそうな人に心当たりはあるのか?」 あの三人組の名前を挙げました。 「うむ、もっとひどい事をされたりしなかったか?殴られたり、物を取られたり」 「殴られたりはありませんけど、公園で…」 「公園で?」 「遊んでいる小学生の中に無理やり連れ込まれそうになりました」 「そうか。ところで今朝、『小学生になりたい』と言ったという話だが」 先生もその質問をしてきました。先生に言えば、もしかして本当に藤尾さんと 同じクラスになれるかも知れない。そういう気持ちになって、恥ずかしいけど、 思い切って言いました。 「はい、いいました。あのクラスは嫌なので、藤尾さんと同じ小学校に通いたいです」 「いじめられてそういう気持ちになるのは分からなくもないが、そういう無茶を」 「来週から小学校に通いたいです。公園で待ってる藤尾さんにも話してきます。 それでは失礼します」 「おいこら待ちなさい」 公園に行くと、藤尾さんが待ってました。開口一番に藤尾さんに言いました。 「藤尾さん、来週から僕も小学校に通いたい、通えるかな?」 藤尾さんは驚いた様子です。 「来週から?どうしてそんな急に?本当に小学校に通うの?」 「大島女子がダメなら公立小学校でもいいです、もう小学生になります」 「えっと、あの、そうだ、私のクラスの担任の先生に話を聞いてもらおうか?」 藤尾さんと同じクラスになりたいので、藤尾さんのクラスの担任ならば好都合です。 藤尾さんに連れられて、大島女子学園の中に入りました。小学生、中学生、高校生、 みんなが校門から外に向かう中、藤尾さんと僕だけが校舎に向かいました。 女子の中に男子一人だけ、周りのみんなが不審そうな目で僕を見る中を、 藤尾さんに手を引かれて、正面玄関から建物に入りました。建物に入ってすぐに 職員室がありました。いきなり入ってきた男子生徒に、みんな驚いた様子でした。 「大野先生、話を聞いてください」 この一週間の出来事を、藤尾さんが先生に丁寧に説明してくれました。 「話は分かったわ。でも中一の男子を女子小学校に通わせるのは…あなたはどうして この小学校に通いたいの?」 「藤尾さんがいるからです。藤尾さんと同じクラスがいいです」 「とは言ってもね…」 「この子を今までと同じクラスに通わせるんですか?!」 藤尾さんに『この子』といわれ、ちょっと胸が締め付けられました。 でも藤尾さんなら僕なんて『この子』と呼んで当然かもしれません。 「そうよね、それも問題だわ。とりあえず、月曜日は学校をお休みしない? どうしても登校するのなら、この小学校の保健室でもいいわ」 保健室でもいいと言ってもらえてほっとしました。 月曜日の朝、僕は藤尾さんから貰ったお下がりの制服を着ました。初めてはくスカートです。 本当に女子小学生の制服を着る事になって、その恰好で登校してたくさんの人に見られるなんて、 とても恥ずかしい気持ちでしたが、でも藤尾さんのお下がりです。それを着て登校を 出来るなんてむしろ光栄です。藤尾さんのお下がりは、お下がりでも大きくて、 それもちょっとショックでした。少し大きい服なので余計に小学生っぽく見える ような気もしました。だけど今日からは本当に小学校に通うので小学生に見えるのなら それは良いことです。まだランドセルはありませんが、女子小学生の制服で外に出て、 同じ制服を着た藤尾さんと一緒に小学校に登校しました。 小学校に近づくと、藤尾さんの周りには大勢の小学生が集まってきました。どうやら 同級生のようです。 「ねえ、この人だれ?」 「なんと言ったらいいのかな…」 藤尾さんが答えに困っているようでした。僕は、新しい同級生に隠し事をするのは良くない、 もしかしたら小学校でもいじめられるかも知れない、でもここには藤尾さんがいる、そう思い、 恥ずかしい事だけど、思い切って言う事にしました。 「僕は飯島紀之。昨日まで男子中学生でした。中学校でいじめられていたので、2年落第して 小学校に通う事にしました。みなさんとはちょっと違うけど、仲良くしてください」 「えー?落第したの?」 「はい」 「どうしてうちの小学校なの?」 「藤尾さんに親切にしてもらっていて、藤尾さんに相談したら、担任の先生に話をしてもらって」 「へえ」 「藤尾さんって親切だよねー」 あの三人組が遠くから僕の方を指差して何か言っているようです。でも、小学校に通う僕には もう関係ありません。小学生に囲まれて、小学校の門を通りました。