家に帰り着いた。さっそく箱を開けてみる。 これが私の着る高校の制服なんだ。さっき森塚東高校の前で着ている人を何人か 見たけど、あれを私が着るんだ。しかもこれは私専用。それをこうして自分の部屋で すぐ目の前に置いて見ているのが、ちょっと嬉しい。これを着て高校に……じゃくて、 小学校に着ていくための制服だけど、やっぱり嬉しい。 とりあえず、サイズがちゃんと合ってるか確かめないと。そこが一番問題なんだから。 今着ている服をさっさと脱いで。あ、お隣の焼けた2階部分、工事か何かやってる。 カーテンを閉めておこう。で、今着ている服を脱いで。 まずはブラウスと。うん、問題ない。というか、こんなゆったりの服を着れたのは 何年ぶりだろう?今まで小さ過ぎるのを着ていたんだ。 次はスカート。あれ、つりスカートじゃない。そうか、上着で隠れている部分だから 気づかなかった。そういえば貝松中学校の制服もつりスカートじゃないし。 高校の制服だから当然なのかな。でもみんなと違うというのはちょっと。川森さんに また何か言われそう。肩ひもがないだけなんだけど。上着を脱がなきゃ分からないか。 これから来年3月までだから、体操服への着替え以外で上着を脱ぐことは少ないかな。 とにかくこれを着てみよう。ちょっと鏡を見ると。つりスカートではないから、 スカートで腰を締め付けて、腰のくびれが目立って、なんだか大人っぽい感じ。 嬉しいんだけど、胸が目立ち過ぎな気もする。これも上着で隠れるからいいかな。 それで。あれ?なにこれ?ベスト?これって、上着の下に着るのかな? これを着れば、肩ひもがない事も目立たないかな?胸も目立たないかな?でも小学校の 制服にこんなのないし。とりあえず今はサイズを確認したいし、まずは着てみよう。 あれあれ?余計に胸が目立っちゃうような気がする。分厚いのを上から着たのに、 どうしてだろう?まあいいや。それから、リボンがあるんだった。小学校ではつけない けど、今はとりあえず確認のために。うん。リボンがあると雰囲気が変わるよねー。 このベストとリボン、小学校の制服にはないけど、ないからこそ、大人って感じがする。 そして最後に上着を着て。うん、全然きつくない。ちょうどいい。サイズは問題ない。 生地が薄くて軽くて着心地が違うけど、そんな事を気にしている場合じゃないもんね。 そして鏡を見る。……全然きつくないのに、なんか上半身が細く見えるような気が するんだけど。気のせいかな?胸も目立つような気がするし。あ、この靴下は変だ。 もっと制服に合う靴下にしないと。椅子に座って、今はいている靴下を脱いで。 白の靴下にして。これでよし。これでさっき見た高校生と完全に同じ制服を着てる。 えへ。高校生のお姉さん達と同じ制服だ。すごく大人っぽくてほんとに高校生みたい。 これなら高校生に混じって高校の校舎に入っても問題ないよね、なんて。えへへへ。 でもやっぱり、胸の下が少し細くて、胸が目立って見えるような気がする。 リボンのせいかな?下に着ているベストのせいかな?重ねてきているんだから 違う気もするけど、そうなのかもしれない。スカート丈もちょっと長いようにも 思うし。大人っぽく、高校生みたいに見えるのは嬉しいけど、小学校で高校生みたいに みえるのは困っちゃう。でもベストとリボンは小学校では使わないから、そこまで 大人っぽくはならないはず。サイズも問題ないし、 これで明日からは制服で登校できる。もう余計な心配をしなくていい。 翌朝は制服を着て登校。私服で小学校に登校というの悪くはないけど、私一人だけ っていうのは居心地悪かったし。今日は安心。周りに制服姿の小学生が増えても、 同じ制服を着てるって思うだけ。……本当は高校の制服だから、ちょっとだけ ドキドキしてるんだけど、うん、大丈夫。 そう思いながら校門を通ろうとした時、私の横を早足で通り過ぎた子が、少し先で 立ち止まり、振り返って私の方を見た。文香ちゃんだ。 「文香ちゃん、おはよう」 立ち止まった文香ちゃんの前で私も立ち止まる。 「…清美ちゃん?だよね?」 「そうだよ」 「その制服、昨日買ったの?」 文香ちゃん、なんだか不思議そうな顔をしている。やっぱりどこか変なのかな? 「そうだよ。どこかおかしいかな?」 「こうしてみると、別におかしいところはないと思うんだけど…」 私の制服を下から上まで何度も見ている。 「遠くから見た時には、高校生が小学校に入るように見えてびっくりした」 「そ、そうなの?」 高校の制服だって、そんなにすぐにばれたの? 「なんでそう思ったんだろう?」 文香ちゃんは、頭をひねりながら私を見ている。 気が付くと、私たちの横を通り過ぎる他の子達も、ちょっと不思議そうな顔で こちらを見ている。一昨日ほど注目されている訳じゃないけど、ちょっと変な感じ。 「と、とりあえず、教室に行こう」 「あ、そうだね」 文香ちゃんと一緒に教室に入り、席に座った。 「昨日買いに行ったんだ、その制服。商店街にあるあの制服屋さん?」 「私に合うサイズがないって言われたから、ちょっと遠くまで」 「森塚まで?」 「そう」 「お母さんと一緒に買いに行ったの?」 「お母さんもお隣の火事の後で忙しくて、一人で買いに行った」 「すごーい」 「子供料金があるのを知らなくて、大人の料金の切符を買っちゃった」 「えー?子供料金って大人の半額とかじゃなかったっけ?」 「うん、行きと帰りだから、かなり金額が違うかも」 「もったいなーい。でも清美ちゃんだったら、『高校生は小児運賃じゃ乗れません!』 って駅員さんに怒られるかも」 そんな事を言われて、ちょっとドキっとする。だって帰りには、高校の制服が入った 箱を持っていたから、『あなたは高校生です!』と言われても否定できない。 「うちのお兄ちゃんの友達が、中学生なのにそういう事して怒られたって」 「そ、それは確かに、怒られる、よね。あはは」 私も子供料金で乗ったら怒られるような気がしてきた。今も高校の制服を着てるし。 「この人、だれ?」 安東さんがいきなり、話をしている私たちの間に顔を突っ込んできた。 「なんだ、白石さんか。誰かと思った」 そんな事をいきなり言われて、訳が分からない。 「だ、だれだと思ったの?」 「うーんと、小学校の教室に高校生がいる、とか思ってびっくりした。近くで見ると そんな事ないのにね」 安東さんはそう言って、さっさと自分の席に戻ってしまった。 「私ってそんなに大人に見える?」 「遠くから見たら、あれ?とは思ったけど。座ってるとそうでもないかも」 「どちら様でしょうか?……あ、白石さんだった」 今度は川森さんだ。 「その制服、昨日買ったの?」 「そ、そうだけど…」 何を言われるんだろう。大丈夫だと思ったのに。 「ちょっと色が違うように見えるんだけど」 川森さんの言葉を聞いて、文香ちゃんが自分の制服の袖と私の制服の袖を比べ始めた。 「あ、そう言われれば、布がちょっと違う感じだね」 川森さんはそういう所に気づいたんだ。微妙な違いでも、気づく人は気づくんだ。 ちょっとした色の違いだけど、教室の中にこれだけ人数がいて、みんな同じ中で 私一人だけ違うのだから、気づいちゃうかも。 「私に合うサイズがなくて、他の学校の制服の中からうちの制服に似た物を探して」 「それじゃあ、よその小学校の制服?」 「え、ええ、まあ」 「よその学校といっても、中学校の制服じゃなくて小学校なら、仕方ないか」 ごめんなさい、小学校じゃなくて高校の制服なんです。 「…でもそれだけかな?」 頭をひねりながら、川森さんは自分の席に向かった。一昨日みたいに不満そうな感じは ないけど、まだ何か違和感を感じるのだろうか。文香ちゃんや安東さんは『遠くから 見ると高校生みたい』って言うし。 その後も、周りの視線を微妙に感じていたら、担任の先生がやってきた。 「起立、気を付け、礼」 「おはようございます」 「おはよう……あら?誰だったかしら?」 先生まで私を凝視している。先生は全部知ってるはずなのに。先生につられて、 クラス全員に注目されてしまう。 「あ、あの先生、昨日制服を買いに…」 「ああ、白石さんね。高校生がいるのかと思っちゃった。あ、みんな座って」 ああ、びっくりした。 「ええと、明日は予防接種があります。問診票を配りますので、記入して持ってきて ください」 先生はその後、何事もなかったかのように問診票を配って、説明して、教室から 出て行った。どうやら『ぱっと見ると高校生のように見えるけど、よく見ると普通』 という事らしい。私もそのたびにいちいちドキっとしてしまうけど、最初の1回だけ だろうし、そのくらいは仕方ないかな。 授業が始まる。授業を受けるだけなら全く目立たないよね。 「次の問題。太郎さんと花子さんに、りんご2個とみかんを1個を配って、二人とも 少なくとも1つはもらえる配り方をすべて挙げてください。これを白石さん、前で 解いてください」 「あ、はい」 先生に当てられてしまった。ちょっと目立っちゃう。でもそんなに難しい問題じゃ なさそうだし、早く済ませれば。あれ、文字数が多い。りんごの丸と、みかんの丸と、 丸丸丸丸。教室の中が騒がしくなってきたけど、間違ったかな?間違ってないよね。 丸丸丸丸。 「はーい、みなさん静かに。それでは白石さん、これだけで全部だ、他にありません、 という理由を説明してください」 「りんごだけを見ると、太郎さんが0個の場合と1個の場合と2個の場合があります。 みかんだけ見ると、太郎さんが0個の場合と1個の場合があります。りんごとみかんの 両方ではこの6通りありますが、太郎さんが0個の場合と、花子さんが0個の場合が この中に含まれています。この2つは無しで、二人とも少なくとも1つはもらえる 配り方は、残りの4通りです」 まだ教室がざわざわしている。 「みんな静かに。『少なくとも1つはもらえる』という部分が少し複雑ですが、 この部分を無視して多めに数えて。はいはい静かに。後から『少なくとも1つは もらえる』に当てはまらないものを除けばいいわけですね」 席に戻っても、まだちょっと騒がしい。どうして? 授業が終わると、文香ちゃんと川森さんと安東さんと、その他数人が私の席まで 駆け寄ってきた。 「何よあれ、ちゃんと説明しなさいよ」 「何って何よ。当てられた算数の問題のこと?」 「それじゃなくって、その時の」 「だからなんなの」 「清美ちゃんが前に立った時に、すごーくお姉さんに見えたんだけど」 「そういう事」 「もう一回、前に立って見てよ」 そんな事を言われて前に出るのも恥ずかしいんだけど、仕方なく前に出た。 みんなは前から3番目の席くらいの場所から私を見ている。微妙に遠巻きにされて いるようで、居心地が悪い。 「秋山さん、隣に立ってみてよ」 「わたし?」 文香ちゃんが私の隣に並んだ。 「やっぱダメ。秋山さん、すごく小さいから、3年生くらいに見えるだけだもの」 「えー?私そこまで小さくないよー」 「増田さんが隣に立って」 割と背が高い増田さんが私の隣に並んだ。 「白石さんの胸が大きいだけだって思ってたけど、服自体の腰のあたりが細くなって ない?」 「服がおっぱいの形に合わせて作ってあるっていうか」 「お尻のあたりが広がってる感じがするんだけど」 そんな話、男子もいる教室の中でしないで欲しいんだけど。 でも隣に立っている増田さんの制服と自分の制服を比べると、確かにそんな気がする。 胸やお尻の辺りがふくらんで見えるのは、私の胸やお尻が大きいせいだけじゃなく、 ふくらむように縫ってあるんだ。私の方が横が大きいはずなのに細く見えるし、 腕も私の制服の方が細いように感じる。ブラウスの襟の大きさも形も、近くで比べて みると全然違うと分かる。 「それって、どこの小学校の制服なの?他の町の中学校の制服とかじゃないの?」 小学校の制服だって言い切るのは無理っぽく思えてきた。 「う、うん、小学校の制服じゃなくって…」 「どこの中学?」 「でも、最初に見た時、教室の中に高校生がいるように見えたんだけど」 安東さんがそう言った。ごまかすのは無理かな。 「実は…高校の制服…」 「えー?」 「だから高校生に見えたんだー」 驚いてる人と納得している人と。 「だって他に似ている制服がなくって」 「ねえねえ、高校の制服、私に着せてよ」 高校の制服と聞いて、目を輝かせて文香ちゃんがそう言った。 「え、いいよ」 そう言って脱いでしまってから、スカートの事を思い出した。 「あ、肩ひもがないんだ」 「高校の制服なら普通そうかも」 「余計に高校生みたいに見える。小学生の中に一人だけ高校生がいるみたい」 「高校生っていうより、お葬式に行く時のお母さんみたい」 お母さんって… 「清美ちゃんの制服だから大きいよー」 「私に着せてよ」 文香ちゃんの次に割と背の高い増田さんが着た。 「私も胸があるように見える?」 「胸、へこんで見えるよ」 「えー、うそー」 高校の制服だと知られちゃったけど、どうしよう。文香ちゃんは面白がってるけど、 川森さんはなんていうだろう。 「これしかなかったの?高校の制服しか」 「みんなと同じものは、何週間もかかるって言われて」 「白石さんは大人っぽい体つきだから、高校の制服じゃないと無理なのかもしれない けど…」 何を言われるんだろう。 「……まあいいか。おばさんっぽいし」 なんかひどい事を言われたような気がする。でも、もし貝松中学校の制服だったり したら、もっととんでもない事になっていただろうから、それに比べたら 『おばさんっぽい』で済んで良かったのかもしれない。明日から高校の制服を着て 登校しても問題ないって事なんだから。ちょっとほっとした。 その後も隣のクラスの子に指さされたり、予防接種の時にお医者さんに不思議そうな 顔をされたり、校長先生が『今日はどこかの高校との交流会でしたっけ?』と言った、 とかいう話を倉敷先生に聞かされたり。それでも、一週間も過ぎればそんな事も ほとんどなくなって。 全くなくなったわけじゃないけど。文香ちゃんに 「高校生の清美ちゃんと一緒に勉強してるみたい」 と言われたり、安東さんに 「私は高校生より足が速いぞー」 と言われたり、増田さんに 「お母さんより大きいかも」 と言われたり、1年生に 「おかーさーん」 と言われたり。そういう事を毎日言われてたら、慣れちゃった。 私としても、高校の制服を着て通学できるのはちょっと嬉しい。本当は貝松中学校 みたいなかわいい制服がいいけど、それだと『うらやましい』とか『ずるーい』とか、 怒った口調で話しかけられたりとかするから居心地悪いだろうけど、この制服なら それがないし、ちょっと地味だけど、中学じゃなくて高校とさらにワンランク上 みたいな気分で。だから本当はこの制服が嬉しいんだ。でも川森さんに 「落第した高校生が私の近くの席に座ってるような気がして」 とか言われると、本当に自分が落第した高校生みたいな気持ちになったりするから、 ちょっとムっとするけど。そういう時は 「どうせ落第した高校生だよー、このチビっこめー」 と叫ぶ事にしてるの、心の中で。 とか思いながら、高校の制服を着て小学校に通うのは楽しいんだけど、やっぱり 私一人だけ少し違うというのは、少しだけ恥ずかしいかも。本当に私一人だけが 高校生で、小学生の中に高校生が一人だけ混じっているような気持ちっていうか。 それとも、ちょっと寂しいのかな。同じ制服の人がいなくて、高校生の私が一人だけ 小学校にまぎれこんだ気持ちになる。高校の制服を着てるんだから、やっぱり 高校生らしく、高校生に混じって高校に通ってみたいな、なーんて思ってみたり。 あのリボンとベストも、実際に着て外に出てみたいし。でも小学校に行かなきゃ いけないからそれは無理だよねー。 それでも、制服を買いに行った祝日に、森塚東高校の前に行った時、人数は少なかった けど、テニスラケットを持った人達が登校してたっけ。祝日に授業はないはずだから、 部活か何かだろうけど、門で先生が見張っていたりしていたわけじゃなくて、みんな そのまま校舎に入っていた。あのくらいの人数なら、一緒に校舎に入れるかも。 そうだ、今度の土曜日に、行ってみようかな?そう考えただけで、ドキドキわくわく してきた。小学生だってばれちゃうかもしれないけど、クラスのみんなも『高校生に 見えた』って言ってたし。うん、行ってみよう。 そんなわけで、土曜日だというのに6時起き。小学校に比べたらずっと遠い場所に ある高校だからね。そして制服を着る。いつものようにブラウス、スカート、そして 上着を着ようとして、ベストがある事を思い出した。上着以上に胸の形がしっかり 作ってあるベストを着て、それから上着を着る。余計に大きく見えるかもしれない。 今日は別にいいんだけど。そしてリボンで森塚東高校の生徒が完成。いつも以上に 高校生っぽく見えるかな?高校まで行って帰ってくるだけだから、お財布とか ポケットに入るくらいの物しか必要ないけど、何も持ってないのも変に見えるかも しれないから、小さなカバンを一つだけ持っていこう。 でも家を出たら知ってる人に会いそうだから、リボンは外しておく。きょろきょろ 周りを見回しながら駅まで歩く。駅に着いて料金表を見上げる。子供料金があるから 今度は。いや、今は高校の制服を着ているから、子供料金の切符を使ったら怒られる んだ。ちょっとびくびくしながら大人料金で切符を買う。でもこれで小学生だって ばれたらどうしよう。高校の制服を着ていて『子供料金でいいよ』とか言われたら 恥ずかしいかも。ドキドキしながら改札を通ったけど、何も言われなかった。 ちょっとほっとして、ホームに急ぐ。 土曜日の朝早くだから、ホームに人は少ない。待っている間にリボンをつけて、 高校生っぽくなったと自信がついたところで、電車が来た。電車の中は意外と人が 多くて、一瞬ひるんでしまったけど、高校生は乗ってない。ドキドキしながら 電車に乗り込み、たくさんの大人の間に立った。本当に高校に通学するんなら、 これが普通なのかな?平日ならもっと高校生がたくさんいるのかな?周りを大人に 囲まれているからドキドキしているのか、高校生の振りをしているのが周りの大人に ばれないかと不安でドキドキしているのか、よく分からない。 立ったままだから眠くなることもなく、終点の森塚に到着して、森塚東高校方向の 電車に乗るためのホームに移動する。 ホームに電車がちょうど止まっていたので急いで飛び乗った。この電車は席が空いて いるようなので、2駅だけでも座ろう、と思って周りを見回すと、私と同じ制服を 着た人が十人以上いてびっくりした。今日は土曜日のはず、どうしてこんなにいる んだろう?本当は森塚東高校の生徒じゃなくて小学生だっていうのが、この中の誰かに ばれそうな気がしてビクビクしたけど、みんな一瞬だけチラっと私を見て、 その後は本を読んだり携帯電話をいじったりし始めた。どうやら大丈夫みたい。 私のすぐ目の前には、一人分くらいの広さが空いた座席がある。でもその左右には 森塚東高校の生徒が座っている。二人とも携帯電話をじっと見つめている。 両側に本物の高校生だなんて居心地悪そうだけど、空いてるのに座らないのも 変に思われるかも。さっきまで電車の中でずっと立っていて疲れたし。ドキドキ しながらも、二人の間に座る。でもどちらかに寄りかかったら、迷惑をかけて、 こっちを見られて、小学生だってばれちゃうかも。それが怖くて体をこわばらせて しまう。左側の人は小さなカバンをひざの上に置き、その上で携帯電話を操作して いる。右側の人は、大きな紙袋に紙筒を4本入れて足元に置き、携帯電話を顔に 近づけて見ている。どちらも私の事なんか全然気にしてない様子。向かいに座って いる人は、大きな布の袋をひざの上に乗せて、何もしないで私の方を見ているけど、 ぼけーっと見ているだけで、変に思われている感じはしない。かも。 もう一度左側の人の方に目を向けると、制服の生地の色が同じ、形も同じ、 リボンも同じ。私もこの高校生と同じ制服を着ているんだって、感動しちゃった。 全然知らない人だけど、同じ制服を着ていると、なんだかちょっと親近感が湧いて きちゃう。こんな大人っぽい高校生と同じ制服を着ているなんて、自分もちょっと 大人になった気分。 右の人を見るとひざの上のスカートが見える。それも私と同じ。胸の形は、私の制服 と同じように膨らむような感じで作ってあるんだけど、ちょっとへこんでいる。 増田さんが私の制服を着た時みたいな感じ。この人は確かに痩せてて、胸は大きく ない。でも頭が良さそうで、高校生って感じがする。 向かいに座っている人も私と同じ制服を着ていて。火事の前に、小学校でみんなと 同じ制服を着ている時の気分が、今ここで感じることが出来たような気がした。 ちょっと嬉しい。同じ制服を着た友達がたくさんいるような気がして、ちょっと 気持ちが安らいだ。 でもどうしてこんなに森塚東高校の人がいるんだろう?祝日に来た時は、もう少し 遅い時間で、運動場で練習する人がいて、テニスラケットを持った人が校舎に入って。 練習していた人たちはもっと早くから来てたのか。でもスポーツ道具を持ってない。 勉強道具を持っているようにもみえない。授業はなさそう。しばらくして電車が 発車した。同じ制服を着た高校生に混じって、一緒に電車に乗っている。それだけで 嬉しくてドキドキしちゃう。 電車が発車して2駅目に近づき、電車が速度を落とし始めた時に、もう立ち上がって いる人がいる。私の隣に座っていた人も立ち上がった。私もあわてて立ち上がる。 同じ制服を着た人達に混じり、狭い通路に列を作ってぞろぞろと改札の方に向かう。 同じ制服を着た高校生と狭い場所で押し合いをするって、自分も同じ高校に通っている 感じがして嬉しい。あ、改札でみんな切符じゃない者を手にしている。あれが定期券? 私が定期券なんて持ってるわけがない。普通の切符だよ。私だけ普通の切符だなんて、 変に思われちゃうかな。でも狭い通路にぎゅうぎゅう詰めだから逃げる事も出来ず、 機械に切符を入れて、駅の外に出た。 駅の外に出て、ぎゅうぎゅう詰めではなくなったけど、それでもみんな同じ方向に 向かって歩いている。みんな高校に行くんだから当然だ。私だけ別の方向に行くわけ にもいかず、流れに流されて校舎に向かう。でもどうせ今日は授業がないんだから、 誰も使ってない教室があるはず。教室がダメでもトイレが空いてるはず。そこで少し 待って、校門の周りの人が少なくなった頃に帰れば。そんな事を考えながら進み、 校門の方を見たら、 『森塚東高校文化祭 塚東祭』 と書かれた大きな看板が立っていた。校門の上には木材で枠が作ってあって、 紙でできた花が飾ってある。校門の近くで、小さな子を連れたおばあちゃんが 「何時から始まるのかね?」 と生徒をつかまえて尋ねていた。どうしよう、と悩んでいる暇もなく、校門の中まで 流されてしまい、下駄箱にたどり着いた。多くの人が左側の下駄箱に行くので、 人が少ない方の下駄箱に進んで、陰に隠れる。どうなるかと思った。でもこっちに 全然人が来ないわけではない。ぽつぽつと来ては、スリッパに履き替えている。 私もスリッパに履き替えた方がいいのかな。でもここの生徒じゃないから私のスリッパ なんてないし、下駄箱もない。あ、下駄箱の上にスリッパがいくつか置いてある。 余りものかな?仕方ない。あれを借りよう。 スリッパをはいて、どうにか恰好はついたけど、これからどうしよう。今日は文化祭 なんだ。さっきおばあちゃんが『何時から始まるのかね?』って聞いてたから、 その時刻になればおばあちゃん達が入ってくるのかな、文化祭っていうんだし。 学校外の人が入ってくれば、少しは目立たなくなるかも。でも始まるまでまだ時間が ありそう。周りを見ると、教室の中が飾り付けられて、でもまだ準備が終わった訳でも なさそうで、発表の紙を貼ったりしている。紙筒はあれだったんだ。普通の授業は なさそうだけど、やっぱり先生もいるんだよね?どうしたらいいんだろう。 校舎の中に私と同じ制服を着た大人っぽい高校生がたくさんいて、授業ではないけど みんな忙しそうにしている。そんな中にいられるのがちょっと嬉しいけど、私だけ 何もしないでウロウロしてたらちょっと悪いような気もするし、なんとなく人が 少なそうな方向に歩いていたら。 「ねえ、そこのあなた!ちょっと手伝って!」 急にそんな声が聞こえて、周りを見回した。周りには誰もいない。少し先を見ると、 壁を押さえている生徒が一人いた。困っている人がいる、助けなきゃ、だって私と 同じ制服を着ている同じ学校の生徒だし。小学校にいる時と同じようなつもりで そんな事を思ってしまって、走ってその人のいる所まで行き、と同じように壁を 押さえつけた。 「ありがとう!もうちょっとこっち側に来て押さえてくれる?」 「はい!」 結構重たい布は、両端は一応とめてあるけど、真ん中が外れて落ちそうだ。 真ん中が落ちたら、重みで他がつられて落ちそうだ、という感じ。 「止めるための大きな画鋲を持ってくるから、もうしばらく押さえてて!」 「はい!」 1分ほど待っているうちに、どうして本当の生徒じゃない私が手伝ってしまった んだろう、と少し後悔してしまった。手伝いが終わったら屋上にでも逃げようか。 でも屋上に行く方法を知らないし。 「ごめんねー。今止めるから」 私が押さえている所よりも右側をまず止めて、次に左側を止めて、そして私が押さえて いた辺りを止めて。どうにか終わった。 「ありがとう。あなた1年生だよね?」 どうして1年生だと思ったんだろう?でも制服屋さんでも高校1年生と思われていた ようだし、高校3年生だと言うよりはありえそうなのかも。目の前にいる高校生は、 背は私より少し低いけど、胸がかなり大きい。いくら私が高校生に見えるからって、 この人よりは確実に下級生に見えるだろう。とりあえず1年生という事でいいか。 「は、はい…」 「1年何組?こんな所を歩いてるあんて、自分の所の出し物はないの?」 「あ、あ、あ、あの、ない、です…」 やっぱり何もしないで歩き回っていると、変に思われてるんだろうか。 「部活には参加してないの?」 「は、はあ…」 「暇ならさー。このままうちの部を手伝ってくれない?うちの展示の店番ていうか、 座って展示の番をするだけでいいからー。幽霊部員が来てくれなくて、ほんと人が 足りないの。ずっとじゃなくていいから」 「展示の番、ですか?」 「うちの部、幽霊部員で人数合わせして廃部にならずに済んでるけど、文化祭で人数 が少ないと目を付けられるのよね」 なんだか随分と必死だ。 「私のクラスは舞台発表で、それに行かなきゃいけなくて。誰もいなくなるのも 困るし。夕方まで、やってきた見学者に紙を渡すだけでいいから」 大人なお姉さんの必死なお願いに圧倒されそうになったけど、座ってるだけでいい のなら、やってもいいかなって気がしてきた。夕方までというとかなり長いけど、 学校って普通そのくらいいるものだし、1時間で帰っちゃうよりもいいか。 「もちろん今日1日だけじゃなくて、歴史研究部に入部してくれたら嬉しいけど、 今日の所は店番だけでいいから」 さすがに高校の部活に入るのは無理にしても、これで高校の文化祭に参加したって いう事になれば、それは嬉しい事だし。高校の制服を着て高校の部活に参加。 それってなんだか楽しそう。しかも難しそうじゃないし。 「それだけなら…」 「ありがとう。じゃ、中に入って」 教室の中に連れ込まれて、椅子に座らされた。 「このご近所歴史マップ入りのチラシを見学者に配って、順路に沿って歩いてもらう、 それだけだから」 「それだけでいいんですか?」 「展示や写真の質問をされても、書いた本人じゃないと分からないから、どうしよう もないし」 確かにそうだけど、本当に座ってるだけというのもちょっと申し訳ないかも。 そんな事を思っていたら。 「部長、遅れてすみません」 男子生徒が大きな紙筒を持って駈け込んできた。 「ようやく来たか、孝一」 私の目の前に座っていた人が立ち上がった。つまり部長らしい。 「あれ?この人は?」 私を見て、不思議そうな顔をした。 「この人、新入部員」 部長と呼ばれた人がそんな事を言い出したので、ちょっとあわてて立ち上がった。 「新入部員って、そんな事までは」 「まあまあ、1日だけかも知れないけど、部員という事で」 「それなら…」 1日だけの手伝いだけでも『高校の部活の部員』という肩書がある方が気分いいか。 「1年の乗山孝一です。よろしくお願いします」 小柄で痩せた男子にお辞儀された。なんだか可愛いな。小学6年の同級生と比べれば 大きい方だろうけど、彼より大きな小学生はいるし、何よりも私より確実に小さいし。 そんな子に丁寧にお辞儀されたら、なんだか自分が本当に高校生のお姉さんになった ような気持ちになる。私の方がずっと年下なのに。 「白石清美です。よろしくお願いします」 こちらもあわてて頭を下げて、顔をあげて男子の顔を見たら、リスみたいな顔で、 かなり可愛い。小学校低学年じゃなくて、この身長でこの顔って、すごくいい。 こんな可愛い男子高校生と今日は一緒なんだ。嬉しくなってきた。 「1年生なんですよね?」 「あ、はい…」 一応そういう事にしているけど、どうしてそう思ったんだろう?よく見てみると、 部長と乗山くんとではスリッパの色が違う。私が拾ってはいたスリッパは乗山くん と同じ色。だからか。 「あの、それで部長、僕の展示はどこに貼れば」 「あそこ、ちゃんと場所を開けてあるわよ」 部長が指さした所に乗山くんが向かい、たくさん文字が書き込まれた大きな用紙を 広げて、それを持ち上げて貼り付けようとする。でも、背が高めの部長が貼った 他の展示と同じ高さにしようとして、一生懸命背伸びするけど届かない。 見ていてかわいそうになってきた。 「私が貼るから」 我慢できなくなって乗山くんから展示を取り上げて、他の展示と同じ高さにまで 持ち上げた。 「これでいいんだよね?」 「はい…ありがとうございます…」 自分で貼れなかったのがちょっと悔しいけどお礼を言わなきゃ、そんな顔でもじもじ している乗山くんを見て、なんだか余計に嬉しくなってきた。どうせ彼は届かない んだから、全部私が貼っちゃえ。 「あ、あの、全部貼ってもらって、すみません…」 ちょっと申し訳なさそうにしょんぼりしている乗山くんを見て、やり過ぎたかな? と思わなくもなかったけど。 「今日は手伝いをするためにいるんだし、他に何も出来ないからこのくらいの事は やるよ、うん。これでいいんだよね?」 「はい。ありがとうございます」 展示を貼り終えて、配るチラシも確認し終わった時、校内放送が流れた。 「間もなく、学外からの見学者が入場してきます。展示各教室は準備を済ませて ください。また、最初の舞台発表の人は集合して準備を始めてください」 いつの間にか部長が教室から出ようとしていた。 「それじゃ私、割と早めにクラスの発表があるから。午前中はあまり人はこないと 思うけど、よろしくね」 そう言って出ていった。 「……ところでこの部って、2人だけ?」 隣に立っている乗山くんに聞いた。 「ええまあ、幽霊部員はいるんですけど、それなりにやっているのは2人だけで、 部長も『廃部の危機だ』って言ってるんです」 でも展示をぐるっと見回すと、結構な多さに見える。 「じゃあこの展示、2人で全部やったの?」 「卒業した先輩のノートから無理やり仕上げた題材もあって。幽霊部員の人数分も やっておかないと本当に廃部になっちゃうって」 確かに部長さんは必死な顔だった。 「だから、入部してくれませんか?」 可愛い男子に勧誘されてしまった。どうしよう。 「あー、でも私、平日の放課後は色々あって忙しいから…」 だって、ここからずっと離れた小学校に毎日通ってるし。 「うちの部は平日は本を読んでるだけで、一番活動しているのは土曜日だから、 大丈夫です」 そんな事を言うなら、小学生のお姉さんが本当に入部してしまうぞー。 などと話していたら、廊下の方が少し騒がしくなってきた。 「もう人が来るかも。座って準備しましょう」 「我が部が作成した、森塚寺町周辺の歴史マップでーす。どうぞー」 と言いながらチラシを渡す。でもあまり人が来ない。今までは、常に室内に一人か 二人は見学者がいるくらいの感じだったけど、今の人が部屋から出て行って、 誰もいなくなった。 「…いなくなっちゃったね」 「…そうですね」 乗山くんともうちょっとお話したい気持ちもあるけど、本当はここの高校の生徒 じゃない私には、ちょうどいい話題がないし、下手な事をしゃべったら小学生だと ばれちゃう。 「……部長が、誰もいない時だけ取り出しなさいって、用意してくれていたものが あるんです」 そう言って乗山くんが机の中に手を入れた。そこからお菓子が出て来た。 「食べますか?」 教室で隠れてお菓子だなんて、なんだか楽しい。しかも可愛い男の子と一緒に。 「うん、ありがとう。でも、そういうのを食べたらのど乾いちゃうかも」 乗山くんがさらに机の中で手を動かした。ペットボトル入りの飲み物が2本出て来た。 「部長と僕の分のつもりで2本なんでしょうけど、部長は後でどうにかするでしょう」 「それじゃいただきます」 飲み物のキャップを開けて一口飲んで、チョコレートを一ついただく。 「白石さんは、やっぱり塾とか通っていて、だから平日の放課後は忙しいんですか?」 全然違うんだけど、それは言えないわけで。 「ええ、まあ」 「そうですか」 この話題を続けられると、ばれちゃうような気がする。 「乗山くんは、部室?に毎日来てるの?」 「はい。部長がいない時は部室で宿題をしたりしているから、部活関係の本だけ を読んでいる訳じゃないですけど。でもやっぱり塾の方がいいのかなぁ。 この近所の塾って、有名大学を目指すような塾ばかりで、僕には合わなそうなのが ちょっと…」 こんな話題で相談を持ち掛けられても、私には答えられないんだけど。どうしよう。 「少し離れててもいいんじゃない?通うのが大変になるかも知れないけど」 などともっともらしい事を言ってみる。『小学校の授業の後にここまで部活のために 通え』とか言われたら、私は困るけど。 「なるほど、そうですね。ありがとうございます」 あーん、高校生の男の子にこんな事で尊敬するような目で見られるなんて、すごく 嬉しいけど、もっとマシな事を言って尊敬されたい。 「そうだ。白石さん」 「はい?」 次は何を聞かれるんだろう。ちょっとビクビクする。 「僕の事、『乗山くん』じゃなくて『孝一くん』って呼んでください」 なんだ。そんな事か。 「どっちでもいいけど、男の子の事を名前で呼んだ事ないから、ちょっと慣れなくて 恥ずかしいかな」 「そ、そうかも知れないですけど、お願いします」 そんな事を真剣にお願いしてくるなんて、ちょっと不思議。 「どうして?」 「近所に、親戚を含めて乗山ってたくさんいて、この高校にも何人もいて。この部の 幽霊部員の中にもいるんですよ」 「ああ、それなら仕方ないかな。孝一くん、って呼べばいいんだよね?」 「はい」 孝一くんは慣れた呼ばれ方をされて喜んで可愛い顔になった。私は、男子をこんな 呼び方したのは初めてでちょっと恥ずかしいけど、でも高校生の男子をくん付けで 呼べて、お姉さんな気持ちになれて、やっぱり嬉しいかも。 しばらくして部長が戻ってきて、今度は孝一くんがクラスの出し物のために出かけた。 「ご苦労様。見学者は来てる?」 「あまり多くないですけど」 「歴史研究部じゃ、そんなもんだよねー」 「あ、飲み物いただきました」 「うん、いいよ。そうだろうと思って買ってきたから」 「この展示、2人だけで作ったんですよね?」 「そうだよ。卒業生の書き残したノートを丸写しにしただけのもあるけど。 人数不足で部の存続が怪しいから、展示だけは派手にしておかないと」 「孝一くんに『土曜日だけでいいから部活に参加して』って勧誘されました」 「ほんと、土曜日だけでいいんだけどね。現地調査なんて土日しか出来ないし、 他の準備は家に帰ってからも出来るし」 「そうなんですか」 「そろそろ先生が来るかなー。普通は先生にジロジロ見られるのは嫌だけど、 今回はしっかり見てもらわなきゃ」 部長がそう言いながら私の方を見た。 「あれ?あなた、学年組章を付けてないわね?生徒手帳もないようね?」 部長が私をジロジロ見てそう言った。え?何?学園組章って?生徒手帳って? 「見つかったら先生に怒られるよー」 怒られるって、どうしよう? 「学年組章だけでも買ってくれば?売店は今日もやってるから」 買ってきたら、と言われても良く分からない。 「1年4組のなら、私の去年の分がそこの引き出しの中にあるけど」 なんだか分からないけど、それで問題がないのなら。 「あ、それでいいです」 「え?それでいい?」 あ、しまった。あせって変な事を言っちゃったんだ。 「クラスを聞かれて『それでいいです』って、どういう事?君は本当に森塚東高校の 生徒なのかなー?制服は校則通りにきちんと着てるけど」 わーん、どうしよう。もう素直に謝って、先生に見つかる前に学校の外に出た方が いいのか。 「ごめんなさい。わたし、本当は小学生なんです!」 「小学生?それは冗談でしょ。どこの高校なの?それとも中学3年生くらい?」 笑った後、真顔で聞いてくる。 「本当に小学6年生です」 「またまたまた。笑いを取ってごまかそうたって……ほんと?」 部長はまた笑った後、疑わしそうな顔で尋ね返してくる。 「はい」 「とりあえず年齢はいいわ。どうしてうちの高校の制服を持ってるの?」 全然知らない人に話すのは長くなっちゃうなー。 「うちの隣の家が火事になって、うちには燃え移らなかったんですけど、干しっぱなし にしていた小学校の制服が燃えてしまって」 「うん」 「それで、私って背が高いから、普通に買おうとしても、特別に注文して何週間も かかるって言われたんです」 「それはありそうね」 「小学6年の2学期もずいぶん経って、今更そんなのを買おうとするのも大変だから、 地元の中学校の制服でいいんじゃない?って先生に言われたんです」 「その身長なら仕方ないか。でも地元の中学の制服でしょ?」 「そしたら、同級生が『ずるーい』って言うんですよ。地元の中学校の制服が可愛くて 人気があって、私一人だけ先に着てくるなんて」 「ああ、可愛い制服だったら私も言いたくなるかも。『ずるーい』って」 「それでどうしたらいいのかな、と思いながら駅前に立ってたら、ここの制服を 見かけて。リボンがなければ小学校の制服に似てるかな?と思ったんです」 「小学校の制服……リボンがなければ……基本的なデザインはそうかもしれないけど、 腰のくびれとか、腰から下の広がり具合とか、全然小学生っぽくないでしょ」 「その事は、買って、実際に着て小学校に登校して、他の子と比べてから気づきました」 「わはははは」 とりあえず納得してもらえたみたい。 「あ、先生の声だ。とりあえずこれ、付けておきなさい」 部長が引き出しから何か取り出した。そして小さな金属製の物を受け取った。 「T−4」と書いてある。 「ほら、私と同じように」 部長の胸のポケットに、文字だけ違う物がついている。それを真似して取り付け 終わった時に、先生っぽい人が入ってきた。 「我が部が作成した、森塚寺町周辺の歴史マップでーす。どうぞー」 「うん。よく出来てる」 この学校の先生なんだ。私がこんな事をしていいんだろうか? 「先生、しっかり見て行ってくださいね」 部長はしっかりと先生にアピール。先生はうなづいた後、教室をぐるっと回って、 私たちの所に戻ってきて、チラシをしばらく読んだ後。 「人数少ない割には頑張った」 「やりましたよー」 「でも実質2人では」 「今朝、通りすがりを勧誘したんですよー。ほら」 違うんです、と言いたいけど、今は仕方ない。 「ちゃんと活動する部員になってもらえよー」 「はい!」 先生が部屋から出て行った。 「ふー。これでヨシ。でさっきの話の続き。高校生用の制服を小学校に着ていったら、 他の子になにか言われるでしょ?」 「高校生に見えるとか、葬式に行く時のお母さんみたいとか」 「えー、なにそのたとえ」 「ごめんなさい。友達がそう言ったんです」 「私もたまにそう思うけどさ。うちの制服はおばさん臭いとか」 森塚東高校の生徒でもそう思ってるんだ。 「でも森塚東高校の生徒でないあなたが、どうしてその制服を買えたの?」 「私のクラスの担任の先生に相談したら、先生がこちらの先生に電話してくださって。 確か、生徒指導の先生に」 「生徒指導の先生の許可があるんだ」 「はい」 「そうか。でも、制服を着て高校に通うって事には、普通ならないでしょ?」 一番言いづらい事を尋ねられてしまった。 「それはそうなんですけど……この高校の制服を毎日着てたら、一回くらいは制服を 着て高校に登校してみたいな、と思っちゃって。今日は土曜だし…」 「まあ分かるけどさー。1日部員をやってくれているから、私も文句は言えないけど」 部長はちょっと困った様子。 「そうねえ。鶴来先生が事情を少し知っているのなら、どうにかなるかも知れない」 「鶴来先生というのは?」 「さっき来た先生。歴史研究部の顧問、兼、生徒指導」 あの先生が、倉敷先生と電話で話した先生? 「仕方ない。歴史研究部の部員になって、土曜日だけでも活動してもらうしか」 「いや、それはちょっと」 変な話になってきた。 「それと、孝一にはその事は内緒ね」 教室には他に誰もいないのに、部長は声をひそめてそう言った。 「ええ。たくさんの人に知られるのは困りますから、それでいいですけど」 「お願いね」 理由は良く分からない。でも孝一くんも、自分が丁寧な言葉遣いをして『孝一くんと 呼んで』と頼んだ相手が小学生だった、と分かったら、ショックかもしれないし。 それでいいか。 しばらくしたら、孝一くんが戻ってきた。 「部長、言われた通りにカレーパンを買ってきました。白石さんもいるから3個で いいですよね?」 「それでいい。早くちょうだい」 「白石さんもどうぞ」 「ありがとう、孝一くん」 私が小学生だって知っている部長は、私が『孝一くん』だなんて同級生っぽく、 どちらかと言えばお姉さんっぽく言ってるのを聞いて、どう思ってるんだろう? 私が小学生だと知っている人の前で、本物の高校生の男子よりもお姉さんっぽく 振る舞うのは、ちょっと気持ちいいかも。 本当に座ってるだけの1日が終わろうとしている。 「あの、白石さん。今日は部長がいない間、一人ぼっちになるかと思ってたんです けど、白石さんが一緒にいてくださって安心しました。ありがとうございます」 「座ってるだけだったのに。そんな」 孝一くんはさらに丁寧な言葉で私にお礼を言った。一応同じ学年だって事になって いるのに、ここまで丁寧な話し方をされるのも変な感じ。でも私だって、背の低い 孝一くんが可愛くて下級生のように思えて、ほんとは孝一くんの方がずっと年上 なのに、下級生相手のように話してしまう。背が低くて痩せている孝一くんも、 私がお姉さんに見えて、ついつい丁寧な言葉遣いになってしまうんだろうか。 「部員じゃない私も、部活に参加したみたいで、楽しかった」 「そ、そうですか?」 嬉しそうに笑う孝一くん。 「あの、それなら、1日部員って事でしたけど、もしよければ、文化祭、2日目も 手伝っていただけると、嬉しいんですけど。一日中ずっとでなくてもいいですから」 孝一くんがもじもじしながらそんな事をお願いしてきた。背の低い孝一くんが下から 私を見上げながら、そんな言葉遣いでお願いをしてきたら、やっぱり悩んじゃう。 文化祭は明日もあるんだ。明日は日曜日だし。月曜日は祝日だし。明日も早起きして 来ちゃおうかな?そんな気持ちになった。