土曜日の夜、桜子ちゃんから電話がかかってきた。 「絹岡神社に行こう」 桜子ちゃんがひいおばあちゃんと話をしていたら、今の季節に絹岡神社へマサちゃんと 一緒に出かけた、という話を聞いて、それで自分も急に行きたくなったそうだ。 急な話でびっくりしたけど、今の季節じゃないとダメらしい。千和ちゃんも一緒との事。 なんだかちょっと面白そうな気がしてきて、行くことにした。 電話の後にマサちゃんの日記を見たら、確かに絹岡神社へ友達と一緒に出かけた事が 書いてあった。絹岡神社の桜は種類が違うらしくて、今の季節が見頃らしい。 だから今じゃないとダメなのか。絹岡神社の他にも市内のいろんな所を回ったようで、 すごく楽しかったみたいだ。それを読んでいたら、僕も楽しみになってきた。 九輪女子の友達と一緒に絹岡市内を歩くなんて初めてだから、嬉しくてドキドキしてくる。 高校を卒業した男子の僕が、中学1年の女子とお出かけでドキドキするなんて変な感じも するけど、でも教室で毎日顔を合わせている仲良しと一緒にお出かけ出来るのは嬉しい。 嬉しくて顔がちょっと火照りながらマサちゃんの日記にまた目を向けると、その前の日の ページが目に入った。 「伯母様に頂いたお洋服で出かけよう。でもお洋服で絹岡の神社まで歩くだなんて、 慣れない事をして大丈夫かしら?でもあのお洋服で絹岡の街を歩いてみたい」 そうだ。明日着て行く服を考えなきゃ。九輪女子でできた仲良しと出かけるんだから、 男みたいな服で出かける訳にもいかない。やっぱり女子中学生らしい服でないとダメ だろうな。そう考えただけで恥ずかしくなって顔が火照る。でも80年前にマサちゃんと タケさんが出かけたのと同じように絹岡神社へ出かけるんだから、同じように女学校の 生徒らしい服装で出かけないといけないような気がする。 『伯母様に頂いたお洋服』というのは、大きな丸い襟のついた青いワンピースの事だろう。 前後の日記の内容から、これがこの頃の一番のお気に入りだったように感じる。 とても大切な服のように思えて、このワンピースは僕のタンスの中に仕舞ってある。 僕はその青いワンピースを取り出して、それを壁にかけてしばらく眺めた。 マサちゃんは出かける前日、このワンピースで出かけたいとワクワクして、でも慣れない 洋服にちょっと不安を感じて。なんだか自分がこの服を着て出かけるような気がしてきて、 また恥ずかしくなる。サイズは別に小さくないんだけど、どことなく小さな女の子が着る 服のように見えて、既に高校を卒業してしまった男子の僕がそれを着るのを想像して、 すごく恥ずかしくなる。視線を下に向けたら、日記が目に入った。 「お洋服で歩くのはちょっと慣れなくて大変だったけど、あの服で絹岡神社まで登って、 みんなと絹岡の町を歩いて、桜をめでる事が出来たのは嬉しかった」 マサちゃんはやっぱりこの服を着て出かけたんだ。それがすごく嬉しかったんだ。 そう思うと、僕もマサちゃんと同じ服を着て、80年前と同じように絹岡の町を歩いて みたくなった。慣れないお洋服で大変かもしれないけど。大変といっても、マサちゃんは いつも和服なのに、いつもとは違う洋服で歩くのが大変だったって話で。僕は、高校を 卒業した男子なのに小さな女の子向けみたいなワンピースを着て町を歩くのが恥ずかしい ……というのと、スカートで長い距離を歩くのが大変そうだなって、うん。そういう事。 でもマサちゃんが行った所に、桜子ちゃん達と一緒に行くんだから、やっぱりこの服で 出かけたいかな。 そして日曜日。ドキドキしながら青いワンピースを着た。毎日セーラー服を着ているから、 こういう服に慣れてないわけじゃないけど、紺色のセーラー服とは雰囲気も違うし、 この服を着て人の多い絹岡市内まで出かけると考えると、僕がこれを着て変じゃないのか、 やっぱり心配になる。でも僕には良く分からない。誰かに尋ねたいけど、誰に尋ねるのか。 舞に尋ねるしかない。 廊下に出るだけでもドキドキする。舞の部屋のドアの前に立つともっとドキドキする。 でもこの部屋に入って舞に尋ねないといけない。なんて尋ねようか。えっと。 『この服、似合ってるかな?』と尋ねるとか。いや、それを尋ねるのも恥ずかしい。 それ以前に、こういう時は『姉さま』って声をかけた方がいいんだろうか。家の中だから 舞を『姉さま』って呼ぶのは恥ずかしいんだけど、でもこんな服を着て舞を呼び捨てに するのも変に思うし。もっとお行儀のいい話し方をしないといけないような。 これじゃ尋ねる以前にドアも開けられない。どうしよう。 「あれー?可愛い服を着てそんな所に突っ立っちゃって、何をしてるのかな?マサちゃん」 廊下の反対側から舞がやってきた。舞は部屋の中にいなかったんだ。 「え、えっと、その、姉さま、これはその、あの」 意外な方向から舞に声をかけられて慌ててしまう。僕が舞に尋ねたかったのは。 「あの、これから桜子ちゃん達と絹岡市内に出かけるんだけど、絹岡まで出かけるのに、 この服は変じゃないかなって、心配になって、その、姉さまに」 うん、尋ねたかった事はそれなんだ。 「似合ってるよ。マサちゃん」 優しい笑顔で舞はそう言った。ちょっとほっとしたけど、お世辞かも知れない。 「でも、絹岡でこの服は、ちょっと変じゃないかなって」 「うーん、まあ今時の中学生の服じゃないかもしれないけど、マサちゃんには似合ってるし、 ほら、マサちゃんは新聞に載ったから、絹岡の人もマサちゃんを知ってるかもよ」 「それって余計に恥ずかしい…」 「80年前の女学生みたいな服で、みんな喜ぶんじゃない?」 「そ、そうかな?」 そう言われると、それもいいかな、という気持ちになってきた。 「でもー、髪の毛はもうちょっときれいにしないとね」 髪の毛の事まで考えてなかった。 「えっと、変かな?」 「ほら、部屋に入って。ブラシしてあげるから」 舞に手を引かれて舞の部屋に入り、椅子に座らせられた。机の上にあったちょっと大きな ブラシを舞が手に取り、僕の髪をとき始めた。 「い、痛い…」 「このくらいがちょうどいいの。そのうち気持ちよくなるから」 「うん…」 そう言われて我慢したけどやっぱり痛い。でもマサちゃんの日記に、マサちゃんが ひいおばあちゃんに髪をといてもらった事が書いてあって、それと同じ事を舞に してもらっている。そう思ったら、ちょっと嬉しかった。 日曜日の朝だから、駅には誰もいないけど、それでもやっぱり恥ずかしい。 駅員さんは窓口の奥にいて、電車が来る直前まで滅多に顔を出さない。もしかしたら どこかに掃除をしに行っているのかもしれない。そもそも登下校の時に駅の前を通るから、 駅員さんは制服を着ている僕を既に何度か見ていて、だから僕がこんな服を着ていても 不思議に思わないだろう。絹岡市内に出かけるために、いつもとは違うおしゃれな服を 着ていると思われるくらいで……そう思われるのが恥ずかしい。 あ、駅員さんが来た。駅員さんが来たという事は、もうすぐ電車が来るってことだ。 恥ずかしいけど、駅員さんの目の前を通らないと電車に乗れない。ドキドキしながら 改札に向かい、駅員さんに切符を差し出す。駅員さんがそれにハンコを押す。 すぐに電車が来たので、急いでそれに飛び乗った。電車の中には十人ほど乗っていたけど、 割と広い車両で自分の近くには人がおらず、ちょっとほっとした。 絹岡駅に着いて電車を降りる。改札に駅員さんはいるけど、自動改札だからそれほど ドキドキはしない。絹岡市内は全駅自動改札なのに、うちの前にある駅は自動改札では ないから無駄にドキドキしてしまう。隣の駅は無人駅だけど。 とはいえ、桜子ちゃん達と待ち合わせをしないといけない。日曜日の朝で、いつもよりは 人が多くないとはいえ、やはり絹岡駅、それなりに人が通り過ぎていく。そんな所で 目立つように立っていたくはないけど、桜子ちゃん達に気づいてもらえないと困る。 大通りへの出口とは反対側の、でも改札からは見える柱に寄りかかって立つ事にする。 こっちの方に来る人は少ないだろう、と思っていたけど、意外と通る人が多い。 さっき改札から出てきた女性2人がちらっと僕の方を見て、通り過ぎた後に二人で 話し始めた。何を話しているのかは全然分からないけど、僕の事を話しているような 気がして恥ずかしくなる。やっぱり変に思われてるんだろうな。舞が言ってたように 時代遅れの服を着て駅に立ってるなんて。時代遅れと言っても80年前の洋服だけど。 次にやってきた大学生くらいの女性は、『ちらっ』じゃなくて、顔をこちらに向けて、 かなりじっくり僕を見て通り過ぎた。やっぱり変に見えるのかな。中学生にもなって こんな服を着ているのは。いや、僕はそもそも女子中学生じゃなくて、高校を卒業した 男子であって。最近は中学1年生の女子に囲まれて過ごしているから感覚がおかしい のかも知れないけど、あの大学生の方が歳が近いのであって。こんな服を着ているのを 見たら、やっぱりおかしく思うんだろうな。恥ずかしくて下を向いてもじもじして、 それから改札を見て、桜子ちゃん達じゃないからまた下を向いて、それからちらっと 前を見たら、桜子ちゃんと千和ちゃんが向かいの柱の陰に隠れてこっちを見ていた。 「あ、二人とも、もう来てたんだ。そんなところで何を…」 「えへ、見つかっちゃった」 「早く来てたのなら、もっと早く声をかけてよ…」 「千和ちゃんが、駅で私たちを待ってる姿をもうちょっと見てたいって言うから…」 「桜子ちゃんだって面白がってたじゃないのー」 「だって通り過ぎる人たちがマサちゃんに注目しているのって、意外と面白くて」 通行人に見られては恥ずかしがっている姿を見られていたと思うと、なおさら恥ずかしく なってくる。 「そんな、恥ずかしいのに…」 「えー、なんで恥ずかしいの?」 「だって、ほら、この服…」 「似合ってるよー」 本気で似合ってると思ってなさそうな口調で千和ちゃんに言われても。 「80年前に私のひいおばあちゃんとマサちゃんが絹岡神社に行った時に、マサちゃんが 着てた服なんでしょ?」 桜子ちゃんはちゃんと分かっているようだ。 「うん…」 「だから着て来たんでしょ?」 「うん…でも、こんな服を着て歩いている人なんて、今時いないだろうし」 「確かにそうかも」 「でも、なんだかマンガの中の人みたいで、なんかいいよ。似合ってる」 「マンガの中の人って、面白いとかおかしいとか、そういう意味に聞こえるんだけど」 「いや、そういう意味じゃなくて、なんて言えばいいんだろう?」 「でも、私も似合ってると思うわよ」 桜子ちゃんに言ってもらうと、ちょっとは本当のように聞こえるけど。 「で、でも、私って…」 男だから、とはちょっと口に出して言いづらい。 「ほら、大きい方だから、こういうのは似合わないかなって…」 女子中学生の中では大きい方って意味で、と心の中で言い訳する。 「そんなことないよ。むしろ背が高くてかっこいいな、って思ったから」 「そ、そうかな?」 「そうだ。マンガの主人公みたいだ、と言いたかったの。それならいいでしょ?」 自信満々な顔の千和ちゃんがそう言った。 「それなら、いいかな…」 駅から商店街の通りまで3人で歩く。 「駅から少し歩くと、大きな旅館があった……らしいけど、このホテルの事かな?」 「うん、ホテルに建て替えたんじゃないかな」 「その隣が、堀場造船の社長の豪邸があって…」 「馬を十頭も飼ってて、その馬小屋が目印だったそうだけど…」 「え?こんな所に馬小屋があったの?こんなビルばかりの所に?ここって商店街への 大通りの真ん前だよ?」 「う、うん、多分この通りの前だと…思うけど…」 自動車が途切れない大きな道路を目の前にして、本当にここなのか、ちょっと不安に なってくる。 「その先にオランダ人医師が開いた病院というのがあって…」 「普通のビルしかないけど」 本当に普通のビルしかない。 「う、うん…」 「あ、ここに何か書いてある」 ビルの壁に小さな金属の板がはめ込まれていて、『明治二十一年、オランダ人医師 ブリュン汎幸病院開設の地』と書いてある。 「やっぱりひいおばあちゃん達が歩いたのはここだったんだ」 「じゃあその辺に馬小屋があったの?」 「うん」 「っていうか、社長さんの豪邸があったの?商店街のすぐ近くに?」 「う、うん。そう言われてみると、すごいかも。絹岡駅前に豪邸なんて」 そんな事を話しながら歩いたら、すぐに商店街に着いた。 「で、本屋さんに寄る、と」 「この本屋さんでいいの?すごく新しい建物だけど」 「ほら」 桜子ちゃんが指さした先には『創業明治三十年』という看板が掲げられていた。 「それじゃ、二人のひいおばあちゃん達もこの本屋さんで本を買ってたんだ」 「そうみたい」 「それじゃあ私は、予約していたマンガの新刊を引き取ってこないと」 「私はこっちに用があるんだけど…」 桜子ちゃんは『文芸・ラノベ・趣味』と書かれた看板の方を指さした。 「えっと、じゃあ私は、買うものはないんだけど…」 「店員さんに尋ねたりしたい事があるから、マサちゃんは千和ちゃんとマンガ売り場で 待っててくれる?」 「えっと、うん、そうする」 千和ちゃんと一緒にマンガ売り場に向かう。千和ちゃんはすぐにレジに行き、 店員さんと話し始めて、店員さんが奥の棚から取り出した本を確認していた。 本当に予約してたんだ。僕は本の予約なんてした事がないから、千和ちゃんがなんだか すごい事をしているように見えた。千和ちゃんって数か月前までは小学生だったのに、 もう何度も予約して本を買った事があるような雰囲気で。同じ時に高校生だった僕が した事がない事を、小学生の千和ちゃんがやっていた。なんだか自分が千和ちゃんよりも ずっと子供のように思えてしまう。で、でも、僕は今、千和ちゃんと同級生で、 女子中の1年生で、こんな服を着て友達とお出かけして。余計に自分が幼い子供のように 思えてしまう。 「ふふーん、買っちゃった」 「予約して買うんだ。すごいね」 「予約しなくても買えるとは思うけど、買えなかった時に他のお店まで探しに行くのって 面倒だし。ここで売り切れてるのに他のお店にあるか分からないから」 「それで、何を買ったの?」 「これ」 千和ちゃんは、レジの真ん前の台に積まれている本を指さした。 「それは予約しなくても買えそう…」 千和ちゃんは、次にその隣にあるマンガの表紙を指して、 「これってマサちゃんに似てるんじゃない?」 とか言い出した。すごく美人の女性の絵で、どう答えていいか迷っていると、桜子ちゃんが やってきた。 「もう終わったの?欲しい本はあった?」 「店員さんに聞いたらすぐに見つかった」 「何を買ったの?」 「枕草子」 「え?」 「マサちゃんちで枕草子の事を話しているのを聞いて、私も読んでみようかなって」 あれは、僕が大学受験の勉強をするために、特別な補講で使っている本なのに。それを 中学1年生の桜子ちゃんが買うなんて。 「私のひいおばあちゃんは『うちにもあったはず』と言ってたんだけど、どこにあるか 分からなくて。古文は分からないけど、マサちゃんも読むんでしょ?」 「う、うん…」 なんだか申し訳ない気持ちになった。でも嬉しそうな桜子ちゃんの顔を見ると何も言えなく なる。枕草子なら、中学校か高校で習う事になるんだから、桜子ちゃんならそのうちに 買うんだろうけど。そう思って納得する事にした。 本屋さんから出て。 「斜め前に甘味処があって」 「うん、確かにある。このお店は古そう」 「さすがに築八十年じゃないとは思うけど」 そんな事を言いながら3人でお店に入る。 「いらっしゃいませー。ご注文は何になさいますか?」 「あんみつをお願いします」 「3人ともあんみつでよろしいですか?」 「はい」 「あんみつ、3……ところで、あなたはもしかして、岸部マサちゃん?」 いきなり名前を言われて驚いた。舞が言った通り、絹岡の人も僕を知ってるんだ。 「あ、あの、はい、そう、です…」 でも新聞に載ったのは小さな写真で、あんな写真で顔が分かるはずがない。もしかしたら 他の新聞で大きな写真が載ってたとか。どうしよう、恥ずかしい。 「うちの娘が舞ちゃんと同級生で、舞ちゃんやマサちゃんの話をよくするのよ」 「あ、姉さまの同級生の…」 なんだ。ちょっとほっとした。 「もしかして、今着ている服も、ひいおばあちゃんの妹さんの服、だったりするの?」 「はい」 「本当に何十年も前の女学校の生徒がうちに来てくれたみたいで、嬉しいわ。じゃあ あんみつ3人前、すぐに持ってくるわね」 お店の人が『あんみつ3つ!』と叫びながら店の奥に行った。 「マサちゃん有名人だねー」 「べ、べつにそんなんじゃ…姉さまの同級生のお母さんってだけで…」 そう考えても、やっぱり恥ずかしい。 あんみつを食べながらおしゃべりをした後、バスに乗って絹岡神社の麓まで行く。 80年前は路面電車があったらしいけど、今はないのでバスを使う。 麓でバスを降りて、坂道や階段を登る。九輪女子への坂道よりももっと急で、 スカートで歩くのは確かに大変かも。でも和服でここを登るのがもっと大変そうに 思うけど。とにかく80年前のマサちゃんと同じ服で、同じ坂を登ってるんだ。 ちょっと疲れてきたかな、と思った辺りで、桜が見えてきた。九輪女子の坂道の桜よりも ちょっと色が濃い桜の花びらが見えた。80年前にマサちゃんが見た桜と同じなんだ。 そう思ったらすごく嬉しくなってきた。神社の建物も見えてきた。もう少しだ。 そして神社の正面に到着した。途中の建物は変わって、路面電車も無くなっていたけど、 80年前のマサちゃんと同じ道を同じ服を着て友達と歩けて、すごく嬉しい。 「神社に来たんだから、願い事をしていかないと。何をお願いしようかな」 千和ちゃんがお賽銭箱の前まで走って行った。 「あのね、マサちゃん」 「なに?」 「私のひいおばあちゃん、この神社に80年前に来た時に、マサちゃんが元気になって、 毎日一緒に学校で過ごせますように、ってお願いしたんだって」 そうだ。マサちゃんは病弱でよく欠席して。だからタケさんは、そんなお願い事をして くれたんだ。でも1年ほどでマサちゃんは死んじゃって。自分の事じゃないのに、 なんだかすごく申し訳ない気持ちになった。 「ごめんなさい」 ついそう言ってしまった。桜子ちゃんに謝っても仕方ないのに。 「ん?どうしてマサちゃんが謝るの?」 「えっと、その、なんとなく」 「私も同じお願いをしようかな」 「えっと、でも、私は別に病弱じゃないし…」 「2年生になっても同じクラスになれますように、とか」 それを言われて、また『ごめんなさい』と言いそうになった。来年は大学受験をして、 それで合格をして、九輪女子には通わなくなるつもりなのに。桜子ちゃんの顔を 見ていると、それが悪い事のように思えてくる。80年前のマサちゃんは死んじゃって、 僕も1年でいなくなって。それがすごく悪い事のように思えてきた。 「私も…そのお願いにしようかな…」 僕は何を言ってるんだろう。そうなると困るのに。でも。 「じゃあ一緒にお願いしよう」