「曾孫さんたちに着せていたのね。本当に女学校の時のトミさんとマサちゃんが いるのかと思ったわ」 ひいおばあちゃん、九輪女子の元学園長、そして僕と舞は、庭に面した部屋に入って、 椅子に座って話している。細溝さんはお茶を持ってくると言って台所に行った。 ここは椅子と机がある洋室だけど、洋室と言っても大正時代風だ。学校やビルとは 全然違って、窓やドアの装飾も独特で、部屋の壁や天井の色が違う。実際に大正に 建てられた家だから古いんだけど、痛んでいるとか壊れそうな訳ではなく、 大切に使っていながら生活しているうちに古くなっていったという感じで、 それがなぜだか落ち着く。 「しかもヒサちゃんの家なのよ。80年前と変わらないこの家で、80年前の制服を 着たこの子を見たら、マサちゃんと思うに決まってるじゃない」 僕が着ているのは80年前の九輪女子の制服だ。だからなおさらこの家に合っていて、 僕も気分が落ち着くのかも。ひいおばあちゃんと元学園長が、女子の制服を着ている 僕を見てニコニコしながら話している。それは恥ずかしいんだけど、この服を着て この部屋にいられるのが面白くて嬉しい、そういう気持ちの方が大きいかも。 でも、この服を着ていたひいおばあちゃんの妹のマサさんは、建てて間もない この家に来たんだろうか。それならこの家も建てたばかりでピカピカだったかも。 僕が今見ている眺めとはちょっと違うのかな。 「もう本当にびっくりしたわ」 「でもあんな驚くなんて。ヒサちゃんは腰を抜かしてたけどね」 「それは見てみたかったけど、私も一緒に腰を抜かしていたかも」 細溝さんがお茶とお菓子を持って部屋に入って来た。 「はーい。トミちゃんとマサちゃんも召し上がれ」 細溝さんは舞と僕の前にお茶とお菓子を置いた。 「あ、ありがとうございます…」 「私はこっちにいるわよ」 ひいおばあちゃんが笑っている。 「でも、どうして『先月』って叫んだの?」 「え、だって、制服姿のトミさんとマサちゃんが並んでいたから、葬式があったのが 先月くらいだったような気がしたのよ」 「なんでそれよりも前じゃないのよ」 「なんでだろう。いくら驚いていても、やっぱりマサちゃんのお葬式の記憶までは 消えなかったのかしら」 「じゃあ幽霊と思ったの?」 「トミさんがマサちゃんの幽霊と話しているのか思ったわ」 舞が僕に顔を近づけて。 「幽霊だって。本当に出たね」 「それは舞だって…」 なんだか癪だから言い返したら。 「ひいおばあちゃんは生きてるもの」 確かにそうだ。 「さて、面白い物を持ってきたわよ」 細溝さんが、お盆の下に置いていた封筒を取り、中から何かを取り出して、 ひいおばあちゃんと元学園長に見せた。 「あなたのところも、良く残ってたわね」 「かなり変色しちゃったけどね」 「自分では気づかなかったけど、確かにそっくりね」 「ほんとにそっくり。これが隔世遺伝?」 「これって春江さんの妹だったっけ?」 「従妹よ」 「ああ、そうだった。でもいつも一緒にいたから、あの時も言われたら思い出す 程度だったし」 「こっちの写真は神社で撮ったもの」 「あ、これは私の所にも残ってる。娘に二人の事を話す時に、時々見せてるの」 「あら、それじゃあ、さっき神社でこの二人を見た時はかなり驚いてたかも」 「結構興奮して電話をしてきたわよ。何に驚いてたのかしらないけど」 3人は、写真と思しきものと僕たちを見比べている。80年前のものとはいえ 女子の制服を着ているのを3人からジロジロ見られるのは、やっぱり恥ずかしい。 「3人だけで楽しんでないで、私たちにも見せてよー」 舞がちょっとすねたように言った。 「はいはい、じゃあこれ」 細溝さんは、既に見終わった2枚を舞に渡した。 「確かにそっくりだ」 舞が驚いてる。僕も舞の手元をのぞき込むと、舞そっくりの女子が写っている。 制服は、舞が着ている今の制服ではなく、僕が今着ている古い制服なんだけど、 生地の違いが分かるような写真じゃないから、少ししか違いがないように見える。 舞が古い写真の中に写っているように見えて変な感じ。これなら確かに細溝さんが 驚くかも。そうか、これが80年前のひいおばあちゃんなのか。年齢が違うから 分からなかっただけで、舞はひいおばあちゃんにそっくりだったんだ。 舞の顔に目を向けて、ひいおばあちゃんの若い頃と同じ顔なんだ、そう思うと、 舞の顔がひいおばあちゃんと同じくらいにきれいで優しい顔に見えた。気付くと 舞も僕の顔を見ていたので、ちょっとドキっとして、恥ずかしくなった。 「ほんと、舞が写真に写ってるみたい」 恥ずかしさを紛らわすためにとりあえずそう話しかけると。 「そう?そんなことよりも、お兄ちゃんが女子の制服を着て、学校の前で写真に 写ってるんだよ。今も女子の制服を着てるけど、お兄ちゃんがそのまま写真に 入ったっていうか、写真から出てきたっていうか」 「そこまで似てる?」 親戚だから似てるな、と思うくらいには似てるけど、着ている制服も同じだけど、 そもそもマサちゃんが着ていたこの制服を僕が今着ているのだろうけど、 二十歳近い男子と中学生くらいの女子がそこまで似ているはずが。 「あとで鏡を見るといいよ。髪型がちょっと違うだけだよ」 「そ、そうかな?」 お互いに写真と顔を見比べながら、そんな言い合いをしていたが、次の写真を 見たら、さっき通って来た神社の前で舞と僕が並んで写っている写真、に見えた。 神社が今と全く同じだから、一瞬だけ見ると、さっき神社を通り抜ける時に 撮った写真のようにも見える。一瞬だけ、僕が舞と同じ制服を着て記念写真を 撮ったように思えて、すごく恥ずかしい。しかも僕より舞の方が大人びているように 見えたから、本当に焦った。いや、これはひいおばあちゃんとマサさんであって、 ひいおばあちゃんが年上だから大人びてみえるのであって、舞と僕の事じゃない。 うん、そうなんだ。 「ねえ、帰りに神社の前で、同じ写真を撮ってみない?」 舞が写真と僕の顔を見ながらそう言った。 「そ、それは…」 「あら、何か面白そうな事を言ってるわね」 元学園長が僕たちの会話を聞いていた。 「じゃあ神社に行ってみましょうか」 神社はすぐそばだから、玄関を出るとすぐに着く。 写真に写っているのとまったく同じ神社がある。もちろん周りの木は全く違って いる。いくらか古びてしまっているんだろうけど、写真が古いからそんな違いは 分からない。ひいおばあちゃんが若い時と同じ場所に来て、なんだか不思議な 気分になる。 「で、どうやって写真を撮るの?写真屋さんに頼むの?」 「樋口さんの所は、トキさんの息子さんが亡くなって、お孫さんはもう写真撮影 なんてやってないわよ」 「携帯電話で撮れるんじゃなかった?」 「使い方なんて知らないわよ」 90歳過ぎの3人が訳の分からない相談をしている。 「マイちゃん、何してるの?」 舞が下校中の九輪生に声をかけられた。 「深田先輩、生徒会の仕事でもあったんですか?」 「入学式の準備とか色々。ところでこの子だれ?マイちゃんに似てるけど、 マイちゃんに妹いたっけ?」 これは困った事を尋ねられた。 「えーと、その、あはは」 舞もなんとかごまかそうとしている。そりゃ3歳も年上の兄に女子高の制服を 着せてみました、とか言えないだろう。 「どこの中学に通ってるの?見た事ないわね。九輪の制服にすごく似てるけど」 どこの中学って言われた。ちょっとショック。でも高校1年になる舞より年下に 見えるのなら、どんなに大人びてても中学生になって当然か。それでもショック。 「あ、次期生徒会長、ちょっとこっち来なさい」 舞と話している生徒を、学園長が呼んだ。 「学園長のお母さんですよね?」 「携帯電話で写真が撮れるのよね」 「ええ、『電話だけの携帯』とか特別な機種でなければ」 「90歳以上が3人いたって撮れないから、撮ってくれない?」 「他人の携帯だと手間取りそうだから、私の携帯で撮って送るってことで」 「それでいいわ」 「3人を撮るんですか?この2人を入れて5人?」 「この2人だけ。ほら、そこに並んで」 そう言われたので、写真と同じと思える場所に立った。隣に舞が来た。 背が高くなった舞と立って並んで記念写真だなんて、なんだか恥ずかしい。 時代が違うと言っても舞と同じ女子高の制服を着て、いつも通る神社の前で。 でもさっき見た写真を思い出したら、若い時のひいおばあちゃんと並んでいる ような気持ちにもなる。舞と並んでいるのか、ひいおばあちゃんと並んでいるのか。 恥ずかしいのか嬉しいのか、良く分からない。 「この写真と全く同じになるように撮ってね」 「これってこの神社ですか?」 「そうよ」 「じゃあ、この二人が着ている制服は」 「ここの制服よ」 元学園長は九輪女子の校舎がある方を指さした。 「かなり古そうな写真に見えますけど、いつなんですか」 「80年くらい前」 「え、それって……この二人って」 次期生徒会長は写真と僕たちを見比べている。 「いいから早く撮って。年寄りが待ちくたびれてるから」 「は、はい」 次期生徒会長は、僕たちに向けた携帯電話と写真を見比べながら、前に進んだり 後ろに下がったりしている。同じ構図にするのが難しいのだろう。最初のうちは 女子の制服を着たまま記念写真を撮られるんだ、そう思って緊張してたけど、 時間がかかるのでちょっと緊張が解けた。気になって舞の方に目を向けた時に 『ピッ、カシャ』という音が聞こえた。あわてて背筋を伸ばして、舞との距離を 確かめるためにもう一度見ている時に、また『ピッ、カシャ』と聞こえた。 あわててカメラの方を向いて、その時に『ピッ、カシャ』。さらに何度か 撮られたようだ。 「これの画面が小さいですけど、こんな感じです」 3人が顔を近づけてみている。 「あら、カラーでも撮れるのね」 「いつの話をしているの、トミさん」 「だって、私とマサちゃんが写ってるように見えるから」 「私もそう見えるけど」 「あ、この写真の大きい方が、こちらの方なんですか?」 「ええ」 「マイちゃんの、おばあちゃん?ひいおばあちゃん?」 「ひいおばあちゃんよ」 「だからそっくりなんですね」 次期生徒会長も話に加わっている。こんな所にいつまでも立っているのも癪なので 僕と舞も4人の所に行く。 「ほんと、この神社って全然変わってないわね」 「この子が着ている制服って」 近くまで来た僕を、次期生徒会長が指さした。 「そうよ。80年前の九輪女学校の制服。だからこの写真では二人ともこの制服を 着てるの」 「今とはちょっと違うんですね」 「形は少ししか違わないけど、生地が違うから」 次期生徒会長が手を伸ばして、僕が着ている服をなで始めた。 「あ、本当だ」 左手で僕の服を触り、右手で自分の左手を触っている。僕と会う人全員が、僕の 着ている制服を触ってくるのがちょっと恥ずかしいけど、でもみんな楽しそうに 話しているのを見ると、自分がみんなのお役に立っているような気がして、 この制服を着るくらいいいかな、と思えてきた。 「あ、本当だ。私ってそっくりだったんだ」 舞が携帯で撮った写真と昔の写真を見比べている。写真に写った自分と見比べたら、 そりゃ分かるだろう。 「お兄ちゃん、早く来て、みてごらんよ」 次期生徒会長が首をかしげた。舞が僕を『お兄ちゃん』と呼んだからだろうか。 こんな服装でお兄ちゃんと呼ばれるのはかなり恥ずかしい。逃げ出すように 舞の所に行く。 「ほらほら、お兄ちゃんだって写真で見れば分かるよ」 携帯の写真と古い写真を突きつけられた。あれ?僕ってこんな顔だったっけ? 女子の制服を着ているから印象が変わっているのかも知れないけど、こんな顔 だったかな?あ、こっちは古い写真だった。でも携帯の写真の顔も同じだった。 「ほらほら、この二人、そっくりでしょ」 「う、うん…」 そうか、僕はマサちゃんとこんなにそっくりなんだ。名前だけじゃなくて、 顔も身長もそっくりで。だからひいおばあちゃんは、僕と一緒に神社をお散歩する のが好きだったのかな?早く死んじゃったマサちゃんとそっくりの僕が、 元気よく一緒にお散歩するんだから。それでひいおばあちゃんがすごく喜んでた んだ。そういう形でひいおばあちゃんを喜ばせていたんだ、そう思うと嬉しい。 でも僕の隣に並んでいるのは、舞なんだよな。写真を見た瞬間は、ひいおばあちゃん の若い頃と並んでいるような気分で嬉しくなるけど、よく見ると舞が僕よりも 大人っぽくて、そこは恥ずかしい。 「そうだ、これを全校集会か何かで全校生徒に紹介しません?やっぱり私たちの 学校の歴史なんですから」 「そうね。面白い話題だわ。さすが次期生徒会長。それじゃ入学式がいいかしら。 いろんな人が集まっているし」 「じゃあ、今夜のうちに生徒会のみんなに連絡して、明日相談します」 次期生徒会長はそう言うと、僕の方を向いた。 「火曜、暇?ぜひその制服を着て、みんなに見せて欲しいの」 そんな事を言い出した。 「え、えっと、僕は、あの、お」 ここで自分で男だって言うのは恥ずかしい。さっき舞が『お兄ちゃん』と叫んだ から気付いたかも知れないけど、それでも自分で言うのは恥ずかしい。 「えっと、九輪女子の生徒じゃないので、生徒の方が着た方が」 「でもサイズがぴったりの人を他から探すのも大変だし、なにより、この写真の人 とそっくりだし」 古い方の写真を指さした。 「そ、それは、親戚だから…」 「つまり九輪女子のずっと昔の先輩の親戚なんでしょ?写真とマネキンに着せた 制服だけじゃなく、80年前の写真と同じ顔で実際に着ている姿を見れば、 80年前に本当にこの制服を着てここで先輩たちが勉強していたんだって リアルに感じるじゃない」 「そ、そうですけど」 僕を説得しようとする熱意と説得の仕方が、さすが次期生徒会長って感じだけど、 九輪女子とはいえまだ高校生なわけで、女子高校生に圧倒されてる僕って。 「いっそ、あなたが九輪女子に入学してくれてもいいんだけど」 それはいくらなんでも無理だ。いろんな意味で無理だ。 「え、えっと、始業式で、昔の制服が見つかりましたって紹介するときに、 実際に着て見せるだけ、ですよね?」 「だからいいでしょ?」 「え、ええ…」 「そうだ、旧校舎のどこか部屋で見てもらおうかしら」 「それも楽しそうね」 「本当、楽しくなりそう」 ひいおばあちゃんとその友達が本当に嬉しそうに話している。次期生徒会長さんも 楽しそうだ。みんながこんなに喜んでくれるのなら、ちょっとくらい恥ずかしい のを我慢してもいいかな。若い時のひいおばあちゃんとそっくりの舞と、時代は 違うけど同じ学校の制服を着れて、ひいおばあちゃんも通っていた学校に制服を 着てちょっとだけ入れるっていうのも、悪くないかも。 次期生徒会長が撮った写真を、樋口さんの所で大きくしてもらった。樋口さんの ところのおばあさんも、僕を見て喜んでいた。 大きくした写真で見ると、舞も僕も、ひいおばあちゃんとマサちゃんと完全に そっくりと言う訳ではない。当たり前か。写真に写っているのが舞と僕だって 事がはっきり分かって、僕が女子の制服を着て神社の前で記念撮影をしたと 大きな写真であからさまに分かって恥ずかしい。舞と同じ学校の制服を着て、 自分の方が年下みたいに見えるのも恥ずかしい。それに舞と僕が、同じ神社の前で ひいおばあちゃんとマサちゃんの真似をしているのも、ちょっと恥ずかしいかも。 でも80年前のひいおばあちゃん達の真似なら、嬉しいかな。 次期生徒会長にもう1回念を押された後、ひいおばあちゃんの実家へ戻る。 ひいおばあちゃんと僕が歩き始めたら、舞が戸惑ったような顔をした。 「あれ?なんでそっちに行くの?」 近道じゃない方向に歩き出したから、驚いてるんだろう。 「なんていうか、いつものお散歩コース」 そう説明したら、舞は納得したようなしてないような、そんな顔をして、僕たちの 後ろをついてきた。 いつものようにひいおばあちゃんと一緒に階段を下りる。でも僕はマサちゃんの 制服を着ている。80年前、ひいおばあちゃんはマサちゃんと一緒にこの階段を 下りたんだろうな。きっとこの階段は新品できれいな四角だったんだろうけど。 舞が階段を一段飛ばしで降りて来て、僕の隣に来た。80年前の制服姿の若い ひいおばあちゃんが隣に来たような気がして、胸がドキンとした。 「マサちゃんもマイちゃんも、今日は無理言ってごめんね」 今度はひいおばあちゃんの顔を見る。嬉しそうな顔を見ると、僕も嬉しい。 「そんな事ない。80年前の服を着られて、面白かった」 女子の制服だけど、ひいおばあちゃんの妹の制服なら、いいかな。 「私も、古い制服や古い写真を見られて、楽しかった」 舞もそう言った。階段が終わった後も続く石畳を、今のひいおばあちゃんと 80年前のひいおばあちゃんにはさまれて歩いているようで、すごくぜいたくな 事をしているように思えた。 お風呂からあがったら、浴衣が置いてあった。特に女物のようには見えない。 僕が分かってないだけかもしれないけど。帯がうまく結べずにジタバタしてたら、 ひいおばあちゃんがやってきて結んでくれた。でも帯をした後に鏡を見たら、 なぜか女物を着たような気がする。なぜだろう。恥ずかしいんだけど、 ひいおばあちゃんが見ているから、ついて行かない訳にもいかない。 ひいおばあちゃんと居間に行ったら、舞が同じ浴衣を着ていた。 「お兄ちゃんもそれを着たんだ」 同じものを着ているから、なんとなく自分の方が子供っぽく見えるような気が してくる。舞の隣に座るとそれが目立ちそうで嫌なんだけど、他に座る場所が ないし、ひいおばあちゃんが期待しているような目をしているし。仕方なく 舞の隣に座った。神社の前で撮った写真みたいに、僕の方が年下に見えている んじゃないかとドキドキするけど、ひいおばあちゃんが嬉しそうだし、いいか。 その後、ひいおばあちゃんも敏男さんも同じ生地の浴衣を着たから、恥ずかしい 気持ちが少しは収まった。ひいおばあちゃん、舞、僕が同じ浴衣というのは、 むしろ嬉しいかも。でも敏男さんも同じ生地のはずなのに、同じ浴衣を着ている という気持ちにはならない。なぜだろう? 夜の十時近くになり、ひいおばあちゃんは 「そろそろ寝ましょうか。マサちゃんとマイちゃんは、廊下の奥の部屋で寝なさい」 と言った。きれいに掃除をしている割に使われていなかったあの部屋で寝なさい、 と言われて、ちょっと驚いた。 「あの部屋で寝るの?」 舞も驚いている。敏男さんも『あれ?』という顔をしている。 「そう。あの部屋で寝てちょうだい」 ひいおばあちゃんがそう言うのなら、それでいいけど。 「そうだ。ひいおばあちゃんも一緒にあの部屋で寝ようよ」 舞がそう言いだした。確かにそっちの方がいいかも。 「そうねえ。そうしたいけど、あの部屋に3人はちょっと狭いから」 ひいおばあちゃんはちょっと残念そうに言った。 「じゃあ、ひいおばあちゃんとお兄ちゃんが一緒に寝れば?」 舞はそんな事まで言いだした。なんだか舞に色々と気を使ってもらっているような 気がする。妹の舞にそんな事まで気を使ってもらって、ちょっと申し訳ない 気持ちになるけど、でもひいおばあちゃんと一緒に寝るのは僕って事になるから、 舞に言ってもらうしかない。 「うーん。それはまた今度にしましょ。今日は二人で一緒に寝なさい」 「う、うん。ひいおばあちゃんがそういうのなら」 良く分からないけど、舞と一緒に廊下の奥の部屋に行き、布団を敷いた。 あまり広くない部屋に、同じ浴衣を着て舞と一緒に寝るなんて、かなり久し振りな 気がする。舞がこんなに大きくなってからは初めてかも。 布団を敷いた後、今日持ち込んだ箱の中を舞がのぞき込んでいる。 「ここにも写真があるよ」 舞がそういいながら、写真や本をいくつか取り出した。舞と一緒に布団の上で 横になり、写真を床に並べた。今日撮った写真もその横に並べた。 「これは入学式の写真かな?」 ざっと全体を見たら、見覚えのある顔が目に入った。 「舞がいる」 と指さした。 「私じゃないよー。ひいおばあちゃんかな?」 右のページに書いてある名前を見ると、『外村トミ』とひいおばあちゃんの名前が 旧姓で書かれていた。 「じゃあこっちの入学写真には…」 もう1枚の、たくさんの生徒が写っている写真の方を舞が見て。 「お兄ちゃんがいた」 僕が写っている訳じゃないんだけど、横に置いてある今日撮った写真と比べると、 同じ制服を着たたくさんの女子の中に僕が混じっているように見えてしまい、 舞の言った事に反論できない。 「でもマサちゃん、この写真で見ると意外と大きくて大人びてるね」 確かに舞の言う通り、周りの子はまだ小学生みたいな顔なのに、マサちゃんは 背も高くて、顔もちょっと大人っぽい。 「ほら、他の写真だと、背の高いひいおばあちゃんや上級生と一緒だから、 マサちゃんが子供っぽく思えたのかも」 でも、この写真で同級生と比べて大人びて見えるせいで、余計にマサちゃんが自分に そっくりに見えてしまい、高校を卒業した僕が、小学校を卒業したばかりの新入生に 混じっているように見えて、ちょっと恥ずかしい。 「こっちはひいおばあちゃんの友達とマサちゃんだ」 この写真には、ひいおばあちゃんの友達の妹も何人かいるようだけど、この中では マサちゃんが一番年下のようで、この写真では子供っぽく見える。背の高い ひいおばあちゃんと比べるとすごく子供に見える。僕も舞と並んでいたら、 このくらいに見えちゃうのかな。舞はこのくらい大人びて見えるのかな。 そんな事をつい考えてしまい、つい舞の方を見て、ちょっと恥ずかしくなる。 大人びた舞を見てドキっとしたのか、自分が子供っぽく思えてドキっとしたのか、 良く分からない。舞も僕の方をチラっと見て、なんだか嬉しそうな顔をしている。 僕はちょっと恥ずかしい思いをしているのに、舞は何が嬉しいんだろう? 舞が取り出した本のひとつは国語の教科書だった。 「へえ。なんか面白そう。明日じっくり読んでみようかな」 そしてもうひとつは日記のようだった。 「マサちゃんの日記なのかな?あ、そうみたい」 舞が開いたページを見ると。 『熱が収まり、姉さまと一緒に登校する。神社の桜は既に葉桜なれど、姉さまと見る 葉桜もまたよし。熱で休んだ間の話をタケさんに聞く。楽しさうな話ばかりで、 熱を出した事を悔やむ』 「マサちゃんって、こんな所までお兄ちゃんとそっくりだね」 舞が言う事がよく分からない。 「どんなところが?」 「ひいおばあちゃんっ子ってところが」 「いや、マサちゃんの場合は単にお姉ちゃんっ子なだけで…」 でも、ひいおばあちゃんと一緒に神社を歩いて楽しいというのは、僕も一緒だけど。 マサちゃんはあの葉桜を、ひいおばあちゃんと一緒に見たんだ。80年前に。 舞が別のページを開いた。 『今日も熱を出した。姉さまは一人で学校に行つてしまわれた。一人でこの部屋に いるのはやはり寂しい』 「マサちゃんって、やっぱり体が弱かったんだ」 「そうみたいだね」 「こっちのマサちゃんは元気いっぱいなのにね」 こっちのマサちゃん。舞が僕の事をマサちゃんと呼んだので、ドキっとした。 妹にちゃん付けで呼ばれて、ちょっとムッとしたけど、舞の顔を見たら若い時の ひいおばあちゃんに見えて、若い時のひいおばあちゃんにマサちゃんと言って もらったような気がして、怒れなくなった。むしろ嬉しいかも。でも舞が僕を ちゃん付けしたわけで。嬉しいんだけど、でもちょっと変な感じで。 さらに別のページを見ると。 『学校は休み。こんな日に熱が下がっても嬉しくない。姉さまと一緒に登校したい』 マサちゃんはひいおばあちゃんを姉さまって呼んでたんだ。そう思いながら、 日記の横に置いてある写真を見ると、一瞬舞と僕が並んでいるように見える 80年前の写真。そして舞の顔。なんだか自分が舞の事を『姉さま』と呼んだ 気分になって、すごく恥ずかしくなる。 朝起きると、割と遅い時間だった。昨日遅くまでマサちゃんの日記を読んでいた からかな。でも舞はいない。部屋から出ると、ひいおばあちゃんが朝ごはんを 食べていた。 「おはよう、マサちゃん。早く食べなさい」 「うん。舞はどこかに行ったの?」 「先輩から電話があったとか言って、制服を着て登校したわよ」 同じ学園内での持ち上がりとはいえ、入学式前なのに随分と忙しい事だ。 朝ごはんを食べ終わって、どうしようかと思っていたら、九輪女子の学園長が 訪ねてきた。 「朝早くからすみません。制服の他にも色々あると、細溝さんに聞きまして」 「ええ、捨てた方がいいのか良く分からないものもあって」 「たとえば?」 「そこに置いている、古い雑誌とか」 ひいおばあちゃんが指さした先にある雑誌の山の一番上を、学園長が数ページ めくった。 「これはすごいです。これはぜひ頂きたいものです。文芸部と歴史研究部が 喜びます。美術部も喜びます。後で取りに来させます」 一番喜んでるのは学園長に見えるが。 「あと、私の妹の持ち物が、服以外にもいくつか」 「ぜひ見せてください」 学園長を連れて、廊下の奥の部屋に向かう。 「昨日の夜、舞と一緒に写真とか本をいくつか見たんだけど」 「写真があるんですか。卒業写真などは学校で保存しているんですが、それ以外に あれば是非見せていただきたいのです」 部屋に入って、昨日取り出した写真や本を集めて。 「えっと、これはマサちゃんの入学の時の写真?」 まずはひいおばあちゃんに尋ねる。 「そうね」 「その頃の入学写真は学校の方にも残ってないかも」 「あと、これはひいおばあちゃんの入学の時の写真?」 「あら、この写真ってこの中に入れてたの?どこにやったのかと思ったら」 「これは制服じゃないけど…」 「そういう写真も重要です」 学園長は本当に嬉しそう。 「これは国語の教科書みたいですけど」 「そんな物まであるんですか。しかもかなりきれいで」 「他の教科の教科書も、箱の中に入ってるわよ」 「それは非常に貴重です。それぞれの教科の教員に見せたいものです」 「あ、舞が国語の教科書を見て、自分が読みたいみたいな事を言ってたんですけど」 「今日の所はどんなものがあるかを確認できるだけで十分です」 本当に嬉しそうな学園長が、時計を見て慌てだした。 「これから始業式があるので、また改めてお伺いします。雑誌は生徒達に取りに 来させますので、よろしくお願いします」 そう言って学園長はあわてて帰って行った。その後姿を見ながら、 「九輪の子が来るのなら、お手伝いしてあげないとね。マサちゃん、いいかしら?」 とひいおばあちゃんが言った。 「僕は別に構わないけど……まだこの恰好だから…」 朝起きた時のままだ。このままでは手伝いをしにくい。 「そうね。それじゃあ」 ひいおばあちゃんは箱の中から服を取り出した。何を着せられるのかと少し不安に なったが、普通の開襟シャツに見えた。言われるままに下着を着て、開襟シャツを 着て、変な形のショートパンツをはいて。膝上を縛ったへんなショートパンツに 戸惑ったけど、スカートを着るよりはまだマシに思える。 九輪女子の始業式が終わって掃除などすれば、きっと昼過ぎになるだろう。 それまでは廊下の奥の部屋で待つことにした。 マサちゃんの日記をパラパラめくって眺めていると、どうやらマサちゃんは この部屋を使っていたらしい。廊下の奥にあるから、他の部屋とは窓の向きが違う。 窓から小さな川が見えて、ちょろちょろ流れる音が聞こえるのはこの部屋だけだ。 そうか、マサちゃんは熱を出した日には、この部屋でひいおばあちゃんの帰りを 待ってたんだ。確かにこの部屋で一人だけなら、ちょっと寂しい。昨日の夜は 舞と二人で寝たから賑やかだった。でもこの部屋に一人だけで、自分も学校に 行きたいのに行けずに、姉さまの帰りを待つのは寂しいかも。舞みたいな顔を した大好きな姉さまが帰ってくるのを1日待ち続けるなんて。 「あれー、もしかしたらここにいる?」 声のした方を振り向くと、制服姿の姉さまが帰ってきていた。じゃなかった。 舞が帰って来ていた。ちょっとびっくりした。 「早かったね」 「私は始業式と関係ないから」 そういえばそうか。 「ところでお兄ちゃん、なんでそんな服装なの?」 良く分からない服を着ているところを舞に見られて、変な服じゃないと思いつつも、 やっぱり恥ずかしい。 「九輪の文芸部や歴史研究部が、古い雑誌を取りに来るっていうから、それに ふさわしい服装……だってひいおばあちゃんが言ってた」 「よく分からないけど……あの雑誌をみんなが取りに来るんだね」 昼過ぎに九輪の制服を着た集団がやってきた。舞よりも上級生に見える人達が、 玄関で待っていた僕を見て、僕を指さして 「提灯ブルマーだ!」 とすごく喜んでいる。僕はなんの事だから分からない。舞の方を見たら、 舞も笑っている。 「ああ、これが提灯ブルマーなんだ。そう言われればそうだ。実物を見るのが 初めてだから、今まで気付かなかった」 舞にまで笑われている。良く分からないけど、なんだか恥ずかしい。昨日は、 80年前とはいえ、舞と一緒に同じ学校の制服を着ていて恥ずかしかった。 でも今日の舞は、蔵を掃除した時と同じジーパンだ。今日は僕だけ笑われている ようで恥ずかしい。雑誌の山を適当な冊数ずつに分けて、やって来た九輪生に 渡したのだけれど、みんなから『可愛い』とか『似合ってる』とか 『これって本当にあったんだ!』とか『雑誌以外にも面白い物を見れた!』とか、 そういう事を言われ続けた。この服装でここまで言われるんなら、入学式で 制服を着て紹介されたら、どれだけの人になんて言われるだろう。