お散歩 注意:主人公は三十歳の男性ということでお 願いします(笑) ○京都  スニーカーからサンバイザーまで、下着か らバッグまで、全部デイジーラバーズの一ブ ランドで固める。光る星がちりばめられたジ ーンズ、大きなハートが描かれたパーカー。 ちょっぴりどきどきしながら、玄関から一歩 を踏み出し、駅へと向かう。  誰もいない通りなのに、知っている人に会 いそうな気がしてちょっぴりドキドキする。  駅に着く。駅には知らないおばあさんと私 だけ。ちょっぴり安心する。電車に乗って、 京都まで行ってしまえば、もう安心…のはず。  電車が止まり、扉が開く。中に飛び込む。 土曜なのに結構混んでいる。たくさんの視線 がこっちに向いているような気がする。恥ず かしいような、でもみんな知らない人達だか ら関係ないよ、普通にブランドで固めた女子 小学生らしくしていれば。  右側では制服姿の女子高生三人がおしゃべ りをしている。左側ではOL二人が携帯電話 をいじりながら、時々小声で話している。年 下の女性に囲まれている中で、幼い服を着て 小さくなる。いいもん、私の方がかわいいん だから。目線の高さが同じ女子高生を見る。 ぷくぷくほっぺ、高校の制服、友達と楽しそ うに話す笑顔。ちらっと目線が合う。私を見 て、なんて思っただろう。ひとりぼっちで電 車に乗ってる女子小学生、かな。キラキラの 女の子の服を着た男の人、かな。ハイヒール の分だけ目線が高いOLを見る。濃いメーク、 イヤリング、何も話してない時でも親しげな 雰囲気の二人。一瞬私の方を見下ろす。なん て思っただろう。ガキっぽい服着た女の子、 かな。自分たちより年上の男が女子小学生み たいな恰好をしている、かな。三十分間、年 下の女性に囲まれたまま、一番年上の男一人 が幼くて可愛い恰好で小さくなっている。ど うせ私はぺちゃパイなんだし、こんな服でし か可愛くなれないよ。  京都について電車を降り、駅の外に出る。 知らない人達が脇を通り過ぎて行くだけ。少 し気楽な気分で、お気に入りの服を着て街を 歩く。時々女子小学生を見かけて、ちょっと だけ、ほっとする。同じような服を着ている 子がいるんだ。あっちは本物の女子小学生だ けど。あの子達と一緒なんだ。歳は一回り以 上違うのが、ちょっと恥ずかしいというか、 気分が落ち込むというか。  バスに乗り込み、今日の目的地へ向かう。 同じ目的地に向かっている女子小学生とその 母親がバスの中にいくつも見える。みんな、 同じ私立女子中学の体験入学に向かっている んだろうな。今日一日だけの体験入学だけだ けど、ここにいる女の子達と同級生になれる んだ。あの子も、あの子も、あの子も、今日 は同級生。それとは全然関係ないおじさんお ばさん高校生もバスに乗っているけど、自分 の顔に「今日私は女子中の体験入学に参加し ます」って書いてあってみんなに見られてい るような、そんなちょっぴり恥ずかしい気分。  バスを女子小学生の中に混じって降りる。 女子中に向かう坂道をみんなに混じってのぼ る。ちょっぴりドキドキ。校門の前に、先生 達が立って案内しているのが見えてきた。も っとドキドキ。先生達の前を通って女子中の 敷地に入る。さらにドキドキ。これから半日、 みんなの目の前で、私は女子小学生として過 ごさなきゃいけないんだ。  講堂脇の、人目の少ない場所に向かう。少 し待つと、ちょっぴり懐かしい顔がやってき た。十二年前に小学六年生、仲良しだった洋 子ちゃん。今ではこの女子中の先生。十二年 前に仲良しだったあの顔が、先生らしい大人 びた顔になってやってきた。懐かしい顔を見 て、「洋子ちゃん」と声を出して呼びかけた くなるけど、十二年前とは違う大人の顔にち ょっぴり戸惑い、なんと呼びかければいいの か迷う。 「久し振り、本当に来てくれたんだ。あなた 全然変わらないわね、十二年前と。」 「本当に先生になったんだ、私より背が高く なったし。」 「これはハイヒールはいてるから。今時の小 学生はそういう服が流行りなの?」 「うん。ほら、あの子も同じブランドの服を 着てるし」 「全然変わらないなー、十二年前に戻っちゃ った気分。十二年前の体験入学の時に、一人 じゃ寂しいからって一緒にここに来てくれた わよね。」 「そうだったね。この中学にくるのって十二 年振りかな?」 「今日も私が誘って、あなたと一緒、なんだ。 でも、私は先生として。あなたはまだ小学生 として。」 「洋子ちゃん十二歳も年上になったんだから、 やっぱり敬語使わないといけないよね。今日 一日、よろしくお願いします、先生。」 「うふ、私って大人になったんだなー。もし かして来年、あなたが私の教え子になっちゃ うのかな?」 「…入学できれば。私でも入学できますか?」 「え?んー、させてあげたいけど、私ってま だそんなに偉くないからー」 「先生、早く偉くなってください」 「うん」 彼女は私の頭や顔をなでながら、私を見つめ る。  十二年振りのお喋りの後、私は一人で講堂 に入る。他の子は大抵親か友達と一緒。一人 ぼっちなのは私くらいかな。講堂の前の方に 洋子ちゃんが先生として立っている。私は今 でも小学生の側。女子小学生に混じり、先生 として働く洋子ちゃんを見る。  説明の後、私は洋子ちゃんが教える美術ク ラスを選ぶ。同じクラスを選んだ女子小学生 の中に混じり、列を作って教室へ向かう。他 の女の子の親達の視線を全身に受けながら。  コンピュータの並んだ部屋に入り、コンピ ュータを使った美術の授業。教壇で洋子ちゃ んが説明した後、二人一組で課題に取り組む。 洋子ちゃんは教室の中を歩きながら、みんな を見て回る。もちろん優しそうな顔で私の所 にも来てくれた。  私と組むことになった隣の女の子が尋ねて くる。 「コンピュータ使うのうまいね。ねえあなた、 どこの小学校なの?」 「枚方の小学校」 「結構遠くから来てるんだ」 「そんな遠くないよ、電車1本とバスでちょ っとだから。あなたは?」 「歩いて20分くらい」 「そんなに近いんだ、いいなー」 「電車で通うなんて、私憧れちゃうなー。ね えねえ、来年同級生になったら、あなたのう ちに遊びに行ってもいい?」 「…うん、いいよ」 大嘘を口にする。来年同級生になる事なんて 絶対ないんだから。  授業が終わって、隣の子と 「来年同級生になれるといいね」 といいながら別れの握手する。たった1日だ けの同級生ともお別れ。教室を一人で出る。