先輩

 今日は入学式。ようやく私も短大生。どうしても小学校の先生になりたくて、 2浪までしてようやく入った短大。でも子供の数も減って小学校の先生になるの も大変みたい。大丈夫かしら。いえ、頑張って先生になるのよ。
 私の同級生たち。多分ほとんどが現役なんだろうな。だって推薦入試で入った 人が多いんだから。私が高校3年だった時に1年生だった人達……あの頃はすご くガキに見えたはずなのに、今はそう見えない。同じ短大1年生として肩を並べ ているからかしら。新入生名簿に目を通す……出身校欄に目が行ってしまう。で も同じ出身高校の人がいないと分かって、なぜかほっとする。
 式典が始まるまでまだちょっと間がある。隣の人が話しかけてきた。
「あの、どちらの学科?」
「初等教育です」
「あら、同じクラス。私、内田です。よろしくね」
「あっ、こちらこそ。菊地です」
「どこに住んでるの?」
「田島市です。西田島」
「結構遠いわね。私はすぐそば」
この人も私が高校3年の時1年生だったんだ。そんな人から、こんななれなれし い話し方されるなんて……でもよその高校の人、知らない人。気にしなければ、 同じ年の人だと思えばいいんだ。よその高校の同じ学年の人だったんだと思えば。
 式の後にオリエンテーションがあって、最後は学科の新入生歓迎会。広い教室 にお菓子を並べ、先生や上級生も集まっている。上級生がどんどん話しかけてく る。確かに上級生っぽい、年上らしい感じの人達。私に話しかけてくる言葉も、 下級生に対する話し方。
「あなた、どこの高校だったの?」
「田島高校です」
「あら、結構遠いわね」
「時間かかるでしょ?」
「はい、でも2時間はかかりません」
でも高校では1学年下だったんだ、2年前には私がこの人達にこういう話しかけ 方をして、あの人達が敬語を使ってたんだ……だめっ、気にしちゃ。しゃべれな くなっちゃう。よその高校の人なんだから関係ないっ。
「え、ねえねえねえ田島って言った子はどの子?」
「あ、この子よ」
「あなた、私の、田島高校の後輩なのね。なんか嬉しいな」
「ええ…」
えっ、ちょっとどういうことよ。
「私、林っていうんだけど……あの学校大きいから知らないかな?」
「……はぁ」
「あなたはなんて名前?」
「菊地です」
「んーと……えーと、そうだ、あなたバレー部?」
「えっ?はい」
「やっぱり。確か菊地ってバレー部にいたような気がしたんだよね」
え?……バレー部って……この顔、そう言えば……
「バレー部って特に人数多かったから、覚えてないかもね」
「あっ、そうだ林静香…」
「そうそう、覚えててくれたんだ」
確かにバレー部の後輩にいた。化粧してるからすぐには分からなかったけど、あ の林だわ。結構運動神経良くて目立ってた子で、時々カツ入れする時に、レギュ ラー取れない人が特にいじめてた奴。まさかこいつがここにいたなんて……
「バレー部の後輩がこの短大の同じ学科に入ってくるなんて、嬉しいな。」
……なんだか林の奴、私を後輩だったと思ってるみたい。私目立たなかったから、 よく覚えてなかったのね。ばれたら大変、ばれないようにしなきゃ。
「分からない事があったら先輩になんでも聞くんだよ」
でもそうすると、私はバレー部で1年後輩だったことにしなきゃいけないんだ。 この人は以前から私の先輩だったことに…2つ下の後輩だったあの子達と同級生 だったことに…
「あっ、はい…林…せんぱい…よろしくお願いします…」
 家に帰ってから、ふとんに入ってもなかなか寝つけなかった。2年ちょっと前 には3年のクラスじゃなくて1年のクラスにいたことにしなきゃいけないんだ。 2つ下の後輩の顔を思い出して、この人達と同級生だったはずなんだ。林を始め 1つ下の後輩の顔を思い出して、この人達は先輩だったんだ、この人達には敬語 を使って、頭を下げてたんだ。

 次の日から、私はいつも林について回るようになった。授業は学年が違うから 別だけど、休み時間や放課後になると、向こうが呼びにくる。呼ばれると、先輩 についていかない訳にもいかない。いつもそばにいるから、林のことを嫌でもは っきりと「先輩」と呼ばなきゃいけない。時々使いっ走りもさせられる。2年ち ょっと前は私が先輩だったのに、私がいじめて、使いっ走りさせてたのに……。
 試験が近づくと、林は勉強を教えてくれた。とても役に立ったけど、自分が下 級生だというのを自覚させられる。そして林の顔を見ると、自分も林も制服姿だ った時を思い出す。私は3年生、でも1年生、バレー部の1年生と一緒に2年生 の林に勉強を教えてもらっている、そんな気持ちになる。
「ねえ、あなたと同じ学年だった北川さんって、大学行ったの?」
北川さん……予備校でたまに見かけて、話したことがある。
「確か4年制を受けたはずですけど、どこに受かったかまでは…」
「クラス違ったの?じゃあ分からないよね」
なんで北川さんの事を私が教えてるんだろ。でも北川さんは今、私と同じ学年な んだ。北川さんと同級生ってことに…

 試験がようやく終わったある日。
「よし、明日は土曜日だし、今日は石原んちに泊めてってもらおう。で、飲もう」
「え、夜あんまり遅くなると……」
「試験終わったんだから構わない構わない」
「でも…」
「先輩のいうことが聞けないかっ」
「え…はぁ分かりました」
「よしっ」
 石原という上級生の家に着いてからは、お酒も入ってすごい勢いだった。
「1年生、といえばやはりアレだよね、バレー部音頭」
「はあ……」
「さ、菊地っ、脱げ」
「えっでも」
「3年前も脱いだんだ、今更恥ずかしがるな」
「そんな……」
「バレー部の伝統だっ嫌とは言わせなぞっ」
仕方なく裸になって、高校一年生の時にやったようにラジオ体操をやった。確か に1年生の時にやった事。でもあの時は上級生の前でやったのに、今度はバレー 部の後輩の林の前。なんでこんなことまでしなきゃなんないの。
 夜遅くなってようやく家に帰り着いて、すぐに寝た。でもその夜、夢を見た。 3年生の私が、1年生に混じってバレー部音頭を踊る夢を。林を始めとした2年 生、そして同級生のはずの3年生が見ている前で、1年生に混じって裸になって 踊る私。踊り終わった私達に、林は「それでこそ私達の後輩だ」と言った。あの 人はもう私の後輩じゃない、私達の先輩。2・3年生はコートの真ん中で練習。 私達は隅で基礎練習。林先輩に話す時はやっぱり緊張する。丁寧な敬語で話す。 他の1年生と一緒に使い走りをさせられる。でも体育館から出るとみんなでお喋 り。みんな仲良し、だってバレー部の1年生、林先輩達の後輩。

 月曜日、顔を合わせたとき「先輩、おはようございます」と自然に出た。この 人は私の先輩、高校の先輩。なんだかそう思えてきた。先輩の前でバレー部音頭 を踊ったんですもの、北川さんや三田さん達と同じように。一時期私が先輩だっ たなんて嘘よ、きっと。今短大で私が後輩になったのも、本当は始めから後輩だ ったからよ。あの卒業アルバムは間違いよ、捨てちゃおう。誰かから本当の卒業 アルバムをもらおう。

 教育実習や教員採用試験で忙しくなって、林先輩と一緒になる機会は減った。 だけど、会うと来年私が就職活動をやる上での参考になることを色々教えてくれ た。うん、やっぱり林先輩は優しい。
 そして林先輩は卒業した。先輩は心の中に、私を高校・短大時代の後輩として 留めておいてくれるはず。だから私も、高校・短大時代の大切な先輩として林先 輩を忘れない。

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