夏休み終わっちゃった。今日から登校。 いつの道を歩いていく。 「おはようございまーす」 「おはよう」 いつものように……あれ? 「…あんた、いつまでやってんの。6年生に なって、もう半年近くなるでしょうが」 「あ、うん、なんかつい…」 由理だ。私の事がまだお姉ちゃんに見えちゃ うのかな?私のセーラー服姿が頭に焼き付い てるのかな? 「でね、私は見てたけど、見た事ある制服だ とは思ったけどー、良く分からなかったの。 お兄ちゃんは見てなかったの。お兄ちゃんの 友達が、絶対に西塚山の制服だっていうの」 「へ、へー」 「中学校ではすんごい噂になってるらしくて、 『あれは誰?』ってみんな言ってるらしいの。 まだ誰だか誰も分からないみたいだけど。で、 その隣が『妹です』って言ってたから、私達 の小学校か、隣の小学校って事になるよね?」 「う、うん、そうだね」 「6年生って言ってたから、うちのクラスの 女子かもしれないよね。誰だろう?」 「わ、わたし、その日は、多分、見てないと、 思うから、分からないけどー」 「顔は見えなかったから、誰だか分からない けど。…由理ちゃんの声に似てたかな?」 「え、え、え?そうなの?」 「テレビ局まで行ったわけだよね、いいなー。 しかもあんな近くで芸能人と話したんだよね。 お姉ちゃんに連れてってもらったんだよね。 うちのお兄ちゃんは、そんな事してくれない もーん。いいなー。由理んとこのお姉ちゃん は、そういうとこに連れってくれるの?」 「最近は部活で忙しいとか言ってるから…」 「由理んとこもそーかー。誰だか知らないけ ど、いいなー」 「う、うん、いいなー」 「おはようございまーす」 「あ、おはよう」 「おはよう」 「おはよう」 「おはよう」 ……今のは5年生だ。私に言ったのかな? この3人に言ったのかな?ま、いいか。 「149・3センチ、はい、つぎー」 2学期の身体測定の日。 「トモちゃんすごい、もうそんなにあるの? 4月からすごく伸びてない?」 「4月から…4センチちょっと?」 「すごい。1年で10センチ伸びるんじゃな いの?」 「そんなにいくかな?」 「150センチが麻理ちゃんとトモちゃんの 二人もいるんだよね。すごーい」 「はい、つぎー」 「あ、私だ」 「144・3センチ」 「うーん、3センチくらいしか伸びてないよー」 「はい、つぎー」 私の番だ。 「149・7センチ」 「え?麻理ちゃん、まだ150cmなかった んだ。もうとっくに155cmくらいあると 思ってた」 「そ、そんなに急には伸びないよ…」 「そだね、私も3センチくらいしか伸びてな いし」 私は1センチも伸びてない……あと3ミリで 150センチだけどね。うん。 「はーい、まずは整列してー」 今日は社会科見学の日。電話局だって。 「それでは、見学の途中でおトイレに行かず に済むように、今のうちに行っておいてくだ さーい」 亜季ちゃんと二人でトイレに向かう。 「あ、私、後でいいよ。ささ、亜季ちゃん、 どうぞどうぞ」 「あ、それでは」 ぱたん。ばしゃー。ぱたん。 「じゃあ、私、戻ってるから」 「うん」 それでは私が。ぱたん。 ……………。 ……………。 「2組の人ー。もうみんな入りましたねー?」 え、なに、もう?やば、早くしなきゃ。 ばしゃー。ばたん。ぱたぱたぱた。 「えとえと、2組です、もう入るんですか?」 「え?2組なの?仕方ないわね。とりあえず 3組と一緒に入りなさい。組に戻るのはここ が終わった後。はい、3組、入ってー」 適当に列に入って、少し階段を上がって、 分厚い扉の中へ。薄暗い通路をちょっとざわ ざわしながら歩いていく。すぐに大きな部屋 の入口へ。 ……あれ?うちの学年って、2組までしかな いんだけど?周りを見回しても知ってる人が いない。1組にだって知ってる人がいるのに。 それに男子がいない。先生も知らない顔ばか り。名札を見ると、全然違う。もしかして、 別の小学校に紛れ込んじゃった?よく見ると 背が高い人が多い。5年生か6年生だよねー。 困ったなー。 「はい、全員入りましたね、閉めまーす。 みんな早く座ってください」 もう始まっちゃうんだ、いまさら出れない。 違う名札だとちょっとはずかしいから、外し ちゃおう。目立つと困るから、身長が同じく らいの人の所に。もうちょっと後ろかな、 前かな、この辺だ。学年が違うから、意外と 前になった。 「あなたが、2組で遅れて入った人?」 「ははは、そうです。ちょっとトイレに時間 がかかっちゃって」 「それはしょうがないよ、うん」 「はは、はは」 「でも、6組まであるから知らなかったけど、 あなたみたいな人がいたんだー」 「はは、はは、私も全員は、知らないかな?」 「そうだね、私も全員知らないし。でも今日 知り合えたんだから、それもいいよね」 「あはは、ははは」 「はーい、静かにしてくださーい」 「あ、あ、あ、はい。では、神城台女子学園 中学校1年生のみなさん、こんにちわー」 「こんにちわー」 え、中学って。だからこんなに前に来ちゃっ たんだ。ここの中学は制服がないの?うーん、 どうしよう。 「今日はみなさんと電話についてお勉強しま す。まずは電話が発明される前のお話をしま しょう。といっても、まずは電気がないと、 電話も何も使えませんね。電池や発電機が発 明されたのが、今から二百年くらい前です。 二百年前ってどのくらい昔だと思いますか? 大昔?おじいちゃんのおじいちゃんのその またおじいちゃんの…」 ……どうせ聞く話の内容は同じだから、いい かな?中学1年って事は、あのビデオを見た 時の人達と同じ学年だよね。とりあえずそれ で納得しとこう。 「…さて、これで電話を使って遠くの人と話 す事が出来るようになりました。でも、これ だと電線でつながった二人同士しか話せませ んよね?今なら電話機が五千万もあるんです。 昔はもちろん少なかったわけですが、それで も百人いたとして、今この部屋に百人くらい いるわけですが、百人のうちの二人同士、 どんな組み合わせでも話せるようにしたい。 そこで交換機というのがあるわけです。これ が明治、大正、昭和の初め頃に使われていた 交換機を簡単にした模型です。これで実際に、 昔の電話のかけ方を体験してみましょう。 じゃあ、君、前に出て。君も、ここに来て。 前ばっかりじゃなんだな。この列の一番後ろ の人。うん、君、前に来て。交換手役はねー、 横の…端っこの、君」 へ?隣?前?私? 「うん、君、こっち側に来て、ここに座って」 目立たないように後ろの端に座っいたのに、 なんで全然よその、そもそも小学生の私が 一番目立つような事に… 「がんばってきてねー」 私を同じ中学校の同学年だと思って見送る、 全然知らない人の声を背に、仕方なく前に 出て、すごく古そうな椅子に座る。 「この椅子だけは、実は本物です。昭和十年 頃に使われてたものです。すごいんですよ」 そんなところに全然関係ない小学生が座って いいの? 「はい、これを頭にはめて。それでは、まず 電話番号1番のあなたが、電話番号2番の人 に電話をかけます。どうするか。電話の受話 器を取って、ほら取って。で、電話局の人に、 あの人に、『2番の人につないでください』 とお願いします。はい、やってみて」 「2番の人につないでください」 「で、あの交換手、という係の人が、1番の 電線と2番の電線をつなけるわけです。そこ にある、うん、それ、その電線で、この1番 と2番を、そう、差し込む」 言われるままに電線を穴に差し込む。 「で、ベルが鳴ります」 じりじりじりじりじり。 「はい、2番の人、とって。1番の人話して」 「えーと、あー、もしもし」 「あ、聞こえた、もしもし」 「ほらお話してー」 「えっと、なんでしょうか」 「分かりません」 「これで1番の人と2番の人がつながった。 3番の人は関係ない。じゃあ受話器を置いて。 今度は3番の人が2番にかける。同じように やってみよう」 がちゃ。 「2番の人につないでください」 えーと、これをここに差し込んで。ぷす。 じりじりじりじりじり。がちゃ。 「もしもし」 「あ、こんにちわ」 「はーい、ありがとう」 元の席に戻る。 「おつかれー」 疲れた。 「昔はこんな風に、人の手で電話をつないで いたのです。電話をつなぐ専門の人がいた訳 です。ま、百人くらいだったらこれでいいん ですが、同じ市の中だけで何万台もあって、 それ手でやってたら、ものすごくたくさんの 人が必要です。そこで、同じ作業を自動でや ってくれる機械が作られました。この写真が それです。人がやってた事を、そのまま機械 が真似してるんです。すごい機械でしょ。 モーターでスイッチを切り替えていくんです。 自動化されたけど、こんな大きな機械で、 故障も多くて大変だった。そこで、今は全部 をコンピュータでやるようになりました。 音の信号も数字に直して、全部コンピュータ でやるようになりました。今からその機械を 見に行きましょう。はい、そちらの出口から」 「はい、1組から2人ずつ並んで、この中へ 進んでください」 ざわざわざわざわざわ。 私も立ち上がる。さすがに中学生の中だと、 私も小さい方かな。でも私より小さい人が 五人以上くらいいるかな、このクラスで。 それよりも、同じくらいの身長の人がこん なにいるっていうのが、ちょっと不思議。 私が普通くらいの身長だったらこんな感じ になるのかな?  みんなと一緒に暗い部屋に入る。 「はーい、今みなさんの目の前にある機械が その機械です。といっても中身はコンピュー タです。普通のパソコンにはキーボードや モニターがついてますが、ここには見当た りません。実は別の部屋にあります。そこに 行きましょう。先に進んでください」 また明るい部屋に入る。私の後ろに来た人、 すごく背が高い。さすが中学生だねー。 大人っぽいって言われる私だけど、中学生の 中だと普通くらいかな。私や後藤さんよりも ずっと大きな、本当に走るのに邪魔そうな人 もいるし、小学生と変わらないよって人も いる。自分が普通ってのが不思議。ってのも 変かな? 「以上でおしまいです。お疲れ様」 「ありがとうございました」 がやがやがやがや。外に出る。疲れたー。 「ねえねえ、隣のクラスなんだから名前教え てよ。……あれ、名札してないなー、先生に 言っちゃおうかなー」 え、それはちょっと。……別に本当の事を 言ってもいいよね、もう会わない人だし。 「あ、あのね、実はね、私ね、別の……別の …中学校なんだ。間違えて入っちゃったの。」 「え?なにそれ。面白すぎるわよ。それで、 ずっと最後まで、別の中学の中に混じって?」 「そうなの」 「オマケに前にまで出て?」 「そうなの」 「面白いわねー。面白いから名前教えてよ」 「横井、麻理」 「私は、工藤裕香。…マリちゃん、すごいわ ねー、私、それはちょっと真似できない。 すぐに外に出ちゃうわ。ほんとすごい」 「そんなにすごいかな、ユウカちゃん」 「すごいわよ。…どこの中学よ」 う、それは困った…近くの中学でいいか、 どうせ中学生になったらあそこなんだし。 「西塚山中学」 「じゃあ住所調べて手紙出してあげるね」 「学校に送られてもちょっと…」 「それもそうかな?そこに住んでるって事が わかるだけでいいかな、お互い。じゃあね、 マリちゃん、面白かったわ」 「ユウカちゃん、わたしも面白かった」 中学生の同級生が出来たような、そんな気分。 急いでバスの方に戻る。 「横井さーん、どこ行ってたのー、出ちゃう わよー」 は?もう出ちゃう?間違ってみんなより先に 入っちゃったと思ったのに。なんで? とりあえずバスにかけこみ、席に座る。 「麻理ちゃん、どこ行ってたの?見学に入ら なかったんでしょ?先生はさっきまで気が付 かなかったけど。」 「ちょっと慌てて、みんなより前のグループ に入っちゃったみたい」 「前のグループ?他の小学校が来てたの?」 「う、うん、それに紛れ込んじゃったみたい。 声がしたからトイレから慌てて出て。すぐに 入口だったから、そのまま入って。だから、 見学はしたの」 「トイレから出てすぐ?私達、建物の反対側 に回ったんだけど」 「え?入口が違ったの?……えっと、まずは お話聞いて、古い機械で試して、暗い部屋に あるおっきなコンピュータを見て、おっきな テレビとたくさんのスイッチがある部屋に行 って…」 「そんなの見てない。おっきなテレビとたく さんのスイッチは見たけど」 ……小学4年用と中学1年用と、見学コース が違ったみたい。 「はーい、まっすぐ並んでくださーい」 2学期の終業式。これで冬休み。 「ねえねえトモちゃんトモちゃん、こっち。 麻理ちゃん、こっち」 「なによなによ」 「ちょっと並んで。背中つけて。そうそう。 ……いっちにーの、よっと」 亜季ちゃんが飛び上がった。 「よっと」 もう一回。 「うーん、トモちゃんの方が大きくない?」 「そう?」 「このくらい」 「ちょっと手で触らせて」 トモちゃんが、私の頭と自分の頭を何度も 触ってる。 「…うん、そうかも」 自分も恐る恐る触ってみる。うん確かに… 「トモちゃんの方が高い……ね」 「トモちゃん、春からもう10センチくらい 伸びてない?」 「そこまではさすがにないと思うけど…」 「だって麻理ちゃんも私も伸びてて、それよ りもすんごく伸びてるだもん。麻理ちゃん 追い越しちゃったんだよ?」 「うーん、そう言われるとそうかもしれない」 「トモちゃん、にょきにょき伸びて、すごく 大きくなるんじゃないの?2メートルくらい になるんじゃないの?」 「そこまで大きいのもちょっと嫌だけど…」 「静かにー、終業式を始めまーす」 「えっと、それじゃ……わたしの方が、後ろ、 なのかな?」 「…私が、前、ですね。失礼します」 「どぞ」 一番後ろじゃなくなっちゃった。後ろに人が いるのって、ちょっと変な、複雑な、気分。 「おはようございまーす」 「おはよう」 えっと、今のは…どうみても3年生くらいだ ね。もう5年生になったんだから、別に気に しなくてもいいんだけどね。 「おはよう、ござい、まーす」 「おは……」 …なに、今のわざとらしい言い方は。横を見 ると、セーラー服を着た人が立っている。 由理だ。 「ごめんなさい、横井さん。私みたいなのが 先にこれ着て中学校に通うなんて」 「いえいえ、そちらは本当の中学生ですから。 私はまだ小学5年生ですし」 とはいえ、確かに、小学生が中学の制服着て るようにしか見えないな。テレビに映ってた 去年の私の方がまだ似合ってた。 「お姉ちゃんがまだ小学校に通ってるのを 見るのが悲しいよー」 「はいはい。でも、結構背が伸びたんじゃ ないの?」 「うん、結構伸びたよ。先に中学入っちゃっ たんだから、追い越さなきゃー。それじゃー、 バイバーイ」 「バイバーイ」 「おはようございまーす」 「おはよう」 ……今のは、6年生だね。 「154・0センチ、はい、つぎー」 5年生になって、身体測定の日。 「トモちゃん、10センチくらい伸びてるん じゃないの?」 「1年で9センチだってば。ほら、すぐあん たの番よ」 「はい、つぎー。151・0センチ」 「そういう亜季ちゃんは?」 「…うっ」 「あんたが10センチ伸びてるじゃないの!」 「そうです、すみません」 「はい、つぎー」 私の番だ。 「150・3センチ」 「えーと……あれ?もしかして、私って麻理 ちゃんより高いの?」 「そりゃ10センチも伸びてるでしょうが!」 「はい、そうです、すみません」 …えーと、私は1年で2センチも伸びてない んだ。亜季ちゃんよりも低いんだ。そっかー。 そうなんだー。 がやがやがやがや。 「はい、早く並んで」 全校集会で講堂に行くために列を作る。 ……私はー、後ろから、3番目になったんだ。 亜季ちゃんの前だね。うん。 「でお兄ちゃんがー……あれ?麻理ちゃんは ……あ、そうか、うん、そうだね。うん。」 二人も後ろにいるって、ちょっと慣れなくて、 居心地が悪いかな。でもこれが普通だよね。 普通になっただけだよね。すぐに慣れるよ。 「はーい、では講堂へ行きまーす」 普通の小学生になった気分。小学生だけど。 「あれさー、去年やったよねー」 「こうやって見ると、なんかはずかしいかも」 「それを去年やったんだよー、私達」 「きゃー、はずかしー」 「堀田さーん、ちょっといいかなー、お願い があるんだけどー」 「はい、なんでしょうか?」 「ちょっとこっち来て欲しいんだけど」 「はい」 …多分、去年私がやった事かな。トモちゃん が一番背が高いんだし、当然だよね。 「それではしばらく休憩します。30分後に ここに戻ってきてください」 ざわざわざわざわ。 今日は社会科見学。割と近くのお寺。なんで いまさらこんなところなの?なんか結構来て るような気がする。 「おみやげ買おうよ」 亜季ちゃんと売店に行く。亜季ちゃんは奥ま で入っていくけど、私は手前の方を見る。 うーん、あんまりお菓子はおいしくなさそう な感じ。 「あのー、すみません」 「はい、なんでしょうか?」 制服を着た男子だった。中学生くらいかな? 「ちょっと道が分からなくなってしまったん ですけど、駐車場はどちらでしょうか?」 「えーと、地図とかは持ってないんですか?」 「えっと、こういうのを一応」 「駐車場は3箇所くらいあるんですよ。どれ だか分からないと……あ、この本堂の、右手 に入って先の方に、大きな空き地があるんで。 そこです。バスですよね?」 「そうです」 「バスならすぐ分かると思います」 「ありがとうございます……良かった」 「助かった……でも、今の小学生だったぞ」 「うそだろ、高校生くらいだろ。おれ達より 全然大人だろ」 「だって、名札してたもん。なんとか小学校 って書かれた」 「えっ」 一人が振り返る。私は横向いて知らん振り。 「…良く見えないけど、なんか小学生っぽい 名札だ。なんか不釣合いだよな、あの顔と体 に小学校の名札って」 「まあそれはそうだ。道に迷ってなかったら、 おれナンパしてた」 「おいおい、お前は年上この……じゃないん だよな…」 「おはようございまーす」 「おはよう」 もう6年生だから、上級生からあいさつをさ れる事もない。ま、それでいいか。 もうすぐ始業式が始まる。 「でさー、うちの兄貴と取っ組み合いのケン カしちゃったの。これがその時の傷。もう、 全然手加減しないの。私の事女と思ってない のかな?」 私の後ろにいる桃子ちゃんが話し続ける。 私が口を挟む暇もなく。組替えがあったから、 亜季ちゃんとは別のクラスになっちゃった。 でも亜季ちゃんすっごく背が伸びて、もしか したら、もう160センチあるかも知れない。 トモちゃんは去年の秋で160センチ超えて た。もちろん今も一番後ろ。私は高いほうか ら6番目くらいかな?去年から1センチも伸 びてないと思う。間に四人か五人も入ってる から、話す事も少なくなっちゃってたし。 でも胸は成長してるみたい。それだけは周り と比べてしっかり目立ってる。 「それでは、始業式を始めます」 「はーい、6年生の出番は次です。並んでく ださい」 ぞろぞろと並び始める。段々と列がきれいに なっていく。でも私の隣は空いている。欠席 らしい。 「ちょっと待っててね。高田さんの代わりを 探してくるから」 こんなこと毎年やってるのかな?二人三脚だ から一人だけ休むとこういう事になっちゃう んだけど。私の相手はどこから連れてくるん だろう? 「えーと、どこでもいいんだけど、休んでる 人のところでいいわね、ここで」 「よろしくお願いしまーす」 「よろしくおねが……い」 え、私より背が高いかも。座ってるから分か らないけど。 「はい、みんな立って」 6年生が一斉に立ち上がる。私が組む相手も 立ち上がる。…確かに私より大きい。多分 5年生だよね。私より大きな5年生っている んだ。私より背が高い下級生なんて考えもし なかった。でも、私より低い上級生がいたん だし、私も6年生の中ではちょっとだけ高い 方、って程度だから、まあ、ありえなくはな いけど… 「次は、6年生、二人三脚です」 アナウンスが流れて、列がスタートラインの 方へ動く。 「私、いきなりで全然練習とかしてないです けど、大丈夫ですか?」 私を見下ろしながら言う。 「え?あ、そうね。それじゃあ、真ん中の足 から、いっち、に、いっち、に、くらいの 速さで。それで大丈夫……だと思う。あ、 足を縛らないと」 周りが足を縛り始めたので、私達も始める。 「一回やってみますか?」 「あ、うん、そうだね」 一旦立ち上がる。 「えーと、せーの。いっち、に、いっち、 に、いっち、に、いっち、に、いっち、に、 いっち、に。あ、大丈夫だね、うん」 前の人達が次々とスタートして、私達の番。 相手は私の肩をしっかりとつかんできた。 私は、少し高い方になんとか手をかけた。 「いちについて、よーい」ぱん。 「せーの、いっち、に、いっち、に、いっち、 に、いっち、に」 最初は結構順調だったけど、段々とテンポが 合わなくなってきた。 「あっ」 二人一緒に転んでしまった。 「154・5センチ、はいつぎー」 2学期の身体測定。 「150・8センチ、はいおわりー」 …1ミリも伸びてない。 「ねねね、麻理ちゃんはいくつだった?」 弥生ちゃんが尋ねてきた。 「150・8センチだって」 「じゃあ私の方が2ミリだけ大きいんだ」 「へーそうなんだー」 「ちょっとだけ大きくなったんだ、へへへ」 「はい、降りてください、早く降りて、あっ ちに並んで、はいはい、早く」 修学旅行。社会科見学よりも遠いところへ、 泊りがけで。……列車で1時間半って、そん なに遠いかな?由理と一緒に、電車を何度も 乗り継いだ時の方が遠かったような気がする。  まずはバスに乗ってひとつ目のお寺。大き な仏像を見る。 「この仏像は千五百五十六年、この地の大名、 高高良成の命により…」 うーん、大きい。 「では、次の目的地までは少し時間がかかる ので、今のうちのトイレに行く人は行って おいてください」 今のうちに行っとこ。 「麻理ちゃーん、ひさしぶりー」 あ、亜季ちゃんだ。…すっごく大きくなって る。絶対10センチ以上違う。私を見るのに、 背中を丸めるくらいに違う。2年前まで見下 ろしてた亜季ちゃんを、こんなに見上げるな んて、こんなに見下ろされるなんて、ちょっ と、ちょっと… 「まーた慌ててトイレ飛び出しちゃって、 今度はよその小学校のバスに乗っちゃうん じゃないのー?」 「それはないよー。バスの場所はちゃんと 覚えてるから。大丈夫」 「そだね」 結構小さなトイレで行列が出来る。ちょっと 待たされて、ようやく入る。ばたん。 ……………………。 「2組の人ー全部乗りましたかー」 「5組の人ー時間でーす、早く集合してくだ さーい」 「1組の人、全員集合でーす」 「2組、揃いましたかー」 …うん、うちの小学校のバスじゃないよね。 まだ大丈夫。 ……………………。ばしゃー。ばたん。 手を洗って、手を拭いて、と。外に出る。 駐車場に戻る。15番って書かれた所にある バスに………おや、色が違う。もっと派手な 色だったはず。っていうか、人が次々と降り てるし。どう見ても制服着てる高校生だし。 私、今度は乗り遅れちゃったの?どーしよう? とりあえず追いかけられるかな。次の目的地 は、大手山観音堂。でも『次の目的地までは 時間がかかるので』って言ってたっけ。追い かけられるかな…。 「どうしたのかな?お嬢ちゃん、迷ったの?」 警備員さんに声をかけられた。 「えっとー、どうもバスに乗り遅れちゃった みたいで…」 「バスって、団体のバス?こういうバス?」 「はい、そうです」 「中学校の修学旅行生?」 「あ、はい、そうです」 「わ、そりゃ大変だな。今、バスは走ってる 最中だよね」 「多分そうです」 「次はどこに行く予定なの?」 「えっと、今日はこういう予定なんですけど」 『修学旅行のしおり』を見せる。 「えーと、ぐるっと回って、北から市内に入 るのか。ふーむ……このバス会社、何を考え てるの?あの混雑する高速を使ってわざわざ 北に回るのか、馬鹿馬鹿しい。このバスを呼 び戻すのも大変だよな。普通に追いかけるの も馬鹿馬鹿しいし。そうだなー。電車か乗合 バスで先回りした方がよさそうだな。出来る よね?」 「あ、はい、やります」 「お金は持ってる?」 「財布はここにあります」 「じゃ、ちょっとこっち来て」 観光案内所と書かれた小さな建物の所に連れ られていく。 「もう1回見せて」 案内所にある地図と『修学旅行のしおり』を 見比べて、印を付けていく。 「この印を付けた所が、今日の行き先。北か らこの順番で回っていく。一番最初の所は間 に合うかどうか難しいから、二番目か三番目 のところで待つ、かな?最悪行き違いをして も、宿泊先はここだから。夜までにここに たどり着けばいい」 「分かりました」 「駅は、そこの大きな道路を渡って、まっす ぐ行けばいい」 「ありがとうございます」 「じゃあ迷わないように」 「はい」 大きな道路を渡って、まっすぐ進む。駅が見 えてきた。切符の自動販売機の前に立つ…… …私って、子供料金なの大人料金なの?一応 名札は付けてるけど、さっきの警備員さんは 結局中学生だと思ったまま。子供料金の切符 を持ってたら、いちいち呼び止められそう。 それも面倒だし時間かかるし。大人料金にし よう。名札は外そう。大人料金で切符を買う。 改札機を通って、電車に乗る。まずはこれで 終点まで。  電車の中は結構空いていた。お昼前はこん な感じなのかな?でも、どう見ても中学生か 高校生の人がいるし。あっちの人達は私が持 ってる『修学旅行のしおり』みたいのを持っ てるから、修学旅行だよね。まさか私みたい にバスに乗り遅れちゃったのかな?でも5人 くらいで楽しそうに話してる。最初から電車 を使う修学旅行なのかな?それもいいかもね。 私も、電車を使う修学旅行だと思えばいいか。 一人ぼっちだけど。こっちの人は、ノートと 教科書広げてるから、どう見ても修学旅行 じゃなさそう。もう帰りかな?今から学校に 行くのかな?  とりあえず電車の終点まで来た。次は、 どこでみんなを待つかが問題だよね。それぞ れの予定時刻は書いてあるけど、バスがどの くらい時間がかかるのか、分からない。とり あえずここから近い所にしてみよう。ここ から56番のバス、このバス停。  ……なんか、すっごく近かった。ここの 予定時間は午後3時半なのに、まだ正午前。 どうしよう?もっと先に行ってみようか? でも、バスで元の電車の駅に戻って、また バスに乗り換えないといけない。どうしよう かなー。 「はいはい美術館入口はこちらでーす、はい はい、入場券はこちらでお買い求めくださー い。あ、お嬢ちゃん、これ見に来たの?」 「あ、はい…」 「中学生?高校生?」 「中学生です…」 「中学生でこういうの見に来るなんていい 趣味してるねー。入場券はこっちだよー。 中学生高校生料金があるからー」 「あ、はい…」 3時間以上あるんだし、いいか。六百円か。 入っちゃおう。窓口に行く。 「中学生、一人」 「はい、お釣り四百円です。入口はあちら です」 大人の列に混じって、美術館の中に入る。 壁になにやら長い文章が書いてある。 『本日のご来館まことにありがとうございま す。このたび東報新聞社とオランダ王国政府 のご後援のもと、近世オランダ美術を集めた 展覧会を開催いたしますことを…』 うー長い。先に進もう。  ようやく絵のある部屋に入った。大人の 人達は壁に近寄って見ている。人だかりが 出来てる。ちょっと近づけないかな…。でも こうやって遠くから見ていても、結構きれい な絵だな、って思う。ちょっと人が少なくな ったから壁に近寄ってみる。『筆で絵の具を 塗り付けましたよー』って言いたげな絵の 表面。横に説明書きがある。 『複雑な遠近法を多用し、人物の表現に濃淡 をつけ、その事によって当時の世相を…』 …もういい。読まない。  きれいな絵をいっぱい見れて満足ー。 だけど、まだ全然予定時刻にならないじゃ ない。やっぱり駅に戻って、ひとつ前の 目的地に行こう。  間違えた。間違ってないけど、間違えた。 多分ここ、もうみんなが見て、バスが出た後、 っぽいよね。もし出てなくても、駐車場が どこだか分からない。どうしよう。 『飯嶋神社はこちら→』 と手書きされた看板が目の前にある。ちょっ と見てこようかな。  結構急な坂を登ると、小さな建物があった。 『飯嶋神社』と書かれていた。こんな小さい の?でも振り返ると、おっきなお寺が真正面 にあった。お寺の高い所に人がたくさんいる。 入れ替わり立ち代り、人がこちらを眺めて、 指差している。普通はあっちのお寺に登るも のなのかな?多分うちのクラスのみんなも、 あっちに登ったのかな?でも、それをこっち から見るっていうのも、結構楽しいかも…… ……あれ?あそこにいるのは、どう見ても、 トモちゃんと亜季ちゃんだ。間違いない。 急いで降りて出口に行こう。 「…どこに行ってた、こいつめこいつめ」 今から先生にしかられるところです。 「いやー、追いついてよかったかなーと」 「よく迷わずここまで来れたわねー」 実は迷ってここに来ちゃったんです。はい。 「電車で追いかけてるって聞いて、どうなる かと思ったけど。どうにかなったか。よかっ た。2つほど見学場所を見れなかったけど、 仕方ない」 「はい」  バスに乗って、さっき入った美術館の前へ。 もう1回入るのかな?きれいな絵だったから もう1回見てもいいけど………あれ? 「こっちじゃないんですか?先生」 「こっち。このお寺」 私、全然関係ない所に入ってたんだ。…ま、 いいか。きれいな絵が見れたんだし。  翌日。今日は乗り遅れる事なく、最後まで 来た。ここで乗り遅れると、おうちまで自分 一人で帰らないといけなくなるけど。 「はーい、それではここで記念写真を撮影し ます。まずは1組、3列に並んでください。」 大きな彫刻の前で記念撮影。 「3列って何人ずつ?」 「女子だと、6人ずつくらい?」 「じゃあ私は真ん中辺りだね、この辺」 私は……2列目だね。3列目じゃなくて。 そっか。結構真ん中辺りなんだ。私より背が 高い人が、クラスにもうこんなにいるんだ。 ま、端っこより真ん中がいいかな。うん、 まあいいか。 「はーい、撮影します。はいこちらを向いて。 撮りますよー。………はい。もう1枚………。 はい。終わりです。では2組」 「麻理、制服が届いたわよ」 「はーい」 結構大きな箱を持ち上げる。意外と重いかな。 自分の部屋に持ってきて、箱を開ける。 ……うん、あの制服だ。由理が着ていたのと 同じ制服だ。もうすぐ私がこれを着て中学校 に………3年近く前に、夏服だけど着た制服。 由理が去年から着ている制服。それを私が、 いまさら、新しく着る。変だよね。なにかが。 あの時に本当に中学1年生だったら…新しい 高校の制服が目の前にあるはず。中学校の 制服はもうすぐおしまいのはず。高校の入学 式の事を考えてるはず。なのに、おしまいの はずの中学の制服を新しく買って、こうやっ て眺めている。あと何週間かしたら、新入生 としてこれを着て登校する。真新しい制服を 着た私を由理が見る。なんか変だよね。 …この3年間、なんで小学生だったんだろう? 「横井麻理」 「はい」 卒業式。卒業証書を受け取りに、壇上に上が る。長かった。ようやく小学校が終わるんだ。 ようやく。 「卒業おめでとう」 証書を受け取る。…おめでとう?そうなのか な?ようやく終わるんだから、おめでとう、 なのかもしれない。でも、違う気がする。 校庭に出て、記念撮影。出席番号の順かな、 身長の順かな。…小さな人が前に座ってる。 身長の順だね。4列に並ぶ。私は、前から 2列目の端から2番目。もうこんなに前まで きちゃった。真ん中より前。 「はーい、撮影します。はいこちらを向いて。 撮りますよー。………」ぱしゃ。 そして中学校の入学式。今更な制服を着て、 中学校にはいる。普通はうれしいんだよね、 こういう時って。そうなのかな。わかんない。 中学校の建物は始めて入るから、珍しくはあ るけど、制服は、いまさら。はずかしい。 こんな新品なんて。去年の由理みたいだもの。 由理に比べたら胸は大きいけど。 ま、制服着てる分だけ、小学生の時よりは 大人っぽくみれるかな。それだけマシか。