「誘拐」45a/夜の商店街の道の真ん中

反射的に足をドアに伸ばした。あ、なぜか知らないけどドアが。 勢い余って、体全体が外に滑り出た。痛い。どこだか分からないけど、痛い。
「どうした?」
「もういい、すぐ走れ!」
頭の上の方から罵声とエンジンの音が聞こえる。 頭のすぐ上のタイヤの音が、すぐに遠ざかっていった。体中があちこち痛い。

「…お嬢ちゃん、大丈夫?怪我してるよ?」
近くにいた女性が話しかけてきた。痛みのする右足を見たら、擦りむいて血がにじんでいた。 その擦りむいた足の上に赤いスカート。腕を見ると、ピンクの服が、ところどころ破けている。
「どうしたんだ?何が起きたんだ?」
どんどん人が集まってきた。みんなの目線が集まる自分の服装は、 ひらひらの襟、ピンクのカーディガン、赤いスカート。『お嬢ちゃん』と言われて当然の服装。
「あらあら、女の子がこんなに怪我しちゃって」
「かわいいお洋服もこんなに汚れちゃって、可哀想に、お嬢ちゃん」
「どうしてこんな時間に、小学生の女の子がこんなところにいるんだい?何があったんだい?」
「車から落ちたの?でもさっきの車は行っちゃったし…」
「ほら、立ち上がれる?」
手を引いてもらって立ち上がった。僕の周りを取り囲む人たちの視線が僕に集中する。 どう見ても、小学生の女の子が大人の女性に手伝ってもらって立ち上がったようにしか見えないはず。
「手も血が出てるねぇ、でもどうしたらいいのかね、こんな時間にこんな小さな子がこんなところで…」
こんな服装で知らない人たちに凝視されるなんて…
「早く洗って消毒しなきゃ、でもどこで…とりあえず救急車…ほどでもないけど…おまわりさんを呼んだ方がいいかな?」
さっき『佐藤洋子ですっ』って叫んだら、警察の人も反応してたから、多分警察の人は経緯を知っているはず。 ここは警察の人に来てもらった方が話が早い。こんなたくさんの人たちに囲まれて、こんな姿を見られるのも嫌になってきた。
「おまわりさんをお願いします」
男性が携帯電話を取り出して電話をかけはじめた。
「あ、はい、あのですね、七丁目商店街に、いきなり車が進入して来て、その車から女の子が転げ落ちたんですよ。 はい。え?はい。…お嬢ちゃん、お名前は?」
ここはやっぱり、佐藤洋子と答えないといけないんだろうな。
「佐藤…洋子です」
「佐藤洋子、ちゃん、だそうです。はい、七丁目商店街の南端、突き当たり付近です。はい。はい。はい」
ぱーぽーぱーぽー。さっそくパトカーが2台も来た。
「警察の者です。えーと、この子ですね、佐藤洋子ちゃん。えーと、この子が車から転げ落ちた、という事ですね?」
「はい」
「目撃した方は、少しお話をお聞かせいただきたいのですが……それでは、この子は先に署に送ってください。 この二人で、この方達にお話を伺いますので。その車で。はい。私達はこっちの車で帰りますから」
警察官がこちらを向いた。
「じゃあ、この車に乗ってね。すぐにおうちまで送ってあげるから。」


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