「誘拐」11g4/神奈川県警山田警察署

「まったくもう、あんな奴のためにあの服を買ってきた訳じゃないのに…」
「やあ、さっき佐藤洋子ちゃんのお母さんが来られたよ」
「え?あ、そう。…なにしに?」
「間違われた人に挨拶行くそうだ。で住所聞きに」
「へえ」
「あと、服や持ち物を全部捨てられたから、服でも買って行くそうだ」
「うん、そうよね、早くあの女の子の服を脱いで、普通の服を着て欲しいものね」
「へ?」
「私だって、男に着て欲しくて開店前に無理にお願いして、 いろいろ考えてあの服を選んできた訳じゃないんだからね。私、何しに行ったんだろう」
「あ、あ、そう」
「もっとちゃんとした服買っていってくれるといいわね」
「あ、うん、きっと、うん、そうするだろう、多分」
「なによ、その返事、もう知ってるんでしょ?」
「うん、知ってるよ、多分」
「あんた説明しなかったの?」
「いやあ、知ってると思って説明しなかったけど、 よく思い出してみるとずっと『あの子』って言ってたから、もしかしたら…」
「なによ、じゃあ、もしかしたら」
「いやあ、なんとも」
「事件に巻き込まれた人に挨拶にいくのに買っていくんだから、やっぱりそれなりのかわいい服を…」
「さ、さあ」
「さっきスーパーの少女服売り場で見たあんな服やこんな服をあいつが…」
「やあ、でも似合ってたじゃないか、間違われて誘拐されただけのことはあるよ」
「だから、それがいやなのよ。私、今はこの程度だけど、小学生の時はもっと太ってたのよ」
「あ、そう…」
「妹も太ってて、姉は太ってはいなかったけど背が高くて、小学生の時、ああいう可愛くて、 椅子にちょこんと座ってる女の子、自分がなれなくても友達とか後輩に欲しかったのに… あいつは私と同じ年の男なのに…」
「そ、それはおまえの都合だろう…」
「私はかわいそうな女の子に着て欲しくて買ってきたのっ。あんなかわいい服きて、 泣きそうな怯えた顔で、『男です』『24歳です』なんて……きーーーー」


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