NSL-NOVEL/Kidnap10

「誘拐」10/「１０時のワイドショー」

「おはようございます、１０時のワイドショーの時間です。」
「今日は、なんといってもこのニュースからでしょう。」

『多数の児童が見ている前で少女を誘拐！』
『人違い誘拐の恐怖！』

昨日午後５時頃、ここ横浜市北区西山田の児童公園では多くの子供達が遊んでいました。ここの木陰に、塾帰りと思しき校区外の少女が暑さを避けるためか寄り道をしました。その少女は他の少女から一緒に遊ばないかと声をかけられ、「早く帰らないといけない」と断って帰ろうとしたその時、事件が起りました。若い女二人組に声をかけられた直後、多くの児童が見ている中、少女は車で連れ去られたのです。
[現場に居合わせた少女]
「ついさっき声をかけた子が、怖い顔をしたお姉さんに車の中に無理矢理押し込まれて、びっくりした。うん、すぐに交番に行っておまわりさんに話した」
この２時間後、山田町の佐藤隆さん宅に、テープに録音されたような、少女の声でこんな電話がかかってきました。
「ようこです。とても、とてもこわいです。おとうさんおかあさん、たすけて。いちおくえん、よういしてください」
この時、佐藤さんの長女、横浜市立山田小学校５年生の洋子さんの所在が掴めず、洋子さんが誘拐されたものと見て、警察は身代金目的の誘拐事件として捜査を始めました。
ところがこの30分後、洋子さんは帰ってきたのです。犯人は間違って別の少女を誘拐し、少女を洋子さんと信じきって脅迫電話用のメッセージを強要したのです。少女の証言によると、ライターの火を近づけるなどしてメッセージの録音を強要した模様です。
洋子さんと間違われた少女は、この後、犯人が用意した服に着替えるよう強要されました。犯人は、ジーパンにＴシャツという服装からフリルのブラウスに赤いスカートという全然違う印象の服に着替えさせたのです。検問で気付かれにくくするための工作だったのでしょう。少女が着ていた服は捨ててしまったようです。そして犯人は横浜から千葉方面に車で逃走しました。途中、ファミリーレストランに立ち寄るなど大胆な事もやっていました。しかし、このように周到に見えていい加減な犯行の様子を見ていた少女は、隙を見て千葉県八千代市内で果敢にも逃げ出したのです。
しかし、少女が逃げ出したのは午前０時過ぎ、場所は工場や大学がまばらに建つ新興工業団地、夜中は無人になる街でした。少女は犯人に履かされた履きなれない靴で、誰もいない工場地帯を一人恐怖に脅えながら歩いたのです。少女の靴下は靴擦れによる血が染み付いていたそうです。３時頃からは雨も降り出しました。歩き疲れた少女は通りがかった私立の小学校の軒先で雨宿りをして、夜明けを待ったのです。
[少女を保護した小学校教諭]
「朝一で小学校に来てみると、女の子一人玄関前にうずくまっていたんでびっくりしました。夜になると本当に人がいなくなるんですよ。私だって夜遅くなると怖いくらいなんですよ。近くの大学の学生も日没前に帰るってところですもの。こんなところで女の子が一人ぼっちで夜明けを待ってたなんて、本当に怖かったでしょうねぇ。ええ、泣いてましたよ」
朝６時、出勤してきた小学校の教諭に無事保護され、ようやく横浜に戻って来れたのです。
［朝、婦人警察官に抱きかかえられて山田署に入る少女の映像］
少女は山田署に到着した後、犯人に着せられた服から着替えて、朝食を取りながら警察官の質問に答えているそうですが、時々事件の時の恐怖を思い出してか、泣く事もあるそうです。現在少女の身元の確認を進めていて、まもなく自宅に帰る予定との事です。
一方犯人については、警察では洋子さんの事をある程度知っている顔見知りの犯行ではないかと見て、犯人の洗い出しを進めるとともに、少女から犯人の人相を聞いて似顔絵を作成し、逃走中と見られる犯人の行方を追うことに全力を挙げています。
以上、横浜市北区西山田の事件現場からお送りしました。

「今日のコメンテーターには、タレントの河合和子さんにおいでいただいております。河合さん、どうですか。」
「怖い事件ですよねぇ。誘拐だけでも怖いのに、人違いですもの。自分ちは貧乏だから関係ないやー、なんて言ってられないですものねー。それに、別の人だと思い込まれて扱われているのって、結構怖いんじゃありません？今回は犯人は気付かなかったようですけど、もし途中で別人だった気付いたら、少女はどうなっていたでしょう？それを考えると本当に怖い話ですよね」
「ほんと、怖いですよね。しかし、少女は隙を見て逃げ出したんですよね」
「偉いわよねー。私だったら恐怖で体が固まって逃げるどころじゃありませんもの。でも無人の工場地帯で６時間も人がくるのを待ち続けたんですって？」
「そうですねー」
「雨も降る中、離れ小島みたいな所で小さな女の子ひとりぼっちなんて、さぞかし怖かったでしょうね。でも待ち続けて、無事保護されて本当に良かったですよね。今回の事件が少女の心に大きな傷を残さない事を祈りたいと思います。はい」
「それでは……えー、ただいま今回の誘拐事件に関する記者会見が神奈川県警山田署で行われた模様で ……誘拐された少女は横浜市北区山田町の……えーと、誘拐されたのは横浜市北区山田町のＴＤ大の男子学生、佐藤透さん、24歳、とのことです。男性からの大まかな事情聴取は終了し、いったん帰宅してもらう、とのことです」
（キャスターとコメンテーターの困った顔）
「ＣＭをお送りします」

「おい、これ、昼のワイドショーにも使う予定だったのによー」
「今更他にネタあるかぁ？３時間後だぞ、取材見越して15分枠取っちゃってるよ」
「違った方向から取材できないか？」
「違ったって具体的にどんな具合に？」
「えーとだなー…困った」

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