「久美、起きなさい。帰るわよ」 大人の声がした。眠い目をこすろうとしたけど、隣の女子2人に握りしめられて いるからこすれない。仕方ないからこすらずに目を開けると、大人の女性2人が 僕たちの方に少しかがんで立っていた。 「裕子ちゃんも起きなさい。お母さんが来てるわよ」 「あ、なんだ。お母さんか…」 「うーん。あれ、お母さん。えーと、学校まで来れたんだ。じゃあもう帰れるの?」 両隣から眠そうな声が聞こえた。 「帰れるわよ。ほら、寝るんだったら家に帰ってから寝ましょう」 「うん、そうだね。そうする」 周りを見回すと、教室の中にいる人数がかなり減っていた。親が迎えに来ているから 一見すると人がたくさんいるけど、小学生はもう6人しか残っていない。 僕は小学校の教室で寝ちゃってたんだ。二人の女子に挟まれて安心して寝ちゃった から、なんだかこの教室がちょっと居心地良く感じてしまう。僕と背の高さが 変わらない小学生に囲まれて、最初のうちは小学生扱いされるのが居心地悪くて 不安だったけど、女子二人に仲良くしてもらって、居心地のいい場所に思えてきた。 僕ってもしかしてこのまま小学生になっちゃうのかな。それも悪くないかも。 でも本当は大学生なのに、いいのかな。まだ眠い頭の中で、自分が小学生になっちゃう 事よりも、自分が24歳である事の方が不安に僕をさせる。 隣に座っていた背の高い方の子が、ゆっくりと立ち上がった。もう一人の子も、 手を床について立ち上がる素振りを見せたけど、まだ眠くて立ち上がれない、 といった感じ。 「あなたは久美の同級生だったかしら?お母さんはまだ迎えに来てないの?」 久美っていうのは、背の高い方の子だったっけ。小学生女子のお母さんにまで 小学生と思われている。まだ眠いのに、また説明しなきゃいけないのか。 ちょっとうんざりしてきた。 「あの、その、僕は別の学校の…」 「別の学校?」 もう一人のお母さんが頭をひねっている。 「えっと、この子は私立の子で、山田町に住んでるから帰れなかった、んだったっけ?」 久美ちゃんが説明してくれた。 「ああ、そういう事ね。帰れないからこの小学校で待ってたのね。じゃあお母さんとは 連絡がついてるの?まだお母さんは見えてないの?」 やっぱり僕が大学生だって事を説明しないと、お母さんが迎えに来てないって思われ ちゃう。どうしよう。目は覚めてきたけど、その分あせってしまう。 「そ、その…」 「もうすぐみんな帰っちゃうけど、大丈夫?お母さんと連絡がつけば、私が送って 行くわよ?山田町なんでしょ?」 「んーと、この子は、あれ、あの時の」 裕子ちゃんの眠そうな声が聞こえた。 「ほら、あれ、誘拐されちゃった子。児童公園で、夏休みに、間違われて」 「あら、あの子なの?確かにこの顔は、あの時の子ね。小学5年生だったかしら」 「でも誘拐された事のある子だったら、なおさらお母さんが心配をされてるんじゃ ないの?」 「そうよね。きっとすごく心配されているわよ。すぐに電話をしなきゃ。電話番号は 分かる?携帯の方がいいかしら?山田町って何丁目?」 余計に心配されて、すごく申し訳ない気分になってあせってしまう。 「あの、だから、僕は…」 「だからー、この子は24歳…だっけ?」 「うん、大学生、だよね?」 「あら?そういえばそういう事も言ってたわね。24歳の男子大学生が間違われて 誘拐されたって」 「そう、24歳の男子大学生だって。えーと、学生証、とかいうのを持ってたよね? あれれ?あれって返したっけ?」 「先生に見てもらった後に、先生から返してもらいました」 「そうだった。TD大学だっけ?」 「24歳の男子大学生、ですか…」 24歳の男子大学生、というのを何度も連呼されるのがすごく恥ずかしい。 事実なんだけど、それが恥ずかしい。 「あらまあ、24歳の男子大学生が小学校の教室で、火事で帰れなくなった小学生と 一緒に消火が終わるのを待って、教室で眠ってしまってたんですの…」 絶対に変に思われている。24歳の大学生が小学生に混じって、小学生と同じように 扱われて待っていたなんて、絶対に変に思われている。しかも小学生女子2人、 自分の娘たちの間で寝ているのをすぐ近くで見ていた訳で、自分がすごくいけない子 のように思える。いや、いけない『子』じゃない。男子大学生だし。でもこの教室に いるのはこの小学校の先生のせいで。という言い訳をしようかと迷っていると。 「男子大学生なら、一人で帰っても問題ない…のかしら…」 「でもこんな子が暗い夜道を歩いてたら、ちょっと危なくありません?男子大学生と 言っても、誘拐された事のある子ですから」 「確かにこんな子が歩いてたら、人の多い所でも、知らない人が心配に思って 声をかけそう。あんな火事のすぐ後だし」 「じゃあやっぱり送ってあげた方がいいですわね」 24歳の男子大学生と何度も連呼された挙句に最後に小学生扱いされて、家まで 送ってあげるって。さっきの先生みたいに僕より年下という事はないだろうけど、 僕のお母さんというには若い人たちから自分の娘と同じように扱われるのも変な気分。 「私たちと一緒に帰れるんだー。良かったね!」 でも隣に立っている女子の嬉しそうな声を聞いたら、『いえ結構です』とは言えなく なってきた。 「あ、ありがとう、ございます…」 「それじゃ帰りましょうか。もう教室にいるのは私たちだけだし」 周りを見回したら、僕をこの教室に連れてきた先生しか残ってなかった。 5人で階段を下りて校舎を出ようとした時、僕を小学校に引っ張り込んだ先生が 立っていた。 「6年1組はこれで最後ですね」 「はい。こんな時間までお世話になりました」 「あれ?あなたも帰るの?一人で帰るの?私が送っていくわよ?」 先生が僕の方を見て、そう尋ねてきた。 「あ、私たちが送っていきます。山田に近いですし」 「あ、そうですか?私がこの小学校に連れ込んだから、私が送ろうと思ってた んですけど」 「先生が小学校の中で待つようにこの子に言われたんですか?そうですよね。 確かに誘拐されそうな子ですし」 「この子達と仲が良さそうですし、一緒に連れて行きます」 「それではお願いします」 「佐々木先生、さよならー」 「さようなら」 校舎から離れて運動場に向かう。校舎の窓からの明かりで辛うじて見える運動場には 10台ほどの自動車があった。運動場に自動車がこんなに並ぶなんてあまり見た事が ないけど、こんな夜遅くまで小学生が待たされていたんだから、迎えの車がたくさん 来て、運動場に入れたのかな。 「三人は学校で何か食べたの?」 「お弁当っていうか、おにぎりとおかずがいくらかあった」 「だったらご飯はいらないわね。少なかったのなら何か作るけど」 「もしかして、二人一緒の車で来たの?」 「そうよ。迎えの車が多くて混雑してそうだったから」 そう言いながらたくさんの車の間に入って、二人が車の横で立ち止まった。 「じゃあ小学生3人は後ろに並んで乗って」 「はーい」 また小学生と一緒にされてしまった。 「さ、透くん、先に乗って」 急かされて車に乗ったら、また二人の間になってしまった。目が覚めてしまった 状態で、狭い車の中で小学生女子にはさまれて座ると、なんだかドキドキする。 小学生と言っても、もうほとんど中学生みたいな女子だし。 「えーっと、山田町の何丁目かしら?」 「山田3丁目です」 「3丁目?山田3丁目なの?」 狭い車の中でわざわざ振り返って聞き返してきた。 「3丁目の、割とこっち側なんですけど…なにかあるんでしょうか?」 「さっき川の向こうを見たら、明かりが全然ついてなくて。どうやら停電らしいの」 「停電って…」 「火事で電柱や水道管やガスの機械が壊れたって言ってたから、スーパーに 近い所は電気ガス水道が止まってるんじゃないかしら」 「うちは大丈夫なの?」 「西山田1丁目は電気もガスも水道もちゃんと使えるけど」 「山田1丁目なら明日まで何も出来ないわよ。うちに泊まっていかない?」 今日初めて会った人に家にいきなる泊まるなんて。小学生2人とは児童公園で 会ってるけど、声をかけられて誘拐される所を見られただけだし。 「あ、あの、どうせ今日は寝るだけですから。もう晩御飯は食べたし。だ、だから、 だいじょうぶです」 「家の中に入るまでが危ないと思うのだけれど?」 「明日の朝ごはん、ちゃんと食べられないかもしれないわよ?」 「今日は結構寒いし、暖房なしで寝るのはきついよ、きっと」 「同じ寝るだけなら、私んちで寝ようよ」 狭い車の中で、前の大人と横の小学生の4人から同時に話しかけられる。 「でも…」 「ね、一緒に寝よう」 「はあ…」 「とりあえず、車を出すわね」 車が動き出して運動場から出た。 車で迎えに来たと言っても、普通なら歩いて登下校する距離だからすぐに着く。 大きな通りには、パトカーやら消防車やら市の広報車やら電力会社の電柱作業用 の車両やら水道の工事用車両やらいろんな車があって、白赤青黄緑いろんな色の ヘルメットを被った人たちがたくさん右往左往している。こんな所をこんな時間に 僕が歩いていたら、確かに10回くらい呼び止められそうだ。送ってもらって 良かったのかもしれない。 脇の道に入ったら人も車も少なくなったけど、道の右側半分と左側半分とでは 雰囲気が違う。 「ほら、川の向こう側は真っ暗でしょ?」 細い川の向こう側は、確かに真っ暗で建物も良く見えない。明かりはたまに走る 自動車のライトだけ。誘拐されて夜中にどうにか逃げ出した時の、誰もいない道路や 無人の小学校よりも、なんだか寂しくて恐い場所のように思えてきた。 「あれじゃ危ないよ。小さな石ころでもつまづいて倒れちゃう」 「だから私と一緒に寝よう」 「う、うん…」 そこからもう少し入った所で、車が駐車場に止まった。 「今日はどうもお世話になりました」 「いえいえ、私もいつもお世話になってますから」 「裕子ちゃん、バイバーイ」 「バイバーイ、二人ともまた明日ねー」 小学生に『また明日』と言われてしまった。なんだか明日も一緒に小学校に通う ような気分になってしまう。 「それじゃ中に入って」 久美ちゃんのお母さんにうながされて玄関に入る。見慣れない玄関と廊下を見て、 知らない人の家に入ったんだ、そう実感する。知らない人の家というのも、 ちょっと心細い。 「もしかして、よそんちに来て、緊張してる?」 「あ、あの、はい…」 「私と一緒に寝るんだから大丈夫だよ。ほら」 小学6年生に『大丈夫だよ』と言われて手を引っ張られた。なんだか小さな子の ように扱われて、ドキンとした。久美ちゃんから見れば僕は背が小さいだけど。 でも優しく声をかけてもらって、ちょっと嬉しいかも。靴を脱いで、手を引っ張られて 玄関をあがり廊下を歩く。 「二人ともー、お風呂には入るの?少し食べる?」 「んー、もう眠いよ。ね?」 小学生女子に顔をのぞきこまれた。そんな小さな事まで下級生扱いされているみたい。 「は、はい…」 手を引っ張られて2階に上がろうとしたら。 「久美、帰ってたの?」 上から、ちょっと大人っぽい声が聞こえた。 「あ、お姉ちゃん、帰ってたんだ」 久美ちゃんのお姉さんなのか。久美ちゃんよりも背が高そう。胸がすごく大きくて。 「うん。高校からは問題なく帰れたから」 高校生なんだ。高校生なら、確かに久美ちゃんよりもずっと大人だ。 「その子は?」 「私立に通ってる山田町の子で、家に帰れなくて私のクラスの教室で一緒に待って、 その間に仲良くなったの。ほら、今あっちが停電で真っ暗でしょ?だからうちに 連れてきたの」 「ああ、久美のお友達なんだ。よろしくね」 「あ、あのよろしくお願いします」 あ、久美ちゃんよりもずっと年上だから、大人のお姉さんと話す気分であいさつ したけど、よく考えれば僕よりもずっと年下だったんだ。こんな言葉遣いをして、 子供に見られちゃったかな。言葉遣いは関係なく子供に見られているだろうけど。 だって久美ちゃんのお友達って言われたし。でも、また年下の女子に年上相手の ような話し方をして、また一人年下扱いする人が増えて、ますます自分が小学生に なったような気持ちになる。 「そういえばお父さんは帰って来てないの?」 「火事の現場の電気関係の安全確認だって。さっきまで消火してたから、今から やるそうよ」 「へえ、じゃあ帰れないんだ」 「その子が来てるから、女ばかり4人だね」 階段から降りてきたお姉さんがそんな事を言った。女ばかり4人。その数の中に 僕が入ってるんだ。このお姉さんにまで『実は24歳の男子大学生で』なんて 説明するのも嫌になってきた。明日の朝まで女の子らしくしてようかな。 4人の中で一番背が低くて、久美ちゃんからも年下扱いされて、僕はなんだか、 近所に住んでる年下の女の子のような扱いを受けてるような気がしてきた。 お姉さんと入れ替わりに2階にあがり、2人でドアの前に立った。 「ほら、私の部屋はここだから、ここで一緒に寝よう」 嬉しそうな久美ちゃんの後について部屋の中に入ると、小学生の女の子の部屋って 感じの部屋だった。小学生の女の子の部屋なんて入った事はないんだけど、 でもぬいぐるみがいくつかあって、ファッション雑誌らしき本があって、赤やピンクの カバンやノートが、多くはないけど所々にあって。僕、女子のお友達の部屋に連れて こられたんだ。お部屋に呼ばれるような女子のお友達になっちゃったんだ。 どうしよう。僕、このまま小学生女子のお友達にされちゃうのかな。 「お布団を持って来たわよ」 開いたままのドアから久美ちゃんのお母さんが布団を持ってきた。 「一緒に寝るからお布団なくてもいいよー」 「ベッドじゃ2人寝るには狭いでしょ。一緒に寝るのならお布団で寝なさい」 「はーい」 「このシーツを敷いてから寝なさい」 「はーい」 「明日も学校があるんだし、寝るんだったら早く寝なさい。可愛いお友達が来て、 楽しくお姉さんぶりたいからって、夜遅くまで起きてちゃダメよ。お姉さんぶりたい のなら、ちゃんと寝かしつけること」 「分かったー」 「じゃあ二人とも、おやすみなさい」 「おやすみー」 「お、おやすみなさい…」 近所の年下の女の子どころか、妹扱いになってきた。久美ちゃんは僕を見て、 お姉さんぶりたいと思ってたのか。僕よりも先にいろんな事に気付いてやってしまう 裕子ちゃんを見ていて、自分がなんだか下級生のように思ってしまっていたけど、 今度は久美ちゃんからは妹扱い。でも久美ちゃんにはお姉さんがいて、自分も お姉さんの真似をしたいと思ってたのかもしれない。そこに僕みたいな子が来て、 だから喜んでいる。電気もガスも止まって、寒い夜にカップラーメンもインスタント コーヒーも作れない寒い部屋ではなく、こんな明るくてにぎやかな部屋で寝れる んだから、今日は久美ちゃんの妹になって、お姉さんぶらせてあげてもいいかな。 本当は恥ずかしいけど。 などと思っていたら、久美ちゃんがいきなり服を脱ぎ始めた。 「あ、あの、なんで脱ぎ始めてるんですか…」 「パジャマに着替えるため」 「あ、ああ、そうですね…」 もう下着姿になって、パジャマを着始めている。 「透くんもパジャマが必要かな?小さくなったのがあったような…」 パジャマを取り出したタンスの中を覗きこみ、ピンク色の物を取り出した。 あれを着せられるんだろうか?女の子用のピンクのパジャマだなんて。 妹扱いされてもいいと思ってたけど、あれを着せられると思うと、さすがに 恥ずかしくなってきた。どうやって断ろうか考え始める。 「これは……ちょっと小さ過ぎかな?私って急に背が伸びたから、少し前に着てた 物がすごく小さくなっちゃって。これもほとんど着ないうちに小さくなって …透くんにはちょっと大きいかな?でも小さ過ぎるよりも大き過ぎる方がいいか。 これでいいよね?」 手にしていたのは白いパジャマだ。あれならピンクのパジャマよりはマシだろう。 少しほっとした。 「はい、それでいいです」 「じゃあ着替えて」 久美ちゃんが僕の前で正座して座った。 「…………え?見てるんですか?」 「うん、見てるよ」 「あの、それはちょっと…」 「えー?恥ずかしいの?マセた子だなー」 「いや、あの、僕は…24歳の大学生だし…」 自分で言ってて恥ずかしくなる。 「気にしないからちゃっちゃと着替えて」 「でも…」 「私は見られても気にしなかったよ」 「そ、そうですね」 「だから気にしないで着替えて」 「…はい」 なんだか良く分からないけど、久美ちゃんの下着姿を見ちゃったんだから、見せろ、 という意味なんだろう。あきらめて服を脱いで、下着だけになった。久美ちゃんに ジロジロ見られている。 「へー。お父さんの下着と同じなんだー」 「そ、そうです…」 「変なのー」 そんな事を言われると、下着姿を見られているのが余計に恥ずかしくなる。 「下着も着替える?下着が大き過ぎるのは困るかもしれないけど…」 「いやいいです、このままで」 「そう?じゃあ、これ」 ようやくパジャマを受け取った。着るために広げてみると、パジャマじゃなかった。 「これって…ネグリジェ、とかいうのですよね?」 「うん。ネグリジェって、買ってみたけどあまり着慣れなくて、あまり着ないうちに 背が伸びたから、ほとんど着てないよ」 こんなものを手にして、広げてしまってから『僕は24歳の男子大学生です』とも 言いにくい。それに、これでいいですってもう答えちゃったし。 「そういうのって、自分で着るより人に着せるのが楽しいよね」 これもお姉さんぶりたいの一環なのか。誘拐された時のフリフリの服よりも恥ずかしい けど、見てるのが久美ちゃんだけだし、このくらい我慢しよう。どっちが前だか 確認するためによく見ると、胸の部分にフリルがたくさん付いていて、リボンも付いて いる。それに袖にもフリル、裾にもフリル。あまりにフリルだらけで、ちょっと 鳥肌が立ってしまったけど、勇気を振り絞ってそれを頭から被った。長くて着にくい けど、それを下まで引っ張ったら膝下まであった。スカートみたい。というかスカート なんだ。女の子の部屋で体中フリルで覆うなんて、本当に女の子扱いされている。 「あ、あの……似合ってますか?」 ついそんな事を言ってしまったけど、どうしてこんな事を自分から言ってしまった んだろう、と後悔する。 「やっぱりちょっと大きかったかな?」 そう言いながらも嬉しそう。自分のお下がりの服を着せる、でもそれがまだ大きい、 そんなお姉さんな状況を楽しんでるみたいだ。 「似合ってるよー。フリフリのブラウスが似合うだけあるね。うん」 「あ、ありがとう、ございます…」 なんで僕はお礼を言ってるんだ。恥ずかしいのに。でも嬉しそうな久美ちゃんを 見てたら、なぜだかそう言いたくなってしまう。 「じゃあ歯を磨いてこよう」 「え?歯磨き…」 という事は、廊下に出るんだろうか?それはちょっと。 「あ、あの、歯ブラシがないですし、1日くらい歯を磨かなくても…」 「ダメだよー。ちゃんと歯磨きしなきゃ」 「で、でも…」 「歯ブラシがなくても、ゆすぐくらいしなきゃダメだよ」 小学生にそんな事を真顔で言われて、恥ずかしくてうつむいてしまう。完全にお姉さん モードの久美ちゃんにこんな事を言われて、それを拒否したら、自分が我がままな妹に なってしまう。24歳にもなって、小学生相手に『歯磨きなんて嫌!』と言う我がまま 妹になっちゃうなんて、それはいくらなんでも恥ずかし過ぎる。恥ずかしくて顔を あげられないけど、上目遣いにして答える。 「あ、あの、分かりました。歯を磨きます…」 「よし、洗面台に行こう」 久美ちゃんに手を引っ張られて立ち上がり、廊下に出る。この家にいるのはどうせ 4人だから、それ以上の人に見られる心配はないし、他の人も廊下に出てこなければ。 「あ、そのネグリジェを着せたんだ。へえ」 さっそく一人廊下に出てきた。久美ちゃんのお姉さんが僕の前に立っているけど、 恥ずかしくて顔を上げられない。 「これ着せたの。可愛いでしょ?」 「自分じゃほとんど着なかった癖に」 「だってー、小さくなったんだもーん」 「はいはい。久美と違って可愛いものね」 頭をなでられた。僕よりも6歳かそれ以上年下の女子に『可愛い』って頭をなでられた。 久美ちゃんのお姉さんはそのまま2階に上がった。これでもう歯を磨くだけ。 「お母さーん。歯ブラシ余分にある?」 久美ちゃんが台所に向かってそんな事を叫びだした。しばらくして足音が近づいてくる。 「あら、そのネグリジェを着てたの。可愛いわね」 結局、久美さんのお母さんにまで見られた。 「洗面台の下の引き出しに、旅行用みたいな細い歯ブラシがあったと思うけど」 「じゃあ探してみる」 久美ちゃんに引っ張られて洗面台まで来た。久美ちゃんは引き出しを引っ張り出して、 中を見ている。 「うーん。細い旅行用ってこれの事かな。こっちかな?あれー。………あ、これ。 これはもう使わないよ。高いかもしれないけど、これはもう使わない。透くんには これをあげよう」 そう言って、久美ちゃんは嬉しそうに僕に歯ブラシを渡した。パッケージは開けてある けど、その中にまだ取り出してない歯ブラシが1本あった、もう使わないってどういう 事だろう。パッケージをよく見たら、可愛い魔法少女の絵が描いてあった。 「あの…これは…」 「私が2年生か3年生の時に買った歯ブラシだよ。使わずに置きっぱなしだったみたい」 「はあ」 「このアニメはもうとっくに終わってるけどね。ルルちゃん。それはさすがに私も お姉ちゃんも使わないから、透くんが使って。ね」 小学生に子供向けのアニメの絵入りの歯ブラシをもらって、5年生どころか低学年扱い されているように思えて胸が痛くなる。でも、本当は歯ブラシがない、あるいは旅行用の チャチな歯ブラシを使うところを、ちゃんとした歯ブラシを使わせてもらえるんだから、 あまり文句も言えない。 「あ、ありがとうございます」 なんだか、子供向けの可愛い歯ブラシをもらえた事にお礼を言ってるみたいで、 余計に変な気持になる。でもとにかく歯磨きを終わらせよう。ネグリジェを着て、 魔法少女の絵の入った歯ブラシを持って、僕よりも背が高い小学6年生と並んで 歯を磨いた。 歯を磨き終わって、久美ちゃんの部屋に戻った。布団は二人で敷いた。 「さて、一緒に寝ようか」 「はい…でも、このお布団でも二人は狭くないですか?」 「大丈夫だって。ほら」 久美ちゃんが先にお布団に入って、僕に向かって手招きしている。 教室で手をつなぎながら一緒に眠ったから、お布団に入るのはそれほど抵抗がない。 お布団の中に入ってしまえば、ヒラヒラのネグリジェもお布団の一部のように感じて、 恥ずかしいと思わなくなるし。でもお布団の中で、手だけでなく体中が触れながら 寝ているのは、やっぱり変な感じ。こうして抱き合うようにして寝ていると、 仲良しの友達というよりも、姉妹って気持ちになってくる。すぐ近くにお姉ちゃんが いるような安心感。 「今日は待ってるだけだったけど、結構疲れたね」 「そうですね。周りは知らない人ばかりだったし…」 「やっぱり6年の教室より5年の教室が良かった?」 「そんな事ないです。少しでも知ってる人がいて、ちょっと安心しました」 「そうか。良かった」 「僕と一緒に先生に連れてこられた、3年生くらいの子がいましたよね? 誰かの妹さんだったようですけど」 「浜田さんだね」 「6年生ばかりの教室でも、お姉さんと一緒の方が良かったんですよ、きっと」 眠くなってきて、何を言ってるのか良く分からなくなる。 「そうだね」 久美ちゃんが僕の頭まで手を伸ばして、なでてくれた。小学6年生の女子に抱かれて なでられる僕って、小学5年生の妹なのかな?あの教室に連れてこられた僕って、 お姉さんに会いたいって先生にお願いした妹だったのかな?そうなのかもしれない。 すごく眠い。