手を引っ張られたので仕方なく立ち上がった。後をついていくと、僕より先に立った 女子8人は、後ろの棚から何やら白い物を取り出した。どうやら給食着らしい。 「そうだ。あなたはよその小学校だから、ここに給食着はないよね」 「はい…」 よその学校ではあるけどよその小学校じゃない、と思ったけど、それを言ってしまうと 自分がみじめな気分になるだけだから言わないでおく。 「じゃあ私のを貸してあげる」 白い袋を渡された。 「あ、ありがとうございます…」 でもこの子はどうするんだろう、と思ったら。 「奈々ちゃん、給食着を貸して!」 教室の真ん中辺りに向かって叫んだ。 「どーぞー」 その返事が返ってくる前に、別の所から同じような袋を取り出していた。 他のみんなも着始めたから、僕も袋から給食着を取り出す。他の子を見ていると、 どうやら頭から被るらしい。どっちが前なのか分からなかったけど、ポケットが あるから、多分こっちが前だろう。みんなと同じように頭から被り、裾を引っ張る。 そして他の子と同じように、帽子を取り出して被った。 「じゃあ行こう」 みんなが教室から出たから、僕もそれについて行く。 自分では一応大学生の男子らしい服を着ているつもりだけど、給食着を着たら それが全部隠れて、小学生と同じになってしまった。少し大きめの給食着だから 体型も良く分からなくなって、ますます自分が小学生の女子に紛れてしまった 気分になる。小学6年生の女子が列になってぞろぞろ歩く中に混じって、 同じ給食着を着て歩いているなんて、僕って本当に小学生扱いされてるんだ。 しかもその給食着は女子から借りた物。こういう物が男子と女子で違うのかは よく知らないけど、知らないだけに女子と同じ物を着ていると思ってしまう。 「もしかして、私のは大きかった?」 一番背の高い子から借りたからか、周りの子よりも大きく感じる。他の子はお尻が 隠れるか隠れないかくらい。給食着にしてはちょっと短い気もするけど、6年生は もうすぐ卒業だから、小さくても使っているのだろう。僕に貸してくれた子は、 他の人から借りたものだから明らかに短い。そんな中で、僕は股下まで完全に 隠れている。袖も少し長く感じる。 「変、ですか?」 少し余った袖を握れてしまうので、ちょっと恥ずかしくなる。 「大きいのも可愛いよ。上級生のを借りて着ている下級生みたい」 小学生に可愛いなんて言われて恥ずかしい。小学6年生に下級生みたいと言われて しまった。同じ物を着ているはずなのに。でも全員が給食着を着て、服装での違いが 分からなくなっている中、周りにいる女子がなんとなく上級生のように見えてくる。 給食着なんて子供っぽいものを着ているはずなのに、周りのみんなが大人っぽく 見える。どうしてだろう。この中で一番年上は僕のはずなのに。 「あの、僕ってそんなに子供っぽく見えますか?背はそこまで小さくないと思う んですけど…」 これ以上みじめな気持にならないために反論してみた。 「そうだね。私はともかく、裕子ちゃんよりは大きいし。この9人の中では大きい方 かも」 すぐ近くにいる別の女子と僕とを見比べてそう言った。 「で、ですよね?」 9人でひとくくりにされているのがちょっと嫌だけど、それでも大きいと言われて ほっとする。 「私より確かに背は高いけど、絶対に年下に見えるよ」 でも僕と比べられた子は、きっぱりとそう言い切った。 「ど、どうして…」 「なんだろう?顔つきがちょっと子供っぽいっていうか」 周りにいる他の女子の顔を見たら、確かになんとなく大人っぽい。給食着を着て 顔だけ見てみると、中学生や高校生の女子と変わらないような気もする。小学生と 言っても、もうすぐ小学校を卒業して中学生になる人たちではあるけど。 「お尻とか胸とか細いし」 周りの女子はちょっと小さくなった給食着を着ているせいか、確かに胸の辺りが少し ふくらんでいる、ような気がする。でも僕は男子だし、そんな事を言われても。 「なんか気が弱そうだし。上級生の教室に来てちょっと怯えて緊張している下級生 みたいに見えるし」 小学校に放り込まれて、自分より大きな小学生を見て怯えてるんだけど。 「私たちに敬語使うし」 知らない人たちばかりだからつい丁寧な言葉遣いになっちゃうけど、ここまで年下 扱いされちゃったら、みんなが上級生みたいに見えて、いまさら年下相手のような 言葉遣いは出来ない。 「やっぱり5年生の子と間違われて誘拐されるだけの事はあるよ。この子なら 簡単に誘拐できそう、とか思われたんじゃない?」 「そ、そうですか…」 ここにいる女子だけでなく、誘拐犯にまでそう思われたのか。 「こうして同じ給食着を着て一緒に歩いていると、なんだか下級生の子と一緒に 委員会活動をしているみたい」 「でも本当はこの子、私たちの倍の年齢なんだよ」 「わははは、私の2倍の歳の男の子が下級生だなんて、なんか嬉しい!」 僕は恥ずかしいです。でも嬉しそうな小学生女子を見てると、それでもいいかな、 なんてちょっと思ってしまった。 「でも、6年の教室で良かったの?上級生の教室だと居心地悪そうだし」 さっき自分で『私たちの倍』と言っておきながら、また5年生だなんて。 「だから僕は24歳なんです…」 「それは分かってるけど、5年の教室の方が居心地良かったんじゃないかなって」 「全然知らない人ばかりの5年の教室よりは、1回だけでも会った事のある人が いる教室の方がいいです…」 「なら良かった」 本当は、5年の教室に放り込まれるよりも、6年の教室の方がちょっとだけマシって だけなんだけど。でも変に馴れ馴れしい女子にずっと話しかけてもらって、友達が いうような気分になれて、確かに知らない人ばかりの教室よりも気が楽かも。 女子に混じってぞろぞろと並んで歩いているうちに、『給食室』という札が掲げてある 場所に着いた。 「えーと、ちゃんと9人、来たよね」 先生が指さしして数え始めた。 「3人ずつに分かれて……あれ、あなたが来たの?……ですか?」 僕を指さした所で手が止まった。 「えっと、9人いるからちょうどいいと思ったんだけど…あなたを数えてたんだ…」 やっぱり僕は小学生に含めて数えられていたんだ。僕の年齢を学生証で確認した 直後の先生にまで、小学生扱いされちゃった。 「えっとごめんなさい、どうしよう…」 「一緒にやろうよー。せっかくここまで来たんだしー。私の給食着を貸したんだしー」 背の高い子がそんな事を言った。 「お手伝いして頂いて、いいですか?」 先生は困った顔で僕にそう言った。 「別に構いません…」 小学生と同じ扱いをされるなんて本当は嫌だけど、給食着まで着た上でこんな所で 『やりません』なんて言えない。 「あ、ありがとう……ございます」 敬語を後から付け足されるのが悲しい。 「えっと、じゃああなた達は1年生にこれを配って。あなた達は2年生に」 僕と両隣の二人の3人が指さされた。 「で、あなた達がこれを3年生に。これで上にあげるのは先生がやります」 小さなエレベーターみたいな物を指さした。3年生の教室は上の階らしい。 僕は関係ないけど。 「急に用意したお弁当なのでちょっとずつ中身が違うけど、ケンカにならないように 配ってください。配った後は、みんながお行儀よく食べるように見ていてください。 一緒にお弁当を食べてていいです」 小学生の女子の中に混じって、先生の前に並んで、先生の話を聞いている。 先生は小学生相手の先生っぽい口調で、僕の方を見て話しかけている。 目の前にいる先生よりも僕の方が年上なのに、僕はたくさんの小学生と一緒に 並ばされて、先生に見られている。この先生は体格が良くて、すごく先生ぽくて、 だから僕よりも年下には見えないけど、その分だけ自分が小学生っぽく思えて、 本当は周りのみんなよりも年上である事が余計にみじめに思えてくる。 「少し余分にあると思うので、欲しがる子がいたらあげていいです。みんなが 食べ終わったら、容器やゴミを集めてここに戻してください。それで終わりです。 いいですね?」 「はーい」 仕方なく周りの子と一緒に返事をする。小学生と一緒に先生から指示を受けて、 小学生と一緒に返事をして、小学生と一緒に給食を、じゃなくてお弁当を配って。 先生はついさっき僕の年齢を思い出してくれたはずなのに、また小学生扱いに 戻っている。 1年生担当の3人が『1年生』の貼り紙がしてある台車を押して、教室のある方に 向かった。 「じゃあ私たちもやろうか。でもあなたは、2年の教室がどこだか知らないよね?」 「はい…」 「じゃあ私が先に行くから、ついて来てね」 僕がやっぱり下級生に見えるのか、下級生の世話を焼きたくてたまらないという 感じで話しかけられる。小学生からお姉さんぶった話し方をされて、本当に自分が この小学生の女子よりも下級生のように思えてしまう。 台車はおにぎり、おかず、飲み物の3つがあった。おにぎりは今作ったようだけど、 おかずは近くのお店からあわてて集めたような感じで、確かに全部同じじゃない。 二人の女子の後から飲み物の台車を押して進む。台車を押している間は話しかけられ なかったけど、小学生の背中を見ながら廊下を歩いているのもちょっと悲しい。 少し広い廊下を通ると、『2年1組』の札が見えた。 「はーい、みなさーん、御飯ですよー」 教室の中から歓声が聞こえる。 「おかずと飲み物があるから、もう少し待ちなさい!」 おかずと飲み物を運び込んで、みんなに配り始める。 「ほら、慌てない。ほらケンカしない。こっちにもあるから」 背が高い方の子が必死に配っている。クラスの半分くらいしか人数がいないけど、 それでも大変そう。 「私、ここで配ってるから、残りを2組に持って行って!」 「うん。じゃあ行こう」 「あ、はい」 背の低い方の子に手を引っ張られて廊下に出た。小学生に率先されているみたいで 恥ずかしくなる。でも僕はこの小学校の児童じゃないから、どうしたらいいのか 良く分からないし。と言い訳を考えてみる。やる事は、小学2年生にお弁当を配る だけなんだけど。 2年2組におにぎりとおかずと飲み物を持ち込む。1組と同じようにみんなが 群がってくる。二人で配っても結構大変。1組の方は大丈夫なんだろうか? そんな心配をしていたら、背の高い子が2組に駆け込んできた。 「おかず余ってない?ちょっと足りないの」 「こっちは人数が少なそうだから余ると思うけど、ちょっと待って」 まだもらってない子を数え始めた。そしておかずの数も数えた。 「多分このくらい大丈夫!」 「ありがとう!」 「おにぎりは足りるの?」 「今は足りてるから、足りなくなったらその時にもらいにくる」 背の高い子はおかずを受け取って、2組の教室から出て行った。 2組の子にお弁当が行き渡って。 「私たちも食べようか?」 「はい」 自分たちの分を取って教卓の上に置き、余っている椅子を教卓の周りに置いて座った。 「いただきまーす」 「いただきます」 今は2年生の教室だから、さすがに小学2年生の中に放り込まれたという気分では なく、小さな子のお守りをしている気分。 「お名前はなんだったかしら?佐藤…」 「佐藤透です」 「私は倉本裕子」 でも周りが小さな子だけに、隣の6年生の女子が同級生のような、それどころか いろんな仕事を率先してやって、僕の事に気を使ってくれている分だけ、上級生の 付き添いのように思える。お姉さんぶっている、じゃなくて本当にお姉さんみたい。 「透ちゃん…じゃなくて透くんか。でも洋子って名前に憶えがあるんだけど」 「それは犯人が元々誘拐しようと思っていた子です」 「ああ、脅迫電話の中で、人質が『洋子です』って言ってたんだ。思い出した。 洋子って小学5年の子と間違われて誘拐されたんだったっけ」 まだ覚えてたんだ。 「はい」 そこで裕子ちゃんは頭をひねった。 「あれ?という事は、あれってあなたが言ったんだよね?」 「『洋子です。とても恐いです』っていうのですか?」 「そうそう、それそれ」 そんな事まで覚えているなんて。 「はい…洋子じゃないって言っても話を聞いてくれなくて、顔に火のついたライター を近づけられて…」 「そんな事されたら、違っても言っちゃうよね」 「もう1回『違うんです』と言ったんですけど、そしたら大きめのバッグの中に 押し込まれて、チャックを閉められて、川に放り込むぞって」 「こわーい。そんな恐い思いをしてたんだ。かわいそう」 そう言って僕の手を握った。同じ給食着を着た小学生に慰められて、ちょっと変な 気持ちになるけど、裕子ちゃんに手を握ってもらって、その柔らかくて温かい感触で、 胸がキュンとした。小学生にこんなに優しくしてもらって、恥ずかしいけど嬉しい。 小学生の女子に慰められるのって、こんなに気持ちいいものなのかな? 「それであのフリフリの服とスカートを着せられてたんだ」 「はい…」 それを言われるとやっぱり恥ずかしい。無理やり着せられたと言っても、あれが 全国放映されたなんて。 「あ、でも、あれ似合ってたよ。私もあれを見て、あれって絶対に私よりも年下だ、 と思ってたもん。髪は短めなのにあんな服が似合う可愛い子もいるんだなって」 ほめてくれているんだろうけど、ちょっと馬鹿にされているような気もする。 「でも途中で逃げ出したんでしょ?」 「はい。酔い止めを飲まされて寝ちゃって、でも犯人が寝てしまった時に目が覚めて、 その間に逃げたんですけど」 「あの服のまま?」 「あの服のまま、誰もいない高速道路の下をずっと歩いて。靴も新しかったから、 靴ずれを起こして痛かったけど、歩いて」 「それはかなり痛そう。でも夜に小さな女の子一人で歩くなんて、怖くなかった? 可愛い服を着た女の子が夜中に歩いてたら、また変な人に声をかけられて、 連れ去られそうになったり、とか」 小さな女の子じゃないんですけど。小さな女の子みたいな服を着てたけど。 「工場ばかりの場所で、誰もいなくて。誰にも会わなかったから、そういう怖さは なかったですけど、本当に誰もいなくて」 「そういうのも恐いよね。お化けしかいないような場所って」 それは違うような気もするけど。 「それで千葉の小学校で発見されて、パトカーに乗って横浜に戻ったんだ」 千葉の小学校や婦人警察官に慰められて抱きかかえられたのを思い出した。 「普通のパトカーじゃなくて大きなパトカーですけど」 「本当に恐い目にあってたんだ。まだ5年生なのに、かわいそう」 また5年生と言われて、そして今度は小学生女子に慰められて抱きしめられた。 千葉の小学校の先生と婦人警察官は僕を小学生女子だと思ってて、本当に小学生の 女の子として扱われて。だから婦人警察官は、僕が24歳の男だと分かったら 怒り出したけど。でも裕子ちゃんは僕が24歳の男だと分かった上で慰めて抱いて くれている。今は一瞬忘れているかも知れないけど、でも分かった上で優しくして くれて、気持ちが伝わって、体の温かさも伝わって、すごく嬉しい。この小学生に なら小学生扱いされても、下級生扱いされてもいいかな、この人をお姉さんのように 思ってもいいかな、そんな気がした。 「透くんの家って、私の家の隣の町だけど近そうだから、私のお母さんが迎えに 来たら一緒に帰らない?」 こんな優しい上級生みたいな女子と一緒に帰れるのは嬉しいけど、お母さんと一緒 というのはちょっと抵抗がある。 「でも先生が…」 「あの先生、恐いしー、何するか分からないしー。私のお母さんの方が安全だよ」 「はあ。あの先生ってそんなに恐いですか?少しの時間しか会ってませんけど」 「あの先生がこの小学校へ透くんを連れ込んだんだよね?」 「えっと、そうです。確かにちょっと強引だったかも」 「でしょでしょ?でもこんな時に透くんが一人でふらふら歩いていたら、先生で なくても小学校に連れ込みたくなるけど」 23歳の先生だけでなく、小学生にまでこんな事を言われるなんて。 「みんなで帰る方が安心だよ。また誘拐されちゃうぞ?」 「あ、あの、それは困ります」 本当にそれだけは困る。また小学生の小さな女の子みたいに扱われて、恐い思いを して、暗くて寒い所で小さな女の子みたいに怯えなきゃいけないなんて。 「裕子ちゃんのお母さんが、一緒に連れて帰ってくださるのなら…」 「うん、そうしよう」 僕ってやっぱり、小学6年生の女子から見ても下級生の女の子に見えて、一人で いるのが危なっかしく見えるのかな。自分では平気なつもりだけど、小学生にまで 心配をかけている事が、すごく申し訳ない事のように思える。 「みんな結構食べ終わってるね」 裕子ちゃんは周りを見回した。そして立ち上がった。 「食べ終わった人は、箱やビンを前に持ってきてください」 裕子ちゃんがそういうと、小さな子達がぞろぞろ容器を持ってきた。こんな事まで 小学生が先に気付いてやっちゃうなんて。自分が本当に下級生の子に思えてくる。 裕子ちゃんが6年生のお姉さんに思えてしまう。 容器やビンを台車に乗せ終わった時、1組の方も集め終わって廊下に出していた。 「私の方も手伝ってー」 そうだ。今度は僕が先に行って。と思った時に。 「今そっちに行くから。透くんはそれを運んでね」 裕子ちゃんは余裕のある方の台車を押して、1組の方に行ってしまった。 下級生扱いされ続けて、ちょっぴりしょんぼりしながら、軽くなった台車を押して 給食室に戻った。そして6年の教室に戻る。 「2人で2年2組にいる間、何してたの?」 「たくさんお話してたのよ。ね?」 「はい…」 「どんな話をしてたの?」 「誘拐された時にどんな恐い思いをしたか、とか、一人じゃ危ないから一緒に 帰ろう、とか」 「えー、ずるーい。私にも聞かせてー」 「あ、あの、教室に戻ってから、お話しますから」 「うん、お話ししよう」 教室に戻ると、6年生もお弁当を食べ終わって片付けているところだった。 教室にいる人数は減ってない。まだ消火は終わってなくて帰れないようだ。 一緒に戻って来た女子二人が給食着を脱ぎ始めたので、僕も脱ぐ。 「あの、貸していただいてありがとうございました」 「よその小学校なのに手伝ってくれたあなたの方が偉いよ。なでなで」 背の高い女子に頭をなでられて、余計に自分が下級生のように思える。 その時、先生がやってきた。僕をこの教室に連れて来た先生だ。 「まだしばらく帰れないようで、寒くなってきたので、毛布を持って来ました。 机を後ろに引いて使ってください。枚数が少ないので、2人か3人で1枚使って ください」 教室の中のみんながざわざわとしながら立ち上がって、机を引き始めた。 僕も手近にある机を引いた。ここに連れ込まれてから、ずっと小学生みたいな事 ばかりやってる。周りには僕と目線の高さが変わらない子も多いから、自分が この中に溶け込んで、本当に小学生のような気分になってくる。 「透くん、一緒に毛布を使おう」 裕子ちゃんが手招きをしているので、裕子ちゃんがいる壁際に行く。 僕を挟んで、裕子ちゃんと、ずっと話しかけている背の高い子が座り、3人で毛布を 肩までかぶった。 「夜はさすがに寒いよね」 「そうですね」 小学6年生女子にはさまれて座り、一緒の毛布を使っている僕は24歳の男子で。 なんだかいけない事のような気もする。でも二人から、男子か女子かはともかく、 幼い子のように扱われ続けている。6年生のお姉さんたちに優しくしてもらっている ような、守ってもらっているような気持ちになって、自分が24歳の男子だって 事を忘れてしまいそう。火事のせいではあるけど、仲良しのお姉さんたちと 小学校でお泊りしているような気分になってきた。小学生の女子をお姉さんのように 思う事が恥ずかしくなくなってきたような。ちょっと眠くなってきたせいかな? それでも二人とお話を続けた。 「透くんが誘拐された時って、翌朝の千葉の学校で見つかったよね?」 「はい。犯人から逃げて、誰もいない道を何時間か歩いて、階段を登って」 あの時は、いつ人の住んでいる所にたどり着けるか分からなくて本当に心細かった。 「でも学校の中に入れたんだ」 「中っていうか、校庭には入れました」 「校舎に入ったんじゃないの?」 「鍵が閉まっていたから」 「誰もいなかったんでしょ?」 「はい」 誰もいない小学校の校舎の前で座り込んでいた事を思い出す。 「外で朝まで待ってたの?」 「はい」 「夏ではあったけど、外でずっと待つのはちょっと…」 「雨降ったよね?あの時って」 「はい。だから夏なのにかなり寒くて」 あの時の寒さも思い出した。 「誰もいなくて真っ暗で、雨まで降って寒くて、一人ぼっちで…」 「今の方が、教室の中で毛布もあるし、たくさん人がいるし、ずっとマシなんだ」 「は、はい…」 今、小学6年生の女子2人に挟まれているのがすごく幸せに思えてくる。 「こんなにちっちゃな子が、そんな恐い思いをしてたなんて…」 「6年生の私だってそれは恐いよ。かわいそう、よしよし」 小学生にまでかわいそうな小さな子扱いされて、本当に自分がかわいそうな目に あった小さな子のように思えて来た。いや、僕は本当にかわいそうな目にあった 小さな子なんだ。 「あなたが経験した事に比べたら、今日なんてただのお泊り会に思えてくるね」 「いつ帰れるのか分からないのがちょっと不安だけど」 確かにいつ帰れるのか、まだ分からない。明日の朝まで帰れないかもしれない。 明日の朝まで小学生の中に混じって、小学生と同じようにこの教室で過ごすの だろうか。もしかしたらずっと帰れなくて、ずっと小学校にいなきゃいけなく なって、ずっと小学生扱いをされ続けるんだろうか?もしかしたら本当に小学生に されちゃうんだろうか?僕はこのまま小学生になっちゃうんだろうか?でも、 真っ暗な小学校の校舎の前に比べたらずっとマシなんだ。 眠いせいか、そんな事を考えてしまう。 「でもあなたみたいな子が一人で帰ってたら、また誘拐されちゃうよ」 「そうだよ。遠くの私立小学校じゃなくて、この小学校に私たちと一緒に通おうよ」 「遠くの私立小学校じゃなくて、すぐそこの大学です…」 「大学生でも、一人で帰るのは危ないよ。先生は『お友達と一緒に帰りましょうね』 っていつも言ってるよ。朝は集団登校だし」 「朝は私たちと一緒に登校しようよ。夕方も迎えに行ってあげるからさ」 僕は、小学生と一緒に大学に登下校するのかな。なんか変だけど、2人に危ない 危ないって言われるとそんな気もしてきた。それにこの2人と一緒だったら。 「毛布をかぶってても、ちょっと寒いね」 「手を握ると、少し温かいかも」 毛布の下で、裕子ちゃんが僕の手を握っていた。柔らかい手で気持ちいい。 「じゃあ私も」 背の高い子も毛布の下で、裕子ちゃんの手の上からさらに握ってきた。 こんな優しいお姉さんたちがいる小学校になら、通ってもいいかな、と半分寝ながら 思った。