彼
彼が転校してきたのは、中二の春だった。背が低くて、おっきな目の
かわいい顔した男の子だった。髪もふさふさしてて、女の子に男子の
制服を着せたみたいだった。私のうちの近くに住んでたのでよく私服姿を
見かけたけど、私服だと本当に女の子みたいだった。
別にスカートはいてた訳じゃないけど、オレンジや黄緑といった明るい服を着て、
小さな背をピンと伸ばして、お行儀のいい歩き方や腕の振り方をして、
柔らかい声で丁寧な言葉遣いで、いつも明るい顔をしていた。
彼は、はじめのうちは男子の恰好のいじめの対象になっていた。
元気はわりと良かったんだけど、背が小さいし女の子みたいだし。
一応男の子相手だからいじめっ子もそれほど容赦しない。
意地悪されると、彼のかわいい顔が、ちょっとだけ悲しそうな顔になった。
痛いとか、くやしいとか、そんな顔じゃなくて。
ところがしばらくすると、なんと彼は、いじめられっ子の女の子グループと
仲良くしはじめた。いじめられっ子の溜まり場みたいになってた珠算部に入り、
昼休みも彼女達と一緒に小説やマンガを読んだりしていた。
男子のいじめっ子達は「おかま」とか「あっちっち」とか口では相変わらず
色々言ってたけど、女子のすぐそばではさすがに派手な暴力は振るえない。
そのうち「あいつには近寄らないでおこう」という雰囲気になって、
女子にちょっかい出す程度のいじめになってしまった。
彼は、いじめられっ子グループ以外の女子にも嫌われていた。
単にいじめられっ子と一緒にいるから、というだけじゃない。
彼は、「いじめられっ子をかばう正義感の強い女の子」のような、
元気でかわいいマンガの主人公のような喋り方を私達にしていた。
いじめっ子が嫌うのは当然だけど、学級委員だった私も嫌だった。
それって私の役割じゃない。それを女子に取られるのならまだしも、
よりにもよってこんな男の子に取られるなんて。
しかもそれが似合ってるんだもの、本当にマンガの中の女の子みたい…。
彼は結構成績が良かった。別に一番というほどではなかったけど。
ただ、彼に教わったのか、仲良しになった女の子達も成績が上がったみたい。
先生は彼の事をすごく気に入ってた。なにより、いじめられっ子で
いつも部屋の隅で暗くしていた人達が、彼のお陰で明るい顔になってきたんだから。
以前は「趣味は近いんだけど、自分も仲間と思われるといじめられる」
と近寄らなかった人達も、楽しそうな彼女達を見ているうちに、
仲間になるようになった。彼の周りにいる女の子の数か増えていった。
彼はみんなと一緒に映画やコンサートにも行ってたみたい。
私服で女の子達の中に紛れている彼は、かわいさだけが目立っていた。
中二の夏休み、私はバレーの全国大会に出ることになった。一年の時
なんとなく入ってしまったバレー部で、背が高いからかレギュラーになって、
全国大会に出て、二回戦まで進んでしまった。これは自分でもびっくり。
ただ夏休み中ということもあって、甲子園みたいな大応援団はなかった。
ちょっと残念。それでも、同級生の女子が5人応援に来てくれた。そして彼も。
応援席から、そんなに大きくないけど女の子の声援が聞こえてくる。
やっぱり嬉しい。だけど、その中に彼がいる。
あのかわいい顔でかわいい複を着た彼が、女の子達と一緒に声援を送っている。
男の子が応援に来てくれてるのはいいんだけど、なんか違う。私より背が高くて、
かっこいい人ならまだいい。私が応援席にいるのならまだいい。だけど…。
試合の後で、みんなで写真を撮った。その時、私の隣に彼がきた。
ジャージ姿で背の高い私の腕を、他の女の子達同様にかわいい服を着たちっちゃい
彼がつかんでいる。写真を撮るから嫌な顔も出来ない。その写真を見て、
みんなは私の事を「かっこいい」と言うようになった。もちろん彼と比べて。
……なぜ私の方が「かっこいい」なの?でも写真を見ると反論できない。
二学期になって、私は塾に通う事にした。うちに近そうな所、
という選び方をしたら、そこには彼がいた。
塾ではみんな私服だから、他の女の子とは区別がつかない。
私が紺色や灰色の服なのに、彼は明るい黄色とか淡いブルーとか、
そんな服を着ている。私もあんなのを着たい…
でもこの身長だと気に入る服がなかなかないし、
今まで着たことないあんな服を急に着るのも恥ずかしいし…。
きゃぴきゃぴ元気な女子と彼を横目に見ながら、私は勉強していた。
学校や塾で時々みんなに「こっち来て」って言われ、
行ってみると、てのひらの大きさ比べとか靴の大きさ比べとか。
そんなので私を呼ばないでよ、一番大きいの分かってるくせに。
彼の細い腕を見ると、無性にへし折りたくなる
…私だったら彼の腕を折るなんて簡単だろうな。
彼が私の上着を着るとだぼたぼ。私の上着の中に、
彼の小さなかわいい顔がちょこっと出ている。
中三になり、受験校を決める時期がきた。私は地域で一番の進学高に決めた。
成績からしても相応しいし、女子バレー部が強い、というのも気に入った。
実は近くの元女子高も制服が可愛くて憧れてたんだけど、やっぱりそういうので
選んじゃ駄目だよね。私はその進学高に合格した。
ところが彼は、元女子高を受験して合格した。別に彼があの可愛い制服を着る
訳じゃないけど、あの校舎で勉強するんだ。いいなぁ…。
私の入った高校は、男子が8割という男だらけの高校だった。
少ない女子で全国大会に行けてしまうバレー部というのもすごいけど。
男子ばかりの教室はいつもうるさくて汗くさい。数少ない女子だからって、
私がちやほやされる訳でもない。
私はバレー部だし、汗くさい原因の一人だからかな。
バレー部の雰囲気のせいか、髪も前より刈り上げ気味にしちゃった。
制服は紺のブレザー。知ってはいたけど、やっぱりかわいくないなー。
バレーの試合に行くと、バレーの有名校だからか、
よその高校や中学の女の子達にキャーキャー言われる。
私も、まだ一年なのに差し入れもらった事もある。
でも、なんだか彼に応援してもらった事を思い出す。
まるで彼に差し入れしてもらったような気分になる。
こんな気持ちになるためにバレーをしてるんじゃないのに。
夏休みに入るちょっと前、中学の同級生であの元女子高に入った人達と
街でばったり会った。もちろん彼もいた。女の子達は、あの憧れの制服を着ていた。
髪も伸ばして、大人っぽい雰囲気になっていた。
あの元女子高は昔ながらに正規の授業でお茶やお華をやってるんだって。
それっぽい姿勢だよね、みんな。
そして彼は、女子の制服と違ってズボンではあるけど、
女子が着ても不思議じゃないような可愛らしいシルエットの制服を着ていた。
やっぱりあの元女子高だよね。髪も少し伸ばしていた。
可愛いなら先生も文句を言わないんだって。彼もお茶かお華やってるみたい。
…なんてかわいいんだろう。
それにひきかえ私は、男子とそんなに変わらないださいブレザーを着て、
放課後はたいていずっとジャージ着てて、そのまま下校しするし、
髪は刈り上げちゃって、腕と足は鍛えて太くなって、汗くさくて。
こんな風になりたかった訳じゃないのに。
もうかわいくなんかなれないんだろうな、私にはもう出来ないんだ、
それならばもう…
「…今度、バレーの全国大会に行くんだ」
「えっ、ほんと?どこでやるの?」
「今年は割と近いんだ」
「みんなで応援にいくね」
彼はみんなと一緒に嬉しそうに話す。夏休みに彼が応援に来てくれるんだ、
2年前のように。今度写真を撮る時には、
かわいい彼は私の腕の中に抱きかかえるんだ。
私のものにするんだ。こんなかわいい彼が、
なんにもしなくても私のものになるんだから。
一緒に歩く時、彼にどんな恰好させようかな、
私がどんな恰好だったら彼はかわいく見えるかな。
キスをする時はね、たとえ誰も見てなくても、
彼が一番かわいく見えるようなキスにしなきゃね。
彼は背が届かないかな?だったら、私がかがんで、
彼の顔を覗き込むようにキスする、っていうのがいいかな…
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