早起き(3) 今日は祝日だ。お父さんもお母さんも早く出かけた。恵理子も出かけた。家にいるのは 僕だけだ。土曜日じゃないからテレビを見るために早起きする必要もない。ということ で9時まで寝た。 それから起きだして朝ご飯を食べて、その後に恵理子にもらったちびガールを読み、 適当に昼食っぽいものを食べていたら、電話が鳴った。誰だろう? 「もしもし、比田ですが」 「あの、リンちゃんいますか?」 電話でいきなり『リンちゃん』と言われてびっくりした。 「えっと、その、ど、どちら、さま、でしょうか?」 「白井久美子っていいますけど」 「あれ?久美子さん?どうして電話を?っていうか、電話番号知ってたの?」 「あ、リンちゃんだったんだ。良かった。電話番号はね、お姉ちゃんの電話帳に書いて あったの」 僕が出られてよかった。お母さんが出てたら『リンちゃんって誰のこと?』と問い詰め られるところだった。 「急に電話かけてきて、どうしたの?」 「リンちゃん、今日は暇してるのかなって」 「う、うん。別に何も予定はなくて、ずっと家にいるつもりだけど」 「じゃあさ、お昼過ぎくらいに、うちに遊びに来ない?」 「久美子さんのおうちに?」 「そうそう。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも出かけちゃって、誰もいないし」 そうなのか。静香さんがいないのはちょっと残念だけど、久美子さんと二人だけでも、 こないだみたいにお話をするのも楽しそう。こないだはずっと恵理子が近くにいて、 少し緊張したし。恵理子が優しい上級生のように思えてきて、一緒にいるのも悪くは ないんだけど、やっぱり恥ずかしいから、恵理子がいない方が気楽に久美子さんと お話できるかも。 「はい、行きます……あ、でも、久美子さんの家がどこにあるか、全然知らない…」 「うんとね、館川駅、知ってる?」 「うちの近くの駅が沼緑駅で」 「じゃあ2駅南。沼緑って特急が止まるよね?」 「はい」 「特急じゃなくて各駅停車に乗って2駅。多分」 「館川駅ですね」 「1時くらいに私がそこに迎えに行くから。駅の改札を出た辺りで待ってて」 「はい。分かりました」 電話を切った。こないだは恵理子を含む4人でお話をしたけど、久美子さんでお話も 楽しいだろうな。そんな事を考えながら、財布の中身を確認したりしたけど、 そういえば久美子さんちに行くのなら、男の子みたいな服はダメな気がしてきた。 レインボーボックスに恵理子のお下がりを着て行って、静香さんに小学生の女子と 思われたから、男子の服を着て行ったら変に思われる。男子の僕が男子の服を着て 行って変に思われるというのも変だけど、でも久美子さんも僕が小学生の女子だと 思ったから楽しくおしゃべりしてくれたんだと思うと、いまさら男子だとばれるわけ にもいかない。 もちろん僕は女の子の服なんて持ってないから、恵理子の服を借りるしかない。 でも恵理子は部活の練習で出かけていて今はいない。恵理子の部屋に勝手に入って、 服を借りるしかないんだ。こないだまで雑誌をこっそり読むために恵理子の部屋に こっそり入っていたけど、恵理子の服を借りるためにこっそり入るのは、気分というか 緊張感というか後ろめたさというか、ちょっと違う。恵理子がもう着れなくなった 服ならばこないだも着せてもらえたんだし、恵理子も怒らないとは思うけど、 どの服がそうなのか、本人に確認する事が出来ない。どうしたらいいんだろう。 でも服を見てみないと、どうすればいいのかも分からない。ドキドキしならが恵理子 の部屋に入り、タンスの前に立つ。 とりあえずタンスの引き出しを引くと、ブラジャーが入っていた。すごく大きい。 こんなに大きかったのか。びっくりして顔が熱くなったけど、とりあえずこれは自分に 関係ない。その上の引き出しは、恵理子が最近着ているような服が入っている。 着れなくなった服ではないようだ。 そういえば、こないだ着せてもらった時、こっちの引き出しから取り出していた。 その引き出しを開けてみると、色の雰囲気がちょっと違う。一番手前にはこないだの ジーパンがあった。今回もこれにしよう。 少し奥の一番上に置いてある服を取り出してみると、色は白くて絵柄はないけれど、 襟がかなり大きくてヒラヒラしていて、花びらのようにも見える。恵理子がこんな服を 持ってたっけ?恵理子がこんな服を着ているところなんて全然見た覚えはないのだが。 お母さんが買ってきたけど全然着た事がない服か。そんな服を僕が着る…恵理子が 着なかった服を僕が着るとか恥ずかし過ぎ。でも今日は少し暖かくて、このくらいの 服がいいとは思う。その下にある他の服を見ても、少し厚手の服ばかりだ。そういう 厚手の服を着て駅まで歩いたら、汗をかいて汚してしまいそう。やっぱりこのヒラヒラ しかないのかな。 そうだ、こないだのように上から何か着て隠せばいい。でも厚手の服は暑いから。 これくらいがいいんじゃないかな……ひろげてみたら、セーラー襟みたいな服だ。 薄いから重ねて着ても涼しそうだけど、水色の大きなセーラー服で、襟の後ろ部分が 丸くなっている。可愛いというか子供っぽいというか。他のを探したいけど、恵理子の タンスの中を全部ひっくり返して見るわけにはいかないし、そこまで時間はない。 久美子さんだけに見られるのなら、小さな女の子みたいな服でも仕方ないかな。 もし静香さんに見られても、可愛いって言ってもらえそうだし、それ以外の人に 見られないのであればそれでいいか。 靴下を探したら、こないだのようなヒラヒラではないものの、赤色が多い柄でちょっと 悩んだけど、これもジーパンで隠れるんだから、いいや。 とりあえずそれを着て、恵理子の部屋にある鏡をのぞきこんでみたけど、似合ってるか どうかなんて全然分からない。今まで男子の服しか着たことがないから、こういう服を 着てても変に見える。こないだは静香さんに『可愛い』と行ってもらったんだけど、 どうしてなんだろう。でも小学校の時に男みたいな顔の女子が、たまにヒラヒラの服を 着て来る事もあって変だった事もあるから、あれと同じくらいなのかな。とりあえず 久美子さんに『僕が男子じゃない』と思ってもらえればいい。それだけなんだから。 自分の部屋に置いていた財布を取りに自分の部屋に戻る。久美子さんちに行くだけ だから、電車代以外に何もいらないと思うんだけど。ポケットに小さなお財布を 入れながら、机の上をぐるっと見回すと、こないだレインボーボックスで買った ペンダントを入れた箱があった。静香さんに勧められて買ったけど、使うわけにも いかずに机の上に箱に入れてしまったままだ。箱に入れっぱなしじゃもったいないし、 こういう時に使った方がいいんだろうな。僕がペンダントなんて使うのは恥ずかしい けど、女の子のヒラヒラな服を着てるし、久美子さんちに行くんだし。買ったものを 久美子さんに自慢したんだから、それを使わないというのもおかしいと思う。 ペンダントなんて初めて使うから、どうつけていいのか迷ってしまう。とりあえず つけてみたけど、前後逆だったのか、飾りがうまく前を向いてくれない。 一度外して、もう一回つけてみる。小さなリンちゃんの顔の形をしたキラキラした飾り を見て、ちょっと嬉しい。 あ、もうこんな時間だ。もう出かけないと。 あわてて外に出たけど、今は祝日の昼間、中学校の同級生が部活帰りで歩いてるかも しれない。そう思うと怖くなって、ちょっと急ぎ足になった。小さな子の話し声が 聞こえてきてビクっとする。急いだからすぐに駅に着いたけど、中学校の男子制服と よく似た制服を着ている男子高校生が出てきてビクっとする。 ホームにいくと、祝日の昼間だからか意外と人がいて、知ってる人がいないかビクビク し続けて、自分の足元ばかり見る。特急が駅に到着すると、ホームにいる人のほとんど がそれに乗ってしまった。ホームは僕だけになってしまって、ちょっとホッとする。 でも広いホームにこんな服を着た僕が一人だけって、なんか変な気分。 すぐに各駅停車が来たので、僕はそれに乗り込む。 各駅停車の中はガラガラだったので、ここでひと安心。自分が着てきた服の袖を見たり 足を伸ばしてジーンズの折り返し部分の柄を見たり、自分の首の周りにあるセーラー襟 やヒラヒラの襟を引っ張ってみたり。やっぱりこれって女の子の服なんだ、と実感して 恥ずかしくなってくる。こんな服で駅まで歩いたなんて。帰る時も同じ思いをしなきゃ いけないんだ。でもペンダントを見ると、これを使う事が出来てちょっと嬉しい。 このペンダントは男子の服じゃ似合わない。だからこの服を着ててよかったんだ。 そう思う事にしよう。 2駅で降りて改札から出る。急ぎ足だったせいか、思ったよりも早く着いた。 だから久美子さんはまだ来てない。改札のすぐ横の壁にもたれて待つ。 ここまで来ればもう知ってる人に会う心配はない、そう思いながらも、知らない人が 通り過ぎるたびにドキドキする。こっちをちらっとでも見られたら、恥ずかしくて うつむいてしまう。ちらっと見ていく人が結構いる。改札の横って目立つのかな。 恥ずかしいから、隣に立っているお店の軒下に移動する。 今度は、小学校高学年くらいに見える男子3人が大きな声で話しながら歩いてきた。 3人とも制服を着ている。ここって小学校に制服があるんだ。今日は祝日だけど、 学校で何かあったのかな。そんな事を考えてながら小学生男子3人を見ていたら、 信号待ちで止まったその3人が僕の方を向いた。 「あいつ、誰だ?6年生くらいに見えるけど」 「うちの小学校にあんな女子いたっけ?」 「今日は休みだし、よその子じゃないか?」 そんな話し声が聞こえてきた。小学生の男子に、小学生の女子だと思われたようだ。 静香さんにそう思われるのはいいけど、ごく普通の小学生に小学生だと思われる だなんて。あの生意気そうなガキ3人に『お前どこの小学校の女子だよ』って 話しかけられたような気がして、ミジメになってきた。でも信号待ちの間に、 制服を着た中学生の女子2人が歩いてきた。年上の女子が来てくれて、ちょっと安心。 歩行者用信号が青になって、全員向かい側に渡っていった。 信号が赤になったら、次は小学校高学年くらいの制服を着た女子が一人きて信号待ち。 一人だから何も言わないけど、こっちをチラチラ見て、やっぱり恥ずかしい。 そんな具合に、人が通るたびにドキドキしていたら。 「リンちゃん、もう来てたんだ」 久美子さんの声が聞こえた。顔をあげると、制服を着た久美子さんがいた。 小学校の制服だ。 「あれ、えっと、小学校の制服、着てるんだ…」 「ああ、これはね、もうすぐ運動会で、その準備のために学校に行ってたの。 児童会役員だから。さっきまで色々やらされてたんだけど、もう終わった」 「えっと、久美子さんって中学生だと思ったんだけど…」 「ん?私、中学生に見えた?お姉ちゃんが中1だよ」 そういえばそうだ。恵理子が中1なんだから、その友達の静香さんも中1だろう。 二人は同級生っぽい話し方をしていたし。だから久美子さんが小学生なのは、当たり前 と言われれば当たり前だ。 「あの、久美子さんってなんだかレインボーエンジェルのクミさんに似てて、なんて いうか、クミさんって中学生だし、久美子さんも中学生くらいなのかなって思ってて。 ちょっと大人っぽい感じがしてたから」 「ええー。確かに私、クラスでは背が高い方だけど、リンちゃんも高いじゃない」 「う、うん…」 「リンちゃんはちょっと子供っぽいけどね。リンちゃんみたいで」 中学3年の男子には見えないんだ。というか、ここまで言われた後に中学3年の男子 だってばれたら恥ずかし過ぎる。 「そ、そうかな…そうだね」 「でもちょっと嬉しいかも。中学生に見えるって。もしかしたら、お姉ちゃんよりも 大人っぽく見える?」 「さすがにそこまでは」 「ははは、だよねー」 二人で横断歩道を渡って、久美子さんの家に向かう。 「でも久美子さんって児童会の役員なんだ。ちょっとすごい」 「別にすごくないよー。お姉ちゃんが児童会長だったから、先生に『お前もやれ』って 言われて、立候補とか恥ずかしいから、他のならって言って、書記に」 静香さんは児童会長だったんだ。静香さんはお上品で児童会長だったんだ。期待通りで 嬉しくなる。 「リンちゃんはそういうの何かやってる?」 「やってない。全然やってない」 小学生じゃないし。中学校でもやってないけど。 「恵理子さんは?今はまだ中1だからそういうのはないかも知れないけど、小6の時に 何かそういうの」 「バスケ部の部長をやってたけど」 「そっちの方がかっこいいよ」 「そうかな?」 「あ、わたしのうちはここ。あがって。誰もいないから」 「お、おじゃましまーす」 誰かいたら恥ずかしいけど、誰もいない家にあがるのも戸惑ってしまう。 「あ、その靴下、可愛い柄だね」 しまった。靴下は靴とジーパンで隠れると思ってたけど、家にあがる時に靴を脱ぐから 丸見えだって事を忘れていた。久美子さんしかいないんだけど恥ずかしい。 「私、着替えてくるから、この部屋でちょっと待っててね」 「うん」 久美子さんが小走りで2階に上がる音がした。僕はソファに座って待つ。 よその家の居間というのはちょっと緊張するかも。誰もいないって言ってたけど、 急に久美子さんのご両親とか知らない大人の人が現れそうで。うちの居間よりも ちょっと広くてきれいだけど、そんな所に女の子の服を着て一人で座ってるなんて、 ちょっとドキドキする。初めて来たおうちで緊張して小さくなってる女の子になった みたいに。 すぐに久美子さんの足音が聞こえた。僕のいる部屋の前を通り越して、戸棚を開け閉め するような音がした。 「お菓子もってきたよ。運動会の準備をさせられて、私がおなかすいたんだけど。 リンちゃんも食べて」 「はい。ありがとう」 「リンちゃん、すごく可愛い服だね。そのままレインボーエンジェルのリンちゃん として出ていいくらいに可愛い」 ほめられるのは嬉しいけど、この服をほめられるのはちょっと恥ずかしい。それに、 リンちゃんとしてという事は、子供っぽい、小さな女の子みたいに可愛いという 意味で。久美子さんは長めのピンクのパーカーに黒のスパッツ。色は派手だけど、 どっちかというとかっこいいって感じ。どう見ても僕の方が子供っぽい。 「それもお姉ちゃんのお下がり?」 「えっと、お姉ちゃんが持ってたものだけど、着ているところは見た事がなくて」 あ、つられて『お姉ちゃん』と言っちゃった、恵理子のこと。妹の事をお姉ちゃん だなんて、恥ずかしい。でも久美子さんの前では恵理子はお姉ちゃんなわけで、 そう言わない訳にはいかない。恥ずかしいけど、恵理子はお姉ちゃんなんだ。 「お母さんが買ってきたけど、恵理子さんは全然着なかったってこと?」 「うん。多分」 「恵理子さん、確かにそういうのは着なさそう。つまりリンちゃんのためにお母さんが 買ってきたようなもんだね」 「そう、なるのかな?」 お母さんが僕のために、こんなヒラヒラの服とセーラー襟の服を買ってきた。 ありえない事なんだけど、久美子さんにそう言われて、本当にお母さんが僕のために 買ってきたみたいな気がして、恥ずかしいのか嬉しいのか……嬉しい? 「あ、そのペンダントもつけてるんだ」 「あ、うん」 「可愛い服に似合ってるよー」 これを久美子さんにほめてもらうのは、素直に嬉しい。 「ねえねえ、今月のちびガール、もう読んだ?」 「まだ読んでない」 「まだ買ってないの?」 「その、お、お姉ちゃんが買って、お、お姉ちゃんが読んでから、それをもらう事に なっているから、まだ読んでない…」 今度はつられて言ったわけじゃないから、『お姉ちゃん』という言葉を言うとき、 ちょっと胸が苦しかった。 「そうなんだ。お姉ちゃんが買ってくれるんなら、お小遣いが減らなくていいかも。 うちのお姉ちゃんとは、そういうお小遣いの節約の仕方ができないから、ちょっと うらやましいかな」 恵理子にマンガを譲ってもらう事をうらやましいって言われて、また胸が苦しくなる。 恵理子がお姉ちゃんで、譲ってもらう僕は妹なんだ。 「でもすぐには読めないっていうのはつらいかな?それなら、ちびガール読む?」 久美子さんが今月のちびガールを渡してくれた。 「ありがとう」 友達の家で大好きなマンガを読めるなんて、ちょっと楽しいかも。さっそくレインボー エンジェルのページを探しだして、読み始める。シズク様とリンちゃんの合わせ技の ポーズが見開きを使って描かれている。シズク様がすごくかっこいい。リンちゃんも いつもよりはちょっとかっこよく描かれてるかも。 「リンちゃん大活躍だね」 これは家でもじっくり見たい。恵理子から早く今月号をもらいたいな。 「あとねー。先月からの新連載なんだけど。これ」 「ピラニア・パラダイス?」 「こういう変な絵なんだけどねー」 何十年か前の少女漫画みたいな絵だけど。 「………っぷっ」 「面白いでしょ?」 「先月から?」 「そう」 「先月号でも読んでみる」 こういう話が出来る友達ってなんだか楽しい。久美子さんとお友達になれてよかった。 「ただいまー」 静香さんの声が聞こえた。静香さんが帰ってきたんだ。ドアの方を見ると、静香さんが この部屋をのぞきこんでいた。 「あら、リンちゃんが来ているのね。今日も可愛い服を着て」 「おかえりー」 「こんにちわ」 「リンちゃんが来てるわよ」 静香さんが玄関の方にいる誰かに話しかけた。と思ったら、恵理子の顔が見えた。 まさか恵理子が来るなんて。静香さんと仲良しなんだから、よく考えればありうること なんだけど、今までそんなの考えてなかった。 「恵理子さん、こんにちわー」 「リンちゃん、その服を着てきたんだ」 こんな服を着ているところを恵理子に見られて恥ずかしい。こんな服を自分で選んで 着たと思われてるんだ、そう考えるともっと恥ずかしい。 「二人はこの部屋にいていいわよ。私たちは上にいるから」 「はーい。それじゃリンちゃん、レインボーエンジェルのDVDを見よう」 「え、うん」 すぐ近くに恵理子がいると思うとすごく恥ずかしいけど、でも静香さんもいる。 嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からないけど、久美子さんが楽しそうに話しかけて くるから、楽しまないといけないような気もするし。 「DVD持ってるんだ。すごい」 「初めの方が特に好きだから、最初の一巻を買っちゃった。だってほら」 DVDの再生が始まった。 「この頃のオープニングのエリカさんがかっこよくて」 久美子さんにそう言われると、今よりも少し細く描かれていて、かっこよく見える。 DVDを見終えて、久美子さんとおしゃべりしていたら。 「リンちゃん、そろそろ帰ろうか?」 恵理子がそう言って部屋に入ってきた。 「え、あ、こんな時間なんだ。うん」 「リンちゃん、今日はありがとう。すっごく楽しかったよ」 「あの、わ、わたしも楽しかったです」 「また来てね。恵理子さんもー」 「はい」 「はーい、じゃあバイバイ」 久美子さんのうちを出て、恵理子と一緒に駅に向かう。こんな服を着て恵理子と 歩くなんて恥ずかしい。レインボーボックスに行った時にも恵理子の服を着て一緒に 歩いて電車に乗ったんだけど、今日は恵理子が制服を着ている。懸巣川女学院の ちょっとお上品で大人っぽい制服を着た恵理子と、小学生女子の服を着た僕と。 僕は小学生なのに、妹の恵理子が先に中学校に入学して、僕よりお姉さんになった、 そんな気持ちになる。 「リンちゃん、自分でその服を選んだの?」 やっぱりそれを聞かれるんだ。 「一番上に置いてあったのがこれで……他のを探す時間がなかったから…」 「私の部屋で全部ひっくり返されてても困るけどね」 「うん…」 「私がもう着れない服だし、リンちゃんにあげようか?小さくなったの全部」 「全部って…」 「リンちゃんの部屋に全部持っていくから、ひとつひとつ見て、今度はこの服を着よう って考えておけばいいの」 確かに今日みたいに、久美子さんから急に電話がかかってきた場合には、その方が 便利だけど… 「お母さんにすぐに見つかっちゃう…」 「確かにそうだね。じゃあ、私がいない時にでも見ておけば?」 「うん…」 電車に乗って、こないだのように恵理子と向かい合って立つ。今日は久美子さんに エリカさんがかっこいいとか、恵理子がかっこいいとか、何度も言われた。 目の前にいる恵理子を見ながらそれを思い出して、恵理子がかっこいいお姉さんの ように思えてきた。目の前にいる恵理子がお姉さんに見えてドキドキする。 妹の恵理子の方が大人に見えて、僕の方が子供に思えるから恥ずかしくてドキドキ、 というのとはちょっと違うかも。もっと嬉しいドキドキ。だから。 「あの、恵理子さん」 「なに?リンちゃん」 「恵理子さんのことを、お姉ちゃんって呼んでいいですか?」 言ってしまってから、すごく恥ずかしい事を言ってしまったと気づいた。 「あ、あの、その、久美子さんや静香さんの前では、恵理子さんのことをお姉ちゃんと 呼ばないと変かなって、今日そう思ったから。あの、うちでは言いません。お父さん お母さんの前では言いません。だからその」 「リンちゃんがそう呼びたいのなら、そう呼んでいいよ」 「…はい、ありがとうございます…」 「さ、着いたよ。おうちに帰ろう」 沼緑駅に着いた。お姉ちゃんと一緒におうちに帰らないと。